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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス
113/272

109 そして…

ルーファス達が去った後、残ったリグ(ライ)は、バスティーユ監獄を訪れたイーヴとトゥレンに再会し、イーヴに真剣勝負をしろと剣を突き付けました。イーヴが勝てば今後エヴァンニュに骨を埋めると言いだしたライに、イーヴは本気で戦おうと剣を振るいますが…?

          【 第百九話 そして… 】



 バスティーユ監獄の入口、遮蔽扉で閉ざされたこの空間に、俺とイーヴの剣戟が響く。

 訓練以外でこいつとやり合うのはこれが初めてだ。


「どうした?イーヴ。本気を出せと言っただろう。おまえのことだ、あの男の命令が頭の隅にあり、俺を傷付けるわけにはいかんとでも考えているのか?」


 俺は剣技を一切使わず、通常の振りだけでイーヴの攻撃を去なす。あんな条件を出したのは、少しでもこいつに本気を出させ、まともに俺の相手をさせるためだ。


「確かに陛下には無事にお連れせよとのご命令を頂いております。ですが私はこれでも、訓練時よりかなり必死に相手をさせて頂いているのですよ。」


 ――確かに普段は涼しい顔をしているイーヴの額から汗が伝い落ち、頬は紅潮して息も上がって来ている。

 …どうやらこのバスティーユ監獄で、ヘレティック・ギガントスを含めた魔物と凶悪な囚人相手に戦闘を繰り返したことで、俺の方がさらに数段階強くなっているようだ。


 イーヴの剣を受け止め、それを弾き返してはまた受け止める。流れる汗を飛び散らせ、正面から打ち込んでくるイーヴのミスリルソードと、俺のライトニング・ソードの刀身が、互いの力押しでギリギリと音を立て、俺達は顔を間近に突き合わせながら会話を続けた。


「ライ様こそなにをお考えなのですか?真剣勝負をしろと仰りながら、手加減されているのは貴方様の方でしょう。エヴァンニュ王国軍が誇る『黒髪の鬼神』が剣技の一つも使わずに、なにが〝本気〟ですか。」


 その薄茶色の瞳が見上げるような角度で俺の目を覗き込む。直後にイーヴは俺が手加減をしている、と自尊心を傷付けられたような苦笑を浮かべて間合いを取った。

 そして戦場で敵兵を相手にする時と同じように、俺に対して自身の固有剣技を放ってくる。


「戦場で使用していた俺の剣技は、全て相手を確実に殺すためのものだ。俺は真剣勝負をしろと言っただけで、おまえを殺す気はない。」


 イーヴのその剣技は両手で脇に剣を真っ直ぐに構え、突進による突き攻撃を繰り返しては飛び退いて素早く移動し、別方向からまた突進攻撃を繰り返す攻撃回避技だ。

 身軽なイーヴらしい反撃を受けにくい技で、戦場ではここにトゥレンの協力攻撃が入ると鉄壁になる。


「…そうですか、つまり貴方様の剣技を、私ではまともに受け止められないとお思いなのですね。――嘗められたものだ。」


 その剣技を全て去なし、回避した直後のイーヴに間合いを詰めて、再び攻勢に出ようとした時だ。

 俺の予想外にイーヴが灰青色(かいせいしょく)の闘気を纏い、俺に対して本気で殺気を放った。


 ――しまった、反撃技(カウンター)が来る…!?


 ハッとした俺は叩き込まれた戦場での経験から、本能的にイーヴを敵と見做し、無意識に身体が反応して動いた。


()めろイーヴ!!」


 トゥレンのその声で、殺気を放っていたイーヴはビクンッと硬直して動きを止め、俺はイーヴを殺そうとして突き動かした剣先を、辛うじてイーヴの身体から左に逸らした。


 ザシュッ


 ――が、完全に逸らし切れずに、イーヴの利き腕を傷付けてしまう。


 ガシャンッ


 イーヴは手にしたミスリルソードを床に落とし、腕を押さえて片膝を着く。その傷からは流血し、ボタボタと鮮血が滴った。


「イーヴ!!」


 すぐにトゥレンが駆け寄って来て素早く止血すると、トゥレンは愁傷の表情を浮かべて俺を見た。


「ライ様…」

「……。」


 俺は背中を伝う嫌な冷や汗に俯くイーヴを見る。今イーヴがどんな表情をしているのか、俺からは全く見えなかった。


 ――トゥレンがイーヴを止めてくれなければ危なかった。


 そんなつもりは全くなかったのに、一瞬感じたイーヴの殺気に、俺の方が本気でこいつを殺しにかかるところだった。

 初めから負けるつもりはなかったとは言え、信頼しているはずのイーヴを俺はなぜ殺そうとした…?


 相手が誰であろうとも、殺気を放たれれば無意識に殺そうとするのでは、殺人駆動機も同様だ。

 俺はそこまで人を殺すことに慣れてしまったとでも言うのだろうか。


 イーヴと戦ったのはこの後に伝えるある要求のためだ。決して勝負の結果が目的なわけではない。それなのになぜ…


 ――自分自身の変化に戸惑いながらも俺は気を取り直し、ライトニング・ソードを握る手に力を込めた。


「俺の勝ちだな、イーヴ。城に帰ってあの男にこう伝えろ。一両日中に新法対象者の民間人達を全員解放し、無罪放免で自宅に帰せ。さもなくば、()()()()()()()()()()、とな。」

「な…それはどういう意味ですか!?」

「ライ様…!?」


 痛みに顔を歪ませ、イーヴが慌てて立ち上がる。俺は二人から距離を取って監視機器の死角に下がり、アーロンとジェフリーには見えない位置でライトニング・ソードの刀身を自分の首にピタリと当てた。


「――こういう意味だ。」


 イーヴは青ざめ、トゥレンは俺に手を伸ばしてすぐさま止めようとする。


「なにをなさるのです、ライ様っ!!!」

「近付くな!!」


 俺の声に二人は硬直しその場で足を止めた。俺は彼らを真っ直ぐに見据えながら続ける。


「そこから一歩でも近寄れば、俺はすぐさま首を切り自害する。」


 ――どんなに卑怯だと罵られようが、俺はこの二人に、自分の命を楯にして要求を呑ませることを画策していたのだ。


 『他人の命を奪った罪は自身の命で償う』


 そう言っていたフレグの言葉が、俺の頭には浮かんでいた。


「俺は事前にきちんとした下調べもせずに護印柱に入り、守護者としても友人としても信頼していたヴァレッタ・ハーヴェルを…あんな形で死なせてしまった。後悔し謹慎していたが、ヘイデンセン氏が連行され、新法制定に食ってかかった俺にあの男は、全ては俺が招いたことだと言い放った。それはつまり、ここにいる収容された民間人達が魔物に食い殺されるのは、全部俺の所為だと言うことだ。」

「それは――!!」

「違いますライ様!!ライ様お一人の所為ではありません!!我々とて同じです!!危険だと知りながらお止めせず、国王陛下に相談すべきだと理解していながら、ご進言致しませんでした!!決して貴方様だけの所為ではありません!!」


 トゥレンは俺を庇い、必死にそう訴える。だがそれも、俺と国王の関係が良好であれば避けられたことだとわかっていた。

 結局イーヴとトゥレンは単に俺の命令に従っただけで、なんの罪もない。


「――俺だって死にたいわけじゃない。だがあの男は俺の訴えに耳を貸さず、俺一人を処罰しろと言っても聞き入れてくれなかった。…正直に言う。こんなことになって俺はもう…どうすれば良いのかわからないんだ。」


 剣を握る手が微かに震える。収容者達の命が懸かっているこの状況に俺は怯えていた。ヴァレッタだけでなく、ヘイデンセン氏やアーロン、ジェフリーまでもを死なせることになったら、とても自分一人の命では償い切れないからだ。


 以前の俺はイーヴとトゥレンを信用出来ず、どんなに苦しくても心情を吐露することは決してなかった。

 今は違う。この二人は少なくとも俺の味方だ、そう思えるようになった。


 だからこそ本音を話す。今の俺は王宮近衛指揮官のライ・ラムサスではない。ただ一人の人間として、助けてくれ、と素直に口には出せなくても、俺が追い詰められていることだけはこの行動で理解して貰えるはずだ。


「頼む…あの男を止めたいんだ。考古学を排斥するのは仕方がないにしても、なにもなんの罪もない民間人を殺さなくたっていいだろう…!そう訴える俺が間違っているのか?」


 押し黙る二人に言葉ではなく、俺は目を見て懇願する。


「俺は本気だ。おまえ達が俺の要求を持ち帰らないというのなら、結果が出る前に今ここで命を絶つ。そして冥界に行き、あの世から死せる怨霊となって舞い戻り、今度こそあの男をこの手で殺す…!!」

「承知致しました!!」


 イーヴが俺に叫んだ。


「ライ様の御言葉を我々が必ず陛下にお伝え致します、ですから剣をお納めください!貴方様が命を絶つ必要はありません!!――そのために私と戦われたのでしょう!?」

「イーヴ…。」


 ――俺はイーヴ達があの男の命令に逆らえないことをわかっていた。


 ただ説得出来なかったと言って戻るだけでは納得して貰えずに、命令に逆らったと思われて捕らわれてしまうかもしれない。

 そう思った俺は、俺の激しい抵抗に遭い、やむを得ず引くしかなかった、と言う状況を作りたかったのだ。

 但しトゥレンには『闇の契約』があり、俺の手で負傷するとそれが命取りになる可能性がある。だからイーヴだけに相手をしろと告げたのだった。

 あそこまで深い傷を負わせるつもりはなかったが、一瞬放たれた殺気に反応してしまったことは予定外だ。

 イーヴの言う通り、本気でかかってこいと言いながら、俺は確かにイーヴを嘗めていた。あの反撃技(カウンター)をトゥレンが止めなければ、負けていたのは俺の方だったかもしれない。


 イーヴは俺の信頼に応え、その意図を汲んでくれた。…それだけで俺はホッと安堵した。


「…すまない、頼むイーヴ、トゥレン。おまえ達にしか託せない。俺の所為でここに収容された民間人が命を奪われることがないように、どうかあの男を説得してくれ。俺はここで返事を待っている。」


 俺は素直に剣を下げ、鞘に収めた。そうして初めて個人的に弱味を見せ、イーヴ達に心からの願いを託した。


 トゥレンはまだなにか言いたそうにしていたが、この場は諦めたように口をつぐむと俯き、国王の返事を得られたらすぐに戻ると言ったイーヴと共に、静かに出口へ向かった。


 俺が監視機器に合図をし、イーヴとトゥレンが開いた扉から外へ出て行くのを見送ると、同じように鍵が開いた内部への扉から俺も建物内に戻る。

 緊張が解けて気が抜けた俺は、その場に座り込むと暫くの間動けなくなった。こんな情けのない姿は、誰にも見せられたものではない。


 閉じた扉に背中を着いて丸め、立てた片膝に肘を置いて床を見る。…これで打てる手は全て打った。もう俺に出来ることはなにもなく、後は祈るだけだ。

 ルーファスが魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)の運営者と手を組み、あの男を脅した、と言った言葉が真実なら、俺の行動と合わさってこれで収容者達を解放することが出来るかもしれない。

 ヘイデンセン氏が期待し、ルーファスが俺になら出来るだろうと言ったのは、多分こんな姑息な手段ではなかったと思うが、これが俺の精一杯だ。


 俺が取ったこの行動は極めて卑怯な手で、イーヴとトゥレンの俺に対する忠誠心を利用し、自分は微塵も父親だと思っていないくせに、あの男の俺に対する親心があることを期待して、そこに付け込もうとしている。


 これに失敗したら、最終的にはルーファスに聞いた地下迷宮を通って、犠牲者が出ることも覚悟の上、収容者達をここから脱獄させるしかない。

 もしそうなった時は全員を本土に逃がしたら城へ出頭し、あの男の目の前で胸に剣を突き立てて自害してやる。

 そうすれば命を落とした人々の遺族に許しては貰えなくても、国民に対する俺の謝罪の意思だけは受け取って貰えるだろう。


「俺はどこまでも身勝手だ。…すまない、イーヴ、トゥレン。…頼んだぞ。」



「――おい、いったいありゃどういうことだ?対面するなり戦闘をおっぱじめたのにもびっくりしたが、一対一だったとは言え、双壁の片割れがBランク級ハンターのリグに負けたぞ!?」


 監視映像で一部始終を見ていたジェフリーが、吃驚してアーロンに問いかける。


「ああ、驚いたな…鬼神の双壁は王国軍内でも上位を争うほどの手練れだ。あの二人に勝てるのは、上官である『黒髪の鬼神』ぐらいなものだと聞いていたが…」

「つまりリグは、ライ・ラムサス並みの対人戦闘能力があるってことなのか?」

「――いや、と言うよりは、寧ろ…」


 ある考えに至ったアーロンとジェフリーは、顔を見合わせて押し黙る。


 須臾後、ジェフリーは引き攣った笑いを浮かべた。


「…待て待てアーロン、それこそ〝まさか〟だ。いくら()()雲上の御人が民間人寄りの考えをお持ちだと言っても、あり得ない!そもそも髪と瞳の色が違うじゃないか。」

「そんなものどうとでも変えられるだろう。外見変化の魔法石も値は張るが、この国でも手に入らないことはない。Sランク級守護者のルーファスとは親しげで知り合いだったようだし、その可能性は高いんじゃないか?」


 アーロンは憲兵隊よりも先に近衛の双壁が来て、尚且つそれに黒髪の鬼神が同行していなかった理由も説明が付く、と付け加えた。


「いや、けどまさか…リグが本当に…?…嘘だろう。」

「…どちらにしてもリグは俺達の味方だ、それだけは疑いようがない。どんな理由があるにせよ、彼が命懸けで俺達の為に動いてくれているのは確かなんだ。もう暫くは深く詮索せずに様子を見よう。」


 そう言ったアーロンの言葉に、ジェフリーは半信半疑の表情で頷くのだった。




                 ♢



 ――アインツ博士、トニィさん、クレンさんの三人を連れて、ヘレティック・ギガントスがいた中庭の祠から地下迷宮へと戻った俺達は、俺が破壊したバスティーユ監獄への扉を修復魔法で元通りに戻し、そのまま進んでアテナ達と最後に別れた暗がりの前まで来ていた。


「ほ、本当にこんな真っ暗な場所を行くしかないんですか…?」


 ガタガタと震えながらクレンさんにしがみ付き、怯えた顔でそう言ったのはトニィさんだ。


「大丈夫だって!さっき渡したルーファスの魔法石があんだろ。一番冷静で肝の据わってるアインツ博士が防護魔法石の担当、トニィは照明魔法石の使用と誰か怪我した場合の救護を、クレンは俺達が討ち漏らした魔物が、万が一近付いて来たら魔法石で攻撃する。そう話し合って決めたとおりに動きゃ問題ねえって。なあ?ルーファス。」


 ウェンリーが今説明したのは、事前にここへ入る前に取り決めた、考古学三人組の役割だ。

 なにもせずにただ俺達に守られているだけだと、この暗がりでは右も左もわからずに恐慌状態に陥る可能性があった(特に今見たとおりトニィさんが)ため、わざと役目を決めて働いて貰うことにしたのだった。

 なにせ今回は護衛依頼でも遺跡探索でもなく、俺達が経歴に傷が付くことも厭わず(勝手に)助けに来たのだから、ただ働きなのだ。


 …と言うのは表向きで、そう言って無理やり役目を与えれば、怖くなくなるんじゃねえ?と助言をくれたウェンリーの案を俺が採用しただけだ。


「ああ。トニィさん、以前と違ってウェンリーはもう、一人前の守護者になりました。思わぬ強敵に出会した場合を除いて、この近辺にいる魔物にはそう簡単に後れを取りませんから俺達を信用して下さい。」

「そうじゃぞ、それともトニィだけ、なんならバスティーユ監獄へ戻るかの?」

「い、いやです!!あんなところはもうこりごりですよ!!」


 それはそうだろうな、と俺は苦笑する。


「それにねトニィ、これで僕らがルーファスさんの魔法石を上手く使い熟せるようになったら、今後は遺跡探索の護衛に獣人族(ハーフビースト)の守護者を雇っても、頼りっきりにならずに済むんです!」


 クレンさんが言っているのは、俺からのある提案の話だ。


 魔物が徘徊している上に真っ暗なこの場所を進むに当たって、万が一に備え考古学三人組にも自発的に身を守って貰おうと考えた俺は、今後俺の防護魔法石と攻撃魔法石を、必要な時に格安で譲る約束をした。


 俺のディフェンド・ウォールの防御性能と各属性の攻撃魔法威力については、これまで行動を共にして来た際に既に見て知っているので、彼らは思いの外喜んでくれたのだ。

 そうして俄然やる気を出してくれたのはアインツ博士とクレンさんで、元々臆病なトニィさんは、まだ魔法石を魔物に向かって投げることさえ怖がっているところだ。


「とりあえずウェンリーはアインツ博士達が魔法石の使用に慣れるまで、護衛についてくれ。魔物を倒すのは基本的に俺が一人でやるから、後方にも十分気を付けるようにな。」

「了解。」

「よし、それじゃあ行こう。目的地まで距離があるから、絶対に俺から逸れないように。」


 暗がりに足を踏み入れる前に、俺が先ずルスパーラ・フォロウを唱えて明かりを灯す。

 それに習ってウェンリーが魔法石を使うと、続いてトニィさんがオドオドしながら同じように明かりを点けた。


 念のために今回の照明魔法は、『改良型』の光球が三つ出現する方にしておいたのだが、かなり明るく土壁の通路がよく見えて、トニィさんもほんの少しだけ安心したようだった。


 監獄へ向かう時にも戦って来た暗がりの中に出現する魔物は、そのどれもが生成り色の肌をして毛が少なく、退化した目を持つ代わりに音や震動で気配を感知して敏感に反応する。

 俺の頭の地図にはそれら魔物の数や種類(点滅信号から知ることが可能)、どの辺りに屯しているかなどの情報が具に表示されているため、アインツ博士達を守りながら確実に進んで行った。


「ルーファス、アテナ達と連絡はついたのかよ?」


 バスティーユ監獄を出る前から、ウェンリーは幾度となく俺にこの質問をして来た。


「いや…まだだ。シルヴァンが通った痕跡は、追跡魔法で辿ることが出来るから問題はないけど…呼びかけても返事がない。」

「……そっか、随分奧に行っちまって離れてるから、ルーファスの声が届かないのかもな。」

「……ああ、そうだな。」


 ――ウェンリーも本当はもう薄々気が付いているはずだ。俺とアテナの間に平面的な距離は殆ど関係がない。

 フェリューテラと精霊界グリューネレイアのように、世界その物が異なる場合を除いて、連絡を取るだけなら疾っくになにかしらの反応があって良いはずだった。


 俺の耳に届いたあの変声期前の少年の声…


 『悔しかったら、取り返しに来てごらん。』


 イゼス達を助けに向かったシルヴァン達の行く先に、あの少年の姿をしたカオスが待ち受けているのは間違いなかったはずだ。


 シルヴァンは千年前にも暗黒神の眷属を相手にし、他の七聖達と一緒に打ち倒した経験を持っている。

 そのことから、俺が幾ら不安に感じても、きっとなんとかなるはずだと自分に言い聞かせて、結局俺は二人を行かせてしまった。


 ――大丈夫だ、あの二人になにかあるはずがない。…そう思うのに、俺はどうしてもウェンリーに対して〝返事がないのはおかしい〟と、口に出すことが出来なかった。


 アテナ…シルヴァン…


 シルヴァンの痕跡を辿って地下迷宮を進む間、アインツ博士達は中々に頑張ってくれた。

 エヴァンニュ王国では民間人に、魔法石の使い方を知る人は殆どいない。それは魔法石自体が非常に高価であることと、内包されている魔法がどんなものなのかを一般に知ることが出来ないからだ。

 アインツ博士達は俺が作った魔法石を、俺の魔法を目にすることで知ることが出来るし、念のために補助と防護魔法石以外は、人間相手に発動しないよう特殊な魔法紋を刻むことにした。

 これは暴漢相手であっても発動しないため、その辺りはしっかりと説明して理解して貰う。

 俺はあくまでも守護者で、たとえ自分の作った魔法石であっても、人を傷付けることに使用されたくはないからだ。


 最初はあれほど怯えていたトニィさんも、一度魔法石を手にして魔物を倒せることがわかると、人が変わったように元気になって自ら積極的に魔法石を使うようになった。

 あまり調子に乗られても後が怖いので、ほどほどにしておいて欲しいのだが、なんにしても三人とも順応が早くて驚く。さすが考古学三人組だ。


 そうして数時間をかけて俺達はようやく、それらしい場所へと辿り着いた。階段とかではなく、緩やかにずっと坂道を下ってきた地下深くにある、人工的な建造物…多分また古代遺跡だ。

 俺達はもちろんだが、こんな場所に生きた遺跡が眠っていることを知らなかったらしいアインツ博士達は、大喜びで外観を具に見て回る。

 正面には既に扉が開かれた状態で入口があり、俺とウェンリーは一足先に中を覗いて安全を確かめた。


「すぐ傍に魔物はいないようだな。…だがそれ以外の、()()()()()()()ある。」


 広域探査を行う前で、入口から半キロ圏内の内部だけだが、細い通路の両脇には複数の小部屋が並んでおり、その各部屋には赤く光る信号が数多く見られた。

 だがそのどれもが、俺のデータベース上で『魔導機』と表される、魔物ではない敵対存在であることを示していた。


「なにかってなんだよ?」

「…そうだな、魔物じゃない敵対存在だ。実際に対峙してみないとわからないが、かなりの数、魔力の塊だけは感じ取れる。」

「えぇ…なにソレ…すっげえやな予感しかしねえんだけど。」


 俺達の言う〝魔物〟とは、元から生息しているフェリューテラ上の生物が、なにかしらの要因で突然変異を起こし、異形の生物と化した存在を言う。

 それだけに大半は元の生物の習性や外見を残しており、その肉なども人間が食せるものが多いのだ。

 だが民間人や魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)での扱いはその限りでなく、稀に遺跡内で見かける古代兵器の駆動機や暗黒種(ダークネス)不死族(アンデッド)魔精霊(デビルスピリット)なども広く魔物と言い表すのが普通だ。


「ウェンリーは俺が戻るまでアインツ博士達とここで待機してくれ。一階のそう遠くない小部屋に、味方を示す信号が二つ点滅しているんだ。もしかしたらアテナ達かイゼス達のどちらかかもしれない。」

「えっほんとか!?…わかった、ここで待ってるから気をつけて行けよ。」

「ああ。」


 俺は遺跡内の様子を見るためにも、一旦ウェンリーにアインツ博士達を任せて入口から足を踏み入れると、頭の詳細地図に点滅している黄緑色の信号を目指した。


 ――点滅信号に動く気配がないな。…なにかで拘束されているのか、それとも意識を失ってでもいるのか…?


 あくまでも俺の勘だが、そこにいるのはなんとなくアテナ達ではないような気がしていた。


 入口から入って百メートルも進まない内に、赤い信号が示していた六体もの敵対存在が俺の目の前に出現した。

 どうやらここの『魔導機』と呼ばれる敵対存在は異界属性を持ち、転移魔法や瞬間移動などの空属性魔法を使い熟すらしい。


 それだけでなくシルヴァン辺りは拍子抜けして、思わず油断しそうな外見をしている。

 今俺の目の前にいるのは、バタバタと音を立てて飛び回る『分厚い本(ディクショナリー)』に、よく城などの個室の壁に飾られている、観賞用の模倣武器『交差した曲刀(フェイクソード)』、そして『動く石像(ムービングスタチュー)』だ。


 この中で最も注意すべきなのは、飛び回る分厚い本だ。その魔力反応から、回復に補助魔法、攻撃魔法まで使い熟すと見える。

 放っておくと一緒に出現した他の魔導機を強化されて倒しにくくなるため、俺は最優先で攻撃を仕掛けた。

 弱点は見た目の通り燃えやすいため火属性で、感知されないように使用した俺の隠形魔技(コンシールスキル)瞬間詠唱(スティグミ・リア)による上位火魔法『フレア』なら瞬殺可能だった。


 次に模倣武器と石像だが、これは物理攻撃を主体に襲いかかって来たため、ディフェンド・ウォール・リフレクトで攻撃を反射させて、損傷を与えて行く。

 ある程度弱まったところで空属性の空間圧縮魔法『マイトプレシオン』を使い、最終的には押し潰して倒した。


 その後も襲ってくるのは背中に螺子のついた『兵士人形(ソルジャー)』や、『熊のぬいぐるみ(テディ・ベア)』だったり、歩くモップだったりして、まるで子供が操る玩具のような敵ばかりだった。

 それも恐らくは、あの邪悪な少年がこの遺跡内に放ったものだからなのだろう。


 俺は油断せず慎重に進むと、周囲に敵対存在がいないことを確かめた上で、鍵のかかっていない扉を開け、黄緑色の点滅信号が光っている小部屋へと足を踏み入れた。


「――イゼス…レイーノ!!」


 そこにいたのはやはりアテナ達ではなく、紫色に光る魔法の檻に閉じ込められていたイゼスとレイーノだった。


「「ルーファス様!!」」


 外から見た感じでは二人に怪我はなく、俺を見るなり安堵の表情を浮かべて檻の中からその壁を叩いた。


「良かった、無事だったんだな。アテナとシルヴァンは?」


 イゼス達がここに捕らわれていたのなら、アテナとシルヴァンも二人を見つけたはずだ。そう思いイゼス達にその行方を尋ねる。


「アテナさんとシルヴァンティス様ですか?…わかりません、俺達はついさっきここで目を覚ましたばかりで、なぜこんなところに入れられているのかもわからないんです。」


 ところがイゼスとレイーノは互いに顔を見合わせると、首を横に振ってアテナ達のことは一様に知らないと言う。

 もし二人がイゼス達を見つけていたとしても、彼らは気を失っていて気づかなかったのかもしれない。


「…そうか、とにかくこの魔法の檻を解除出来るか試してみる。」

「はい、よろしくお願い致します。」


 俺は普段アテナに任せていた作業を、今日は俺自身の手で行う。檻の壁面に触れ、そこに解析魔法を流して、檻を構築している魔法術式を読み取って行くのだ。

 幸いにして罠のようなものは見受けられず、効果消去魔法『ディスペル』と『アンロック』を使用しただけで簡単に檻は消え去った。


「ありがとうございますルーファス様…!!俺達ではどうにも破ることが出来ず、途方に暮れていました。」

「ああ、気にしなくていいんだ、元々俺の所為でイゼス達は攫われたようなものだから…それより、本当にアテナ達を見た覚えはないんだな?」


 俺の質問にレイーノが答える。


「ええ、ありません。多分俺らはルーファス様達の目の前で、なにかに暗がりへ引き摺り込まれた時点で気絶したからだと思う。あれからどのくらい時間が経っているのかさえはっきりとはわからない。」

「イゼスとレイーノが攫われたあの時から、もう丸一日以上が過ぎている。俺達はあれから二手に分かれたんだ。」

「丸一日!?お待ちください、ではまさか…アインツ博士達は!?」


 慌てたイゼスに俺は安心するように告げ、アインツ博士達は俺とウェンリーが無事に助け出し、この遺跡の入り口前でウェンリーと一緒に待っていることを話した。


「良かった、アインツ博士…ありがとうございます、ルーファス様。結局俺達はなんの御役にも立てず、足を引っ張ってしまっただけで…お詫びのしようもありません。」


 申し訳なさそうにイゼスとレイーノは頭を下げたが、俺はもう一度気にしないようにと念を押した。


「とにかく一旦ここを出てウェンリーのところへ戻ろう。道中詳しいことは説明するから。」


 俺はイゼス達を連れて出現する魔導機を倒しながら、来た道をまた入口に向かって戻った。


「イゼス、レイーノ!!無事だったんだな、良かったぜ!!」


 遺跡から出ると、イゼス達を見たウェンリーが破顔して駆け寄って来る。


 そしてイゼス達は、アインツ博士達との久しぶりの再会を喜び、一時的にこの場は和やかな空気に包まれた。


 須臾後落ち着いた所で、アインツ博士達には遺跡内に入らないことと、俺達から離れ過ぎないことを言い聞かせて好きに遺跡を見て貰い、その間にもう一度イゼス達から、覚えている限りの情報を得ようと残る四人で話し合うことにした。


「――そっか、イゼス達はアテナとシルヴァンに会ってねえのか…」


 詳しい事情を聞いたウェンリーが、打って変わって一瞬で暗い表情になる。


「会っていたとしても気を失っていて覚えていないだけだ。なにか二人に関する手がかりがあれば良かったんだけど、これから俺とウェンリーだけで、改めて中を調べてみるしかないな。」

「俺らだけでって…イゼス達はどうすんだ?」


 俺はイゼス達には、この後転移魔法石を使ってアインツ博士達と一緒に、先にルフィルディルへ戻って貰おうと思っていた。

 この先はなにがあるかわからないし、もっと早くアインツ博士達だけを隠れ里に送ることも考えたが、イゼス達が一緒でないと騒ぎになる可能性があり、少し心配してもいたのだ。


 イゼスとレイーノは俺の考えに同意し、自分達がいてもまた迷惑になる可能性があると言って、一足先に帰ることを承諾してくれる。


「そっか…イゼス達とアインツ博士達はそれでいいとして、アテナとシルヴァンはどうしちまったんだろ?…無事、だよな?ルーファス。」


 ――ここへ来て初めてウェンリーが不安げな顔を俺に見せた。イゼス達が無事だったのに、アテナとシルヴァンの姿がないことに、さすがに聞かずには居られなくなったんだろう。


「ああ、きっと大丈夫だ。」


 そう返事をしながらも、俺自身も言いようのない不安に駆られていた。


 俺が幾ら呼びかけても、相変わらずアテナからの返事はなく、広域探査を行ったにも関わらず、二人の存在を示す黄緑色の信号が、見える範囲の詳細地図に未だ表示されないからだ。


「ところでレイーノ、その手になにを持っているんだ?」


 ここへ戻るまでにも気になっていたのだが、せめて安全なところへ行くまではと思い、敢えてこれまで聞かなかった疑問を俺はレイーノに投げかける。

 大事そうにしっかりと握っている割りには、まるで持っていることを忘れているかのように手から放そうとしない小さな革袋が、俺は気になって仕方がなかったのだ。


「は…?えっ、なんだこれ!?俺いつからこんなものを持って――」


 本当に持っていることすら意識していなかったのか、右手で固く握っていた革袋を見て、レイーノは吃驚し慌てた。


「ええ?おい、しっかりしてくれよレイーノ。今の今まで自分で持ってたんだぜ?気づいてないとかあり得ねえし――」


 ウェンリーはそう言って笑い飛ばそうとしたが、俺は嫌な予感に酷く胸騒ぎがして、とても笑えなかった。


「…その革袋はレイーノの物ではないんだな?」

「あ…ええ、俺のものじゃない。いつから握っていたのかもわからないし、なんだか気味が悪いな。」

「…ルーファス様?」


 俺は困惑するレイーノにその中を見せてくれと頼み、革袋を受け取ると、固く縛られた口紐を解いて中を確かめた。


 ――袋の中に入っていたのは、見覚えのある魔石付きの腕輪(バングル)に、特徴的な木彫りの耳飾りが両耳分…それを目にした瞬間、俺の全身がざわりと総毛立った。


「そ、その腕輪(バングル)…っ――ルーファスがアテナに作ってやった、お揃いの…」


 すぐにウェンリーが気づいて声を震わせる。


「――…ああ、そうだ…間違いない。これは…」


 アテナの腕輪(バングル)とシルヴァンの耳飾りだった。


 

次回、仕上がり次第アップします。

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