108 カオス第七柱シェイディ 後編
クトゥルフ・エレ・シアエガを倒した後、突然襲撃して現れた少年は、カオス第七柱シェイディと名乗りました。なにか含みのある挨拶の仕方に引っかかりを持ったシルヴァンでしたが、カオスを脅威と感じたアテナは、すぐさま戦闘に移行します。子供の姿をしていても、その恐るべき力を振るうシェイディに、アテナとシルヴァンは挑みますが…?
【 第百八話 カオス第七柱シェイディ 後編 】
――『カオス第七柱シェイディ』。
そう名乗ったアテナよりも小さいその少年は、シルヴァンがルーファス達から聞いていた通り、ピンピンと外側に跳ねるようにして伸びたくせっ毛の、途中から毛先までが白、根元からそこまでが柑橘系果物のようなオレンジ色をした、見事な二色のザンバラ髪をしていた。
まだあどけなさの残るその顔には、目尻が少し吊り上がり気味の目に、猫のように形を変える金色の瞳が光っている。
健康的な同じ年頃の子供と違って、病人のようなやけに白い肌を持ち、ニッと笑むと口から覗く左右の八重歯が目立つ。
薄灰の生地に紫色の糸で縁取りの刺繍が施されたフード付きの短丈外衣に、くすみがかったターコイズブルーのチュニックと寄り紐のベルト、鳶色のボトムに編み上げのブーツを履いている。
全身から吹き出す純黒の霧を除いて、外見だけを見れば、どこからどう見ても人間の子供だ。
シルヴァンは〝初めまして〟の前に〝一応〟と付けたのはなぜだ、とシェイディの挨拶が微妙に引っかかる。
見た目に欺されているわけではない、相手はカオスだ。単に含みのある言葉で惑わせようとしているだけかもしれなかったが、なにかに対する警鐘が頭の中に鳴り響いていた。
「対『混沌』戦闘フィールド展開!!『トールグローム・ジャッジメント』!!」
そのシルヴァンの横で、普段なら補助魔法から戦闘に突入するアテナが、初手から瞬間詠唱で光属性の上級攻撃魔法を放つ。
青白い雷撃が一帯を駆け巡り、閃光と敵に襲いかかる光線が闇を切り裂いた。
アテナは魔法の攻撃効果が継続している間にチャクラムを投擲し、敵がそれを躱そうと動いた隙に補助魔法をかけようとした。
「させないよ!!『シアエガの触手』!!」
ビュビュビュンッ
広範囲攻撃魔法とアテナのチャクラムの両方を難なく躱すと、シェイディは瞬間移動をして間合いに入り込み、クトゥルフ・エレ・シアエガと同じ触手を背中から出現させた。
瞬間詠唱の魔技を使用しているにも関わらず、それを中断されたアテナに、無数の黒手が襲いかかる。
「ぬんっ!!」
シルヴァンはアテナを守ろうとその触手を切断し、アテナとシェイディの間に割り込んだ。
「あはははっ、遅い遅い!!」
シェイディは笑いながらシルヴァンの目の前で消え、手元にどこにでもあるような双剣を出現させると、瞬間移動したアテナの背後から、罰印を描くような一撃を加えた。
ザザンッ
「きゃああっ」
「アテナ!?」
まだ身体が魂と馴染んでおらず、肉体的には無痛のはずのアテナが仰け反り、悲鳴を上げる。
「エ…エクストラ、ヒール…っ!!」
痛みに顔を歪ませたアテナは、シェイディが再び瞬間移動をして間合いから離れると、すぐに高位治癒魔法『エクストラヒール』を自分にかけた。
それはシルヴァンが初めて目にする、ルーファスとウェンリーでさえ見たことのないアテナの姿だった。
≪ アテナが、敵の攻撃で痛みを感じている!?≫
まさかこんな時に肉体と魂が馴染み始めたのか?…シルヴァンは一瞬そう思った。ところが――
「あっはははは、どう?初めて感じる『斬痛』の味は?君、〝アテナ〟だっけ?君ってさ、まだ『霊体』なんでしょ?」
「え…?」
「な…――」
想像だにしなかったシェイディの言葉に、アテナとシルヴァンは慄然とした。仲間内しか知らないはずの情報を、シェイディが口にしたからだ。
子供の顔らしからぬ、片方の眉を吊り上げて口元を歪ませながら、ニヤニヤとシェイディは続ける。
「おまけにその器、守護七聖主の魔力で作られているんだってね?普通なら僕じゃ君を傷付けることは出来ないはずだったんだけど、あはは、〝ある人〟から贈られたこの双剣ならこれが可能なんだよね。どう?驚いた?きゃはははは!!」
込み上げる笑いを堪えられないとでも言うかのように、腹を押さえて甲高い声で嘲笑するシェイディは、さあ、どんどん行くよ!と狂喜して、再び瞬間移動を繰り返しながらアテナに突っ込んで来た。
「くっ…ディ、ディフェンド・ウォール!!」
キンキンキンッ
目前に迫ったシェイディの姿と、その手に握られる双剣のギラリとした光にたじろぎ、アテナは怯えた顔で防護魔法を発動する。
「対策済みだよ!!『アンチウォール』!!」
パアンッ
シェイディがそう口にすると、まだ障壁に触れられてもいないのに、ディフェンド・ウォールはあっさりと砕け散った。
シェイディの交差した両手が迫り、双剣が素早く左右に斬り払われるその瞬間、アテナは恐怖を感じて薄紫の瞳を大きく見開いた。
――そんな…っ…
ザザンッ
「きゃあああっ!!」
再びアテナは攻撃を食らい、悲鳴を上げて身を捩る。
それは奇妙なことに、傍目ではシルヴァンやルーファスのように、身体から血が飛び散るようなことはなかった。それなのに確かにアテナはなんらかの形で傷を受け、その痛みに苦しんでいるのだ。
この瞬間にシルヴァンは、アテナを〝ルーファスと同等の特別な存在〟ではなく、〝守らなければならない自分と同じ仲間〟だと認識を改めた。
「アテナ!!…うぬがあっ!!」
蹲るアテナの前に再度飛び出し、仲間を傷付けられた怒りを胸に、シルヴァンは猛烈な勢いで攻勢に出る。
「あはは、やだなあ暑苦しい、彼女が劣勢と見るなり本気で怒っちゃって。どうせまた仲間を守る、とか思ってんでしょ?あー、うざっ!!」
シェイディは見透かすような言動で双剣を弄びながら、心底嫌そうにそう毒突いた。
シルヴァンの斧槍が素早く横に薙ぎ払われると、シェイディはそれを瞬間移動で後退して躱し、間合いが開いた刹那、無数の触手を背からビュビュッと伸ばす。
シルヴァンは顔を掠めるそれを首を傾けて寸前で避け、短く持った斧槍の刃で下から切り上げるように先端を落とすと、また前傾姿勢に戻りグンッと勢いをつける。
態勢を整えたと同時に、握り手の中で長い柄を滑らせると、斧槍の穂先が届く範囲に入った瞬間、高速連続突きを放った。
ズドドドドンッ
シェイディはそれを避けられずに硬化した触手の束で防ぐと、双剣を握る手に漆黒の魔法陣を輝かせ、暗黒属性魔法『エンブレイス・ノワール』を放った。
ズアッ
目の前にそれが輝き、頭に巨大な角の生えた二足歩行の闇獣が出現すると、黒霧状の両腕を広げてシルヴァンを包み込んだ。
「『ルストゥエルノ・アステリ』!!」
カカカカッ
シルヴァンが放った光属性魔法で天から幾筋もの光が降り注ぎ、暗黒魔法を打ち破る。
残滓を伴いながら消えて行く闇獣の影から、シェイディは間を空けず瞬間移動で距離を詰め、今度は双剣で襲いかかった。
その俊敏な動きは、子供の外見からは想像もつかないほどに化け物染みていた。
絶え間なく動き続ける両腕で繰り出される攻撃は、動体視力の優れたシルヴァンの目でも、視認するのが難しいほどに早く、最早勘と経験で相対するより他なかった。
カンッギインッガキンッガカカッ
――なんという速さだ…!身体の小さい子供の筋力と侮ったが、威力も相当…!!
そう思うシルヴァンだったが、ここからは幾度も死線をくぐり抜けて来た経験が物を言う。
大広間中に剣戟が響き渡り、シルヴァンの斧槍とシェイディの双剣が激しく火花を散らし続けた。
千年前カオスを打ち倒した経験から、シルヴァンは敏捷なシェイディの攻撃を上手く去なし、隙を見て猛反撃を行う。
最初は勢いに乗っていたシェイディだったが、やがて気押されてそれに怯むようになり、少しずつ傷が増えて行く。
「ははっやるよね、そうでなくちゃ!!――さすがは七聖ってとこ?僕さあ、ホントは守護七聖主にそういう顔をさせてやりたかったんだよねぇ。」
「ほざくな、カオスが…!!」
シルヴァンが繰り出す槍技が徐々に決まり出し、シェイディの着ている衣服が切り裂かれ、傷から流れ出る血に染まって行く。
――にも拘わらずシルヴァンの声など無視して、クスクス笑いながらシェイディは続ける。
≪ まさか此奴、痛みを感じていないのか…!?≫
そう訝しむシルヴァンだったが、傷を負った同じ箇所に打撃を加えるとシェイディが顔を歪ませたことから、そう言うわけではないことだけは感じ取った。
そうわかると逆に、なにか計略的なものを感じて薄ら寒くなり、背筋がゾッとする。
「だからあいつだけに聞こえるように囁いたのに、僕が招いた主を差し置いて下僕が来るからいけないんじゃん?――覚悟してよね。」
ゴッ…
「!!」
シェイディを包んでいた純黒の霧が集まり、シルヴァンの目の前で巨大な塊と化して行く。
不吉な予感にハッと飛び退いて間合いを開けた直後に、それは実体化して巨斧を構えた半人半牛の『ミノタウロス』になった。
「神話の半獣、ミノタウロス…!!」
その大きさはシルヴァンの半倍くらいはある。
「あんたの相手はこ・い・つ。僕は後ろですっかり僕に怯えちゃってる、アテナちゃんを先に殺らせて貰うからさ♪」
シュンッ
ミノタウロスの背後でシェイディはほくそ笑み、シルヴァンの前から瞬間移動した。
「いかん、逃げよアテナ!!其奴は危険だ!!」
「は、はい…!!」
シルヴァンのこの〝逃げよ〟とは、単にここから離脱しろと言う意味ではなく、この状況を緊急事態と捉え、ルーファスの中に戻れ、と言う意味で告げられた言葉だった。
その意図を汲み、アテナはルーファスの中へと戻ろうとした。――が、その試みは失敗に終わる。
「嘘…そんな、も、戻れません、シルヴァン!だめです…!!」
――なに!?
「ブモオオオオッ」
ミノタウロスが咆哮を上げ、シルヴァンにその巨大な斧を振り下ろす。
アテナの言葉を聞いたシルヴァンはその瞬間、『ウォセ・カムイ』を発動して神狼化した。
ウオオオオオォォーン…
シルヴァンの遠吠えが辺りに木霊し、先ずは巨大な武器を振り下ろしたミノタウロスに突進して、その攻撃を食らうのにも構わずに押し倒した。
ミノタウロスが振り下ろした斧は、そのままシルヴァンの肩口に深々と突き刺さったが、飛び散る流血も襲い来る激痛も全て無視して、敵の極太い喉元に食らいつき、それを肉ごと食い千切った。
ミノタウロスはそのシルヴァンのたった一撃で絶命し、シェイディの予想に反して一分と持たずに消滅する。
「な…なにそれ!?普通の獣化じゃないよね!?」
驚愕したシェイディのそんな声が届く。
シルヴァンはそのエメラルドグリーンの瞳に屈強な光を宿し、口からミノタウロスの緑色の血を滴らせながら、シェイディに振り向いた。
『守護七聖を舐めるな、小僧。出でよ我が眷属!!アドヴェントス・ケラヴノス!!』
シルヴァンの声に呼応し、シェイディの頭上に真っ白い光の渦が出現する。そこから雷光を纏った白翼の一角獣が姿を現すと、嘶きながら颯爽とアテナの前に降り立ち、角に光を集束して羽ばたいた。
そこから放たれた高速の閃光が、一直線にシェイディ目掛けて伸びて行く。
「や、やば…まさか守護七聖の殲滅魔法!?」
シルヴァンがこの戦闘で使用した『ルストゥエルノ・アステリ』と、『アドヴェントス・ケラヴノス』は、光の守護七聖としての魔法共有<マギィカ・シェア>だ。
これは単にルーファスとシルヴァンだけが使用可能な超高位魔法、と言うだけではなく、その攻撃威力もルーファスの能力に依存する。
よって魔法が不得手なシルヴァンの魔力が多少劣っていても、十分すぎるほどの攻撃力を持っていた。
向かってくる魔法攻撃に、尋常でない威力を感じ取ったシェイディは、慌てて瞬間移動で逃げようとした。
だがこの攻撃は頭上に光の渦が出現した時点で、対象をその場に拘束する特殊効果を持っており、回避に失敗したシェイディはそれをまともに浴びて純白の炎に包まれた。
「ぎゃああああっ!!!痛い痛い痛い熱い熱いぃぃぃっっ!!!」
シェイディはなにをしても消えない聖炎に転げ回ると、全身を焼かれてのた打ち回った。
アテナはこの隙に絶叫するシェイディからすぐさま離れ、神狼化したシルヴァンに駆け寄ると、肩に刺さったままの巨斧を引き抜いてから治癒魔法を唱えた。
「深き傷を癒やせ、エクストラヒール!!大丈夫ですかシルヴァン!」
アテナの魔法がシルヴァンの傷を瞬く間に癒やして行く。
『それはこちらの台詞だ。そなたはあれの相手を避け、この間にイゼス達を解放して戦域を離脱せよ!カオスの足止めは我がする!!』
「はい!!」
アテナは言われたとおり、飾り柱に括り付けられたままのイゼス達の元へ走って行くと、チャクラムで縄を切って彼らを地面に下ろした。
「イゼスさん、レイーノさん、しっかりして下さい!!目を覚まして…!!」
そう声をかけて身体を揺さぶるも、イゼス達は一向に目を覚まさなかった。
――どうして?ただ気を失っているようにしか見えないのに、目覚めない…なにか特殊な術でもかけられて…?
「浄化せよ、『リカバー』!!」
なにかの状態異常にかかっているのかと思ったアテナは、始めにそれを治す回復魔法『リカバー』を使い、それでも効果がないと見ると、今度は効果消去魔法『ディスペル』を使用した。だがそれでもイゼス達は全く何の反応も示さなかった。
「だ、だめですシルヴァン、彼らは目を覚ましません…!!」
『なんだと…!?』
そうこうしている間に、シルヴァンの放った魔法の聖光で焼き尽くされ、真っ黒な消し炭のようになったシェイディがゆっくりと立ち上がった。
二色の髪も着ていた衣服も焼かれて、純黒の影のような姿に、あの金色の瞳だけが憎悪を宿し、ギラギラと光っていた。
元があどけなさの残る少年だっただけに、その異様な様を見たシルヴァンは途轍もない寒気を覚えた。
ゾッ
――まだ動くか…さすがはカオス、暗黒神の復活を前にして千載一遇の機会だというのに、今の主の力ではまだ倒し切れぬのか…!!
『よ、くも……やってくれた、な……』
既に戦闘不能にも思えるシェイディのその声は、最早〝生者〟が発するものとは思えないほどに不気味に嗄れていた。
もう一度七聖の殲滅魔法を使用するには、一定時間置かなければならなかった。驚異的な威力を発揮する超高位魔法なだけに、シルヴァンの生身の身体には負担が大きく、下手をすれば命に関わるため続けて使うことが出来ないからだ。
『ならば引導は直接我の手で――』
再び神狼化したままのシルヴァンが攻撃態勢に入る。…が、その時、シェイディが意外なことを口にする。
『――ホント、〝シルおじちゃん〟は、子供でも敵には容赦がないんだね…』
〝シルおじちゃん〟――そう呼ばれた瞬間、シルヴァンの動きが止まる。
『な…に……?』
――その呼び方は…
シルヴァンが吃驚してシェイディに止めを刺すのを躊躇った。
『限界だ、出て来てよ〝アクリュース〟!!』
その一瞬の隙を突いて、シェイディが叫ぶ。
「――やれやれですね…出番が少々早過ぎませんか?シェイディ。時の理よ、我が命に従え、『ティム・レヴェルスマン』。」
ギュアアアアアアッ
『ぐああっ!!』
「きゃあああっ!!」
何処からともなく聞こえたその声が、なにかの呪文を唱えると、アテナとシルヴァンに巨人の手で全身を捻られたような激しい痛みが襲う。
ぐにゃりと視界が歪み、周囲の景色が物凄い速さで渦巻きながら流れると、ほんの数秒でそれはすぐに止んだ。
――気づけばシルヴァンの神狼化は解かれ、アテナと二人、並んで床に膝を付いていた。そうして慌てて顔を上げると…
「な…これは…!?」
「復活魔法!?――いいえ、違う、今の魔法は…!!」
完全に復活し元の姿に戻ったシェイディとミノタウロス、その背後の空中には倒したはずのクトゥルフ・エレ・シアエガが、そしてシェイディの横には宙に浮かぶ謎の人物が出現していた。
「お初にお目にかかります、〝守護七聖が白〟と〝神霊アテナ〟。私は全世界の終焉を望む者。このフェリューテラでは、正しき歴史を歩む者『ケルベロス』と名乗る信者を持つ、宗教団体の教祖アクリュース、と申します。」
――さて、あなた方には我が姿が、男と女、どちらに見えますか?
アテナとシルヴァンに、シェイディ同様の禍々しい気を纏った『男』が、背筋の凍るような微笑を浮かべてそう問いかけた。
* * *
――エヴァンニュ国王ロバムが、イーヴとトゥレンにライの捜索を命じた翌朝、魔物駆除協会からエヴァンニュの王城に緊急の書簡が届いた。
謁見の間で公務の最中だった国王の傍で、王付きの忠臣テラントが急遽それを読み上げる。
その内容は、〝これより貴城謁見の間にて、ギルドの運営者である黒鳥族の族長『ウルル=カンザス』が直ちの面会を求む〟という上位目線の不躾とも言えるような短く、一方的な文面だった。
ライの行動に苛立っていたロバム王は冷静な判断を欠き、魔物駆除協会の意図が読めず、それを一蹴しようとした。だがその直後――
シュシュシュシュシュンッ
――黒い鳥の羽のような衣装を身に着けた、五人の男女がいきなり謁見の間に姿を現した。
ちょうど面会中だった客人と、王の護衛を担当している親衛隊は突然の侵入者に驚愕し、客人は慌てて逃げ出し、親衛隊は剣を抜いて一触即発状態になる。
ロバム王は、それがたった今書簡で知らせて来た、黒鳥族の族長一行だと言うことに気づき、転移魔法を操るほどの魔力と知性、強大な力を持つ相手だと一瞬で理解した。
「剣を収めよ、手出しはならん!!」
ロバム王のその一声で、親衛隊は剣を抜刀したまま下ろし、なにがあっても良いように黒鳥族の一行を取り囲んだ。
五人の男女の内四人は顔に銀製の仮面をつけており、それぞれが違った武器を腰に装備している。
衣服から覗く首や手の肌の色は皆一様に薄青く、特に中心に立つ額に白く輝く光石を嵌め込んだ、灰瞳の仮面をつけていない人物は、少しの油断もならない恐ろしいまでの気を纏っていた。
「――お初にお目にかかる、エヴァンニュの愚かなるロバム・コンフォボル王よ。我は黒鳥族の長にして魔物駆除協会の運営と管理を〝さる御方〟から任されている、ウルル=カンザスだ。」
あからさまに挑発し、一国の王を愚か者だと言い放ったウルル=カンザスに、親衛隊の一人が吠えた。
「貴様!!侵入者の分際で陛下を愚弄するとは何事か!!」
その瞬間、ウルル=カンザスの言葉を遮ったとして、鉄壁隊の隊長であり、ウルル=カンザスの忠臣、モモス=ノイガンが動いた。
「声を封じよ『サイレンス』。」
フオン
モモス=ノイガンの眉間に紫紺の魔法陣が輝き、ウルル=カンザスに噛みついた親衛隊の声を封印した。
黒鳥族は魔法を使用する時、魔力を集めやすい掌ではなく、眉間に集中させる。この方法だと武器を握る手を休める必要がなく、その照準も対象を見るだけで定められるのだ。
「我が長の言葉を遮るな。次は声だけでは済まぬぞ。」
親衛隊の男は喉を押さえて口をパクパクさせると、真っ青になって何度も頷く。
「我が敬愛する彼の御方が、貴公の此度の行いに甚くご立腹だ。本来我ら黒鳥族は人前に決して姿を見せぬ影の一族と呼ばれし種族だが、魔物駆除協会の代表者として組織の意向を伝えに来た。」
――ウルル=カンザスは尊大に、かつ傲慢に思えるほど一方的に話し続ける。
その目には過去エヴァンニュ王家の血筋の中に、幾度となく存在した異政策者に対する侮蔑も含まれている。
それはルーファスの知らないこの国の隠された歴史でもあった。
「今回の新法制定について、その全てを撤回せよ。…とは言わないが、民間人を魔物が闊歩するバスティーユ監獄に収容したことだけは認められぬ。」
「な…」
謁見の間が騒然となる。なぜなら、バスティーユ監獄の内部情報は国王とテラント、そして憲兵隊のイル・バスティーユ駐屯所所属の者にしか殆ど知られていないからだ。
当然、監獄内に魔物がいることなどもこの場にいる者達は、国王とテラント以外誰も知らなかったのだ。
驚く親衛隊達を尻目に、ロバム王は一切の動揺を見せなかった。それどころか…
「バスティーユ監獄は重犯罪者収容施設だ。あの島は独自の凶悪な魔物が多いと聞く。極稀に施設内へそれらが侵入することもあろう。だがそなたの言い分は、まるで余が初めからそれを承知の上で、新法による逮捕者を送ったかのような言い方だな?いくらなんでも無礼が過ぎるぞ。」
そう言って平然としらばっくれた。
「認めて頂かなくとも結構。要求を伝える。バスティーユ監獄に収容された新法対象者の民間人を解放し、今後も重犯罪者収容施設としてあの建物を利用するのであれば、真っ当な管理をすること、この二つだ。」
『魔物駆除協会とその創設者は、如何なる理由があろうとも魔物による人の殺戮を認めぬ。また、その規約に則り、強大な権力者が魔物を弱者に向けることを是とはせぬ。これを破れば、ギルドの管理者として相応の対処を行う。』
ウルル=カンザスは冷ややかな視線を送り、そう言ってロバム王を脅した。
ロバム王は考える。これまで長年あの島のことは外部に漏れず、ギルドの規約は知っていたが、特に文句を言ってくることもなかったために、新法対象者達を纏めて処刑するには都合が良いとさえ思っていた。
だがここに来て正体不明とされていた運営者が抗議に出てくるとは、さすがに民間人をあそこに送ったのは失敗だったのか、と。
それでもここで民間組織の運営者に脅されて屈服したとなると、国王としての権威もなにも地に落ちる。
それだけはどうにかして避けたい、と悩んだ。そこへ――
ロバム王の頭の中に声が響く。ウルル=カンザスによる思念伝達だ。
離れた位置に立つウルル=カンザスは、微動だにせずこちらをただじっと見ている。
『国王としての威厳を保ちたいのであらば、知らぬ振りをして聞け。新法を制定した理由について、こちらも一定の理解を示す。考古学を〝触れてはならぬ物を暴く危険〟と見做すのもわからなくはない。故に古代歴史学を禁じることに異は唱えぬから、監獄から解放した民間人にその職を放棄させよ。これは提案だ、それなら構わぬだろう?従わぬ者は改めて拘束し、監視下に置けば良いのだ。』
ロバム王は眉一つ動かさずに、頭の中でウルル=カンザスに返す。
――だがあの地には、人の持つ業を喰らう神鳥『ペシャクリム・イ・ガルラ』が棲まう。
一定の期間毎に囚人を生け贄として差し出さねば、鳥籠から解き放たれてしまうのだ。そのことをそなたは知っておるのか?
『それなら心配要らぬ、神鳥は既に倒された。』
な…まさか!!建国当時から幾度となく討伐隊を差し向けても、悉く全滅したと王家の歴史書には残っておるほどの相手だぞ!?…あり得ぬ!!
『この世界でただ一人、それを可能な御方がおられる。我がここへ出向いたのは、貴公のためでもあるのだぞ?歴史に名を残す〝救世主〟を敵に回したくはあるまい?』
――その瞬間、ロバム王はウルル=カンザスの影に誰がいるのかを悟り、その要求を受け入れることに決めた。
逆らえば今後この国がどうなるか、容易に想像がついたからだ。
コンフォボル王家には、初代国王エルリディンの手記が残されている。アガメム王国からエヴァンニュ王国と名を変えた際に、元の家名であった『ルフィルディル』の名を捨て、友好の証として隣国から嫁いで来た王女の祖父名から新たに『コンフォボル』とエルリディン自身が名付けた。
エルリディンはアガメム王国時代の王家を恥じており、代々の戒めとして様々な警告を残していたが、その中でも当時アガメム王国が滅ぶ要因となった救世主『太陽の希望』こと『守護七聖主』については、なにがあろうとも絶対に敵対してはならないと記されてあった。
そして王家の戒めを信じないような、一族の中に稀に生まれてくる性格破綻者が決して玉座に座らぬよう、当代の国王自らが選んだ相応しき者を、その位に座らせるよう厳しく伝えられてもいる。
そのエルリディンの手記にある最後の頁には、こう記されていた。
『救世主を敵に回せば、たとえどれほど繁栄した強大な国家でも、襲い来る災厄時には焦土と化して滅びるだろう。エヴァンニュ王国に変わらぬ平穏を。』と。
――ロバム王はウルル=カンザスに、要求に応じることを頭の中で伝える。ウルル=カンザスの国王に対する配慮は重畳で、その返事を受けたウルル=カンザスは、ロバム王の権威を落とさず屈服させることに成功した。
「ロバム・コンフォボル国王よ、今ここでの返事は結構。二日間の猶予を与える。その後行動を起こさぬ場合に限り、こちらで相応の対応を取らせて貰う。話は以上だ。」
表向きにはそう言うだけ言って、突然来た時と同じように、黒鳥族の一行はまた一瞬で姿を消してしまった。
「へ、陛下…!!」
脱力して大きな息を吐きながら緊張を解いたロバム王に、青ざめた顔をしたテラントは跪いてグラスに注いだ水を差し出す。
ロバム王はそれを手で断り、肘掛けに付いた手を眉間に当てた。
「――あれが魔物駆除協会の運営者か…フェリューテラ中の国王が束になっても勝てる気がせぬな。」
ウルル=カンザスの底知れぬ恐ろしさに、ロバム王は苦笑した。
♦
――『イティ・エフティヒア』…その聞き慣れない言葉は、俺とレインだけが知っている曲の題名だ。
レインの生まれ故郷の言語で、意味は『小さな幸福』と言う。
細やかでも養父と二人、ラ・カーナ王国の辺境にあった森の小屋で、愛情に満たされた穏やかな時間を過ごした…その思い出からそう名付けた。
まさかこんなところで、このオルゴールの曲が、ルーファスはレインなのだと教えてくれるとは思いもしなかった。
なぜ髪と瞳の色が変わり、若返っているのかはわからない。もしかしたら記憶を失っていることと関係があるのかもしれないが、〝レイン〟と名を呼んで俺がライだと告げ、いったいなにがあったのかと尋ねても、きっとルーファスとして生きている今の彼には、なにもわからないだろう。
…それでも、自分が漠然と感じていた確信が、間違いではなかったと知れただけでも嬉しかった。炎の中に消えたレインが、もう二度と会えないと思っていたレインが、俺の隣で笑い、生きて動いている。
なにもかも記憶を失っているのに、俺との思い出の中にあるオルゴールの曲を聴いて、その題名だけは思い出してくれた。
それはレインが俺を、本当に愛してくれていたなによりの証のような気がして、涙が出そうになった。
朝になってルーファスを見る度にレイン、と声をかけそうになり、気を落ち着かせようと彼から少しだけ離れた。
うっかり名を呼ぼうものなら変装している意味もなくなる。
そうして俺一人が狼狽えていると、突然監獄内に警告音が鳴り響き、イーヴとトゥレンがやって来たことを知る。
思ったよりも時間がかかったな。…俺の第一印象はそれだった。
少なくとも他者よりは俺のことを良くわかっているあの二人なら、二日と経たずに駆け付けるかと思っていた。
それでも最悪の場合を考えて俺が預けた手紙を、二人は下町の服屋の主人から受け取ったのだろうか?…多分、受け取ったのだろうな。
だからこそのあの言葉だったのだろう。
〝監獄内にいる部外者へ〟
――まあ俺の名を叫ばなかっただけでもましか。
ルーファスとウェンリーはイーヴ達と面識があり、ウェンリーの父親は軍務大佐だ。顔を合わせれば二人がここに侵入したことがばれ、マクギャリー大佐は下手をすると懲戒免職になる可能性もある。
自分達が罪を負うだけならまだしも、ウェンリーにとってそれは一大事だ。
だから俺はルーファスに、一足先にここから逃げろと言った。ルーファス達が探していたアインツ博士達を連れ、出来るならヘイデンセン氏も連れて行ってくれると有り難かった。
だがルーファスは彼を預けるなら、俺にも一緒に来いと言う。民間人を救う方法は外に出てからでもあると言って、その手を差し出した。
俺は迷った。ルーファスの手を取って、そのまま一緒に行きたかったからだ。
エヴァンニュという国を捨て、リーマもイーヴもトゥレンもヨシュアも裏切って、なにも考えずにただルーファス…レインと共に行けたら、どんなに良いだろう。
――そう思いながら、俺はルーファスに行けない、と首を横に振った。それでもせめてヘイデンセン氏だけは連れて行って貰おうと思ったが、その本人が俺とでなければ行かないと言い張る。
俺は苦笑しながら諦め、アインツ博士達だけを連れたルーファスとウェンリーを見送った。
また、会えるだろうか。そんな不安に襲われて泣きたくなる。今度はライ・ラムサスとして、レインであるルーファスに会いたい。
そう思ったら、形だけの口約束でも構わない、また会えると言う心の拠り所が欲しくなった。
気づいたら俺はル−ファスの名を呼んでその腕を掴み、引き止めていた。
忘れ物か?と笑うルーファスに、軍人ではなく、守護者としてやり直した自分と言う意味で、また会えるかと尋ねたら、彼はいつかまた必ず会おう、と優しく微笑んだ。
――そうして彼らがこの場を去った後、俺はアーロンとジェフリーを連れて、隣に建つ駆動棟へと屋上の連絡橋を使い、渡ることにした。
俺達が最初にここへ着いた時、入れられた監房が通路ごと動いた、と言ったのを覚えているだろうか?
このバスティーユ監獄は、これから向かう駆動棟が囚人達の収監入口となっていて、監房は駆動棟の大がかりな仕掛けによって上下左右に動き、監房棟へと移動していることがわかったのだ。
アーロンにその詳しい説明を聞いたが、俺は駆動機器の詳細な仕組みについてはさっぱりだった。
制御装置を操作することは出来ても、機構部がどうやって動くかなど、歯車がどうとか説明されても理解出来るはずがない。
そんなわけで、イーヴとトゥレンが待つ出入り口に向かうには、駆動棟から一階に降りるしかなかった。
連絡橋を渡りながら、アーロンとジェフリーが不安気に尋ねて来る。
「リグ、近衛隊の副指揮官と補佐官に会って、いったいどうするつもりなんだ?扉を開けて招き入れた途端に捕まったりしたら、目も当てられないぞ。」
「アーロンの言う通りだ。なにか考えがあるんだろうが、せめてその一端だけでも俺達に話してくれないか?」
俺がライ・ラムサスであることを打ち明けたら、この二人はどうするだろうか?歓迎して信用してくれるか、それとも王国軍の最高位にいながらなにをしていた、と罵るだろうか。
民間人の安全が確保出来た以上、俺の身元がばれて重犯罪者に狙われる危険はなくなったが、アーロンと違って国を裏切ったわけでもない軍属の人間を、果たして収容者達が信用してくれるかどうか疑問だ。
――今はまだ、正体を明かすべきではない。…俺はそう判断した。
「すまない、もう少しだけ待ってくれないか。俺はルーファスと違ってSランク級守護者ではないが、ヘイデンセン氏だけではなく、皆を助けたいと思っているのは本当だ。それとも、Bランク級の俺では信じては貰えないか?」
守護者等級を引き合いに出すのは卑怯だが、今はアーロンとジェフリーの真っ直ぐさと人の好さに付け込ませて貰う。そうしてすぐに食い付いたのはアーロンだ。
「そういう意味じゃない、俺達はあんたを心配しているんだ。知人を助けるために命懸けで魔物を狩り、何日も食事を与えられていなかった民間人に、それを食わせてくれたあんたを疑ったりするものか!等級なんか関係ない、あんたは間違いなく俺達にとって守護者なんだ。だからこそ唯一の希望になったあんたに、なにかあったら堪らないんだよ…!!」
「アーロン…」
――長いこと軍人の中にいて、いつの間にか性根が歪んでしまったのだろうか。この二人が真っ直ぐで人の好い人間だとわかっているのに、相手を疑ってかかっているのは俺の方だ。
俺が本当にただの守護者資格を持つ冒険者なら、彼らとも親しい友人になれたかもしれない。
だが俺は…この事態を招いたのが、本当の意味で俺なんだと知られることの方が怖かった。
俺はアーロンとジェフリーを、どうしても信じることが出来なかったのだ。
結局俺はその場をただ謝ることで誤魔化し、納得出来ない顔をしていたアーロン達と、駆動棟の一階にある制御室まで無事に辿り着いた。
ここの扉には鍵がかかっておらず、問題なく中に入ると、アーロンに頼んで門前の音響設備から俺の声がイーヴ達に届くようにして貰った。
ガガ…ピ…
電源を入れると、通電したことを示す雑音が流れ、それを見上げるイーヴとトゥレンの姿を監視映像で見ながら話しかける。
「――今から正面の扉を開く。周囲に憲兵隊はいないようだが、王宮近衛副指揮官とその補佐官のみ監獄内へ入れ。そこで話がしたい。了承するなら監視機器に向かい、手を上げろ。」
俺の二人に対する物言いに、アーロンとジェフリーが仰天する。一般からすれば、近衛隊の軍人は親衛隊並みに権力があると思われているからだ。
実際それは事実だが、中でも『鬼神の双壁』と呼ばれるあの二人は、元々プロバビリテの名門貴族出身だと言うこともあり、Bランク級守護者が偉そうな口を利いて良い相手だとは思われていなかった。
当然だが、二人は慌てた。
「そんな口を利いて平気なのか?相手は『鬼神の双壁』だぞ。人格者だとの評判はあるが、貴族出身の軍人には、ため口で話しかけただけでも鞭を振るう者がいると言うぞ。」
アーロンの言葉に、ほう、この国の貴族にはそんな連中もいるのか、と別の意味で瞠目する。
「心配は要らない。たとえあの二人がそんな理由で俺を斬り殺そうとしても、俺の剣の腕の方が上だからな。返り討ちにしてやるさ。」
俺が笑いながらそう言うと、青くなってジェフリーが遮った。
「おい!笑えないからやめてくれリグ。あんたがやられても、相手がやられてもどちらにしても俺達は困るんだよ…!!」
「わかっている、もちろん冗談だ。」
――俺の正体を知らない民間人との、こんな下らない会話が楽しかった。
王都にいる一般人は皆俺の顔を知っていて、普通に話が出来る人間は極限られている。俺を同等に見て、敬うでも恐れるでもなく、まともに談笑出来る相手など殆どいないのだ。
「では行って来る。俺がこちらからの扉を手動で開いたら、監視機器に合図を送るまで鍵をかけて開かないようにしてくれ。」
ここの入口は、脱走防止用に三箇所の門扉と、十メートル間隔に制御装置で開閉が可能な遮蔽式の扉が二つ付いていた。
駆動棟側の入口扉から俺が出て、背後で鍵をかける。そして外側の扉を開いてまた閉じれば、俺とイーヴ達は十メートルほどの空間に閉じ込められる状態になる。
俺はそこで最終的には二人と話をするつもりでいた。
「――出来れば聞かないで欲しいが、もし俺を信じられないと言うのなら、監視映像と共に会話を聞いて貰っても構わない。但し、俺がなにをしても決して止めないでくれ。…いいか?アーロン、ジェフリー。」
「心配しなくても聞きやしないよ。映像だけはここから見ているが、無茶だけはしないでくれよ?…頼むから。」
「アーロンと同意見だ。」
アーロンとジェフリーは、本当に俺を心配してくれているようだった。
その言葉に罪悪感を感じながら、俺は制御室から出て、出入り口に向かう。ルーファスはなんらかの手段で手を打ったと言っていたが、あの男がそう簡単に考えを変えるとは思えない。
ならばもう一押し、確実に民間人を解放出来る確証を得たかった。
出入り口の扉を壁の釦を押して手動で開くと、俺はその空間に足を踏み入れる。
背後でガシャンッという鍵のかかった音がして、今度は正面の外部へ出られる方の扉が開いた。
イーヴとトゥレンは監視映像でも見た近衛服に、俺が見慣れない鮮やかな黄色の外衣を身に着けていたが、髪を少し切って瞳と色を変えた俺を見るなり、ほっと安堵の表情を浮かべて駆け寄ろうとした。
俺は腰に装備していたライトニング・ソードを抜き、イーヴとトゥレンに向かって戦闘態勢を取る。
「な…ライ様!?」
「どういうおつもりですか、ライ様。なぜ我々に剣をお向けになるのですか…!」
イーヴとトゥレンは一転して驚愕し、普段無表情なイーヴは酷く険しい顔を、トゥレンは真っ青に血の気のない顔をして、それぞれその場に足を止めた。
「――今の俺は王宮近衛指揮官のライ・ラムサスではない。Bランク級冒険者のリグ・マイオスだ。」
「その名前は先日亡くなったというライ様のご家族の…!」
意外なことに、トゥレンはマイオス爺さんの名前を記憶していた。
「イーヴ・ウェルゼン。その腰の剣を抜け。そして俺と一対一で勝負しろ。おまえが勝てば、俺は今後もう二度と勝手な行動は起こさず、この国の礎となってエヴァンニュに骨を埋めると誓おう。」
険しい顔をしていたイーヴが、その言葉にピクン、と反応した。
「…それは誠ですか?」
「おいイーヴ!!おまえまさか…ライ様に剣を向けるつもりか!!」
「貴殿は黙っていろ、トゥレン。ライ様は私をご指名だ。」
「イーヴ!!」
トゥレンは狼狽え、なぜか右手を押さえてイーヴから後退る。
「――ライ様、私とトゥレンの子供時代からの夢を、お話ししたことはありませんでしたね。もし私が貴方様に勝利した暁には、我々と共に城へ戻り、貴方様にしか叶えられない、我々の願いを聞いて頂けますか?」
イーヴは俺が滅多に見ることのない笑みを浮かべて、躊躇うことなく腰のミスリルソードを引き抜いた。
「ああ、いいだろう。俺が勝った場合は、勝利後に話す。――本気でかかって来い。」
「――かしこまりました、我が主君…ライ・ラムサス様。」
そうして俺は、自分の信頼する部下である『イーヴ・ウェルゼン』と、一対一で真剣勝負をすることにした。
次回、仕上がり次第アップします。いつも読んでいただき、ありがとうございます!!