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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス
110/272

106 いつか、また

ルーファス達がバスティーユ監獄でアインツ博士達と再会し、ホッと安堵していた頃、王都の城ではライの臣下であるイーヴとトゥレンが国王の前で跪いていました。二人は一時的に謹慎を解かれ、ライの捜索を命じられます。そして翌日、ウルル=カンザスと連絡を取り、ルーファスは国王の考えを変えさせるために少々強引な策を講じましたが…?

          【 第百六話 いつか、また 】



 ――ルーファス達が新法対象者達を集めて魔物の肉で食事を取り、ひとまず心配していた処刑は行われずに、一旦は危機を乗り越えたと安堵していたその頃、エヴァンニュ王宮にある謁見の間では、ロバム王に喚び出されたイーヴとトゥレンが国王の前に並んで跪いていた。


「ライがイル・バスティーユに渡り、監獄へ行ったと言うのは誠か。」


 エヴァンニュ王国第十六代国王『ロバム・コンフォボル』は、これまで息子のライが自分に対し、どんなに反抗的な態度を取っていても、さして咎めることもなく大方許して来た。

 だが王宮近衛指揮官という軍最高位の立場にいながら、一言の相談もなく護印柱に足を踏み入れ、守護者と言えど民間人をなにも知らずにレスルタード化させたことだけは許せなかった。


 だからこそ今度ばかりは目を瞑らずに本気で怒り、考え無しの行動で世界を危機に晒したのだと言う自覚と反省を促すため、イーヴとトゥレン共々厳罰として謹慎処分にしたのだ。

 それなのに五日も経たずに自室を抜け出し、また新たな問題を起こすとは、と頭が痛くなる。


 選りにも選ってあの監獄へ行っただと…どれほど危険な場所であるかを知りもせぬのに、なんと言う無茶を…なぜあれは城で大人しくしていてはくれぬのだ…!!


 そうしてかなり苛立った様子のロバム王は、昨今誰も見たことがないほどに不機嫌な顔をして、錫杖を手に落ち着きなくコツンコツンと床を突く。

 それはイーヴとトゥレンが過去一度も目にしたことのない、稀な王の姿だった。


「はい。恐れながら申し上げますが、ヨシュア・ルーベンスの報告によりますと、ライ様は既にバスティーユ監獄に侵入されたものと思われます。髪と瞳の色を変え、民間人と同じような衣服を着て変装し、ライ様のお顔をあまり知らぬ憲兵隊を欺して、港から運搬船でイル・バスティーユ島へと渡ったのでしょう。」


 今日は近衛服に、向日葵の花びらのような黄色に金糸の縁取りと、エヴァンニュ王国の紋章が入ったマントを身に着けたイーヴが、深く(こうべ)を垂れたまま胸に右手を当てて答える。


「現在近衛隊にはイル・バスティーユ島駐屯所の憲兵隊から、バスティーユ監獄で異常事態が発生したとの連絡が来ております。監獄内の制御は不能に陥り、内部に多数侵入したと思われる魔物対策のため、近衛隊の出撃を要請したいとのことですが、我々はこの事態を引き起こされたのは、ライ様なのではないかと見ております。」


 次にそう続けたのはトゥレンだ。イーヴと揃いの鮮やかな黄色いマントを肩から下げ、片膝を立てて跪き、顔を上げることなく話している。


 二人は今、ロバム王に尊顔を拝する許可を得られていなかった。それほどまでに国王は、イーヴとトゥレンが傍にいながらライが護印柱に足を踏み入れたことと、そのライが自室から勝手に抜け出していなくなったことを怒っていたのだ。


 そして彼らが普段と違って紋章入りの黄色いマントを身に着けているのは、国王による勅命で特別に動いていることを表す、特殊任務中のためだ。

 それは普段の近衛副指揮官と補佐官としてではなく、王直属の臣下同然の扱いで、その権限は国王の次にも等しいものが与えられ、奥宮や国王殿を除いた国内のどの場所への立ち入りも許可された証となる。


 そうまでして命じられているのは、もちろん、紅翼の宮殿から姿を消したライの捜索だ。

 扉の前に常時親衛隊が立ち、監視していたにも関わらず、ライは三階の窓から逃走するという、イーヴ達にも予想外の行動を起こした。


 アルマがその姿を最後に目撃してから事が発覚するまで、なんと四半日以上もの時間が経っており、それから慌てて捜索に出ても、城内どころか既に王都のどこにもライの姿はなかったのだ。


 ライ失踪の一報を受けたイーヴとトゥレンは、親衛隊からヨシュアがジャンを連れてライの部屋を訪れていたことと、アルマを通じてヨシュアがライの命令を受け、バスティーユ監獄の情報を得ていたことを突き止めると、罰しないことを条件にアルマとヨシュアから詳しい事情を聞き出した。

 そうして早い段階で、ライがバスティーユ監獄へ向かったであろうことは突き止めていたのだが、その証拠がないと憲兵隊からイル・バスティーユ島へ渡る許可が下りず、これまで動くことが出来なかったのだった。


 ところがバスティーユ監獄で異変が起き、収拾の付かなくなった憲兵隊は、近衛隊に協力を申し出るしかないような事態に陥ったらしく、二日以上も経った今になってそんな出撃要請をしてきた。

 これによりようやくロバム王に親衛隊を通じて、ライが何処にいるのか二人の推測を報告することができ、一時的に謹慎を解かれて謁見の間に呼ばれることになったのだった。


「――誰よりもあれの傍にいるそなたらが言うのだ、行き先に間違いはないのであろう。あの地は忌まわしき場所にて渡る者を制限して来たが、最早そうは言っていられまい。」


 ダンッ、と大きな音を立て、錫杖で一際強く床を突くと、国王ロバムは玉座から立ち上がり、イーヴとトゥレンに命じる。


「イーヴ・ウェルゼン、トゥレン・パスカム両名にエヴァンニュを統べる余が命ずる!!直ちに重犯罪者収容施設バスティーユ監獄へ赴き、その変わらぬ平穏を象徴する向日葵色の外衣と金糸の紋章に誓って、我が息子ライ・ラムサスを()()()()()()()!!」

「「はっ!!」」


 こうして正式にバスティーユ監獄への立ち入りが許可され、二人はそのまま城を後にすると、王都を出て夜の内に軍港へと向かったのだった。


 軍用車両に乗り込んだイーヴとトゥレンは、憲兵の運転で港に向かう途中、極秘として渡された重犯罪者収容施設に関する書類に目を通す。


 そこにはバスティーユ監獄での囚人の扱い方と内部構造、管理形態の制御機構やヘレティック・ギガントスの存在に、監獄内に放たれている魔物に関しての注意事項までが詳細に記されていた。


 それを読んだ二人は驚愕して震撼する。


「――イーヴ…これは事実なのか…?我が国は犯罪者とは言え、自国民にこんな恐ろしいことを…?」


 青ざめるトゥレンに、イーヴは少し間を空けてから返事をした。


「…元々バスティーユ監獄は、一度入ると二度と生きては戻れないという噂があった。収容された囚人は人道的な扱いをされずに、食事は自給自足で賄うのだとか、極力民衆が納めた税金を無駄にしないよう、毎日お勤めは行われているとか…どれも厳罰ものの、一部の憲兵が漏らした話から出ているようだったが、私はてっきり重労働の一環として畑作業でもさせられているのだろうと思っていた。」


 〝まさかこんな真実が隠されていたとはな〟…そう言ったきり、イーヴは険しい顔をして沈黙する。


「……ライ様はこの事実を、事前にどの程度お知りになったのだろう?あの方は守護者の資格を所持しておられる。…もし国王陛下がこのようなことを黙認していると知ったなら、黙ってはおられぬだろうな。」

「――だからこそこんな行動を取られたのではないか?」


 護印柱で自分らの護衛を頼んだヴァレッタ・ハーヴェルがあのようなことになり、ただでさえ胸を痛め、自責の念に駆られていたライが、今回の新法制定で国王に食ってかかったことは聞いた。

 普段ならなにがあっても自ら会いに行こうとはしないライが直訴し、罰を与えるなら自分にしてくれと頼んだにも関わらず、国王はライの所為だと叱責し、それを撥ね除けた。


 弟のように可愛がっているジャンに、祖父を助けてくれと頼まれれば、ライならたとえなにも知らなくともきっと動いただろう。…イーヴはそう推測する。


 軍用車両の座席に座り、膝の上に置いて書類を見ていたトゥレンは、悔しげにギリリと歯噛むとそれをぐしゃりと握り潰した。


「…ならばなぜ、俺に一言もご相談下さらなかったのだ。会うことが禁じられていても、アルマを通して連絡を取ることは可能だったはずだ。なぜ俺ではなくヨシュアに…貴方を守るのは俺の役目だと、何度も申し上げているのに…!!」


 温厚で誰からも好かれる、優しく明るいトゥレンの顔が、自分だけがライを守れるのだと自負し、死しても決して切れない絆を通じて、なにがあっても傍にいるのは自分だけだというヨシュアへの嫉妬心から、恐ろしいほどに醜く歪む。

 彼を幼い頃から良く知るイーヴは、これまで見たことのないそんな親友の表情に、ゾッと寒気に襲われた。


 ≪ …トゥレン…?≫


「――なにを怒っているのかは知らんが、落ち着け。ライ様が我らになにも仰らず城を出られたのには理由(わけ)がある。…これを見ろ。」


 そう言ってイーヴは近衛服の物入れから封筒に入った手紙を取り出すと、トゥレンに手渡した。


「手紙?」

「陛下との謁見前に近衛を通じて届いた。…ライ様から我々宛てに書かれたものだ。変装用の衣服を購入した際に、下町の服屋の主人に預けておいたようだ。三日後に近衛まで持って行くように、とな。」

「ライ様の手紙…!?」


 トゥレンは急いでそれを開くと目を通した。


〖――イーヴ、トゥレン、ヨシュア、俺はバスティーユ監獄に侵入を試みる。変装し考古学者の助手を装い、憲兵に捕らわれて内部に入るつもりだ。おまえ達はいずれあの男の命令で俺を捜すことになるだろう。そうなれば憲兵に阻まれることなく堂々と、正面から監獄を訪れることが出来るはずだ。〗


「〝今回の新法を覆し撤回させるには、あの男の考えを変えさせるしか方法がない。あの監獄は良い噂を聞かない。俺は連行されたヘイデンセン・マルセル氏を見つけ出し、民間人の安全を確保した上で、内部からおまえ達に協力を頼むつもりだ。詳しいことは再会した時に話す。〟…確かにライ様の字だ。ライ様…!」


 ただ置いて行かれたわけではなかったと知ったトゥレンは、ホッと安堵の表情を浮かべると普段と同じ笑顔を見せる。


 そのトゥレンをほんの一瞬怪訝な顔をして一瞥すると、イーヴは続けた。


「わかったか?あの方は国へ帰る前とは明らかに変わられた。まだぎこちなく完全にとは言えないが、それでも我々を信頼して下さっていることは窺える。だから私はそれに応え、これまでより一層心から貴殿と共にお仕えするつもりだ。」

「イーヴ…」


 ――瞬間、トゥレンの黄緑色の瞳がまた紫色に変化する。それはじっと見ていなければ気づかないほどに短い時間の輝きだが、この瞳の変化は、トゥレンが『(スコトス)の眼』を発動した時に起きる外見的特徴だった。


 そうしてトゥレンは「ああ、そうだな。」と相槌を打ちながら胸の内で思う。


 イーヴ、おまえはそう言いながら相変わらず胸元に、赤く輝く光を放ち続けているのだな、と。




                  *


「――そうですか、では無事に考古学者のお知り合いを保護出来たのですね。」


 明けて翌朝、黒鳥族(カーグ)の本拠地、常夜(とこよ)の国ノクス=アステールにある屋敷の一室で、族長ウルル=カンザスは今、銀製の器に張った水鏡を前にルーファスと『精霊の鏡』による通信を行っていた。


 水鏡に映る、ウルル=カンザスが敬愛して止まないルーファスが、なにか困ったことが起きる度に自分を頼ってくれる。彼はそれが嬉しくて堪らなかった。


『ああ、ウルルさんの情報のおかげで、どうにか処刑が行われる前に間に合った。本当にありがとう、あなたには感謝の言葉しかない。』

「いいえ、勿体ない御言葉にございます。私に出来ることであれば、なんなりと仰ってください。」


 ウルル=カンザスは灰色のその瞳を細めて、莞爾した。


 漆黒の巨鳥に変化し、濃い紫髪に薄青い肌を種族の特徴として持つ黒鳥族(カーグ)は、獣人族(ハーフビースト)同様に過去酷い迫害を受けていた。

 邪龍マレフィクスの瞳から生まれ、他種族に忌み嫌われた故にどこにも居場所がなく、永遠に夜が続く植物の一株さえ育たない、異界の辺境にあるこの地に身を隠し、フェリューテラと行き来しながら細々と生き永らえるしかなかった。

 それはもう遥か昔のことになるのだが、黒鳥族(カーグ)に転機が訪れたのは、ある一人の少年との出会いだった。

 その不思議な少年は黒鳥族(カーグ)の境遇に胸を痛め、まず最初にこの地で育つ特殊な植物を齎してくれた。

 そして宵闇の中でも一族が生きられるようにと、通常では日の光を浴びなければ得ることの出来ない生存に必須な栄養素を、その植物によって食事で摂れるように手を尽くしてくれたのだ。


 そうして黒鳥族(カーグ)はこの地で平穏な暮らしを手に入れてフェリューテラから完全に姿を消し、影の一族(シャドウ・フォルク)と呼ばれるようになった。


 当時少年だった彼は今記憶を失っており、過去を全て忘れてしまっているが、その本質は変わらずに、命を慈しむ()の光のような温かさを与えてくれる。


 過去に交わしたある誓いによって、一切なにも話すことは出来ないが、彼のためであれば自分はなんでもするだろう。ウルル=カンザスは常にそう心に誓っている。


 額に白く輝く光石は死の危機に直面した際、一度だけ身代わりになってくれるという、かつてルーファス様が私に贈って下さったもの。そのことも覚えてはおられないでしょうが、ウルルはなにがあっても貴方様の味方です。


 彼は今日もそんな思いを胸に秘めながら、額の光石に触れて微笑むのだった。


『うん、それで…頼んでおいた()()()なんだけど、お願い出来るかな?影に徹する黒鳥族(カーグ)に、表に出るようなことを頼むのは申し訳ないんだけど、あなたの提案に賭けたいんだ。』

「畏まりました、直ちに実行致しますのでお任せ下さい。元々私から申し上げた話です、ルーファス様がそのように遠慮なさる必要はございませんよ。」


 ウルル=カンザスはニッと不敵な笑みを浮かべて返す。


『…ありがとう。これで国王が考えを変えてくれるといいんだが、もしもの時は最終的に俺も出るから、その…()()()()()()()()()()()()頼むよ。』

「ふふ、ご心配なく。ではまた後ほど全て済み次第、こちらからご連絡致します。」

『ああ、吉報を待っている。』


 通信を終えるとウルル=カンザスは、ルーファスからの頼まれごとに嬉々として小躍りしながらぴょんぴょんと飛び跳ねる。

 それはまるで野生のカラスが光り物を見つけ、上機嫌でそれに向かって跳ねながら駆け寄るように。

 ルーファスの前では至ってキリリとし、族長然として威厳を崩さぬように終始努めてはいるが、実はこちらがルーファスも知らないウルル=カンザスの素であった。

 彼のこんなお茶目な面を見たことがあるのは、側付きの従者と、親しい間柄にあるシルヴァンだけだ。


「ふふふ、ルーファス様にまた感謝の御言葉を頂いたぞ。見たか?モモス=ノイガン、ルーファス様のあのお優しい笑顔を。あの瞬間だけは、誰でもない、この私だけに向けられた貴重な微笑みなのだ。」


 出来ることなら写画に残して自室に飾りたい、とウルル=カンザスは悦に入る。


 普段から傍に付き従うウルル=カンザスの護衛であり、『鉄壁隊』の隊長でもある家臣のモモス=ノイガンは、黒鳥族(カーグ)特有の髪色と肌色で、短髪に隻眼の屈強な男だ。

 先日のシルヴァンとマリーウェザーの婚姻準備の際にもウルル=カンザスの傍にいて護衛を務めていたのだが、ルーファス達の前に出る時はステルスハイドで姿を消しているか、仮面を被って顔を隠しているため、素顔を見せたことはない。

 そのモモス=ノイガンは、浮き足だって上機嫌の主君を呆れ顔で諫めた。


「族長…太陽の希望たる御方から頼られて嬉しいのはわかりますが、エヴァンニュの王城に侵入するのですぞ、お気を引き締め下さい。」

「――こほん、わかっておる。」


 口煩い奴め、と言わんばかりの顔をしてウルル=カンザスは咳払いをした。だが直後には言われたとおり気を引き締め、キッと前を見据えて指示を出す。


「モモス=ノイガン、ルーファス様より()()()()()()。これより我等黒鳥族(カーグ)は、魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)の管理運営を担う代表者としてエヴァンニュの国王に()()()()()()黒羽(くろば)衆を集めよ。」

「御意。」


 ――程なくして集まった黒ずくめ集団達手練れを伴い、ウルル=カンザスは転移魔法を使ってどこかへと移動して行った。


 精霊の鏡によるウルル=カンザスとの通信を終えたルーファスは、それを無限収納にしまいながら、一抹の不安を抱く。


 予想外にウルル=カンザスが()()()をしていたからだ。


 ≪ …本当に任せて大丈夫かな。一応念のために釘は刺したけど、魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)の名前を出すのに、あまり問題になることは避けてくれると良いな…。≫


 そんなことを思う。



「ルーファス、話は終わったのか?ウルルさんなんだって?」


 人のいる場所から離れて主要通路の端にある柱の影にいた俺の元へ、ウェンリーが小走りにやって来る。


「ああ、王都は普段と変わりないが、イル・バスティーユ島の港にある憲兵隊の詰め所は混乱状態に陥っているらしい。ここがどういう場所かを知っていて、犠牲者が出るのを覚悟してまで、憲兵を派遣するかどうかで揉めているみたいだな。」


 まあ当然だろう。魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)に国から依頼を出して、憲兵隊の護衛のために、守護者(ハンター)を派遣して貰うわけにはいかないはずだ。

 もし嘘を吐いて別の内容で依頼を出しても、ギルドの方で弾くようにウルルさんの方から既に手配を済ませてある。

 かと言って軍で唯一魔物を相手に出来る近衛隊は、その指揮官がここにいることだしな。多分すぐには動けないだろう。


 ウルルさんは俺が考えていたギルドの形態を、俺ならどうするだろうか、と常に考え、それを前提にして最善の形に整えながらここまで大きくしてくれた。

 俺の考えた民間のための魔物駆除組織は、国などの大きな権力を持つ団体が、政治的な理由や警備機構の一部として、魔物を利用し一般人に害なすことを認めない。


 そして国は正体不明のギルド運営者に対して、援助や協力を要請することは出来ても、権力を笠に着て圧力を加えたり、思い通りに利用することは出来ないようになっている。だからこそ魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)はあくまでも民間組織なのだ。


 と言うわけで、国によって違いはあれど、この国のように、場所によってはギルドの方がより民間に与える影響が大きい場合もある。

 エヴァンニュ王国では魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)の規約に則り、高額な『資金援助』や『報奨金援助』という形で、表向きギルドの運営に協力しているように見せ、魔物から国民を守るために王家も力を注いでいる、という面目を保って来た。

 それが一般には知られていない、この国と魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)真実(ほんとう)の関係だ。


 国にしてみれば金を出しているのだから文句はあるまい、と思っているのかもしれないが、それは大きな間違いだ。何故なら現在のギルドは、国からの援助がなくても問題なく運営していけるからだ。


 今回の件で明るみに出た(俺がこの目で確認した)ここの監獄のことは、俺がライ・ラムサスに向けて言ったように、守護者としても、ギルドの発案者としても絶対に認められるものではない。

 現在の国王ロバム・コンフォボル陛下がそこまで愚かだとは思わないが、もしウルルさんが直に抗議しても、たかが民間組織の魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)が一国の王のやることに口を出すな、と言うのであれば、今度は俺が守護七聖主(マスタリオン)として名乗り出てでもそれ相応の対応を取らせて貰わねばならなかった。


 ――最初は民間人の安全を確保してから、アインツ博士達だけを連れて外に出た後で、俺がSランク級守護者として、バスティーユ監獄に入れた収容者の全てを解放するように、国王と交渉しようかと思っていた。

 だけどウルルさんが、俺がギルドの発案者としての考えからわざわざ動くのであれば、運営を任されている者として自分が表に出ると言ってくれた。


 ……あのなにか企んでいそうな顔を見て、一抹の不安はあるけれど…ここには黒髪の鬼神ライ・ラムサスもいることだし、一旦はウルルさんに任せてみよう。


 俺はそう思ったのだ。


「ウェンリー、リグはどこにいる?今後のことについて相談したいんだけど…」

「え?…あれ?さっきまでアーロンさん達のとこにいたんだけどな…探してくるか?」

「ああ、頼むよ。」

「了解、ここにいろよ。」


 ウェンリーは俺に軽く手を振ると、そのままリグを探しに走って行った。…その直後だ。


 ビイィィィーッ、ビイィィィーッ、という、やけに長く耳障りな警報のような音が監獄内にけたたましく鳴り響く。


「!?」


 ――この音は?監獄の警報音響にしては小さい…なにか駆動機器の作動警告音か…!?


 異変に怯える収容者達が騒然となり、ここの元憲兵だというアーロン・ジックを捜そうとして俺が辺りを見回すと、すぐにウェンリーと一緒にリグが、ジェフリーさんと一緒にアーロンさんが駆け寄って俺の元に集まって来る。


「ルーファス!」

「アーロンさん、この音はなんだ?」

「監獄入り口の門が外部から開かれた警告音だ、港から憲兵隊が来たのかもしれない。」

「憲兵隊!?ルーファスの予想より早くねえか!?」


 確かにウェンリーの言う通りだ。魔物対策にもっと手間取ると思っていたが、この時間で来るとなると、昨日の内に準備を整えたことになる。いくら何でもそれは早過ぎだ。


「アーロン、あの門の前には幾つもの、監視映像転送機器が設置されていただろう。あれで入口の様子を見ることはできないのか?」


 リグがここへ来た時に見た門の様子を思い出し、アーロンさんにそんな質問をしてくれた。

 監獄内の監視用撮影機材は全て停止してあるが、外部の物は動かしたままだったのか、と思う。制御装置の作業はリグに任せていたからだ。


「いや、出来る。一階の制御室に行けばすぐに確認出来るはずだ。」

「ルーファス。」

「ああ、俺とリグとアーロンさんで確認に行こう。魔物は全て駆除してあるから大丈夫だとは思うが、念のために戦闘準備だけはしておく。」


 アーロンさんの返事を確かめると、リグは顔を上げて俺を見た。俺は彼に頷き、なにを言いたいのかを瞬時に読み取ると、せっかく落ち着いていた収容者達を混乱させないために、ウェンリーとジェフリーさんにはこの場で、彼らの様子を見ていてくれるように頼んだ。


「すぐに戻るから、頼んだぞウェンリー。」

「了解、任せとけ。」

「よし、行こう。」


 俺はリグとアーロンさんを連れて昇降機に駆け込んだ。もし強引に入口をこじ開けられたら、すぐにも憲兵が雪崩れ込んでくるかもしれない。まずは相手の規模と人数をすぐに確かめる必要がある。


 ――出来るだけ穏便に済ませようと思ったが、ウルルさんが国王に会う前に動かれるとは思わなかったな。…どうする?


 ところが事態は意外な方向へと動いた。


 昇降機に乗り込んで一階へ移動している最中に、監獄内へと外の門にある音響設備に干渉接続し、ある人物の声が放送されて流れる。

 ピ、ガガガ、と雑音が入り、なにかと思って顔を上げると、籠の天井にあった小型機器からそれは聞こえて来た。


『――監獄内にいる〝部外者〟に告ぐ。私はエヴァンニュ王国軍近衛隊所属の副指揮官イーヴ・ウェルゼンだ。同行者に同補佐官トゥレン・パスカムを連れ、二名のみで監獄内への立ち入りを許可されたい。』


「ウェルゼン副指揮官にパスカム補佐官…!?」


 随分早く憲兵が来たと思えば…近衛隊のあの二人か…!!


 俺はすぐにこの放送を聞いて、泡食っているウェンリーの姿が頭に思い浮かんだ。


 ――不味いな…ライ・ラムサスがここにいるのだから、丸切り想定していなかったわけじゃないが、こんなに早くあの二人が来るとは…顔を合わせればすぐに俺達のことはばれる。言われた通りにのこのこ表に出て行くわけにはいかないぞ。


 ウルルさんには一応事前に、俺達がこの国でもし犯罪者扱いされることになっても守護者の資格(ハンターライセンス)を取り消すようなことは絶対にないと言われていたが、あまりにも民間に広く指名手配されて知れ渡ってしまったら、ギルドとしてもさすがにそう言うわけにはいかなくなる。


 こうなると俺とウェンリーは最初に俺が考えていたとおり、アインツ博士達だけを連れて先に逃げた方が良いかもしれない。

 バスティーユ監獄の機能は破壊したし、監獄として再建するのを止める方法は外へ出てからいくらでもある。俺達は今ここで捕まって、足止めを喰らうわけにはいかないんだ。


 それに――


 俺は横に立って天井の音響設備を見上げる、リグの顔をチラリと見た。


 たった今イーヴ・ウェルゼンが呼びかけた監獄内の〝部外者〟とは、多分この人のことなんだろうな、と思う。

 俺達が侵入したことはまだ知られていないはずだし、あの国際商業市(ワールド・バザール)の時もそうだったが、休暇中でさえ探し回られるぐらいだから、ライ・ラムサスは常に双壁の彼らが居場所を把握していなければならないような事情でもあるのだろう。

 まあそれでなくても自宅謹慎中のはずの王宮近衛指揮官が城からいなくなったとなれば、誰かが捜しに来ても不思議はないのか。


 イーヴ・ウェルゼンはそのまま、こちらからなんらかの形で返答があるまで門の前で待機すると告げ、憲兵隊は彼らの護衛でついて来ただけで、車両から降りないことを一方的に約束すると、一旦放送を打ち切った。


 俺とリグとアーロンさんは一階に着くと魔物が周囲にいないことを確認し、中庭を通ってあの制御室へ向かう。

 そこでアーロンさんに門前の監視映像を画面に映し出して貰うと、近衛服に鮮やかな黄色いマントを身に着けた、イーヴ・ウェルゼンとトゥレン・パスカム両官の姿を確認した。


「――確かに近衛の副指揮官と補佐官だな、間違いない。」


 ふう、と溜息を吐きながらどうしたものか、と悩む俺にアーロンさんが呟く。


「本当に鬼神の双壁だ。…なぜ近衛が憲兵よりも先に来るのかも謎だが、どうしてあの二人が来て、傍に黒髪の鬼神はいないんだろう?」

「………。」


 うーん、それは今、俺達の横にいるからなんだけど…


「さあ…俺は王国軍に詳しくないから、元憲兵のあなたがわからないのに、その辺の事情まではわからないな。」

「はは、だろうな。」


 アーロンさんの素朴な疑問に、リグは一言も声を発さず、じっと画面に映るウェルゼン副指揮官とパスカム補佐官を見ているだけだった。


「さて、弱ったな…どうするか。憲兵隊を伴わないとなると、無理に扉をこじ開けてまで中に入る意思はあの二人にないんだな。それはそれで良いんだが、中に招き入れるにしても、俺とウェンリーは彼らと顔を合わせるのはちょっとまずいんだよな。」

「どうしてだ?Sランク級守護者なら、対等に話を聞いて貰えるかもしれないだろう。」


 アーロンさんの意見は尤もだが、ここがどこかを忘れて貰っては困る。


「ここは監獄だぞ?それに俺達は彼らと面識があって身元を知られているし、なによりもウェンリーの親父さんは防衛部の軍務大佐なんだ。息子が不祥事を起こしたとなると、なにかの形で責任を取らなければならなくなるかもしれない。出来れば迷惑をかけたくないんだ。」


 犯罪紛いのことをこれだけしておいて今更なにを、と言われればそれまでだが、当初の予定ではもう疾っくに退散しているはずだったのだ。その辺りは勘弁して貰おう。


「とにかく上に戻ってウェンリー達を交え、これからどうするかを相談してからだな。まだ十階から二階までの討伐を残したままだし、監獄内の魔物を全て倒さないと終わりじゃないんだ。」

「な…待て、ルーファス。まさか…重犯罪を犯した囚人達がいる階まで、魔物を駆除して回るつもりか!?それはやめた方がいい!!」


 ずっと黙っていたリグが、酷く驚いた顔をして訴えてくる。


 俺達は制御室を出て再び昇降機に戻りながら話しを続けた。


「リグ、俺は言ったはずだ。どんな人間でも魔物に食い殺されなければならない理由はない、まだわかってくれないのか?」

「違う、そうではないが…ここの囚人達は…っ」


 リグはマグワイア・ロドリゲスのこともあり、あからさまに俺から視線を逸らし、かなり狼狽えている様子だった。


「待ってくれ、ルーファスさん。俺もリグの意見に賛成だ。」

「アーロンさん?」


 昇降機に乗り込み、移動しながらアーロンさんの話を聞く。すると彼は、魔物の搬入口を閉ざした以上、今後新たに魔物が入って来ることがなくなった代わりに、俺が魔物を全て駆除してしまうと、下階の囚人達は憲兵隊から食事の配給がされない限り、食糧を確保出来なくなる恐れがあるのだと言った。


「…そうか、そこまでの考えには至らなかったな。囚人の待遇を改善して貰うことは出来ないのか?」

「出来たとしても、今日明日すぐにというわけには行かないだろう。それまでの間、食い繋ぐには今いる魔物を食糧にするしかない。だから俺はリグの意見に賛成なんだ。」

「……わかった、下階の魔物はそのままにしておくよ。重犯罪者に関わる気はないし、各階の昇降機の扉は、俺が弄らない限り外から開けることは出来ないんだ、囚人達は移動することも無理だろう。」


 俺が納得して頷くと、リグもアーロンさんもほっと安堵の表情を見せた。


 …その顔を見るに、囚人のためと言うよりは、俺を十階から下層には行かせたくないと言うような意思を感じた。

 実はウェンリーにもリグと同じように、下階の魔物の駆除についてはかなり反対されていた。

 その理由は俺がまた人の負の感情に触れることで、『レインフォルス』が表面に出てくるのではないか、という心配からだった。


 シルヴァンにも凶悪な重犯罪者に気を付けろと釘を刺されていたらしく、別れ際にもそれらしいことを言われていたようだ。


 確かにリグのあの、ちょっとした気にさえ触れたくないと逃げたくらいなのに、内面がドロドロの重犯罪者ともなると、俺の精神にどんな影響を及ぼすかは想像もつかない。

 ここは素直に言うことを聞いておくべきだと思ったのは確かだ。


 ――その後、十四階に戻った俺達は、ウェンリーとジェフリー、考古学者のマルセルさんやアインツ博士達も交えて、この後どうするべきかを細かく意見を出し合って相談した。


 するとリグが俺とウェンリーはアインツ博士達を連れ、ここから一刻も早く脱出するべきだと言い出した。

 しかもその上で、リグが捜していたマルセルさんだけを一緒に連れて行って欲しい、と言うのだ。


 それと言うのも、俺はここに来る前の地下迷宮で仲間を魔物に(本当はカオスになのだが)連れ去られており、この後二手に別れたメンバーと合流するつもりでいることを話した所為かもしれなかった。


 俺は一時的にリグと二人で、みんなから少し離れた場所で話をする。


「なにを考えている?あなたの目的もマルセルさんだったのだろう?彼を俺に預けるつもりなら、あなたも一緒に来い。そう時間はかからない、一度ここから脱出した後で収容者達を解放する方法だってあるんだ。」


 収容者達にはさらに我慢を強いることにはなるが、そうすれば少なくとも穏便に済み、近衛指揮官としてこの人が厳罰に処されるようなことだけはなくなるはずだ。


 だが彼は首を大きく横に振った。


「…いや、俺はここに残る。残ってやらなければならないことがある。だからルーファス、ヘイデンセン氏だけを連れて行ってくれないか。…頼む。」


 ――リグはライ・ラムサスだ。恐らくウェルゼン副指揮官とパスカム補佐官を相手になんらかの形で国と交渉し、収容者達を解放するつもりなのだろう。

 自分の正体を隠している以上、そのことを俺に打ち明けることが出来ないだけだとは察しが付いていた。


「…俺達はここを出たら、ほとぼりが冷めるまで姿を隠すつもりなんだ。つまり当分の間、()()()()()()()()()()()()()()。…マルセルさんを俺達が預かり、国に見つからない場所へ連れて行ってしまっても大丈夫なのか?それでもいいなら、責任を持って預かることも出来るが…」

「ルーファス、それは――」


 リグにとってその言葉は意外だったのか、大きく目を見開いてなにかを言いかけた。ところがそれを遮ったのは、マルセルさん本人だった。


「――わしはあんたと一緒でなければ行かんぞ。」


 その声に俺とリグが振り返る。


「ヘイデンセン氏…!!」

「リグ、あんたがジャンと約束し、わしを孫の元へと帰してくれるのだろう。その言葉を違えるのか?」

「そ、れは…」


 リグはそのまま反論出来ずに押し黙った。


「銀髪の。わしのことは構わず、おまえさんはブランメル博士達と行きなさると良い。そこのリグはわしらが思っている以上に頼れる男だ。きっとここの収容者全員を解放してくれることだろう。どれほど時間がかかろうと、少なくともわしはそれを待つ。孫との約束を守るためだけにこんな場所へ来るような人間だ。…そんな男を信じておるからな。」


 そう言ったマルセルさんのリグを見る瞳は優しく、同時に心からの信頼を寄せてもいた。


「そうですか…わかりました、そう仰って頂けるなら、俺達は一足先にここを出て、違う形でリグを支援しようと思います。」


 マルセルさんがにこやかに頷いて、また俺達から離れた後、俺はリグと再び話し合う。


「リグ、良く聞いてくれ。国王陛下には俺の方で、今回の新法制定による排斥について魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)の運営管理者と結託して抗議し、直ちに改訂するよう既に()()()()()()。」

「な…いくらSランク級守護者でも、そんなことを出来るはずが――」


 吃驚して目を白黒させたリグに俺は微笑む。


「信じなくても構わないが、俺にはそれが可能なんだ。八割方国王陛下はこちらの圧力に屈しないわけには行かなくなると思う。それが俺の切り札だった。」


 但し結果が出るまでに最低でももう一日かかりそうだと言うことと、収容者達が監獄から解放されて自宅に帰れたとしても、多分元の職に戻れることはもうないだろうと言う予測だけを簡単に伝える。


「それでも残り僅かな部分で至らない可能性がまだ残っている。相手は一国の王だ、要求に腹を立てて突っ撥ねられるかもしれないからな。だから後はあの近衛の二人を上手く退け、収容者達を纏めて欲しい。あなたにはそれが出来るはずだ。」


 俺は口元に人差し指を立て、リグの肩に手を回して目配せをした。


 リグは困惑顔で俺を見ていたが、暫くして敗北を期したように微苦笑すると、〝やはりあなたは只者ではないな〟とだけ呟いた。


 ――そうして俺とウェンリー、アインツ博士達だけは、ウェルゼン副指揮官達と顔を合わせる前にバスティーユ監獄から脱出することを決める。


 一部の収容者達からは不満の声が上がったが、俺達が通る地下迷宮がどんなに危険な場所かを話すと、その声もピタリと止んだ。

 食糧はまだリグの無限収納に移して数日分は残っていたし、リグとアーロンさん、ジェフリーさんの三人なら十分協力して行けると俺は判断した。


「それじゃ、リグ。すまないが後は任せた。アーロンさんとジェフリーさんもお願いします。」

「ああ。」

「ルーファスさんこそ、気を付けて。無事に仲間を助け出し、合流出来ることを祈ってる。」

「ありがとう、アーロンさん。」

「ウェンリー君も気を付けるんだぞ。」

「へっ、俺は太陽の希望(ソル・エルピス)の一員だぜ、運だけは強いんだ。おうリグ、あんたも頑張れよな。」

「ああ…ウェンリーもな。」


 アインツ博士達も考古学者の人達と挨拶を交わし、それぞれ互いの無事を祈りながら別れの言葉を告げている。

 特にアインツ博士達は、多分もう二度と表舞台に姿を見せることはないからだ。


 彼らはこのバスティーユ監獄で命を落としたことにして貰い、この後はギルドの方で考古学者兼冒険者として、特別枠の身分証が発行されることになる。


 三人はなにがあっても考古学を捨てることは出来ないと言い切り、今後家族とさえ会うことが出来なくなっても、生きている限り自分達の道を行く、と獣人族(ハーフビースト)の隠れ里で暮らして行くことを選んだ。

 今後は好きなだけ考古学にも専念出来るようになるだろう。イゼスやレイーノ達が遺跡にも同行してくれると言っていたからだ。


 そのためにも、無事にイゼス達を助け出さないとな。


「よし、行こうウェンリー。」

「了解、ほら行くぜ、アインツ博士、トニィ、クレン!!」

「ほっほっ、ほい来た。」

「はい!よろしくお願いします、ウェンリーさん。行くよ、トニィ。」

「わわっ、置いて行かないでくれよ、クレン…!!」


 見送る収容者達に背を向け、昇降機に乗り込もうとした時だ。


「――ルーファス!!」


 パシッ


 俺の左手をリグ…ライ・ラムサスが掴んで呼び止めた。


 俺は驚いて振り返り、どうしたんだ、なにか忘れ物か?と笑いかけた。


 だが彼は今にも泣きそうな顔をしてそれを堪えながら、真剣な瞳で俺を見て告げる。


「なにもかもが片付いて…俺が自由を勝ち取ったら、ギルドを通じて必ず連絡を入れる。俺はもう一度初めから〝守護者〟としてやり直すつもりだから、その時はまた会って貰えるか?」


 ――〝もう一度初めから守護者としてやり直す〟


 その言葉にどんな意味が込められていたのか、この時の俺にはわからなかった。


「ああ、もちろんだ。いつかまた…必ず会おう、リグ。」


 俺はリグ、と呼びながら、心の中では黒髪の鬼神『ライ・ラムサス』と、そんな約束をして別れたのだった。

  

次回、仕上がり次第アップします。…寒いです。ぶるるるっ

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