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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス
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105 バスティーユ監獄 ⑤

制御室を出たルーファス達は、魔物を招き入れている搬入口を閉じるために、リグを先頭にして通路を進みます。その途中、囚人らしき男の遺体を見つけると、リグがその男を殺したのは俺だ、と告げました。ルーファスはその言葉に胸を痛め、なぜかとても悲しい気持ちになりましたが…?

        【 第百五話 バスティーユ監獄 ⑤ 】



 外部からの制御をリグの手で全て遮断して貰った後、俺達はすぐに魔物の搬入口へと移動を開始した。

 このバスティーユ監獄は、ヘレティック・ギガントスがいた中庭を中心に内側の分厚い外壁があり、そこから円の層を重ねて行くように、外側に向かって幅三メートルほどの通路が迷路状に四重の輪となっている。

 その円形通路は、途中で五十センチもある厚い壁と自動扉で仕切られており、内周、外周の通路へ出るには、突き当たりまで行って鍵を解除してから扉を開けて移動し、また反対側の突き当たりまで行って同じように鍵を開き扉をくぐる…と言う面倒な方法でしか行き来が出来ないようになっていた。


 おまけに制御室と休憩所、上階への階段と魔物の搬入区域は完全に二つの別区域として隔てられており、一度中庭に出てから再度その区域の扉から建物内に入らなければならない。


 俺達が目指す魔物の搬入口は、監獄の最外層の北と東の二箇所にあり、搬入口と搬入口のちょうど真ん中辺りに魔物専用の昇降機が設置されている。

 そしてさっきまでいた一階の制御室は内側から二周目の通路端にあり、位置的には監獄の南南東辺りにあった。


 この円形通路を行き来するだけでもかなりの時間がかかる。かと言ってさすがは監獄、いっそのこと魔法で壁をぶち抜こうかと思ったのだが、外壁同様に内壁もちょっとやそっとでは破壊出来ない頑強さだった。


 仕方なく俺達はグルグルとこの通路を直走ることになった。


「――さっき搬入口が開いたせいで、かなりの数の魔物が一階にも侵入したな。」


 俺の地図には最外周の通路内に、魔物の存在を示す大小赤い信号が複数点滅していた。


「…気になっていたんだが、この距離だと普通の索敵スキルでは探知の範囲外だろう。ルーファスはなぜこんな離れた場所にいて、遠くにいる魔物の存在まで感知出来る?」

「えっ?ああ、えーと…それは…」


 ――まずい、普通に突っ込まれた。…さすがに自己管理システムのことは話すわけに行かない、彼はエヴァンニュの王宮近衛指揮官だからな…うーん、どうしよう。


 先を急ぎながらどう答えようか悩んでいると、ウェンリーがすぐに助け船を出してくれた。


「ルーファスのは固有スキルだよ。範囲を指定した索敵じゃなく、その地域ごと広範囲にいる魔物の数や位置が魔力でわかるんだとさ。」


 ――さすがウェンリー、そう答えれば良かったのか。俺は嘘を吐くのが苦手だから、馬鹿正直に自己管理システムのことを話そうかどうかで先ず悩んでしまった。


「それは凄いな。やはりSランク級ともなると、俺などとは経験にも雲泥の差があるのだろう。それほどの技能を獲得するほど魔物を倒して来たと言うことか。」

「あー、そうそう、そう言うこと。」


 納得してくれたように見えるリグに、最後ウェンリーはヒラヒラと手を振って投げやりな返事をしていた。


 リグはライ・ラムサス…『黒髪の鬼神』と呼ばれるほどの軍人だ。俺は元々が軍人嫌いで今まであまり関心を向けることもなかったが、彼はやはり相当な実力者で、普通なら何気なく聞き流したり、あまり気に止めないようなことにも鋭く反応してくるようだ。

 少し油断していたかな、とここに来てようやく思う。


 俺が彼に会うのは、これが三度目だ。ウルルさんからその人柄について聞いていたこともあり、勝手に親近感を抱いていたのは否めない。

 少し残念だが、命を救ったことで警戒されるはずはないと思い込むのは、早合点だったかもしれなかった。


 …そう言えば俺がなんとなく苦手な、あの『イーヴ・ウェルゼン』はこの人の片腕で、俺への不信感丸出しだったっけ。考えてみればその上官に当たる人なんだ、もっと気を付けた方が良いのかもしれない。


 このことが切っ掛けで、俺はウェンリーに怒られる前に、リグに対してほんの少し警戒心を抱くことになった。


 ――別の入口に向かうために再び中庭へ出ると、ここから先はリグが前に出て俺達を先導してくれると言う。

 俺には地図があるからどこになにがあるのかも全てわかっているのだが、ここは素直に彼について行くことにする。またさっきのように疑問を抱かれて不審がられると困るからだ。


「この扉から入ると上階への階段と搬入口、昇降機のある外周に出られる。階段のある最外周の通路は広くなっていて、手強い魔物が徘徊しているから気を付けた方がいい。」

「ああ、わかった。気を付けるよ。」


 リグが扉の開閉釦を押して先に中へ入る。後に続いて俺達も通路に出ると、なにかまだ話したいことでもあるのか、彼は足早に歩きながら続けた。


「俺はこの通路から中庭に出て数歩も歩かないうちに、死角から襲って来たヘレティック・ギガントスに一撃でやられたんだ。だがその時、大きな爆発音が聞こえて、奴はその音に警戒して止めを刺さずに俺から離れ、どこかに姿を隠した。俺はそのままそこで気を失ってしまったのだが…おかげで命拾いをした。」


 ……大きな、爆発音?…それは、ひょっとして――


 ひょっとしなくても、俺が地下迷宮に続く鋼鉄製の扉をエクスプロードで壊した時の爆発音だろうな。

 そう思った瞬間、ウェンリーがリグの話を遮って突っ込んで来た。


「ほら見ろ!!しっかり上に聞こえてんじゃねえか!!だからでかい音は立てねえ方がいいって言っただろ!?」


 そんなに怒ることでもないと思うのに、酷く目くじらを立てたウェンリーを俺は即座に否定する。


「いやいや、違うだろう?今の話からすると、俺があの扉を破壊した音でリグは喰われずに済んだんじゃないか。だから聞こえて良かったんだよ。」

「違う!!俺が言いてえのは、そういうことじゃねえ!!」

「ええ?…なんだよ、もう…良くわからないな。」


 ウェンリーがなにを言いたいのかわからず、眉間に皺を寄せて首を捻る俺を、リグは複雑そうな顔をして見ていた。


「そうか…あの音もあなたが…遅くなったが、きちんと命を救われた礼を言いたい。治癒魔法で傷を治してくれたことと言い、助けてくれて感謝する、ありがとう…ルーファス。」


 足を止めて俺に向き直り、そう言ってリグは深々と頭を下げた。俺とウェンリーは一驚して目を合わせると、ウェンリーの方は今さら?と呟いて呆れ顔をしていたが、俺は嬉しく思った。


「お互い様だろう、リグ。俺もあの戦闘中、あなたには何度も助けられた。だから気にしないでくれ。」


 そう笑顔を向けて返す。


 ――噂に違わぬ人なんだな、と安心した。たとえ変装していても、その本質というのは隠せないものだ。

 王国軍人には横柄で民間人に対して偉ぶり、貶むような態度を取る上官が多いが、この人はその最高位にいながら、こうして俺のような守護者に頭を下げることを当たり前にしてくれる。


 民間人寄りだという人柄にしても、ウルルさんの情報は確かみたいだ。


 その誠実な態度にホッとして彼に気を許した直後のことだ。俺は自分がなぜこの国の〝軍人〟を嫌っていたのか、その最たる理由を思い出すことになる。


 リグの説明によると最外周の通路に至る扉を開けるには、五桁の数字によるパスコードが必要らしく、リグが鍵を開けてくれるそうだ。

 そのまま俺達は彼を先頭に一つ目の扉をくぐり、なにもない通路を進むと、突き当たりまで行って、同じように鍵を開けて貰った二つ目の扉を越え、三周目の通路に入り足早に先を急いだ。


 ところがその途中、突然リグが足を止める。


 前方になにかあるのかと先を見ると、魔物の姿も人気もないその場所にあった、大量の血痕が目に飛び込んで来る。

 床や壁にベッタリと飛び散った一面の血の痕に、驚いた俺とウェンリーは、誰か怪我人がいるのかと思い、リグを追い抜いて先を急いだ。

 するとそこには両手足を投げ出し、壁に凭れて下を向く、かなり汚れた衣服を着た男が座り込んでいた。


 その男の手にはボロボロの短剣が握られており、周囲に争った形跡が残っていたため、ここでなんらかの戦闘があったことはすぐにわかった。


 俺は男の前に膝を付き、生存確認のため、血の気のないその首に手を当てる。だがその肌はヒヤリと冷たく、既に身体は硬直しており、事切れてからある程度の時間が経っていることを物語っていた。


 男の身体中に付いた無数の傷を見て、遺体を床に横たわらせようとした俺の手が止まる。致命傷となったのは胸を貫く一刺しだったようだが、そのどれもが剣による負傷だったからだ。

 その服装から男はここの囚人だった可能性が高い。そうは思ったが、亡くなってからあまり時間は経っておらず、この男を殺した犯人が誰なのか、と言うことは容易に想像がついた。


 ――この囚人らしき男を殺したのは…


 俺が振り返りその顔を見上げて確かめる前に、リグは冷ややかな声で告げた。


「その男を殺したのは、俺だ。」


 俺の真眼で見たその右目が、まるで宝石『アレキサンドライト』のように、綺麗な緑色から静かに赤く色を変えて行く。

 その光には憎悪の念が込められており、少なくとも彼がこの男を殺した理由に、なにか個人的な恨みのような負の感情が入っていたことを俺に伝えて来た。


「…なにがあった?」


 俺は俺が最も苦手とする、リグが発していたその〝人の持つ闇〟に触れないよう、ゆっくりと距離を開けてウェンリーの傍まで後退った。


 リグのあまりの変貌ぶりに俺は驚き、息を呑む。


 既に命を奪った男に対して、なにをそんなに怒っているのかわからないが、リグの激しい感情の波が赤くちらちらと燃える、真紅の焔のようにさえ見えた。


 ――まるで〝炎鬼〟だな…この男に余程の恨みでもあったのだろうか?


 そのリグの姿にゾッとして、俺の背中に冷たいものが走った。


「待った、ルーファス…こいつ、マグワイア・ロドリゲスだ…!!」


 男の顔を確かめたウェンリーが酷く顔を顰めてそう言った。


「マグワイア・ロドリゲス?」


 ウェンリーは知っているようだが、俺にその名前の記憶はなく、誰だろう?と首を捻る。


「なんだ覚えてねえのかよ?まったく…ルーファスは魔物に関する事件以外には目もくれないんだからな、もう…ほら、三年以上も前になるけど、エヴァンニュ国内のあちこちで、女子供ばかりが相次いで殺された、変質者による凶悪な連続殺人事件があっただろ?あの事件の犯人がこいつだよ!!」


 ――そう言われればそんな事件があったと、随分前に村長から聞いたような気もする。メクレンでも複数の被害者が出て大騒ぎになったらしいが、さすがにヴァンヌ山を越えてまで殺人犯がやって来ることはなく、ヴァハには関係がなかったから記憶にも残っていなかった。


 特に被害者が多かったのは、百年来の古くから続く名門貴族が多く住むプロバビリテと、王都の高級住宅街だったか?その当時犯人を捕らえるために、憲兵だけでなく、かなりの数の王国軍人が動員されたとか聞いたような気がする。

 しかも最終的に兵士の中にも多数の死傷者が出たとか…そうか、もしかしたらリグもなんらかの形で、それに関わっていたことがあるのかも知れない。親しい誰かが被害に遭ったとか…そんなところだろうか?


 とにかく殺される方には、殺されるだけの理由があったと言うことなのだろう。…だけど…


 ――監獄に既に収容されている囚人に、この人が改めて手を下す必要があったのだろうか、と思う。

 俺のこの考え方は守護七聖のシルヴァンにでさえ理解されないが、どんな人命もこの世に生まれた瞬間からその重さは等しく同じで、その後の育った環境や巡り合わせた境遇などによって、後天的要因から酷い悪人になってしまったとしても、生きる権利がある。

 罪を犯した者にはいつか必ずその報いを受ける時が訪れ、今世で悪行の限りを尽くして天寿を全うしたとしても、次の世ではその行いを業として背負い、理不尽なまでに因果応報となって自分に返って来るのだ。


 なぜかはわからないが、俺はそのことを知っていた。そしてその反面、被害を受けた人間がそれを許せないことも理解している。

 今世だの来世だのと言われても、今生きている自分達が受けた心の痛みは、そう簡単に癒えるものじゃない。

 だから他人に俺の考えを押しつけるつもりはないが、なにも殺さなくて良かったんじゃないか、とどうしても思ってしまう。


「けどおっかしいな、こいつって確か捕まってすぐ死刑になったんじゃなかったっけ?もう死んでるけど、なんで今日まで生きてんだよ。」


 ウェンリーの疑問にリグが答えた。


「その男は自分の身代わりを立てて死刑を免れていたんだ。その上このバスティーユ監獄の二階を三年以上もの間牛耳り、同じような凶悪犯罪者達と徒党を組んで要塞のようなものを作っていた。床に仕掛けられていた罠には人肉が使われていて、自分に従わない他の囚人達を殺して餌として与え魔物を捕らえると、配給されない食事の代わりにそれを食って生きながらえていた。」

「な…」

「げえっマジか…!!」


 リグは悔しげに歯を食いしばるような苦痛に歪んだ顔を見せると、俺から目を逸らして俯いた。


「――俺がここに来たのは三日ほど前だが、上階から途中まで同行していた犯罪者の男が、目の前でこいつの手下に嬲り殺された。挙げ句こいつは俺に嘘を吐いて騙し、剣を奪い取ろうとして隙を見て襲いかかって来たんだ。元から信用などしていなかったが、だから戦って二度と起き上がらないように殺した。…それだけだ。」

「リグ…」


 その表情を見ただけで、想像を絶するような、余程のことがあったのだろうと言うことは察しが付いた。敢えて詳しく尋ねるつもりはないが、ここは死刑宣告を受けた凶悪な重犯罪者達が収容されている監獄だ。

 そもそも人を殺すことをなんとも思わないような輩ばかりが、収容されていると言ってもいいぐらいなのだろう。

 そうしてリグ…黒髪の鬼神と呼ばれるライ・ラムサスは、軍人らしく自分が生き残る為に躊躇わず相手を殺した。

 殺される方にも理由があったのだと理屈ではわかるのだが、俺はその行いに酷い衝撃を受けていた。


 どうしてだろう…彼がその手を人間の血で汚したと言うことに、俺は胸が痛み、ただとても悲しかった。


 ――彼も戦場を生き抜いてきた軍人だ。この男だけに限らず、多くの敵国の兵士をも殺して来たに違いない。

 そのことをわかっていたはずなのに…守護者の資格を持ち、民間人に寄り添える人だと思い、俺と同じように『守る側』の人間だと勝手に思い込んでいた。


 俺達守護者の多くは、常に命懸けで魔物から人を守り続けているが故に、無意識に人命を守ろうと動くものだ。

 それがどんな相手であれ、その行動を取り続けている内に、誰かを傷付けることに躊躇いを抱くようになる。だからこの資格を持つ者には殺人を犯すような犯罪者が極端に少なく、民間人からも敬われて『守護者』と呼ばれているのだ。


 それとは対照的に、戦地で人が死ぬとわかっていながら戦って来た軍人は、やっぱり軍人でしかないのだろうか。

 襲いかかられれば生き残る為に問答無用で相手を斬り殺し、そしてそれが犯罪者だからと当然のように〝自分が殺した〟と言えるのかもしれない。


 ――それでも決してライ・ラムサスが悪いわけじゃない。


 俺はその場にいなかった。詳しい状況も事情も知らないのに口を出す権利はないし、話を聞いた通り、彼が悪いわけじゃない。


 ただ俺が、どこからかひたひたと湧いて来る愁然とした思いに、どうしようもなく胸が痛んだだけだ。

 それはまるで、俺自身の心が悲しみに噎いでいるかのように。


 俺は…自分で思っていた以上にライ・ラムサスのことを、随分気にかけていたのかもしれないな。

 こんな状況でなく彼が本当の姿で目の前にいたのなら、もっと腹を割った話も出来ただろうに。…そう思うと残念だ。


 俺はそれ以上なにも言わずに立ち上がると、頭を切り替えて無言で歩き出した。


「あっおい、ルーファス!?」


 すぐにウェンリーとリグが後を追ってくる。


「――先を急ごう、時間がない。」


 その死体から離れると、リグの瞳はもう元の緑色に戻っていた。



 三周目の通路から鍵を開けて貰って最外周の通路に出ると、俺の地図で見ていた通り、他よりも幅の広くなったその場所に、かなりの数の魔物が徘徊していた。


 俺はすぐにディフェンド・ウォールを発動し、ウェンリーとリグを守りながら三人で協力して魔物を駆除して行く。

 逆方向にある二階への階段方向を彷徨く大型、中型の魔物から先に倒し、背後の安全を確保しつつ、魔物の搬入口のある最東へ向かう。


 目の前で搬入口の扉が開き、外部から魔物が雪崩れ込んできた。


「戦闘フィールド展開!!搬入口の扉ごと一帯の魔物を殲滅する!!ウェンリー、リグは一旦俺の後ろに後退してくれ!!俺の攻撃から漏れた魔物を頼む!!」

「「了解!!」」


 ――ここは前方から来る魔物を押し戻しつつ、右から来る魔物を吹っ飛ばしてしまった方が早いな。


 俺はその場でいつものように合成魔法を作成する。風属性上位魔法『タービュランス』と、火属性爆発系魔法『エクスプロード』を合わせた高威力の攻撃魔法だ。


 フオンフォン…


 左手に緑色の魔法陣が、右手に赤い魔法陣が出現し、それを合わせて目標に放つ。


「渦巻く風よ、爆ぜる焔よ、我が敵を滅ぼせ!!『ブラストラゴル・メギストス』!!」


 燃え上がる炎の核が渦を巻く風に押されて行く。そうして魔物の集団にそれがぶち当たった瞬間に、弾け飛び、物凄い轟音と閃光が辺りを包んだ。


 その衝撃でバスティーユ監獄の建物が揺れ、目論見通りにエラディウム製の搬入口の扉が吹き飛ぶ。…が、少し威力を上げ過ぎたのか、通路の壁までもが凹んでしまった。


 討ち漏らした魔物を駆除しながら、俺の後に続いてウェンリーとリグがすぐに動き出す。


「やり過ぎだっつうのーっっ!!!ルーファス!!!」


 飛来する蚊のような敵に、エアスピナーを放ったウェンリーの怒声が飛んで来る。


「エラディウム製の扉だぞ?このぐらいじゃなきゃ吹っ飛ばせないって!いいからこの隙に搬入口の機構部に侵入する!!行くぞ!!」

「あー、もうめちゃくちゃだ!!」


 驚愕して絶句するリグを尻目に、搬入口の扉から魔物が通ってくる通路を辿って、その途中にある機構部への扉へと走った。

 俺達がそこへ駆け込むのと同時に、前方からすぐに魔物がやって来る。


「ディフェンド・ウォール!!リグは右側の魔物を頼む!!ウェンリーは後方から奧の魔物を『ストーン・ウォール』の魔法石で足止め、背後にも注意しろ!!」

「了解!!」

「わかった!!」


 俺が左側の魔物を倒し、リグが右側の魔物を倒す。その間にウェンリーがさらに先の奧にいる魔物に魔法石を使う。


 リグは中型の青い鱗に黄色の縞模様の魔物が繰り出す、突進攻撃に怯んでいたが、それに俺が助言する。


「リグ!!そいつの突進攻撃は、眉間に一撃を食らわせることで中断出来る!!足を止めた瞬間に喉元に蹴りを入れろ!!横倒しになって腹を見せたところを狙うんだ!!」

「…!!り、了解…!!」


 リグは俺の助言に従ってぎこちなくそれを実行に移す。その隙に脇を擦り抜けてきた小型の魔物を、俺は火魔法で焼き払った。


「ルーファス!ストーン・ウォールで後続の魔物を足止めしたぜ!!」

「良くやった、ウェンリー、俺が機構部への扉を開ける間、北搬入口から入って来る魔物を監視してくれ。」

「了解!」

「リグは足止めした方の魔物の動きを見張っててくれるか?」

「ああ、任せろ。」


 次に魔物が襲ってくるまでの時間はあまりない。俺は急いで『アンロック』を唱え、機構部への扉を開いた。


 ガチャンッ


「よし、開いた!中へ入るぞ。」


 魔物が来る前に扉の中へ入ると、俺は制御室で見た機構図を思い出しつつ、搬入口を自動で動かしている制御装置を探した。

 どうやらここの機構部で北と東の搬入口を同時に管理しているようで、ここの制御装置さえ破壊してしまえば両方を同時に閉ざせるようだ。


「見つけた、これがそうだな。とっとと魔法で破壊してしまおう。」

「待ってくれ、ルーファス。俺が制御装置の命令を書き換えて機能を停止するのではだめなのか?機構部を破壊したら、ここの監獄はもうまともに機能しなくなるかもしれないんだ。」


 魔法の詠唱を開始しようとして制御装置に手を翳した俺の腕を掴み、リグはそう言って破壊するのを止めようとした。


 俺はリグのその瞳を真っ直ぐに見据える。彼のその言葉は、このバスティーユ監獄の存在を肯定し存続させるための、王国軍人としての意見だったからだ。


「――悪いがそれはだめだ。Sランク級守護者として言わせて貰う。どんなに許されない罪を犯した人間でも、魔物に食い殺されなければならない理由はない。」


 俺は魔物から人を守る守護者だ。たとえこの行為が国から追われるような犯罪だったとしても、わざわざ魔物を招き入れてまで人間を殺させるこのバスティーユ監獄の存在は、絶対に認められなかった。


「俺はただ知人を助けるためだけにここへ来たわけじゃない。内部の事情をこの目で確かめて、事前に聞いた情報の通りに、()()()()()()()()()()()()()()()、初めから潰すつもりでいた。」

「な…」

「はあ!?」


 リグもウェンリーも寝耳に擂り粉木、と言った顔をした。


「ちょ…ルーファス、潰すって…物騒過ぎんだろ、どうするつもりなんだよ!?」


 泡を食ったウェンリーの顔色が青くなる。だが俺はそれに構わず、右手に魔力を込めた。


「いいから下がれ、二人とも。二つの上位魔法を続けて使う。逆巻く水よ、唸れ『アクエ・フルクトゥス』。」


 俺の右手に青い魔法陣が輝き、それと同じものが四方八方周囲に幾つも出現し、そこから渦を巻いた水の波が押し寄せると、全ての駆動機器を水浸しにする。


「雷神の裁き、駆けよ稲妻『トールグローム・ジャッジメント』。」


 続いて間を空けずに今度は白い魔法陣が輝き、同じように空に幾つもの陣を出現させると、そこから上下左右に空間を駆け巡る青白き閃光を迸らせた。


 物凄い轟音と激しい光が明滅し、機構部全体を隅から隅まで雷撃が駆け巡る。


 水魔法に反応して光属性の雷魔法が爆発的連鎖反応を起こしているのだ。


 俺はその場から一歩も動かずに、全ての駆動機器が停止するまで、魔力を放ち続ける。雷撃に煽られて束ねた髪が舞い上がり、目の前の制御装置から炎が上がっても、完全に停止するまで攻撃をやめなかった。


 ――中途半端に残してすぐに修理されてはなんの意味もない。自動で修理点検を行うのなら、徹底的に破壊しなければならなかったからだ。


 そうして機構部を完全に破壊すると、ウェンリーの横で呆然とするリグに向き直った。


()()()()()、俺と同じ守護者の資格(ハンターライセンス)を持つ冒険者だろう?…そのことをどうか()()()()()()()。」

「え…――?」


 俺はリグではなく、黒髪の鬼神『ライ・ラムサス』に向けて、その言葉を言い放った。


「よし、これで搬入口は二つとも、扉を閉じたまま動かせなくなった。一階を彷徨く魔物を全て倒し、昇降機に乗り込むぞ。」


 〝今のってなに?〟――そう首を捻って訝しみながら尋ねるウェンリーになにも答えず、俺は再びエラディウムソードを手に、ディフェンド・ウォールを発動すると機構部の扉を開けて外へ出た。


 出入り口の前に待ち構えるようにして屯していた魔物を、地属性魔法『ソルゼルザール・タンブリング』を使って跳ね上げる。

 この地魔法は地震の縦揺れに似た震動を引き起こし、下から無数の岩の棘を突き上げるようにして出現させる攻撃魔法だ。


 この魔法は飛行型魔物には無効だが、地上にいる敵の行動を一時的に封じることが出来る。

 この隙に空中から襲ってくる蚊型の魔物をウェンリーに叩き落として貰い、足元を掬われて動きの鈍った地上の魔物を俺が剣技で一掃した。


「戦闘フィールド再展開、搬入口から侵入した魔物の残存数は約四十。連戦になるが、一体も残さずに殲滅する。リグは俺と前衛で右側の魔物を担当、ウェンリーは普段通り飛行型をエアスピナーで攻撃、後方で魔法石による支援を任せる。二人ともできるだけ陣形を崩すな、なにかあれば俺が対処する。」

「了解!」

「…了解した。」


 ――そして俺達は上階を目指すべく、昇降機への移動を開始した。



 ここまでのルーファスの的確な指示と、次々に繰り出される見たこともない魔法や超一流の剣技に、ライは圧倒されて言葉を失くしていた。



 同じ守護者でも全く格が違う。ルーファスの指示と行動に、遅れずについて行くウェンリーも本当にこれでBランク級なのかと舌を巻くほどだ。


 魔物の倒し方も俺とは違って、敵が動く前にその行動を見切り、裏を掻いて封じた上で、確実に安全な状況を常に作りながら倒している。次に相手がどう動くのかを、一挙手一投足から予測して全てわかっているかのようだ。


 ルーファスの戦い方は他者の命を守りながら、自分も極力負傷しないように努めて細心の注意を払う、正に守護者としての完璧な戦闘方法だ。


 俺があれほど苦労していたコバルトヴィヴルの突進攻撃も、あんな方法で止められるなど思いもしなかった。…凄すぎる。どうしたらこんな戦闘能力を身につけられるのだろう?

 俺も彼のように守護者として生きたい。戦場で人を殺める軍人ではなく、自分が命を賭けるに相応しい誇れる仕事がしたい…力のない弱者を魔物からもっと守れるように、強くなりたい…!



 ――ライはルーファスの隣に並んで次々に襲い来る魔物を倒しながら、心の奥底から沸き上がる高揚感に胸を躍らせていた。

 ルーファスの指示通りに動けば、身の危険を感じることなく面白いほど簡単に魔物が倒れて行く。

 自分の足りない面をルーファスとウェンリーがすぐさま補助してくれ、声を掛け合い、互いに互いを守りながら陣形を崩さずに動く。

 二人に出会う前まで、この監獄で感じていた絶望と狂気など全て忘れ、陰鬱な負の感情など消し飛んでしまうほどに気分爽快だった。

 魔物を相手に戦っていてこれほど楽しいと感じたことはない。イーヴやトゥレンと息を合わせて戦場を駆け抜けても、今、ルーファスとウェンリーの二人と共にいるような感覚を味わったことはなかった。…そう思いながら。



 ――そう言えばルーファスは『太陽の希望(ソル・エルピス)』という名のパーティーを結成し、そのリーダーをしているのだったな。

 もし俺がライ・ラムサスとして素性を明かし、軍人を辞めて一緒に行きたいと言ったら…パーティーに入れてくれるだろうか?


 ルーファスの傍でこうして命懸けで魔物を倒し、仲間との絆を紡ぎながら、守護者としてもう一度、初めからやり直したい。


 彼の傍でなら、そんな俺の望みも叶うのではないか?


 彼がレインでもレインでなくても、一緒に行きたい…心からそう思う。ルーファスの真っ直ぐな守護者としての光が、共にいるだけできっと俺の中の闇をも消してくれるはずだ。



「よし、お疲れだ二人とも。これで全ての魔物を倒した、昇降機に乗り込もう。」

「待て、ルーファス。もしかしたら昇降機にはなにか魔法による仕掛けがあるかもしれない。」


 俺の前を歩くルーファスに、俺は上階で昇降機に乗ろうとしたが、見えない壁のようなものがあってどうやっても乗り込めなかったことを話した。


「――そうなのか、だとすると俺が祠に施したような、侵入防止の障壁みたいなのがあるのかもしれないな。」


 安全になった通路で立ち止まり、ルーファスは口元に手を当てて考える。


「問題ねえだろ、ルーファスの『ディスペル』で消せんじゃねえ?」

「…ディスペル?」


 それはなんのことだろうと思い、聞き返した俺にウェンリーは得意げな顔をして教えてくれた。


「効果消去魔法、って奴だ。設置型魔法陣とか、隠形魔法なんかも消すことが出来るんだぜ。」

「ほう…そんな便利な魔法があるのか、知らなかったな。設置型魔法陣というと、戦場で使われているような罠なども解除可能なのか?」


 俺の質問にウェンリーがギョッとする。


「多分そうだと思うけど…なんで〝ダンジョン〟じゃなくて戦場?あんた、冒険者だろ??」

「ああ、いや、深い意味はない。」


 しまった、つい…軍人としての興味から思わず出てしまった。ルーファスに俺がそうだとばれたら、気分を害してしまうのではないか?…そう思い、俺はちらりとルーファスに視線を投げかけた。


 だがルーファスは目が合った瞬間に、ふっ…と目を細める。


 俺はその彼の顔を見て、なにか俺の正体を既に見透かされているような気分になった。

 まさかルーファスは…俺が誰なのか、気が付いている?髪と瞳の色を変え、名前を偽っているのに、俺が本当はライ・ラムサスだとわかっているのでは…?


 ふとそんな風に思ったが、今この場で俺に確かめる勇気はなかった。


 そんな会話を交わした後でとりあえず魔物用の昇降機に近付くと、俺が言った通り、籠の入口にはなにか見えない壁のようなものが有り、やはりそのままでは中に乗り込めなかった。

 ルーファスは暫くの間その前に立ってじっとしていたが、二分ほど経って呪文を唱え、いくつかの魔法を連続して発動すると、呆気なく解除してしまう。

 ウェンリーが口にしていた通り、本当にルーファスにとってこの監獄の警備機構はなんの意味も持たないようだ。


 その後三メートル四方の籠に乗り込み、防護用の鋼板で隠されていた階層釦を見つけると、先ずはジェフリーとヘイデンセン氏の監房がある十一階へ向かった。

 到着するまでの間に籠の中で俺は、十一階の収容者以外、新法対象者達がここに収容されてからなにも食べていないことをルーファスに話し、出現する魔物の肉が食べられることを告げて、食糧としてそれを確保して貰うように頼んだ。


 昇降機から出ると俺達はまず、十一階にいる全ての魔物を駆除しにかかった。食糧確保のために、ルーファスはこの階の魔物を全て水属性の氷魔法で一網打尽にしてくれる。その威力は凄まじく、ものの二十分ほどで全ての魔物の駆逐が完了してしまった。


 それからヘイデンセン氏の元に行き、さらにルーファスに頼んで彼の怪我を治癒魔法で治して貰うと、主要通路が安全になったことを収容者達に告げ、俺達はまた昇降機に戻り上階へ向かった。


 魔物の肉を食糧として回収したいと言った俺が、収容者達にどうやって食事を取らせるか悩んでいると、ルーファスは先に安全を確保してから収容者全員を十四階に集め、みんなが等しく一度に食事を取れるようにしようと提案して来た。


 ルーファス達の知人が何処にいるのか、すぐに捜さなくていいのかと尋ねると、各階の安全を確保し、民間人を纏めればすぐに見つかるだろうと言って、魔物の殲滅を最優先にするという。

 外部からの制御は不能にしたものの、最も心配される『魔物による新法対象者の処刑』が万が一にも実行されないように、その懸念材料となるものを徹底的に排除する、それが守護者として真っ先にしなければならないことだと言っていた。


 ルーファスは常になにを優先するべきかを考えて動き、最も効率の良い、的確な行動を選択して行く。


 そうして夕刻に差し掛かる前に、俺達は十一階から上の階の魔物を全て駆除することに成功したのだった。


 安全になった、と言われても怯えていた収容者達は、ルーファスがこの国に数えるほどしかいない、『Sランク級守護者』であることを知ると、皆安堵の表情を浮かべてその指示に従って行く。

 身元がばれてしまってもいいのかと尋ねると、それで助けた相手になにかで裏切られるようなことがあったとしても、自分に後悔はないからいいんだと、ルーファスは俺の心配を笑い飛ばした。…彼の器の大きさには頭が下がる思いだ。


 やがて十四階に全ての新法対象者が集められると、アーロンはジェフリーとの再会を果たして抱き合い、ルーファスは目的の探し人をすぐに見つけられたようだった。

 なんとそれは驚いたことに、俺が最初にいた監房で一緒になった、あの眼鏡をかけた小柄でチョビ髭の元気な爺さんと、二人の助手らしき男達だったのだ。


 肝の据わった爺さんだと思ったが、ルーファスの知人だったとは…そう言えば俺のような無謀なことをしそうな知り合いの守護者がいると言っていたが…まさかあれはルーファスのことだったのだろうか?


 そんなことを思いながら傍に立ち尽くしていたら、「おまえさん、無事じゃったのか!」とほっとした笑顔で迎えられることになった。


 それからはとにかく腹ごしらえが先だと、みんなで協力し食糧として確保して来た魔物を捌いて、その肉を調理することになった。

 それと言うのもルーファスが、無限収納の中に大量の乾燥させた野菜や調味料などの食材と大人数用の調理器具を入れて持って来ていたからだ。


 ルーファス曰く、いつ、どこで魔物による災害が起きるかはわからない、だからなにがあってもいいように、長期間保存可能な食材と臨時拠点用の器具などは、常に数多く入れてあるのだそうだ。


 ――そうして新法対象者達が生き返ったように、気力と落ち着きを取り戻した頃、あの男の告知があったという夕刻が訪れたが、監獄にこれと言った変化は起きず、夜になっても憲兵隊が雪崩れ込んでくることもなかった。

 まあ外部からの制御を遮断している以上、外からは誰も入ってくることは出来ないのだが、反面、こちらも今の段階ではまだ収容者達を助けたとは言えない。


 俺とルーファスとウェンリー、そしてルーファスが探していたアインツ博士達と俺が探していたヘイデンセン氏に、アーロンとジェフリーは、安全になった主要通路に集まり、今夜はここで休むことにした。

 念のため階を勝手に移動しないようにだけ言い聞かせた他の収容者達も、それぞれ好きな場所で今日は休息を取るようだ。


 ヘイデンセン氏はアインツ博士達と考古学の話で盛り上がり、ウェンリーと助手の二人組は早くも横になっている。アーロンとジェフリーもなにか話しているようだし、俺もみんなから少し離れ、壁に寄りかかって一息を吐いた。


 この三日間、俺にとってここでの出来事は、精神的にも肉体的にも厳しいものだった。

 まだ全てが終わったわけではないが、収容者の誰もが落ち着きを取り戻したその姿を見ていると、一先ず最大の危機だけは乗り越えられたのだと涙が出そうになった。


 俺は無性に俺が大切にしている、ラカルティナン細工のオルゴール・ペンダントが奏でる音を聞きたくなり、無限収納からそれを取り出していつものように触れた。


 キン、コロン、カロン…と、子供の頃から変わらない、その優しくてどこか悲しげな曲が流れる。


 レインと別れてもう十年以上が経った。俺の中で養父(ちち)との細かな記憶は大分薄れてしまったが、それでもこの曲を聴くといつも愛されていたことを思い出す。


 このオルゴールの曲は完全な作成者による独自の曲で、名前も無いと聞いて、俺とレインで題名を付けた。


 俺とレインの細やかだった暮らし…それでも俺は幸せだった。だから俺とレインはその頃をこの曲を聴く度に思い出せるようにと、そんな小さな幸せをこの曲の題名にした。


 その題名は――


「それ、随分と小さなオルゴールだな。」

「…ルーファス。」


 俺がここに一人でいることに気づき、気にかけてくれたのか、ルーファスがそう声をかけて来て隣に腰を下ろした。

 ルーファスは〝リグ〟としては初対面の俺を、なぜかとても優しい目で見る。ここで会った初めからだ。


「鎖が付いているのか…珍しい。良かったら見せてくれないか?そういう細工物を見るのは好きなんだ。」


 普段なら俺は他人に、このラカルティナン細工のオルゴール・ペンダントを決して触らせない。

 リーマの前でも出したことがないぐらいだった。


 だが俺はルーファスの優しげな青緑色(ブルーグリーン)の瞳を見ていたら、なにも考えずに頷いて〝ああ、いいぞ。〟と返事をしていた。

 彼は嬉しそうに礼を言うと、手渡した俺のオルゴール・ペンダントを具に見て、ラカルティナン細工をとても綺麗だな、と褒めてくれる。


 俺は束の間、もしレインが生きていて、大人になった俺と横に並んだら、こんな感じだったんだろうか、と心が温かくなる。

 おかしな話だ。ルーファスはレインよりも年下に見えるし、レインは十年前で既に二十代後半ぐらいだった。生きていたら四十近い年令のはずだ、ルーファスのように若いはずがない。

 …それでも俺は未だにルーファスがレインなのではないか、と心のどこかで思っている。彼に記憶がないことはマクギャリー大佐に聞いて知っているが、ルーファスとレインの間に全く関わりが無いとはとても思えなかった。


 今の俺のこの姿では、ライ・ラムサスだと明かして尋ねることが出来ない。でもルーファスがレインなのかどうかを、今ここで確かめる方法はなにかないのだろうか。…そんなことを思う。


「リグ、さっきのオルゴールの曲を、もう一度俺に聴かせてくれないか?」


 ルーファスは俺にオルゴール・ペンダントを手渡しながら、どうやれば音が出るんだろう、と不思議そうに首を傾げる。

 そんなルーファスを見て俺は思わず顔を綻ばせた。まるで子供のような仕草だったからだ。


 不思議な人だ。あれほどの強さを持ち、ヘレティック・ギガントスのような化け物を相手にしながら、寛いだ場面ではこんな顔をするのか。

 明るくて優しくて…傍にいるだけで()の光のような温かささえ感じる。ずっと傍にいたい。俺にそう思わせるなにかが、ルーファスにはあった。


「…構わないが、気に入ってくれたのか?」


 俺はくすりと笑いながらそう聞き返す。


「ああ。聞き覚えのある曲のような気がするんだ。とても…懐かしい。」


 ――…懐か、しい…?


 思いがけないその言葉に、俺はドキリとした。


 胸の鼓動が早くなるのを感じながら、オルゴール・ペンダントに触れる。すぐに曲が流れ始め、その音に目を閉じてじっと耳を傾けるルーファスの顔を見ていた。


 ――ルーファスがレインではないのなら、この曲を知っているはずがない。何故なら、この曲を知っている人は元々極僅かで、もうみんなこの世にはいないからだ。


 ルーファスがレインだと、確かめる方法が…あるかもしれない。


「ルーファス…もし聞いたことがあるのなら、この曲の題名を思い出せるか…?」


 それは俺の賭けだった。ルーファスがレインであるのかどうか、それを俺自身が確かめる唯一の――


「曲の題名?…うーん…どうかな…。」


 そのままルーファスは黙り込んだ。


 …やはり違うのか。レインでなければ知っているはずがないのだから、思い出せるわけがないんだ。


 ――そう思ったのに、ルーファスは顔を上げて、ああ、思い出したよ、と微笑んだ。


「確か、『イティ・エフティヒア』じゃなかったかな?」



ブックマークありがとうございます!!次回、また仕上がり次第アップします。いつも読んでいただき、ありがとうございます!!

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