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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス


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104 バスティーユ監獄 ④

ルーファス達と別行動を取ることになったアテナとシルヴァンは、攫われたイゼス達の行方を追って地下迷宮の暗がりをひたすら進んでいました。やがて古代遺跡と思われる建造物に辿り着きます。一方ヘレティック・ギガントスを倒したルーファス達は、リグから情報を得て、自分達が既にバスティーユ監獄の中にいることを知り行動を開始しますが…?

        【 第百四話 バスティーユ監獄 ④ 】



 タタッタタッタタッタタッ…と、ルスパーラ・フォロウが放つ光を頼りに、その軽快な足音が暗闇に木霊する。


「――シルヴァンティス殿、前方十メートルに毒這虫(たいしゃちゅう)の集団です。射程範囲に入り次第、ドラゴニック・フレイムで一掃します。」

『心得た。』


 銀狼化したシルヴァンに跨がり、アテナはルスパーラ・フォロウを常時発動しながら、左手に赤く輝く魔法陣を待機させる。

 風にラベンダーグレーのふわりとした髪を靡かせ、薄紫色の瞳が魔法を放つ頃合いを計った。


「3、2、1…滅せよ!!『ドラゴニック・フレイム』!!」


 ゴッ…


 自然洞のように暗く湿ったこの通路は、ルーファス達と別れた蛍岩の通路と違って、永遠に続くかのように、どこまで行っても暗がりのままだった。

 幅は三メートル、高さが四メートルほどの道をアテナが放った火属性魔法が、壁や天井に張り付いていた蛆虫のような動きと外見の、紫色をした魔物集団を焼き払って行く。


「殲滅完了です。」


 アテナは淡々と、しかしホッとしたように短く息を吐く。アテナは緊張していた。ルーファスの懸念を汲んでシルヴァンへの同行を申し出たものの、『ブラインド』で読めないルーファスの心の中は、カオスへの焦燥と不安で一杯だったからだ。

 もし自分が失敗して、イゼスとレイーノどころかシルヴァンまでも失うようなことになれば、ルーファスが苛む自責の念は計り知れないものになってしまうだろう。

 だからこそ失敗は出来ない。それなのにルーファスの言葉通り、真の意味でのカオスを知らないことに不安もあった。


 そしてなにより、自分から言い出したこととは言え、ルーファスとウェンリーのどちらからも完全に離れて、慣れないシルヴァンと二人きりの行動にほんの少し怯えてもいた。

 シルヴァンが悪いわけではない。ただアテナは、まだ親離れの出来ない子供と同じなだけだ。


『ふむ、さすがだな、アテナ。そなたは本当にルーファスと同等の能力を有している。(あるじ)の言う通りこの先にカオスが待っているのであらば、そなたの同行は我にとってこの上ない助力となるであろう。』


 シルヴァンは駆ける速度を緩めることなく、そのエメラルドグリーンの瞳を背中のアテナに向けると、シルヴァンらしい感謝の言葉を告げる。


「守護七聖<セプテム・ガーディアン>のシルヴァンティス殿にそう言って頂けると、私もルーファス様に願い出た甲斐があります。…ところで、貴殿と二人きりになれる機会はそうそうありませんので、少々伺いたいことがあるのですが…よろしいですか?」


 アテナの妙な堅苦しい言葉遣いに、シルヴァンは狼顔で眉を顰めた。


『それは構わぬが…その貴殿という呼び方はどうしたのだ?普通に〝あなた〟で良いであろう。』


 首を傾げるシルヴァンに、アテナは申し訳なさそうな顔をして下を向く。下を向きながらシルヴァンの背中の毛をきゅっと両手で掴んだ。


「…ですがその呼び方は、マリーウェザーさんに悪いです。」


 他人との付き合い方は難しい、とアテナは思う。予想外の部分を突っ込まれ、シルヴァンに聞いておきたかった重要な話にすぐ入れなかったことに戸惑う。

 これがウェンリーなら、アテナの話を先に聞いてから直すべきところを教えてくれるのに、と極小さな不満を抱いた。


『?…なぜそこで彼女の名が出る?』

「ルーファス様のデータベースに女性が男性をそう呼ぶ意味には、妻が夫への愛を込めて呼びかけるものだとありました。」


 シルヴァンは〝ぶふっ〟と吹き出しそうになるのを堪えた。


 シルヴァンはシルヴァンで、この機にアテナとの信頼関係を深めようと考えていた。今回のことは急だったが、今後アテナにはこんな風に、ルーファスと別行動を取って貰う機会が増えるかも知れないと思っていたからだ。

 アテナは普段ルーファスかウェンリーに付きっ切りで、実はこれまでシルヴァンと個人的には殆ど会話を交わしたことがない。

 それでも特に困ることはなかったが、ルーファスからもアテナが独り立ちできるように協力してくれと頼まれているように、ルーファスとウェンリー以外の他者とも進んで親しくなれる方法を学ばせた方が良いとも思っていた。


 その第一歩が、シルヴァンとも本当の意味で『仲間』として、親しく付き合えるようになることだ。


『そなた…あまり馬鹿正直にルーファスのデータベースを参考にしすぎるのではない。…というか、ルーファスのデータベースには、そのような細かなことまで記されているのか?』

「はい。」


 アテナの返事を聞いたシルヴァンは、一体どんなことまで記されているのやら、と呆れて別の懸念を抱く。


 ≪ 微妙に記述が足らぬようだが、夫婦の呼び方まであるとなると、まさか結婚とはなんたるかまで詳細に書かれているのではなかろうな…?≫


 ――それはさすがに気にしすぎである。


『ふむ…まあ良い。それと前々から思っていたのだが、なぜそなたは我を〝殿〟と付けて呼ぶ?己で言うのもなんだが、我の名は長くて呼び難いであろう。この際だ、ルーファス同様にシルヴァン、と愛称で呼んでくれて構わぬのだぞ?』

「…よろしいのですか?…えい、ドラゴニック・フレイム。」


 アテナはシルヴァンとの会話を交わしながら、再び近付いて来る魔物の気配に向けて、さっきと同じようにドラゴニック・フレイムを放つ。


 ゴッ


 殲滅された魔物の死骸は、ルーファス同様の戦利品自動回収スキルでアテナの無限収納に吸い込まれ、あっという間に消えて行った。


『無論だ。我もそなたをアテナと呼んでいるであろう。ウェンリーとてそなたには親しげに呼び捨てて貰いたいと思っていると我は思うがな。』


 シルヴァンがちょっとしたお節介を焼き、ウェンリーが日頃からどうしたらアテナに呼び捨てにして貰えるか、と悩んでいたことを思い出し、ふとそんなことを口に出す。

 ところがアテナは表情を曇らせ、沈んだ声で答えた。


「……ウェンリーさんは…呼び捨てには出来ません。」

『ほう…それはなぜだ?』

「御言葉に甘えてシルヴァン、と呼ばせて頂きますが、シルヴァンはウェンリーさんがルーファス様にとって、どれほど稀有な存在であるのか御存知でしょう?…えい!ドラゴニック・フレイム。」


 ゴッ


 アテナが放つ火魔法の中を、シルヴァンは平然と駆け抜けて行く。


『…まあ知らぬ、とは言えぬな。親友だ家族だと(あるじ)は言っているが、そのような言葉では言い表せぬほど大切に思っているのは確かであろう。…七聖の我でも少し妬けてしまうほどにな。』

「そうですね。でもウェンリーさんは…それだけの存在ではないのです。いつかすべてわかってしまうでしょうが、あの方を失えばルーファス様は…いえ、私もきっと正気ではいられなくなるでしょう。私とルーファス様は今も魂の奥底で繋がっていますから。」

『…それほどか。』

「はい。…あっ…シルヴァン、簡易地図で見えますか?この先になにか大きな建造物のようなものがあります。もしやイゼスさん達はここにいるのでは?」


 アテナは自分の地図に表示されたそれを見て、顔を上げた。ルーファスがいつも見ている物と同じく、そこには目的地を示す黄色の点滅信号が光っている。

 その信号はシルヴァンには見えないが、建造物の巨大な影とそこへ向かう道順は示されていた。


『――確かになにかあるようだ。…しかもかなりの大きさだな。まさかこのような地下迷宮に建造物があるとは…いや、そう珍しくもないか、古代遺跡はありとあらゆる場所にあると言われている、ここもおそらくは同様の建物であろう。…少し手前で獣化を解くぞ。』

「はい、それはお任せします。」


 ある程度の距離まで来た所で群がる周囲の魔物を一掃すると、シルヴァンは獣化を解いて人の姿に戻った。

 アテナとシルヴァンは武器を手に周囲を警戒しながら、未知の建造物に向かって地下迷宮の通路を進んで行く。


 ――やがて辿り着いたそこはシルヴァンの想像通り、地下空洞の土壁や岩壁に埋め込まれるようにして建つ古代遺跡のような建造物で、ルク遺跡の内部と同じような、青く光を放つ呪文帯が絶え間なく壁に流れていた。


 フェリューテラに現存している古代遺跡と呼ばれるものは、どの国にあっても大抵似たような建材で作られている。

 最も多いのはルーファスの剣と同じ素材の『エラディウム』と『白色花崗岩』を『ラプロビス』という繋ぎを使って組み合わせたものだ。

 エラディウムは魔力伝導率が高く、仕掛け扉や盗掘防止の罠を作るのにも最適な建材で、『ラプロビス』と言うのは、ラプロと呼ばれる岩石を粉状になるまで細かく砕き、プルビスという名の粉と混ぜて水で練ったものを言う。

 次に多いのは『変成岩』と『花崗岩』などの石材を加工したものだが、こちらは主に地上に残っている遺跡に使用されているものが殆どだ。

 ここのような地下では地震などの影響で、保存魔法をかけられていても壊れてしまうことが多く、あまり向いていない。


 というわけで、ここの古代遺跡は主にエラディウムと白色花崗岩を使用して建てられており、全体的にも壁がエラディウムの特徴である仄かな青みを帯びた印象を受ける。


「この遺跡…まだ生きているな。表からカオスの気配は感じぬが、イゼスとレイーノの匂いがまだ残っている。…間違いなくこの中のどこかに捕らわれているようだ。」

「明るいので照明魔法を切ります。広域探査を発動しますね。」


 アテナはルスパーラ・フォロウを切ると、一、二秒、目を閉じ外から遺跡内部の構造を調べて、シルヴァンと共有している簡易地図に表示させた。


 シルヴァンは右手を口元に当てると感心して頷く。


「――相変わらず便利だな。(あるじ)との付き合いで大概のことには驚かぬが、目的地を示すという信号も含め、自己管理システムというのは一体どうなっているのだ?」


 二人は歩きながら先ず、建物の周囲に罠などが隠されていないか具に調べて行く。


「私に聞かれてもわかりません。常時自動展開の超高位魔法だということしか聞いておりませんし、術式を構築して作成されたルーファス様も、なにも覚えていらっしゃらないようですよ?」

「…作った本人がわからぬのでは説明のしようもないか。」


 やれやれ、とシルヴァンは両手を広げて首を振った。


「罠のようなものは特に仕掛けられていませんね、とにかく入口を探しましょうか。」

「うむ、そうだな。…ところでアテナ、我になにを聞きたいのだ?話が途中であっただろう。」

「あ…ええ、それは…」


 その場に一度立ち止まり、言い難そうに両手を重ねて胸元に当てるアテナに、シルヴァンは首を捻った。


「遠慮は要らぬ、申してみよ。」

「――はい。では伺います、シルヴァンはウルル=カンザス様から、もう一人のルーファス様…〝レインフォルス〟と言う御方について、どんな話をお聞きになったのですか?」

「…!」


 思いがけない問いにシルヴァンはギクリとして一度、身体を揺らした。


「…その話か。」


 アテナから見てシルヴァンの表情が一瞬で険しくなった。


 シルヴァンは再び歩き出し、遺跡の入口を探しながら続ける。


「ルーファスのいないところで話すことではないと思うが、正直に答えるぞ。彼奴(あやつ)からは何一つ聞き出せておらぬ。」

「…そう、なのですか?」


 青く光る呪文帯を辿り、壁の扉らしき亀裂に触れながら、シルヴァンはどこかに仕掛けがないかを手で探す。

 一つ一つ溝を辿り、押してみてへこむものがないか、突起のようなものがないかを触れて回った。


「ウルル=カンザスという男は頑固者でな、我等があの1002年に滞在していた時に、ルーファスが黒髪に変化したことを告げたら僅かな反応を示した。それでなにか知っているのでないかと思い、問い詰めたが遂に口を割らなかったのだ。」

「それはもしや、医療院で揉めておられた時のことですか?」

「…そうだ。――仕掛けはないな、裏手に回ってみよう。」


 扉は開かず、仕掛けも見当たらないため、アテナとシルヴァンは裏手に向かって歩き出す。


「ルーファス様はウルル=カンザス様のことを、とても信の置ける方だと仰っていました。決して交わした約束を違えず、容易に秘密を口外することもない、と。黒鳥族(カーグ)の特性に縛られていなければ、自分の旅に同行して欲しいぐらいだと残念そうに笑っておられました。」


 アテナの言葉を聞き、シルヴァンは苦笑する。


「ふ…それはウルル=カンザスとて同様に思っているであろうな。聞けば泣いて喜びそうな(あるじ)の言葉だ。あれのルーファスに対する忠義は生半(なまはん)かなものではない。だからこそ『レインフォルス』について気づいたこともある。」


 アテナとシルヴァンが建物の裏手に回ると、岩壁と壁の間にアテナ一人がやっと通れるくらいの隙間があった。


「この隙間に入るのは我では無理だな。」

「私が行って見てきます。ここで待っていて下さい。」

「うむ、頼んだ。」


 シルヴァンよりも遙かに小柄なアテナは、スルリとその隙間に入り壁伝いに慎重に進むと、途中に赤く光が点滅している突起のようなものを見つける。アテナは迷うことなくそれを右手でバン、と叩いて押し込んだ。


 ゴゴンッ


 アテナの身体が触れている遺跡側の壁に小さな震動が起き、なにかの仕掛けが作動した音がする。

 そうしてアテナは隙間から出てシルヴァンの元に戻り、二人で遺跡の正面に戻るとぴっちりと閉じていた扉が開いていた。


「扉が開きましたね。目的地の信号はずっと奧のようです。行きましょう、シルヴァン。」

「うむ。」


 こうしてアテナとシルヴァンは、イゼスとレイーノの匂いが残っているとシルヴァンが言った、古代遺跡の中に足を踏み入れて行った。




                 ♦


 ――ヘレティック・ギガントス戦で疲れ切った身体を引き摺りながら、俺は今…ルーファスとウェンリーの後に続いて、このバスティーユ監獄の一階廊下を歩いている。


 あの死闘の後、俺達は互いにここへなにをしに来たのかを簡単に話し合った。


 俺はジャンやマリナ達の目の前で、あの避難施設から突然憲兵に連行されたジャンの祖父…ヘイデンセン・マルセル氏を助けるために、髪と瞳の色を変えて新法対象者の振りをし、わざと捕らわれてここへ潜り込んだことを打ち明けた。

 もちろん俺がライ・ラムサスであることと、変装していることやマルセル氏の名前は出していないが、ルーファスとウェンリーも目的は同じで、知人の考古学者とその助手達が同じように連行されたことを知り、なんとかして助け出すために本土から地下迷宮を通ってここまでやって来たと言っていた。


 二人はここが監獄島と呼ばれる『イル・バスティーユ島』であることはわかっていたが、この施設がバスティーユ監獄であることは知らなかった。

 それを知りかなり驚いていたが、俺の方こそ本土の地下に広大な迷宮があり、海の下を通ってこの島へ渡って来られるなど想像もしていなかった。


 そんな互いの事情を話し合った後、この監獄がどういう場所なのか、俺が知り得た情報を二人に話した。

 俺もここへ潜り込んで初めて、この監獄がどういう所なのかを知ることになったのだが、ここは俺の想像を遙かに超える劣悪な環境で凶悪な場所だった。

 王都で事前に情報を調べようにも、王宮近衛指揮官の俺でさえバスティーユ監獄の情報を知ることは出来ず、あまりに厳重な情報管理態勢から、なにかあるのではないかと不審に思っていた。

 その疑念を通り越し、現実は想像以上に酷いもので、この監獄は施設内に人間の看守を一人も置かず、代わりに常時大量の魔物を(はな)っておき、鍵のかけられていない監房から出た者を、処刑と称して食い殺させていたのだ。


 当然だがここに送られた囚人は初めから武器など持っているはずがない。そんな中魔物の前に出れば、どうなるかなど誰が見たって一目瞭然だ。

 それでも殺人や強盗などの重犯罪を犯したような者達なら、ある意味それも自業自得と目を瞑ることもまだ出来なくはない。

 だが今回の新法制定でここに送られた民間人は、そんな罪などなにも犯していないのだ。ただ古い過去の歴史を紐解こうと、それに携わるなんらかの仕事に就いていただけに過ぎない。


 最悪なのは…これは全部俺の行動が招いたということだった。


 ――全ての事の発端は、もう十日ほども前のことになる。


 護印柱でのあの悪夢のような一日の終わりに、ヴァレッタを失って呆然としながら地上へ戻ると、俺達は待ち構えていたあの男の私兵にすぐさま捕らえられた。

 そのまま俺とイーヴ、トゥレンは一週間の自宅謹慎を命じられ、フォションはどうなったのかさえ今もまだわからない。

 暫くの間、自室の前に監視を付けられて、俺は一切の身動きが取れなくなった。


 自室で過ごす間俺は、ヴァレッタを失った衝撃でずっと塞ぎ込んでいた。根無し草の他のメンバーや、なによりジャンに、彼女の死をどう詫びれば良いのかと己の行動を悔やんでいたからだ。

 そうして城を抜け出すこともなく三日ほどが過ぎた頃だ。


 初め俺は全くなにも知らされていなかった。突然あの男が国王の名で新法を制定し、こんな強硬手段に出たことをだ。


 ジャンが城を訪れ、ヨシュアの極秘の計らいで泣きながら俺に助けを求めてきた時、そのことを知り怒りに震えた俺は、すぐさま部屋を飛び出し、あの男に直談判をして食ってかかった。


 なんの罪もない民間人をこんな理由で監獄に送るなど、到底一国の王が行う正気の沙汰だとは思えなかったからだ。


 ところがあの男は、全て俺の行いの所為だと、食ってかかった俺を逆に激しく怒鳴りつけて責めた。

 俺は感情的になって俺を本気で怒るあの男を見たのは、あれが初めてのことだった。


 それも当然のことだったのかも知れない。王都の地下に眠っていた護印柱…あの施設には、恐るべき古代の遺物が封じられていたからだ。

 それが『テリビリスザート』と呼ばれる、人を無限増殖する『レスルタード』に変貌させる『魔物の種』のことだった。


 俺はそんなものがあの場所にあることなど知らず、イーヴ達とヴァレッタ達を巻き込んで、命の危険に晒してしまった。


 ヴァレッタは負傷した際にその種に侵されてレスルタードに変化し、地上にそれを出すまいと、どこからか駆け付けた『リカルド・トライツィ』と変わった服装の男二人に、骨の欠片も残さず消滅させられてしまった。


 あの男はあの場所に、あれが封印されていたことを知っていたのだ。知っていたからこそ、護印柱が機能を停止し、守護壁が消えてもなにもしなかった。

 あの恐るべきレスルタードが、たとえ一体でも表に出れば、王都どころかこの国だけでなく、フェリューテラが滅びかねないと知っていたからだ。


 そうして俺は失意の中、あの男が考古学を危険視する理由についても、その一端を知ることになった。


 だがだからと言って、こんな横暴を認められるはずがないだろう。自分の浅はかな行動が招いた事態だからこそ、尚更放ってはおけなかった。

 だから俺はイーヴにもトゥレンにもヨシュアにも告げず、監視の目を掻い潜って城を抜け出し、変装してここまで来たのだ。


 そうして奇妙な縁で彼らと巡り会うことになったのだが…


 ――Sランク級守護者『ルーファス・ラムザウアー』。


 彼の思わぬ弱い面を目にはしたが、レスルタードと化したヴァレッタをあっさり殺した『リカルド・トライツィ』と言い、Sランク級ともなると、これほどまでの強者(きょうしゃ)が揃っているものなのだろうか。あの次元の異なる恐るべき怪物を倒せたこと自体が、俺は未だに信じられない。


 ここに来てもう三日になるが、監獄内に魔物を引き入れる仕掛けがあると聞き、なによりもまずはそれを停止しようとして制御室に向かう途中、中庭に出たところであれの襲撃を受けた。


 この監獄内で知り合った男から、中庭には恐ろしい怪物がいると忠告を受けていたが、最上階からここまで魔物と戦いつつ無事に降りて来られたことに、なんとかなるだろうと過信していたところがあったのは認めざるを得ない。

 その結果、ヘレティック・ギガントスを視認することさえ出来ずに、瞬殺される羽目になったのだ。


「それにしても、まさかここが俺らの目的だった『バスティーユ監獄』の中だったなんてなぁ…さすがに驚いたぜ。今まで良く脱獄者が出なかったもんだ。なあ、そう思わねえ?ルーファス。」


 ――赤毛の不揃いな短髪に濃い琥珀色の瞳を持つ『ウェンリー・マクギャリー』…笑った顔は父親のラーン・マクギャリー軍務大佐にとても良く似ている。

 ルーファスはやはりレインなのではないかと思って以降、いつもこのウェンリーが行動を共にしていると聞き、マクギャリー大佐に頼み込んで見せて貰った写画で、顔を確認していたからすぐにわかった。


 気絶から覚めて最初にその顔を見た瞬間、なぜマクギャリー大佐の息子が目の前にいるのかと思ったが、まさかまたこんなところでルーファスに命を救われることになるとは…


 そう言えばまだ俺は、碌に救って貰った礼も言えてないままだ。


 ルーファス…


 白銀の髪に青緑(ブルーグリーン)の瞳…下手をすると俺やウェンリーよりも若く見える。あの強さはかなり異常だ。幾つもの魔法を同時に発動し、剣の腕も半端ではない。

 形態変化前のヘレティック・ギガントスを単独で相手にし、その攻撃の大半を無効化する防護障壁を使い熟す。


 ――ヘレティック・ギガントスが第二形態に変化する直前、異常に膨らんだ雷球にこれは不味いと思った。

 爆発寸前の燃料容器のように、弾け飛べば俺など一溜まりもないだろう、と覚悟した。それと同時に同じような状況にあったウェンリーを見て、ルーファスは俺ではなく仲間の方を助けに向かうだろうと…

 だがルーファスはウェンリーではなく、身を挺して俺を守ってくれた。昔レインがそうして子供だった俺を守ってくれたように、全身で抱きしめるように包み込み、衝撃から庇ってくれた。


 あの瞬間、俺はルーファスをレイン、と呼びそうになった。…驚いたのはその直後だ。爆発音の影響で酷い耳鳴りがしていて、なんと言ったのかは聞こえなかったが、ルーファスの唇の動きは、〝大丈夫か、ライ〟と、そう言ったように見えた。


 髪の色も目の色も変えているのだから、そんなことはあり得ないと思うが、それでも…確かめたい。

 ルーファスは本当にレインなんじゃないのか?髪と瞳の色が違っても、外見がレインより若く見えても、どうしてもそう思えて仕方がない。


 いっそのこと正体を打ち明けて、なにもかも話してしまえば…いや、だめだ、そんなことをすればこの二人にもきっと迷惑がかかることになる。ここは凶悪犯がいる重犯罪者収容施設で、俺の立場が露見すれば、王国軍に恨みを抱く囚人は全て敵に回る。


 くそっ…どうして俺は今、ライ・ラムサスじゃないんだ…!!


 ――そんなどうしようもない葛藤を胸に抱えながら、ウェンリーと話すルーファスを、俺はただじっと見ていた。


「ああ。あの祠の下から地下迷宮に出られるとしても、間には鍵のかかった鋼鉄製の扉があったし、中庭にはヘレティック・ギガントスがいたから、囚人が逃げようとしてもすぐに喰われてしまい、生きて脱走するのは不可能だったんだろうな。」


 近くで見れば見るほどレインにそっくりだ。だがルーファスは人前で淡々としていたレインと違って、話ながらその表情を豊かに変える。その違和感はどうしても拭えないな。


「けどさ、それを俺らが倒しちまったじゃん?凶悪犯が脱獄したりしねえように、祠の扉は塞いだ方が良くねえか?」


 ウェンリーに微笑み、首を傾げ、目を細め、眉間に皺を寄せ、また口元を綻ばせる。考え込む時の仕草も、ふとしたその身振り手振りも、物静かで落ち着いていたレインとはまるで違うように見えた。


「うん…そうだな。とりあえずリグからここがそうだと聞いてすぐに、祠には誰も入れないよう侵入防止の結界障壁を張ったから、俺達が出た後で地下迷宮との扉は元通りに戻すことにしようか。」


 ≪監獄に侵入して知人を脱獄させようとしているのに、他の重犯罪者が逃亡するのを心配しているのか。≫


 俺は思わず苦笑する。


「え!?エクスプロードで破壊したあれ、元に戻せんの!?」

「修復魔法があるからな、多分大丈夫だ。」

「へー…てかさ、ルーファスにかかっちゃ、監獄の警備も形無しだな。鍵はアンロックで開けられるし、脱走防止の監視役は化け物でも倒しちまうし、扉は破壊して侵入した後でちゃんと元に戻せるなんて、どれもなんの役にも立たねえじゃん。」


 身も蓋もないウェンリーの言葉を聞いていた俺は、目が丸くなった。


 ――確かに。ウェンリーの言う通り、今後はここの警備状況を見直す必要があるかも知れん。


「ウェンリー…俺をまるで極悪人かなにかのように言うなよ、犯罪だって理解しているし、こんなことをするのは俺だって不本意なんだからな。」

「んなのわかってるって、素直に感想を言っただけじゃんか。」

「おまえな…」


 ――この二人…あれほどの死闘を戦い抜いたばかりだというのに、疲れをまるで感じていないようにさえ見える。

 ウェンリーは俺と同じBランク級だと言っていたが、さすがはSランク級パーティーの一員と言うところか?体力的には俺よりも遙かに上のようだ。


「あっ!!ほらほらルーファス、あそこ!!あの扉がリグの言ってた制御室なんじゃねえ?」

「誤魔化したな…まあいい。――中に人も魔物もいないな、鍵がかかっているようだから、アンロックの魔法で解除出来るか試してみよう。」

「――……。」


 ≪ルーファスはこの階にもう魔物はいないと言っていたが、どうやってそんなことがわかるんだ?…固有スキルかなにかなんだろうか。≫


 そんなことを疑問に思っていると、扉の手前に立ったルーファスの手元に魔法陣が一瞬だけ光り、続いてカチャリ、と鍵の開く音が聞こえた。


「あ、開いた。」

「うん、これで中に入れる。」


 ――ルーファスにかかれば頑丈な扉もその鍵も呆気ないものだ。もし俺がここに一人で辿り着けていたとしても、結局は鍵がかかっていて扉を開けることは出来なかったのか。


 制御室の中に入ると、そこには王都の軍施設で使用されているものと同種の駆動機器が、所狭しと並んでいた。


「うわ〜さすが制御室。わけのわからねえ駆動機器だらけだ。」

「――さすがにこれは下手に弄れないな。リグ、あなたならわかるか?」

「ああ、任せろ。」


 俺は制御盤の前にある椅子に腰かけて操作用鍵盤を叩き、すぐに監獄内の警備機構に様々な変更を加えて行く。


 カタカタ…カタカタカタ…


 横に立っていたルーファスは俺が鍵盤を叩くのを一瞥すると、目の前の画面や周囲をざっと見回した。


「なあリグ、それもここで知り合ったっつう奴に、詳しい操作方法を教わったってわけ?」

「ああ、そんなところだ。」

「ふーん…」


 背後に立つウェンリーから、俺を訝しむような視線を感じる。まあ、無理もない、ただの冒険者が国が管理しているような駆動機器に詳しいなど怪しまれて当然だ。

 ウェンリーの態度は極当たり前だと思うが…ルーファスからは俺を警戒するような感情は一切見られない。…それどころか最初から一も二もなく完全に信用されていたような気もする。なぜだろう?…不思議な人だ。


「――よし、これでいい。」

「結局それでなにをしたんだ?」


 なにも言わずに俺に任せるから、てっきりわかっているものだと思っていたが、真面目な顔をしてそう聞き返すルーファスに、俺は一驚した。


「…ここの監獄には外部と通じる魔物専用の搬入口があり、そこから監獄内にわざわざ魔物を誘い込んでいたんだ。誘い込まれた魔物はそのまま通路を通って昇降機に乗り、囚人に倒されたり、魔物同士の共食いなどで数の減った階層に補充される仕組みだ。だからその搬入口を完全に閉じて運搬用の昇降機を停止させた。これで各階の魔物は閉じ込められ、新たな魔物は入れなくなる。」


 少しなにかを考えるようにして間が空いた後、すぐにルーファスはこの監獄内の機構を理解したようだった。


「…そうか、それじゃ今いる中の魔物を全て倒せば、少なくともこの建物内の魔物だけは殲滅が可能になるんだな。」

「ああ、そう言うことだ。」


 これで用は済んだと、椅子から立ち上がろうとした俺をルーファスが止める。


「待った。もう一つ頼みがある。」

「…なんだ?」


 俺の肩に手を置き、画面を覗き込むようにして見ながら、ルーファスは映し出された監獄内の機構図を指差す。


「ここの制御装置は、もしかしたら遠隔操作で外部の離れた施設からでも、ある程度の操作は可能なんじゃないか?」

「…よく知っているな。」

「この画面を見たからな。もう一つの頼みというのは、その外部からの遠隔操作を全て遮断し、こちらからでなければ扉の開閉一つ、一切なにも出来ないよう制御不能にして欲しいんだ。」

「な…!?」


 俺は吃驚してとんでもないことを口にしたルーファスを二度見た。その意味を理解したらしきウェンリーも身を乗り出す。


「ルーファス!そりゃやべえって!!んなことしたらバスティーユ監獄を俺らが乗っ取ったも同然じゃんか!!」

「ああ、ウェンリーの言う通りだ。そんなことをすれば警備機構に異常が発生したと連絡が行って、俺達が侵入していることが外部に知れ渡るぞ。」

「そうかもしれないが、監視用の映像記録はここで全て切ることが出来るだろう?外から誰も中に入れなくなれば、俺達の素性もそう簡単にはばれないし、時間を稼げる。」

「それはそうだが…なぜそこまでする必要がある?」


 そう問い返した俺の顔を、ルーファスは大きく目を見開いて見た。


「――まさか…知らないのか?今日の夕方以降、新法対象者は全員なにかの形で処分されることになっている。だから俺達は連行された知人を助けるために、急いでいるんだ。」

「しょ…処分!?」


 ルーファスの口から出た思わぬ言葉に、俺は愕然とした。


「それは本当か!?」

「ああ。昼前に今日の夕方から新法対象者の刑を簡易裁判で確定し、罪状によってそれを執行するという国王の布告があった。だが俺達は過去のロバム王が行った考古学者の排斥の仕方や、今回のいきなり全員を監獄送りにしたという異常な行動から、裁判というのは建前で、実際は行わずに全て処刑するつもりなんじゃないかと思っている。」

「…っ」


 ――十分あり得る…寧ろルーファスの推測の方が正しいだろう。あの男ならきっとやる。既にそういう布告があったのなら短期間で強行し、国民の批判も反発も後から理由を付けて無理矢理抑え込むつもりだ…!!


「正確な時間は?」


 俺は血の気が引き、自分の顔色が青ざめていることに気づいた。怖れから両手もカタカタと震えている。

 これは俺の罪の意識から来るものだ。ルーファスの言う通りに捕らえられている民間人が処刑されるようなことになれば、俺はもうその家族に死んで詫びるしかない…!!


「わからない。夕方からとしか聞いていないんだ。だから少しでも時間を稼ぎたい。この画面の機構図を見る限り、監房の扉の開閉が自動で行えるようになっているだろう?そして内部には大量の魔物が徘徊している。そのことから、ここの処刑方法は唯一安全な監房の扉を開け放ち、中にいる囚人を魔物に殺させるんじゃないかと思うんだ。」

「げ…マジか。けどそれならあっという間に全員を処刑できるよな。…おっかねえ。」


 ウェンリーの顔色も一瞬で青くなる。


「――わかった。ルーファスの提案通り、外部からのバスティーユ監獄の制御を全て遮断しよう。」


 ――このイル・バスティーユ島には、全ての監獄を一括して管理している管理施設が港近くにあり、そこから憲兵が駆け付けるには、Aランク相当の魔物が徘徊している島内を抜けて来なければならず、恐らくかなりの時間がかかると思われた。

 主制御はこちら側にあるため、一度制御を遮断してしまえば、管理施設の駆動機器が制御を取り戻すには何ヶ月もかかることだろう。

 俺は自分が軍に関わる人間であるために、その損害と後の処理を考えて躊躇っていたのだが、もうそんなことを言っていられる状況ではない。


「すぐ作業に取りかかる。十分ほどかかるから――」


 ビーッ


 再び俺が鍵盤に向かおうとした時だ。その耳障りな音が響き、室内の警告灯が赤く光ると、どこかで駆動機器の作動音が響いた。


 ガコーン…


「――今の音は?」


 ルーファスが顔を上げ扉を見やると、瞬時にエラディウムソードの柄に右手をかけた。


 俺が画面に映し出された機構図をもう一度見ると、今閉じた魔物の搬入口がまた開き、昇降機が再び作動していることに気づいた。


「搬入口がまた開いた?昇降機も再稼働している!?なぜだ、こちらから機能を停止させたはずなのに…!」

「は?勝手に動くんじゃ止める意味ねえじゃん。おいリグ、しっかりしてくれよ〜!」


 すぐに画面を覗き込んだルーファスは、ほんの一、二秒でその原因を突き止めた。


「――いや、リグのせいじゃない。この警備機構、魔物の搬入口と昇降機だけが独立した別経路の制御になっている。多分修理点検から補助機能まで全て自動なんだろう。これは…搬入口を破壊するしか止める方法はなさそうだ。」

「また壊すのかよ!?てか、今度はでけえ音出したら、マジでやべえだろ!?」


 慌てたウェンリーにルーファスは、なにを今さら、と笑った。


「リグ、とにかく外部からの制御を遮断してしまってくれ。それと、どうせだから搬入口を壊した後、魔物用の昇降機を使って上まで行く。新法対象者は全て十一階から上に収容されているんだったな?」

「ああ、そうだ。」

「よし、じゃあ頼んだ。」


 ――そう言って破顔するルーファスの瞳には、俺への疑念など微塵もなく、心から信頼しているとしか思えない優しげな青緑(ブルーグリーン)の光が浮かんでいた。



次回、仕上がり次第アップします。

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