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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス
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102 バスティーユ監獄 ②

予想以上の強敵との遭遇に、ルーファスは守護七聖主としての力を解放しなければ、まともに相手を出来ないと判断、キー・メダリオンを使用して自分の能力上昇を計り正体不明の敵に対峙します。ところが、それでも苦戦を免れず、戦況は膠着状態でした。一方、要救助者を守るように言われたウェンリーは、目を覚ました『リグ』と名乗るBランク級冒険者から、あの敵が結界で守られていることを聞き、ルーファスに断りなく動いてしまいますが…?

         【 第百二話 バスティーユ監獄 ② 】



 ――ルーファスの身体が光り輝いてる。今までにも強敵と戦う時や、ここぞという時に闘気を纏って、光っているように見えることはあったけど、今日のはそれの比じゃねえ。

 なにをしたのかはわからねえけど、俺の目がおかしいのかな?ルーファスの銀髪が、時折リカルドの野郎みてえな金色に見えるんだ。


 …そう言えばあの人…シェナハーンから人捜しに来てたログニックさん…あの人はルーファスの話をしたときに、金髪か、って聞いて来たけど…どっからそんな話が出てくんだ、なんて不思議に思ったのに、まさかこの状態のルーファスのことを知ってて言ったわけじゃねえよな?


 はは…んなわけ、ねえか。


 ルーファスと突然上空から襲撃してきた正体不明の敵は、俺が今いる位置から結構離れた場所で戦ってる。

 俺の横には気を失ったままの男がいて、ルーファスに〝守ってやれ〟と言われた以上、傍を離れるわけにはいかなかった。

 なんでかっつうと、ルーファスは俺ら『太陽の希望(ソル・エルピス)』のリーダーで、パーティーを結成した時に作った "決まり" の中に、リーダー命令の『要救助者の守護』は絶対、ってのがあるからだ。

 こいつは意識のない人間を放り出して、守護者が勝手に動くな、って意味だ。


 ルーファスの守護者としての矜持は徹底してる。それこそあいつが魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)の発案者だったって言ってた通り、運営理念にある『魔を討つ力を持つ者は、常に持たざる者のためにあれ』ってのそのものだ。

 けど守護者は自分を犠牲にして人を守るんじゃなく、そこに自分の命を守る、ってのも含まれてるんだとさ。まあ当たり前なんだけど、こいつは今の世の中だと、結構難しい。

 だからルーファスは俺に言う。それができるようになって初めて、一人前の『守護者』と呼べるんだ。ってな。


 話がちょっと逸れたけど、俺がなにを言いてえか、っつうと、ルーファスの命令は絶対だけど、それはわかってんだけど、ルーファスの動きがいつもと違うんだよ!!余裕がないっつうか、必死っつうか…とにかく見てて安心感がねえ。


 一人で相手をすんのはいくらなんでも無理なんじゃねえか?いや、そりゃ俺じゃ役不足なのかも知んねえけど!!


 ルーファスが常に大量に持たせてくれる魔法石は手元にある。多分あの敵は、相当ヤバい奴なんだ。…信じらんねえけど、ルーファスが苦戦してる。俺にはそうとしか見えなかった。


 ――助けに行きてえ。大した役には立たねえだろうけど、それでも、前とは違う…俺はルーファス一人に、魔物と戦わせるような真似はさせたくなかったから、守護者になる道を選んだんだ。

 それなのに、このままここで見てるだけでいいのか?俺はなんのために守護者になったんだよ…!


 握りしめた手に汗がじわじわ滲んでくる。今はアテナもシルヴァンもいねえ。ルーファスはきっと自分から俺に助けを求めては来ねえだろう。それは、俺がルーファスにとって未だに()()()()()()だからだ。けど俺は、いつまでもそんなんでいいのか?違うだろ…!!


「…う…」


 食い入るようにルーファスの戦闘を見ながら、焦れて苛つき始めた俺の横で、気を失ってた男が呻き声を上げた。

 アッシュブラウンのくせっ毛に、王都でよく見るような平民服を着た、俺と同年代くらいの男だ。

 さっきまで酷い怪我をしてたけど、ルーファスの治癒魔法で、胸から脇腹にかけて負っていた裂傷は綺麗さっぱり治ってた。ルーファスに感謝してくれよな、ホント。


 その男がゆっくりと目を開ける。髪と同色の綺麗なアッシュブラウンの瞳だ。男は意識がはっきりしたのか、一度大きく目を見開くと、途端にガバッと勢いよく起き上がった。


「おい!いきなり動くな、酷え怪我してたんだぜ!?」


 俺は慌てて男の身体を両手で押さえつける。大量に出血したばかりで、まだ貧血気味なはずだからだ。

 案の定男はくらりと眩暈に襲われて、目元に右手を押し当てると、まだ気分の悪そうな顔をして俺を見た。


 瞬間、少し驚いたようにその目を見開く。


「俺は…そうだ、ここは――!」

「シーッ!落ち着け、それと大きな声を出すなよ、敵の注意を引いちまうから。」


 俺は大きな声を出さないように指を立てて注意を促すと、この男の物らしき鞘に入れた『ライトニング・ソード』を手渡した。

 男はなにも言わずにそれを受け取ると、すぐに装備し直す。どうも混乱してでもいるのか、目が落ち着きなく動き、やけに口数が少ない。命を助けてやったのに礼を言うで無し…変わった奴だぜ。


 やっぱこの剣はこいつのもんだったのか。…まだ混乱してんのかな?…そう思いながら俺は尋ねた。


「あんた、同業者か?俺はウェンリー。Sランク級パーティー『太陽の希望(ソル・エルピス)』のメンバーで、Bランク級守護者だ。んで、今後ろで正体不明の化け物と一人で戦ってんのが俺らのリーダー、Sランク級守護者のルーファスだ。」

「…っ!!」


 男は俺の肩越しに見える光景を凝視して身を乗り出し、すぐさま立ち上がろうとした。


「待てって!!あんた、自分が死にかけてたってことわかってんのか!?あれの強襲かなんかでやられたんだろうけど、治癒魔法で怪我を治したのはルーファスなんだぞ!!」


 出来るだけ声を抑え、腕を掴んで引き止めた俺の言葉に、男は顔を歪めて踏みとどまる。そうして名前は?、と聞いた俺にようやく口を開いた。


「――リグ…、リグ・マイオス。Bランク級冒険者だ。」


 やけに神妙な顔をして額に右手を当てると、男は項垂れて大きな溜息を吐きながらそれだけを言う。たったそれだけなのに、なんだかその声と口調が少し偉そうな感じだった。

 しかもBランク級?俺と同じ等級じゃねえか。そりゃああの化け物に敵うはずがねえわ。


「なんだ、守護者じゃなくて冒険者かよ。あのさ、ここイル・バスティーユ島だろ?この島に民間人は入れねえって聞いてたんだけど、冒険者のあんたがなんでここにいんの?」

「それは…いや、そんなことより、あそこにいるそのリーダーは、あの化け物が結界で守られていることを知っているのか?」

「結界!?守られてるって…おい、詳しく聞かせろ!!」


 俺は思いも寄らない情報に驚き、『リグ』と名乗ったこの男の両肩を掴むと、慌てて詰め寄った。




 ――『守護七聖主(マスタリオン)』としての力を解放したにも関わらず、正直に言うが、俺は苦戦していた。


 この敵は、とんでもない敵だ。障壁を張っている様子もないのに、幾ら攻撃を叩き込んでも手応えがない。魔法による損傷は蓄積しているはずなのに、削れている体力は微々たる物だった。

 取り立てて弱点はなく、動きについては行けるものの、互いに一進一退を繰り返し、常に激しく動き続けているのに、相手に疲れが見えて来ることもなかった。


 はっきり言って膠着状態だ。


 おかしい…いくら敵が強いと言っても、これほどまでに攻撃が通用しない相手には見えない。

 魔法が当たれば痛みを感じているようだし、怯んで逃げ惑う仕草も見せる。翼膜には亀裂が入り、もう飛び上がることも出来ず、後は装甲に少しずつ損傷を与えて行けば、どこかしらに弱い部分が生じるはずなのに、いつまでたってもそれが見えて来なかった。


 根本的に俺が攻略法を間違えているのか?それとも、なにか見落としている?


 わからない、どうすればこの敵を倒せるんだ…!?


 撤退するにもウェンリーと要救助者を連れた状態で、この強敵から逃げ果せるとは思えない。それこそ自殺行為だ。


 なんとかして倒さないと…俺が倒さないと、ここから動くことも出来ないじゃないか!!


 ――こんなところで足止めを食っている場合じゃないのに。早くバスティーユ監獄に侵入して、アインツ博士達を見つけ出し、出来れば処刑を食い止めて、脱出した後はシルヴァンとアテナのところに向かいたい。

 こんなわけのわからない敵を相手に、手子摺っている時間はないんだ…!!


 力が拮抗し、勝機が中々見出せない状況に陥った時、その均衡が崩れるのは大抵精神的に追い詰められた方が焦るからだ。

 そうわかっていたのに、俺はこれまで大して苦労をすることもなく様々な敵を倒して来た驕りから、つい苛立って集中力が途切れた。


 この敵は守護七聖主(マスタリオン)の力を解放した状態で、ようやく互角に戦えるような相手だった。それが膠着状態の要因でもあったが、そんな相手に隙を見せたら――


「はっ…!?」


 ――当然、そこを突かれるに決まっている。


 今し方俺の目の前に立ち、十メートルほどの距離を開けてそれと対峙していたのに、一瞬で間合いを詰められた俺は、その手でガッと正面から顔を掴まれ、反射的に剣を手放した。

 物凄い握力で絞られた固い指は金属のような感触で、俺の頭蓋骨をミシミシと軋ませる。俺は苦痛に抗い、両手で敵の腕を掴んで引き剥がそうとしたが、そのまま力任せに後頭部から地面に叩き付けられた。


 ズガンッ


「ぐあっ…!!」


 土にめり込むように押しつけられ、直接頭に響いたその衝撃は、身体強化の補助魔法をかけていても、強い眩暈を起こし一時視界を暗転させた。


 痛みに顔を歪ませて必死に外そうとしたが、俺の頭を押さえつけた敵の右手は、長く伸びた刃が地面に突き刺さり、それが止め杭のようになってビクともしなかった。


 次の瞬間、敵の指の隙間から、大きく振り上げられた左手の鋭い刃が見えた。


 まずい、ディフェンド・ウォールを――!!


 俺は追い詰められた状態で防護魔法を使用したことがなく、ディフェンド・ウォールにも発動に条件があることを知らなかった。いや、正確には知っていたが忘れていた、が正しい。

 とにかくそれは、どこかしら身体の一部にでも敵に触れられた状態では、それを押し返すような障壁の発動はしない、と言うものだ。


 だからこの場合俺が取るべき正しい対応は、『ラファーガ』のような強力な風魔法を使用して、まず敵を自分から引き剥がすべきだったのだ。


 そうして普段なら瞬間詠唱で、一秒と立たずに発動するディフェンド・ウォールは不発に終わり、俺は防護魔法が発動しなかったことに驚愕して、心臓に向け突き立てられようとしている敵の刃を、なにも出来ずにただ見ているだけになった。


「させんっ!!放て雷撃!!敵を穿て!!」


 ゴッ…バリバリバリッ…ズガガガガガガンッ


「キシャアアアアッ」


 ――その声は、敵の横っ面から迸る、青白い無数の雷撃と共に聞こえて来た。


 …ウェンリーの声じゃない、まさか…!?


 全くの無警戒状態で、脇から高威力の『ライトニング』を食らった敵は、全身を駆け巡る電撃に悲鳴を上げた。


 青黎い装甲の表面を、幾筋もの光が編み目のように這い回る。敵は大きく仰け反り、俺に馬乗りになったまま動けなくなって全身を痙攣させた。


 助かった、好機だ!!


 思わぬ加勢に窮地を脱した俺は、すぐさま敵の下から抜け出て起き上がり、痙攣し続け無防備になった敵の躯体に直接右手を当てると、その体内で魔法が発動するよう、火属性爆裂魔法『エクスプロード』を最大威力で発動した。


 外からでだめなら、内側からならどうだ!!


「爆ぜよ、『エクスプロード』!!」


 カッ…


 俺の手元で赤く輝く魔法陣に、瞳のない敵の目が俺を見やった。


 …ドゴオオンッ


 刹那、装甲の隙間から赤黒い閃光が放射状に瞬き、敵の体内で火魔法が炸裂する。その光は黒煙を伴って辺りを一瞬暗転させると、爆風が周囲の草を薙ぎ倒し、踏ん張る俺を蹌踉めかせた。


 さすがに体内でこの魔法を発動されれば、一溜まりもないだろう。


 正体不明の敵は全身から豪炎を上げて燃え上がり、その場にゆっくりと倒れ伏して行く。

 だがそれでも、あれほどの威力で爆裂魔法を放ったのに、敵の躯体は散けて吹き飛ぶこともなくその形状を保ったままだった。


 最大威力のエクスプロードでも吹き飛ばせないなんて、どれほど頑丈なんだ…!


 そうゾッとしながらも敵の制圧下から逃れた俺は、炎に包まれて倒れた敵に尚も注意しつつ、急いで少し離れたところに転がっていたエラディウムソードを拾う。

 そこに駆け寄って来るのは、やはりさっきまで瀕死の状態で意識を失っていた、ライ・ラムサスその人だった。


 以前ルク遺跡で会った時より、少し髪を切ってさっぱりとし、前髪で隠していた右目も今ははっきりと見える。

 『真眼』で見る真実の姿は、漆黒の髪色と右の瞳は宝石の様な緑色をしていて、左目は色違いの紫紺だった。その両方を今は変装してアッシュブラウンに変えている。


 彼の目はオッドアイだったのか、と初めて正面から向き合い、きちんと見開かれた瞳に、俺は目を奪われた。


 だが彼は右手にあの魔法剣『ライトニング・ソード』を握ったまま、俺に向かって左手を伸ばし、警告するように叫んだ。


「まだだ!!奴は六つある結界石を全て壊さないと倒せないんだ、気を付けろ!!」

「!?」


 ――結界石!?


 俺はすぐさま振り返り、それが倒れていた場所に視線を走らせた。けれども既にその姿はなく、周囲の草が焼け焦げて煙を上げているだけだった。

 炎に包まれたあの状態でも動き出した敵を、俺は完全に見失う。それと同時に、要救助者であるこの彼を守るように言っておいたのに、なぜウェンリーがライ・ラムサスの傍にいないのか、理解できなかった。



 ――それは今からほんの少し前に遡る。


 ルーファスの窮地にライが駆け付ける前に、リグと名乗ったライから、敵が六つの結界石により守られていることを聞いたウェンリーは、悩んでいた。

 ルーファスの指示は、要救助者である目の前の男を安全な場所に移動させて、守ることだった。

 それは同時に、ウェンリーに自分の身を守れと言う指示でもあり、普段なら絶対に勝手に動くことはない。


 だがウェンリーが見ている限り、ルーファスは明らかに苦戦していた。いつもなら余裕を持って躱す攻撃も、敵の敏捷さが勝っているのか、ギリギリでなんとか避けられている感じだった。

 それが結界で守られているせいなら、一刻も早く壊した方がいい。ウェンリーにはそう思えてならなかった。


 ルーファスが作って渡してあった魔法石の中には、隠形魔法『ステルスハイド』や、結界石のような仕掛けや罠などを探知する魔法『ディテクトサーキュス』も含まれており、敵がルーファスに集中している間に気配を断って見つけ出せば、破壊するのもそれほど難しいことではなかった。


 幸いにして守るようにと言われたこの男は素人じゃない、自分と同じ等級の冒険者だ。ならば安全な場所にいるようにだけ言っておけば、最低限自分の身は守れるじゃないか。ウェンリーはそう思った。


 そうしてウェンリーはこの地域に散らばっている、六つの結界石を自分が壊そうと決心したのだった。


 強敵との戦闘突入時、『太陽の希望(ソル・エルピス)』のリーダーであるルーファスの指示は "絶対"。各々の判断で動く際には、その旨をルーファスに必ず伝える。

 そういったパーティー内での決まりは、結成時に話し合って決めた最重要規則だった。


 だからこそルーファスは、なぜウェンリーがライ・ラムサスと一緒にいないのか、その理由がすぐにわからなかったのだ。



 ――ウェンリー…ウェンリーはどこだ!?


 ルーファスは必死にウェンリーの姿を探す。


 何度か周囲を見回してようやくそれに気づいたのは、ウェンリーがかけていた『ステルスハイド』の効果が切れたからだったのだろう。

 ルーファスが一度目に見た時はそこにいなかったのに、次に目を向けた時には、ここから五十メートルも離れた場所に、しゃがみ込んでいるウェンリーの姿が見えたからだ。


 あ…あんなところに!!なにをしているんだ、ウェンリー!!


 ウェンリーが結界石を壊して回っているなど知りもしないルーファスは、すぐにウェンリーを呼び戻そうとして口を開いた。…が、ルーファスから見えていたウェンリーの後ろ姿を覆い隠すように、それは、ウェンリーのすぐ背後に現れた。


 ルーファスがウェンリーを認識したのと同時に、さっき見失った()の敵もまた、自身の結界を破壊しようとしているウェンリーを見つけたのだった。


「よし、こいつで最後だ、これさえ壊せば――」


 これまで見つからずに五つの結界石を破壊し、残りの一つを見つけたウェンリーは、背後に異様な気配を感じてハッと振り返る。

 そうして自分の隠形魔法が切れていたことにやっと気づくも、それは手遅れと言うにも遅すぎて、自分の数倍もの大きさに思えたその巨大で焼け焦げた怪物は、ウェンリーが防護魔法(ディフェンド・ウォール)の魔法石を取り出す間もなく既に攻撃態勢に入っていた。


 〝あ…さすがにこれはヤバい。〟


 ウェンリーがそう感じた次の瞬間、敵の右斜め下から、鉤爪の生えたその腕が力任せに振り上げられた。


「ウェンリィィィーッッ!!」


 遠のく意識の中、ウェンリーの耳にその声が届く。


 手を伸ばし、絶叫するルーファスの前で、ウェンリーは二十メートルもの高さまでポーン、と玩具のように跳ね上げられた。

 そしてそのまま弧を描きながら敵の後方に落下して来たウェンリーは、狙い澄ましたかのようにルーファスの眼前の地面に叩き付けられてしまう。


 膝から滑り込むようにしてウェンリーに駆け寄ったルーファスは、すぐさま剣を手放してその身体を抱き起こした。

 動かないウェンリーの身体を左腕で支えて、ただおろおろと慌てふためき、治癒魔法をかけることも忘れて、右手でその顔に触れ、髪に触れ、腕をさすり、肩を掴んで揺すった。


「ウェンリー、ウェンリー!!しっかりしろ…ウェンリーっっ!!」


 だがウェンリーはその呼びかけにピクリとも反応せず、手足をだらりと垂れ下がらせたままだ。

 ルーファスの手はカタカタと小刻みに震え出し、全身から音を立てて血の気が引いて行く。ルーファスを取り巻く世界が急速に歪んで吐き気が襲い、声が掠れ、視界が曇り、その頭の中が真っ白になった。


「嘘だ…頼む目を開けてくれ…、ウェンリー…ウェンリー…っ」


 ルーファスは掠れて震える声で、為す術もなく懇願する。


 ――その直後、恐慌状態に陥ったルーファスに、それが迫る。倒れたウェンリーに気を取られている今が好機、とばかりに、敵は高く飛び上がって上空から、渾身の力を込めた跳躍攻撃を仕掛けて来た。


 そこへルーファスを守るように飛び出し、決死の覚悟でその一撃を受け止めたのは、ウェンリーにリグと名乗り、髪と瞳の色を変えて変装しているライだった。


 ガキインッ


 ライの愛剣、ライトニング・ソードと敵の金属のようなその爪がぶつかり合い、剣戟に似た響きを立て、火花のような閃光が飛び散る。


 守護七聖主(マスタリオン)の力を解放した状態のルーファスで、元はようやく互角に戦えるほどの強力な相手だったのだが、ウェンリーが六つの内、五つの結界石を破壊していたおかげで、いつの間にかこの敵はライでも対抗できるほどに弱体化していた。


 まだ危機の去っていない、強力な敵相手の戦闘状態にも拘わらず、『Sランク級守護者ルーファス』の思わぬ弱い面を目の当たりにしたライは、敵の攻撃に抗いながらもルーファスに冷静さを取り戻させようと声を張り上げた。


「落ち着け!!落ち着いて仲間の状態をよく確認しろ!!その男は俺と違ってどこにも傷を負っているようには見えん!!衝撃でただ気を失っているだけではないのか!?」

「――え…」


 〝気を、失っているだけ…?…そう言えば爪で引き裂かれているはずなのに、出血がな…――〟


 ライのその言葉を聞いて、ようやくルーファスはそのことに気づく。


 ステルスハイドが切れ、敵の攻撃を受ける直前、無防備になっていたウェンリーに魔法石を使うだけの時間はなく、それを見ていたルーファスは、ウェンリーが受けた敵の初撃だけでも即死級の致命傷だと思った。

 その上二十メートル近くの高さから落下して、地面に激しく叩き付けられたように見え、全身を強打しているはずのウェンリーに、万に一つも生存している確率は残されていないだろうと震撼した。…だからこそ狼狽えて動揺し、恐慌状態に陥ったのだ。


 実際その推測は正しく、ルーファスが見ていた通り、()()()()()()()()()()、ウェンリーの命は砕け散っていたところだったろう。


 だが今、気を失って垂れ下がったウェンリーの左腕には、アテナがさっきその手で嵌めたばかりのブレスレットが輝き、ウェンリーの心臓は強くしっかりと鼓動を打っていた。


 ルーファスはウェンリーの左腕を掴んで、様々な属性色を放つ魔法紋の刻まれた、三連輪のブレスレットを注視した。


「アテナが作った特殊装身具(ユニーク・アクセサリー)…まさかこれがウェンリーを守ったのか…!?」


 〝アテナ…!〟


 アテナがウェンリーに絶対に外すなと言って着けた腕輪が、あの致死級攻撃からウェンリーを守った。そう確信したルーファスは、常にウェンリーを心配していたアテナの顔を思い浮かべる。


「う…うう…、いってえ…」


 ウェンリーが生きていることを確かめ、ルーファスがアテナに心から感謝したその時、そんな声を出しながら顔を顰め、ウェンリーが目を開いた。


「ウェンリー!!」


 なんらかの防御効果で傷を負うことはなかったものの、衝撃による痛みは残ったらしく、腕や腰をさすりながらウェンリーは起き上がった。…が、ルーファスがホッと安堵する間もなく、頭上からまたしても敵の強襲が来る。


「早く立て!!次の攻撃が来る!!」


 ライトニング・ソードを構え、敵の攻撃に備えるライが、ルーファスとウェンリーを振り返って叫んだ。


「やらせない!!守れ!!『ディフェンド・ウォール』!!」


 すぐさまルーファスは立ち上がり、瞬間詠唱(スティグミ・リア)で防護魔法を唱える。


 キンキンキンッ…ドガガガンッ


 その左手に白く輝く魔法陣が出現し、ルーファスの防護障壁が普段通りに、その攻撃を受け止めようとしたライを含め、穹窿状に輝く。

 この敵に遭遇した時の最初の一撃と同じく、太く伸びた三本の鳥脚が、またその鉤爪で障壁を引っ掻いて激しい閃光が迸った。


「魔法の防護障壁…!?」


 目の前で敵の攻撃が遮断され、障壁が磨り硝子のように輝いて光を放つと、吃驚したライはそう呟いて目を見開いた。

 これほどの敵の攻撃を無効化する防護魔法を、ライは戦場でも見たことがなかったからだ。


 ルーファスは左手で白く輝くディフェンド・ウォールの魔法陣を維持しながら、右手にエラディウムソードを握り、鳥脚をバタつかせる敵を睨んだ。


「翼が修復している…また飛行可能になったのか、厄介だな。」

「恐らくそれも結界の効果だ。この化け物…『ヘレティック・ギガントス』は、結界石を全て壊さなければ倒せないと言っただろう。短時間で全ての傷が治ってしまうと聞いた。」


 ルーファスを挟むようにしてライとウェンリーが並び立つ。


「こいつは『ヘレティック・ギガントス』と言うのか…古代言語で〝地獄纏う巨なる者〟と言う意味だな。――どこかで聞いたことのある名前のような気もするが…」


 そこで一旦言葉を切るも、ルーファスはすぐに首を振る。


「いや、そんなのは後だな。とにかく協力して()()()あれを倒してしまおう。詳しいお互いの事情の話も、ウェンリーの説教も全部それからだ。」

「げ!!いや、ちょっとルーファス…!!」


 説教と聞いて慌てるウェンリーを尻目に、ルーファスはライに向かって微笑む。


「俺はパーティー『太陽の希望(ソル・エルピス)』のリーダー、ルーファスだ。守護者等級はSランク級になる。あなたのことはなんと呼べばいい?」


 ルーファスの真眼のことなど知りもしないライは、ほんの一瞬、様々な感情が入り交じったような複雑な表情を浮かべると、短く一呼吸置いてその偽りの名前を名乗った。


「Bランク級冒険者、リグ・マイオス。…リグと呼んでくれ、ルーファス。」




 初めて王都の二重門(ダブル・ゲート)前で彼を見てから、会って話がしたいとずっと望んでいたルーファスが、目の前にいる。

 それなのに俺は…今、自分の正体を明かすことが出来ない状況だ。


 ――俺が『リグ・マイオス』と、マイオス爺さんの名前を騙ったのには理由がある。


 一つは、爺さんがかつて本当に冒険者として、活動していた過去があったことを話に聞いて知っていたからだ。

 レインが行方不明になった後、爺さんとファーディアで暮らしていた時に、それとなく二人が知り合った経緯も簡単にだが聞いていた。

 年の離れたレインとマイオス爺さんは、その頃になにかの切っ掛けで友人となったらしいが、もしルーファスがレインなら、俺の偽名を聞いてなにかしらの反応があるかもしれない、とほんの少し期待した。


 結果は、見ての通りなんの反応もなく、あっさりと流されてしまう。


 そしてもう一つの理由だが、こちらは言うまでもない、今いる場所と俺の立場からの問題だ。


 ルーファスとウェンリー…この二人は、ここがイル・バスティーユ島…通称『監獄島』であることは知っているようだが、いったい、どうやってここに来たのだろう?

 おまけに、俺でさえ侵入するのに新法対象者の()()をして、犯罪者のように憲兵に捕らわれるしかなかったと言うのに、このバスティーユ監獄の最下層管理地区に平然と現れるとは…なにがなにやらさっぱりだ。


 色々ルーファスとは話をしたいことはあるが、今の俺は『ライ・ラムサス』ではない。髪と瞳の色を以前ヨシュアに貰った魔法石で変え、外見から気取られないように、隠していた右目も見えるよう髪を切った。

 俺がしようとしていることは間違いなく犯罪で、王国軍の最高位軍人が知人を助けるために、私情で監獄に侵入したと世間に知られれば大変なことになる。

 逆にこの中では、王宮近衛指揮官であることがバレたら、ここの凶悪犯罪の囚人達は一斉に俺を殺しにかかってくることだろう。


 全てが終わった後でなら、俺はどうなってもいい。ヴァレッタのように、俺の行いのせいでもう誰も死なせたくない…!!



 ――だから今は、ライ・ラムサスであることを隠し続ける。ルーファスがレインなのか確かめたくて仕方なくても、その感情も押し殺す。

 こうしてこんな奇妙な巡り合わせで会うことが出来たのなら、この次はきっと、ライ・ラムサス本人として話をする機会が巡ってくるはずだ。


 ライはそう信じることにした。




 ――守護七聖主(マスタリオン)の力を解放して単独で戦い、翼膜を傷付けて飛翔能力を奪ったはずが、あの短時間で炎上した傷も、翼の損傷も回復し、嘲笑うように鳥のような声を上げ、『ヘレティック・ギガントス』は滞空している。


 変装し偽名を名乗ったライ・ラムサスと共闘するのは初めてで、その実力がどの程度なのか、俺は全く知らない。

 だからここは申し訳ないが正体を隠してもいることだし、等級が上位の俺の指示に従って貰うことになった。


 ここまでの戦闘で俺が得た情報の分析から、この敵はかなり狡猾で頭が良く、ちょっとした誤判断や行動の失敗から生じる隙を、的確に狙ってくることはわかっていた。

 弱い部分を突いて来るのなら、逆にそれを利用することで攻撃を引き付けることも出来る。


 そのことを踏まえ、この敵を倒すためにも、先ず優先してしなければならないのは、回復効果を齎している結界の破壊だ。


 通常結界というのは種類にもよるが、複数個の結界石で強力な一つの効果を生み出すものや、一つ一つ異なる効果を各結界石に仕込み、最後にそれらを結んで大きな別の効果を持たせるものなどがある。

 他にも一つ結界石が壊れただけで結界自体が消失するものや、結んである結界石の全てを壊さない限り、結界その物は消せないなど、実に様々だ。


 そしてこの敵を守っている結界効果については、ある程度まではわかる。


 俺に黙って勝手な行動を取り、六つの内既に五つの結界石を破壊したウェンリーの功績から、六つある結界石にはヘレティック・ギガントスの能力を上昇させる効果があったと思われる。

 それは恐らくだが、力、体力、魔力、精神力、素早さ、装甲の六つだ。それら六つあった結界石の複合効果で、『短時間損傷回復』の継続効果が発動しているのだろう。


 六つの内残された一つの結界石は、多分『素早さ』を上昇させるものだと思う。その証拠に、力や体力、装甲などには明らかに弱化が見られるが、目の前から消えたようにすら見える異常なまでの敏捷さと回避能力、移動速度には衰えが見られないからだ。


 そこで俺は再び守護七聖主(マスタリオン)としての力を解放し、『リグ』を含めた自分達に能力上昇の補助魔法を複数種、複数回重複させてかけ、三方向から敵に包囲攻撃を仕掛けることにした。


 その際に俺が取る最優先行動は、生命線である防護魔法の常時発動だ。ウェンリーが使う魔法石のディフェンド・ウォールでは、瞬間的な窮地に発動が間に合わないことがある。

 それを防ぐために、俺が徹底してウェンリーとリグの守護に回るのだ。そして俺自身は、回避行動と隙を見ての魔法攻撃も行う。

 こうすると俺は自分に防護障壁を張ることが難しくなるが、そうすることで敵の攻撃を引き付ける囮役になることが出来るからだ。


 そして攻撃力が高く、前衛主体の戦闘型だというリグには、魔法剣による『ライトニング』も使用して貰い、攻撃に専念して貰う。

 敵の攻撃は俺のディフェンド・ウォールで無効化できるから、全力で戦って貰うことが可能だ。

 これで最後ウェンリーには、前に出つつ回避に集中して、いつも通りに後衛役による距離を取っての補助と支援を任せられる、と言う算段だ。


 ――で、肝心要の結界石の破壊だが、これは既にどこにあるのかわかっているため、俺が広範囲魔法を使用して敵の目を誤魔化している間か、リグの魔法剣ライトニングの麻痺効果で敵の動きが止まっている隙に、ウェンリーが破壊することに決まった。


 当たり前のことだが、敵の方もそれを破壊されまいとして、阻止しやすい位置に陣取っている。

 結界石は残り一つだが、警戒されている以上、そう簡単には行かないと思うべきだった。


「結界が消えるまでは、回復されることを前提にして戦う。リグとの共闘は初めてだが、俺が防御を徹底するから、どうか信頼して任せて欲しい。」

「問題ない、その点は大丈夫だ。」


 俺が彼の正体を知っていることに気づいてはいないはずだが、リグはそう言って俺に目を細めた。


「――ありがとう。よし、先ずは結界石の上方に滞空しているあれを、俺が翼ごと魔法で押し潰して地面に叩き落とす。ウェンリー、リグ、よろしく頼む!!」

「了解!!」

「ああ。」


 こうして俺とウェンリー、リグの三人は、協力してこの強敵『ヘレティック・ギガントス』との再戦闘を開始したのだった。


年内投稿、間に合いませんでした、すみません。次回、仕上がり次第アップします。今年もよろしくお願いします!!

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