不可思議
部屋に押し戻され、正座を余儀なくされる。
横には琴平、目の前には半透明の闇命君。その隣には雨燕さんが腕を組んで座っている。今ここで正座していないのは闇命君だけ。
膝近くにいる、澄んだ瞳で見上げてくる鼠が、今の俺の唯一の安らぎだ。
『話、聞いてるの?』
「聞いております闇命様」
いつもは子供特有の高い声なのに、今はドスの効いた低い声。なのに口調だけは柔らかい。
…………ある意味これが一番怖いんだよね!!!
こういう怒り方する人!!!
ガミガミ怒ってくれた方が何倍もましだったかもしれない。
学校にもいたなぁ、ガミガミ怒る教師。
あれはあれで怖かったけど。
結論:どんな怒られ方も怖い
『聞いてないよね?』
「ひっ?! ごごごごごめんなさい!!! 現実逃避してました!!!!」
『へぇ。なんで? 理由、あるの? ねぇ、教えてよ』
見たことがないほどの笑顔。顔を寄せられ、逃げられない。
「し、んだ……」
※
『まったく。本当に馬鹿だよね。少し考えれば、これが僕じゃないって分かるよね。寝ぼけてた、は通じないよ。分かった?』
「ウィッス」
闇命君の代わりに、雨燕さんが俺の頭にげんこつを落とした。三回。
多分、今の俺の頭には三段の鏡餅が完成している。
確認はしない。怖いから。
しかもこれ、指示したの闇命君なんだよね。
「闇命様の体にっ……」
「指示を出したのは紛れもない闇命だ」
琴平が拳を震わせる。
まぁ、複雑だよな。
一番尊敬している闇命君の指示で、闇命君の体にげんこつが落ちたんだから。
ひとまず制裁は終了。俺のミスは帳消し。
……怖かった。本当に。
「体はもう大丈夫なんだな」
「あ、はい。お陰様で……」
「ならいい」
……あれ、ちょっと優しい?
あの雨燕さんが、体の心配をしてくれた。
重症の俺を無理やり戦わせた人とは思えない。
「ところで、三人は廊下で何を話してたの?」
盗み聞きしてたから大体は分かるけど。
「これからのことと、漆家についてだ」
「あ、そうだ。今回の件って、漆家に情報漏れてる? 白虎まで出てきたし」
『確実に知れ渡ってる。でも、この村の態度は変わらない。それが少し不可思議なんだ』
不可思議?
「情報が漏れているなら、この村の人間の態度が変わらないのはおかしい。多少なりとも距離を取るはずだ。だが、こうして普通に宿にも泊まれている」
言われてみれば確かに。
「だが、今は何もできん。夜が明けたら調べる」
琴平が話を切った。
「優夏も休め。まだ夜は深い」
「さっきまで寝てたから眠くないんだけど」
「それでも休め。紅音は別の部屋で寝ている」
「あ、そうなんだ。良かった。……琴平の傷は?」
琴平は宿の浴衣姿。
少し開いた胸元から包帯と、無駄に仕上がった胸筋が見える。
……くそっ。隙がない。
「問題はない。すぐ治る」
「紅音も?」
「大丈夫だ。ただ、足首を打撲している。しばらく安静だ」
「それ琴平もじゃない?」
「…………何も言われていない」
嘘だな。目が逸れてる。
闇命君には嘘がつけないタイプだよな、こいつ。
いや、中身俺だけど。
「じゃあ明日は二人とも留守番な」
「っ?! なぜだ」
「怪我してるからだよ!!!」
絶対無理するだろ!!!
だから置いてく!!!
まったく……っ、て、あれ? そういえば……。
「……琴平」
「なんだ?」
「地下の看守と村長、今どうしてる?」
ちゃんと処理したよな?
そう思って聞いた瞬間、琴平が目を逸らした。
「────え」
※
「僕が……この僕が、あんな女に……ありえない……有り得てはならない……」
「無念……」
三人と一匹で地下室に駆け込むと、牢に縛り付けられた二人を見つけた。
村長は手足を縛られ、敗北に打ちひしがれている。
看守は完全にぐるぐる巻きで、身動き一つ取れない状態だ。
……顔が痒くても無理だな、これ。
この状態で放置してたのか、あいつら。
大怪我はなさそうだが、切り傷や頬の腫れは目立つ。
「…………琴平」
「………………はい」
「これはどういうことか。簡潔に、分かりやすく、正直に答えて」
「……………………はい」
振り返らずに問いかける。
察した琴平は顔を青くし、冷や汗を流しながら小さく返事した。
よし、ちゃんと話す気はあるらしい。
……この時の俺、どんな顔してたんだろうな。
後で雨燕さんに「闇命でも見せたことがない顔だった」と言われた。
知らん。悪いのはあいつらだ。
※
「僕は村長だぞ……負けるなど、ありえん……」
「無念……」
縄を解いてもなお、村長は頭を抱えて呟き続け、看守はうつ伏せのまま動かない。
琴平から聞いたが、この二人は相当強かったらしい。
一技之長まで使ってきたとか。
村長は氷、看守は影。
……影って何?
「ま、まぁいいや。村長さん、大丈夫ですか?」
「…………君達は何者だ。僕達が負けるわけがない。ないんだもん!!」
もん?!!!
いやなんで泣きそうなんですか?!
完全に拗ねてるんだけど?!
「えっと……俺達、陰陽師なんですが」
「服を見ればわかる」
まぁ、確かに。
狩衣なのでね、わかるか。
他になんて答えようと思っていると、村長と目が合った。
な、なに?
「――もしかして、魔魅様の知り合いですか?」
魔魅様……ああ。
「漆家の陰陽頭か」
漆魔魅。資料にあった名前だ。
知り合いではないが、同業ではある。
「その人に会いたいんだけど、どこにいるか教えてくれない?」
「…………教えん」
うわ、不貞腐れてる。
頬ふくらませてそっぽ向くな。
絶対年上だよな、この人。
……どうしよう。餌でもいるのか?
「あれ、琴平?」
琴平が村長に歩み寄る。
「何を言われても教えませんよ」
少し落ち着いた口調。
「言わないのであれば──」
え、その先怖いんだけど。
ちょっ、なんで式神出してるの?!
「ことっ──」
止めようと手を伸ばした、その瞬間。
「これで勘弁してくれると助かる」
「……これは?」
琴平の手にあったのは、一輪の花。
氷で作られたコスモスだった。
細部まで精巧で、普通に綺麗だ。
「他に欲しい物があれば作る。氷で悪いが」
差し出された花を、村長がじっと見つめる。
…………え?
なんで頬染めてんの?
しかもその顔、完全に乙女なんだけど???
いやいやいや待て待て待て。
そういうタイプじゃなかっただろ?!
負けんじゃねぇよイケメンに!!!
「話してくれるか?」
琴平の一言。
村長が俯く。
やめろ。耐えろ。
そこは折れるな。
いける。お前ならいける。
だから──
否定しろぉぉぉおおおおお!!!!
「…………仕方がないから、教えてやりますよ」
負けたぁぁぁあああああああ!!!!
「そうか。礼を言う。良かったな優夏──どんな顔だそれ」
「ナンデモアリマセン」
……………………
この世のイケメン、全員滅びろ。
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