一章その7 一任
簡単な問診を済ませた後だった。
「……あの、ジー様」
真剣な面持ちで風吹が訊いてきた。
「お嬢様の治療は、どのようなものになるのでしょうか?」
俺は俯いているまほろをちらりと見やり、慎重に言葉を選んで言った。
「超能力者から能力自体を消すことができないのはご存知ですよね?」
「……はい」
返事とは裏腹に両肩が若干下がったことから、吹雪に多少の落胆があったことが分かった。僅かながら根本的に解決できるのではという期待があったのだろう。
「ですので、能力が暴発しないよう指導していくことになります。日常生活に支障をきたさないために」
「……それが、最善の治療なんですね?」
真っ直ぐな視線を受け、俺は頷いた。
「……分かりました」
吹雪は静かに目を伏せ、頷いた。
とはいえ、どうしたものかと俺は内心で頭を抱えた。
悩んだ末、とりあえず遠回しに本音を告げてみることにする。
「あの、失礼ですが、まほろちゃんのような珍しい症状の患者さんは、うちのような小さな病院で手に負えるかどうかは分かりません。もっと設備や多くの情報、名医がそろった総合病院のような場所で診てもらった方がいい治療を受けられると思いますよ」
「ですが、根本的な治療はどちらにせよ、できないんですよね?」
「それは……まあ」
反論する術がなく、俺は目を逸らして黙した。
正直、こんなややこしい患者を引き受けたくない。
前代未聞の能力『真空発火』が患者として来ていたと知れたら、下手したらこの病院自体も騒ぎに巻き込まれて閉鎖を余儀なくされるかもしれない。
どうやったらこの二人を追っ払えるか思案していると、俺の顔を見上げていたまほろが唐突に言った。
「……ごめんね、おじさん」
「え……?」
「わたし、いつもみんなに嫌な思いをさせちゃう。そのせいで、みんなわたしから離れていっちゃうの。だから、そのね……」
まほろは背中を丸めて、呟くように言った。
「……おじさんも、無理しなくていいんだよ」
俺はしばらく呆然とまほろを見ていた。
こんな沈鬱な姿、まだ小学生の女の子がするようなものじゃない。
それに彼女の纏っている空気は、俺のよく知っているものに似ていた。
そう、あの時のあれに……。
気が付けば俺はまほろの手を取っていた。グローブ越しに、彼女の体温と手の柔らかさを感じる。
まほろは唖然とした表情で俺の顔を見てきた。
「……おじ、さん?」
「俺が助けてやる」
考えるより先に言葉が出た。
「……本当?」
まだ信じられないのだろう、まほろの目は陰鬱とした闇を湛えている。
それを取っ払うべく、俺は彼女の目を真っ直ぐに見て言った。
「ああ。苦しんでいるヤツを元気にしてやるのが、医者の仕事だからな」
手を握る力を強くし、少しでもこの想いが本物だと伝えてやろうとする。
やがてまほろの目に微かに光が戻ってきた。
「……ありがとう」
「では、本日はこれで失礼します」
吹雪が立つと、まほろはクッキーの粉を落とすため手を擦り合わせるように叩き、椅子から飛び降りた。
「あ、その」
俺が呼び止めると、吹雪は怪訝そうに眉をひそめた。
「まだ何か?」
「いえ、もしまほろちゃんさえよろしければ、能力を確かめさせていただければと」
グローブをはめた手を持ち上げると、吹雪は合点がいったように表情を僅かに和らげた。
「確か、『証明指向』でしたか?」
「はい。『真空発火』という能力は稀なものですし、詳細を知っておきたいんです。ただ、直接触れなければなりませんし、無理強いはできませんが……」
「お嬢様、いかがなさいますか?」
「え、ええと……」
まほろは明らかに怯えた表情で俺のことを見上げていた。
初対面の大人に直に触られるのは、やはり抵抗があるのだろう。
「分かりました。能力の確認も一旦保留にしておきましょう」
「……ごめんなさい」
しょんぼりと肩をすぼめ、まほろは項垂れた。
「謝る必要はないよ。またね」
俺が声をかけると、まほろも弱々しくも笑みを浮かべて「またね」と返してくれた。
二人は手を繋ぎ、診察室を出ていった。
カルテに診察の結果を記すと、俺も会計のためにカウンターに向かった。
○
夜になり、全ての診察が終わった頃、ロールが学会から帰ってきた。
俺はロールにカルテを見せつつその日の報告を済ませた。
予想通り彼女は眉間に皺を寄せ、尋ねてきた。
「ねえジーク、それって本当?」
「『真空発火』なんて能力が、現実にあるなんて俺も夢にも思ってなかったよ。だけどまほろも風吹も、嘘を言っているようには見えなかったぞ」
「でもその風吹っていう人に、一回騙されたんでしょう?」
「……まあ、そうだが」
ばつが悪くなって、俺は目を逸らした。手にしていたカップの暗い水面から、仄かに湯気が立っているのが見えた。
ロールはさらに問い詰めてくる。
「『証明指向』を使ったわけでもないんでしょ?」
「でもあの二人が、こんな嘘をつく理由はないだろう?」
「まあ、ジークがそこまで言うなら信じるけど……」
小さく息を吐いた彼女は、しばしじっとカルテを睨んだ後にそれを机に放った。
コーヒーがほどよい感じに冷めてきたっぽいので、口をつけてみる。この温度なら猫舌の俺でも飲めそうだ。
「で、どうするつもりなの?」
「言った通り、能力が暴発しないように指導する」
カップを傾け、一気にコーヒーを飲み干す。ぬるく苦い液体が口腔から喉、胃の中に一気に流れ込んでいく。
「具体的には?」
空になったカップを手に、俺は肩を竦めた。
「未定だ」
ロールは溜息を吐き、机に頬杖をついた。
「ねえ、大丈夫なの?」
「もちろん。なるようになるさ」
「そう。まあ、この患者はアナタに一任するから」
ロールは机の上のカルテをフリスビーのように投げてきた。回転して飛来するそれを受け止めると、手の平がジンと痛んだ。
「俺に一任って、本気か?」
「なるようになるんでしょ? それとも、最初からアタシを当てにしてたの?」
挑発的な笑みを向けられると、にわかに頭の中が熱くなってきた。
「いいや、一人でやってみせるさ。もしも俺一人でまほろを救えたら、少しぐらいボーナス出してくれよ」
「はいはい。考えておくわ」
くすくすとわざとらしい笑い声を立てて、彼女は緑茶を啜った。




