一章その3 囚人
警察署のエントランスに、目的の人物はいた。
ガタイがよく日に焼けており、赤茶けた山のような男だ。
黒いスーツは盛り上がった筋肉でぴちぴちに張り付いていて、人相は泣く子も黙るというか気絶するぐらいおっかない。
男は俺に気付いたのか顔を向けてきたが、目立ったアクションはしない。
そのままいきなり俺に向かって話しかけてくる。
「来てくれたか」
俺は軽く頭を下げて「ご無沙汰してます」と挨拶した。
「こんな夜遅くに悪いな」
「先輩に呼ばれたら、地球の裏側にいても来ないわけにはいかないですよ」
「さすがに旅行に行っているヤツを呼び戻したりはしない」
「それだけ先輩に受けた恩は大きいってことです。今の俺がいるのは、先輩のおかげです」
「そうか」
彼の名前は桜大門千代田。
ノンキャリアで三十歳にして警部になった異例の人物。
現在は三十六歳で、このまま順当にいけば警視になるのも近いらしい。
先輩はとにかく腕っぷしが強く、署内では『キング千代田』と呼ばれ恐れられている。
このガタイだが頭の回転も速く、まさに文武両道を体現化した凄腕のデカだ。
「最近はどうだ?」
「まずますです。まあ、今の環境にも慣れてきましたし、楽しくやってます」
「……それならよかった」
先輩は少しの間何か言いたそうに口を動かしていたが、やがて長息し、表情を真顔に変えて言った。
「今日来てもらったのは、いつものようにオマエの能力を借りたいからだ」
能力――いわゆる超能力。
それを所持する俺達は超能力者と呼ばれ、とある義務が課せられる。
「また能力未登録者ですか?」
「そうだ。自分の能力を届け出ていなかったらしい」
超能力者は自分が超能力を持っていると自覚した時点で、役所に届け出る必要がある。
とはいえ、黙っていても能力によっては露見しないことも結構あるらしい。犯罪に利用したりしなければ。
「……例によって能力を使って犯罪やらかしたバカがいるってことですね」
先輩は頭を掻きつつ頷いた。
「ああ。仲間がゲロって能力者ってことは分かったが、詳細がつかめない。明日までにその能力の正体を暴いて、報告書を書けと命じられた。そのためにオマエを呼んだ」
「罪状は?」
「強盗罪だ。近くの銀行に銃を持って押し入った。かなり騒ぎになっていたが、ニュースを見てないのか?」
「仕事をしてたんで」
先輩は頷いて後ろに向き直り、何も言わずに歩き出す。俺は彼のデカい背中を追って警察署の奥、犯罪者が収監されている拘置所へ向かう。
警察署の廊下は節電のためか夜でも薄暗く、部屋から漏れ出る光と申し訳程度の照明、後は非常口の電灯が頼りだった。
その道中、廊下ですれ違いざまに先輩に挨拶した警官達が俺に気付き、冷え切った視線を向けてきた。
顔見知りの連中だ。同じ釜の飯こそ食っていないが、それぐらいの付き合いがあった。
その内の一人がぼそっと呟くのが聞こえた。
「超能力者……バケモノかよ」
警官達は顔を背け、通り過ぎていく。
俺は特に気にしたそぶりも見せず、歩き続けた。
だが先輩は踵を返し、その男の肩をむんずとつかみ、強引に振り向かせた。
「おいオマエ、今何て言った?」
警官は顔面蒼白になり、唇をわなわな震わせ首を振る。
「いっ、いやっ、何も言ってない! 本当だ……」
「嘘つくんじゃねえ! オレにはしっかり聞こえたぞ、バケモノってな!」
「ひぃッ!」
怯える警官があまりにも哀れに思えて、俺は先輩の肩に手を置いて言った。
「……よしてください、先輩」
「だが……」
「俺は大丈夫ですから」
先輩はなお納得がいかないようだったが、舌打ちして警官を解放した。自由の身になった彼は一目散に逃げだしていった。
俺と先輩は何も言わずただ顔を見合わせた後、さっきと同じように歩きだした。
しばらくして、先輩が口を開く。
「気にするな」
「気にするなって、何をです?」
「……別にオマエのことを心底から嫌っているわけじゃない。ただどう接すればいいのか分からないだけだ」
俺は無言で頷いた。
さっきのは超能力者に対する一般人のよくある反応だ。もう慣れたし、言われなくても気にしない。するだけ無駄なのだ。
それからしばらく歩くと、やがて一枚の重々しい雰囲気を放つ扉の前に辿り着いた。
先輩は南京錠に鍵を差し込みリーダーにカードキーを読み込ませ、テンキーに長ったらしいパスワードを打ち込んだ。
それ等が済むと自動でドアが開いていく。
防音になっていたのか、ドアが開くと同時にいびきや寝息が聞こえてきた。
「相変わらず厳重ですね」
「噂だとこれに指紋認証、虹彩認証も加わる予定らしい」
この中には多くの犯罪者が収監されている。
出入りを厳しくしようとするのはもっともだった。
ドアが半分以上開くと、今まで暗闇だった空間に明かりが灯る。
するとまさに牢獄といった光景が現れた。
右も左も途切れることの無い格子。時折太いパイプで区切られている。天井は異様に高く、一般人の肩ではバスケットボールを思い切り真上に投げてもきれいな放物線を描いてしまうだろう。窓はその天井近くに小さいものがあるだけだ。
視界に入る光景こそ最悪だが、この場にいてもさほど不快感はない。空調が室内の温度と湿度を快適に過ごせるよう調整しているのだ。
そのおかげか、囚人達は安らかに眠っているように見えた。
「意外と住み心地がよさそうだろ? 今はトイレもそれぞれの牢獄に個室が備え付けられていて臭わない。スペースも昔よりはまあまあ広い。食事はあまり美味くはないらしいがな」
「それでもカタコンベの方が快適だと思いますよ」
「面白い冗談だ」
笑みの欠片も見せずに言って先輩は歩き出す。俺はできるだけ音を立てないよう後をついていった。
すぐに先輩は足を止めて、右手側を指差した。
「例の銀行強盗犯はここにいる」
見ると、太った男が牢屋の中で胡坐をかいていた。
黒縁の眼鏡をかけていて短い髪は毛先が渦を巻いており、顔の輪郭が真横に長い楕円形状になっている。かなり特徴的な風貌だ。
目は閉じられているが寝息は聞こえず、唇をしきりにかんでいた。間違いなく起きている。
「一人ですか?」
「もう一人いるがそっちは前科があって、能力は特定されている。今回は人も殺しているし、情状酌量の余地はない。死刑は免れないだろう」
「死刑ですか……」
胸の内にもやもやしたものが広がる。
先輩は俺の肩を軽く叩き「悪かった」と言った。
俯いていると、錠の開く金属音が聞こえた。
顔を上げると開錠音を耳にした犯人が目を開き、口角を上げて笑っていた。
「釈放だべか?」
「バカを言え。オマエにはまだ償うべき罪が残っている」
犯人は眉間に皺を寄せ、先輩を睨みつけた。
「罪ぃ? 強いヤツが弱いヤツを食らう。それの何が悪いべか?」
「だったら捕まったオマエもまたザコだったんだろうよ」
まったく動じない先輩との睨み合いの末、犯人は舌打ちして視線を逸らした。
「相棒は何してるんだべ?」
「一つの牢に二人の囚人は入れない決まりだ」
「どこで何してんのかって聞いてっべよ!」
いくら犯人がわめいても、先輩の鉄面皮にはヒビ一つ入らない。彼の肝っ玉は常人の十倍は大きい。
「どこかの牢屋で呑気に寝ているか、あるいは死刑に怯えて震えているかのどっちかだ」
「……そうだべか」
犯人は溜息を吐いて俯いた。
「仲間が大事か?」
「別にそういうわけじゃねえべよ。それで、あんた等は何しに来たんだべ?」
「オマエの超能力が何か聞きに来た。報告書を書くのに必要な情報だ」
それを聞いた犯人は意地の悪い笑みを浮かべる。
「教えねえべよ。今ここで種さえ明かさなきゃ、脱獄する時に有利になるべ。みすみす、自分の手を明かすと思うべか?」
「オマエに選択権はない」
「そうは言っても、ここで拷問なんてしたら後々裁判で面倒なことになるべよ。尋問しても口は割らねえべ」
先輩は肩を竦めて俺を見た。
「この有様だ。どうにかしてくれ」
「分かりました」
俺は犯人の手に手錠が、足に鉄球がつけられていることを確認し、牢の扉を開けた。
犯人は牢に入ってきた俺を見て、怪訝そうに目をすがめる。
「誰だべ、あんた」
「名乗るほどの者じゃない。単なる精神科医だ」
「へえ、お医者様ね。今時の警察は、税金使ってわざわざ囚人に診察を受けさせるべか?」
それ以上は取り合わず、俺は手にはめていた黒のグローブを取った。
犯人は俺の行動を興味深そうに眺めている。
俺はヤツの毛深い手を見やって訊いた。
「ちゃんと手は洗ってるのか?」
「もちろんだべ。臭いって言われても死にゃしねえが、手の細菌は自分に害があるべ」
「そうか。そりゃよかった」
手を差し出すと、犯人は不思議そうに首を傾げた。
いつまで経ってもそうしているので、俺はしびれを切らして言った。
「握手だ。まさか分からないのか?」
「え、あ、ああ」
犯人はおどおどしつつ、俺の右手を握った。
途端に、どくんと心臓が高鳴り、右手に熱が集まりだす。その熱は俺の手を通して犯人の中に流れ込んでいく。
ヤツの中に流れていった熱はすぐに俺の中に戻ってきて、手から腕、肩、首、そして脳へ駆け上ってくる。
その熱に含まれていたものを脳で精査し、俺は目を開いて犯人の手を放す。
「い、今のは何だべ……?」
犯人は解放された自分の手と俺の手を見比べ、呆然としている。
俺は手袋をはめながら先輩に言った。
「分かりましたよ」
「ほう、何だったんだ?」
「この男が持っているのは『感覚遮断』。相手の五感の内、任意のものを遮断できるっていう能力です。おそらく被害者の中に使われた人間がいるはずですから、事情聴取すれば裏付けは取れると思います」
それを聞いた犯人の顔がみるみる青ざめていく。
「どっ、どうしてそれを……?」
先輩が俺を親指で指して言った。
「フロイの能力は『証明指向』。相手に触れることでその者の持つ能力を特定できるというものだ」
「先輩、人の能力を勝手にしゃべらないでくださいよ……」
「すまない」
俺は肩を竦めた後、気を取り直して先輩に言った。
「これで報告書が書けますね」
「ああ。感謝する」
俺は牢屋を出て、一度犯人を振り返った。
ヤツは青白い顔で、まるでバケモノでも見たかのような目を俺に向けてきていた。
時に人は自分の領域を勝手に脅かす存在に恐怖心を抱く。
そう、彼のように。
能力は身体検査のような医学の力では正体をつかむことができない。
だから先輩は能力不明の容疑者の報告書を書く際に、それを見抜ける俺を呼びだす。彼に恩義がある俺は、よほど切羽詰まった用事がない限り頼みは断らず、時折こうして警察署に出頭するわけだ。




