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四章その5 昔話

 ガムの味がなくなり、かみすぎて顎が痛くなる頃。

 俺達は並んで座り、腹を鳴らしていた。

「お腹空いた……」

 右側で膝を抱えているまほろが言った。

「今日はお母さんが松坂牛のハンバーグを作ってくださる日でしたのに……」

 左側で正座しているこころがさらっと羨ましい献立を口にした。

 想像しただけで涎が出てきて、余計に腹が減った。


「おじさん……、何かお話して」

 まほろが俺に寄りかかりながら言った。

「そうですわね。あたくしも聞きたいですわ」

「話か……」

 空腹でぼうっとした頭で考える。

 確かに何か話をしてやれば二人の気がまぎれるだろうし、高級な料理名を聞かされるより精神衛生的にもいいかもしれない。


 とりあえず頭に浮かんだことをぽつぽつ話していった。

「……前にも俺はこうして腹を空かせていたことがある。好きなヤツを亡くして、何もかもに嫌気がさして街を彷徨っていた頃のことだ。あまりにも腹が空きすぎて、俺はとうとうぶっ倒れて意識を失った。次に目が覚めた時、俺はラーメン屋にいた」

「え、ラーメン屋?」

「ああ。今でも目が覚めた時、たまに豚骨の匂いを感じることがある。幻臭なんだけどな」

「くすっ。寝起きにラーメンの匂いがしますのね」

「ああ。俺をそこに運んだのは、桜大門千代田って警官だ」


 その頃のことをぼんやり思い出す。

 豚骨の臭さに目を覚ませば、目の前にサングラスをかけた強面だ。

 わけが分からなくて混乱して、寝かされた椅子から転げ落ちて頭を打ったっけな。

「その警官は後々俺の先輩になるから、先輩って呼ぶぞ。先輩は起きた俺に大盛りの豚骨ラーメンを食わせてくれた」

「気を失ってて目覚めた人に、いきなり?」

「ああ。先輩いわく、顔を見れば気絶した理由ぐらい一目で分かるらしい。本当の所は分からないが、それがきっかけで先輩と仲良くなった。何度も会っている内に俺は先輩に憧れるようになって、一緒に働きたいって思った。それからまあ色々頑張って、警官になった」

「でも、今はお医者様ですわよね?」

「……そうだな」


 俺は唇を舐めて、先を続けた。

「自分で言うのもなんだが、警官としての俺は優秀だった。先輩の計らいで特例で初年から警察署勤務になったんだが異様に勘がよくて、下っ端のクセに迷宮入り寸前の事件で手柄を立てることが多かった。どっかから電波受信してんだろってことで、『電波警官』って恥ずかしい異名までついた」

「……カッコイイと思うよ」

 本気の羨望の眼差しを向けてくるまほろ。ますます恥ずかしい。


「……ありがとな。そんで上司からは頼りにされて、同僚からは尊敬された。でもそんな日々も長くは続かなかった」

「何がありましたの?」

「能力が発現したんだ」

 まほろが息を呑むのが分かった。彼女の様子をしばらく見ていたが、大丈夫そうだったので話を再開する。

「能力者に触れると、その能力の詳細が分かる。たったそれだけのことなのに、職場で煙たがられるようになった。虐められはしなかったが、今まで仲良くしてくれていたヤツがみんな離れていった。それで俺は心を病んで、警官を辞めた」


 少し嘘をついた。

 虐めは表立ったものはなかったが、陰湿で回りくどいことを何度かされた。

 ものを隠されたり、会議の時間を偽って伝えられたりとか、そういう類のものだ。

「立ち直れなかった俺は、心療内科で受診することにした。そして訪れたのが、今の職場だ」

「ロールメンタルクリニック?」

「そう。そこで俺は、人の心を救うってことを知った。……でも本当は」

 俺は二人の頭を撫で、腰を浮かした。

「誰かを救うことで、俺自身が救われたかったのかもしれないな」

「……ジークさん?」


 そのまま立ち上がり、まほろ達を背にドアへ歩き出す。

「おじさん、まさか……」

 振り返らずに俺は二人に言った。

「お前達はここで待っていてくれ。ちょっと外の様子を見てくる」

「そんなっ、危険ですわ!」

「ここで待っていたところで状況は変わらない。それなら僅かでも助かる可能性に賭けた方がいい」

「わっ、わたしも行く」

「あたくしもですわ!」

 まほろ達が背後で立ち上がる気配がした。

 俺は振り返り、腹の底から怒鳴った。

「ついてくるんじゃねえ! これは大人の義務だッ!!」

 二人はびくっと体を震わせ立ちすくむ。


 そんな彼女達に俺は表情を和らげて言った。

「……まあ、俺もまだ大人としては新米だ。頼りないのは分かる。でも、信じて待っていてほしいんだ」

 まほろ達は頷きこそしなかったものの、ついてこようとはしない。

 俺はドアに向き直り、サムターンを回して開錠する。

 そして一度深呼吸した後、ノブを捻ってドアを開けた。

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