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三章その1 溌剌

 喜久子の治療をした翌日の、日曜の昼前。

 俺はチェーン系列のファミレスの隅にある席で陽二を待っていた。

 そろそろランチタイムだからか、店内は少し混んでいた。


 約束の時間まであと十分。

 ドリンクバーのグレープジュースを飲みながら暇つぶしにスマホでSNSのタイムラインを眺めていると、画面にメールを受信したという通知が出た。

 差出人は吹雪で、件名のところには『診察の申し込みについて』と書かれていた。


 メールを開いた俺は文面を流し読みしつつ、希望日時の文字を探した。

「……今日の午後?」

 驚きのあまり、思わず声に出てしまった。

 今日は日曜日で、病院は休診日だ。

 しかも希望日時の続きに、自宅を診察場所に希望していた。


 いつもならこんな身勝手な希望はお断りするだろう。

 しかし患者のまほろは驚異的な能力『真空発火』を持っている。

 何か急を要することがあるのかもしれないと思い、俺は吹雪に希望を承諾するメールを返信した。すぐに彼女から返信があり、午後一時半に駅のロータリーで待っていてほしいと書いてあった。


 メールを確認し終え一息ついた途端、いきなり肩を叩かれ声をかけられた。

「よっ、おめえがジッキーってヤツか?」

 ビックリして顔を上げると、ねじり鉢巻きを巻いた頭が見えた。視線を下ろしていくと猿みたいな顔に快活な笑みが浮かんでいた。右頬の辺りが僅かに赤く腫れあがっている。おそらく昨日警察署で読んだ資料に書いてあった、火傷の痕だろう。

 体系は小柄だが華奢というわけではなく、腕にはかなりの筋肉がついている。


「えっと、あなたが日野さんですか?」

「おう。おれぁ日野陽二ひの ようじ。火の用心の日野陽二って覚えてくれよ」

 拍子木を叩く真似をして、「戸締り用心、火の用心」とお決まりの文句を大声で唱える。

 すかさず通りかかった店員が「店内ではお静かに」と彼を注意する。

 陽二は頭を掻いて素直に謝罪した。一応最低限の良識はあるらしい。


「やれやれ。飲み屋と違って堅苦しくて肩こりそうだぜ」

 彼は腰かけるなり早速メニューを開いた。

「ファミレスにぁあんまり来ねえが、色んなもんがあるんだな。ただちっと値段の割に量が少ねえなあ」

 デカい独り言をべらべらしゃべりながら、陽二はすぐに注文を決めてボタンを押した。俺は話しかけるタイミングをつかめず、彼が注文する様を眺めていた。


 注文を受けた店員が去ると、ようやく陽二はこちらを向いた。

「でだ、ジッキー」

「……そのジッキーというのは?」

「おめえ、ジークって名前だろ?」

「……いえ、時幾です」

「同じじゃねえか」

 悪びれの欠片もない、きょとんとした顔。

 訂正するのも面倒なので、「そうですね」と答えた。


「だからジッキーだ。こっちのほうがなんかマブダチって感じがするだろ?」

「ま、マブダチですが……」

「おうよぉ。人類皆マブダチってな」

 ぐっと親指を立て、歯を見せて笑う日野。

 ……先輩の言う通り、確かに変わった人だ。


「だからジッキーもおれのこたぁ、よっちゃんとでも呼んでくれ」

「……じゃあ、陽二さんで」

「んだよお、ノリ悪いな。ま、いいよそれで。大事なのは呼び方じゃなくて、心の底で信頼しあえているかどうか、だからな」

 そう言うなり、手を差し出してくる。握手を要求されているらしい。

 言いたいことは山ほどあったが、ここで変に逆らってへそを曲げられると後々面倒だ。俺は仕方なく、眼前の手を握り返した。

 すると陽二は手が痛くなるぐらい力を込めてきて、腕をぶんぶん振った。近頃の中年のおっさん達は、握手の時に握力を自慢しなきゃ気が済まないのか?

 うんざりするぐらいシェイクした後、握手を終えた。

 陽二は元気、俺はげんなり。不公平だ。


「よーっし、これでおめえはマブダチだ。困ったことがあったらいつでも頼ってくれていいんだぜ。力になるからよ」

「あ、はい。それでその、そろそろ本題に入りたいのですが……」

 これ以上疲労する前にと切り出すと、彼は「おお、そうだったそうだった」と言って手を放してくれた。

 解放された手は真っ赤になっていた。力加減という言葉を知らないのだろうか……。


「確かジッキーは、おれが何で精神異常者って言われたのかを知りたいんだよな」

「ええ、ぜひ聞かせていただければ」

「まあ千代田のマブダチの、っていうかおれともマブダチになったおめえに訊かれちゃ、答えねえわけにはいかねえな」

彼はぐいっとお冷を一口で飲み干すと、腕で口を拭って言った。


「いいか、よく聞け。……そして誰にも言うな」

 抑えた声はさっきまでとは様変わりし、真剣味を帯びていた。俺は頷き、気を引き締めて陽二の言葉を待った。

 彼は辺りの様子を窺い、声が漏れないよう手を口にやって話し始めた。

「……実は、あの火事はもしかしたら強盗の仕業じゃねえかもしれねえんだ」

「強盗の仕業じゃない?」

「ああ。おれな、この目ではっきり見ちまったんだ。火が出る瞬間を」

「火が出る瞬間って、……放火の現場を!?」

 思わず叫ぶと、口の前に人差し指を立てた陽二に注意された。

「しっ、声がデカいって……」

「す、すみません」


 俺が落ち着いたのを見て、彼は先を続けた。

「放火の現場は残念ながら目撃してねえ。……だがそれよりも、もっとすげえもんを見ちまったわけさ」

「……すごいものって?」

 陽二は一度上向きに拳を閉じ、手を持ち上げつつ開き、言った。

「――人がぼっ、て火を出す瞬間さ」

「人が、火を……」

「そう、手から炎が立ち上ったんだ」

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