4-27『おやすみなさい』
第四章
第二十七話『おやすみなさい』
はあ、疲れた。
異界の第一層から戻ってきたときもそうだったけど、報告も全部終わったあとに、どっと疲れがやってくるんだよねえ。
この部屋で過ごすことが多いから、戻って来ると気が抜けるからかもしれない。
前と少し違ったのは、お風呂の準備をしてくれたルーディアさんが着替え用にと用意してくれた服が、普段のものじゃなくて寝るときのものだったってこと。
前の異界から戻ってきたとき、お風呂入ってすぐ爆睡しちゃったようなもんだから、見越してくれてたんだろう。
寝る前に何か欲しいものがないかという心遣いを丁重に断れば、そのまま寝室に案内してくれることになった。
いつものことながら、一切無駄のない対応はお見事としか言えない。
身だしなみに一部の隙もないし、仕草にも会話にも無駄がないから、機械的な印象を受けることも多いんだけど。
ぼんやりそんなことを考えながら、しゃんと伸びた細い背中を追っていれば、すぐに寝室に辿り着いた。
ドアを開けた先にリクとカリスの姿があって、ちょっとびっくりする。
普段は自分とルーディアさん以外に人が居ない場所だから、他の人が居るのってなんだか不思議だ。
きょとんとしてる私を残して、ルーディアさんは綺麗な淑女の礼をして去って行った。
あれ、何度も教えて貰ってる形ではあるんだけど、未だに彼女からお墨付きを頂いたことがないんだよね。
簡単そうに見えるのに、綺麗に見せるのは難しい。
そもそも私の身体を考えると、女性用の礼を勉強するのが正しいのかよく判らないんだけど、かといって男性用だと立場や状況によって結構種類があるらしいんだよね。
「ほら、疲れただろ?」
取り留めもないことを考えてたら、苦笑混じりのカリスの声が聞こえた。
「少し眠ったほうがいい」
顔を向けた私に、リクも少しだけ苦笑の滲んだ声で言う。
あ~、どうだった。
前の時、騎士様二人掴んだまま、ほぼ丸一日寝てたんだ。
確かにお風呂出た辺りから、どんどん身体が重くなってるっていうか、瞼が重くなってるっていうか……いや、うん、まあ、眠いよね。
「ヒールは自分の部屋で休んでるからよ、今回は俺らだ」
「いや、でも、やっぱりさあ……」
にこりと笑うカリスに、私は意味がありそうでなさそうな言葉を並べる。
私が眠ってる間、また一緒に居てくれるって意味なんだろうけど、騎士様二人を拘束するのはやっぱり心苦しい。
「無理をする必要はない。前回は自分も暫く眠った。恐らく、今のヒールも同じだろう」
「え?」
相変わらず苦笑の滲んだリクの言葉に、私は小さく首を傾げる。
「あの程度の戦闘で、自分が睡眠を必要とするほど疲弊するなど、日頃は有り得ないことだ」
いや、そういうもん?
規模はどうあれ、戦うなんて非日常的なことしたら、疲れるもんじゃないの?
まさか、騎士ってそんなに日常的に戦ってるもんなの?
私の近くに居てくれるときは結構のんびりしてるから、そんなこと想像もできないんだけど。
いやまあ、私の周りで戦闘ばっかり起こっても困るっていうか、なんていうかなんだけどさ。
「ま、取り敢えず何も気にすんなってこった」
満面の笑顔のカリスを見ると、なんか力が抜けたっていうか、吹っ切れたっていうか、諦めたっていうか。
「はは、うん、ありがとう」
騎士様二人にこれだけ言われて、それでも断り続けるのは逆に失礼な気もする。
というより、なんだかんだ考えるのが面倒くさくなってるくらい、眠い。
ふらふらと歩く私を、苦笑混じりの二人が軽く支えてくれた。
視界が一瞬白黒に染まったような気がするけど、そんなことも構ってられないくらいぼんやりしてる。
なんか、前のときより強く、どっと疲れが襲ってきてるような気がした。
ベッドに身体を横たえると、もう我慢が効かないとでもいうように、瞼がすとんと落ちてくる。
視界は当然真っ暗な中、光の残像が少しだけ浮かんでいた。
徐々に薄れていく光の残像以外に何も見えないけど、両手に伝わってくる温かい手の感触は薄れない。
右手と左手、繋がってる手の感触は、それぞれ違う。
リクとカリスがそれぞれ手を握ってくれてるんだろうなあ。
前もそうだったけど、本来は陛下の近衛騎士を務めるような人たちに、眠ってる間、ただただ手を握って貰うなんて、贅沢を通り越して意味不明だよねえ。
しかも前は、私が『手を握っててくれ』って言ったようなもんだし。
まあ、そういうこと考えるのは、もう諦めたんだけど。
「……あの、さ」
目を閉じた途端、すぐにとろとろと溶けていく意識の端っこで、声を掛ける。
「どうした?」
暗闇の向こうから、リクの声が聞こえた。
「二人なら、なんて答えたかなって」
前の異界から戻ってきたときも、同じ状況で、同じことを訊いたっけ。
陛下たちには勿論私の答えも報告したけど、それに対してのコメントは特に貰ってない。
『なんてことを言ったんだ』と叱られることも、『それで良かったんだ』とも認めて貰えることもなくて、やっぱりちょっと不安なのかもしれない。
「ああ、博士の質問な」
前も私にそう訊かれたカリスがすぐに察してくれたみたいで、ちょっとだけ笑みの滲んだ声で言う。
「俺もやっぱり、お前と同じようなことしか言えなかったんじゃねえかと思うよ」
右手に繋がった手が、少しだけ力を籠めたのが判った。
「ああ、そうだな。乱暴な結論と言う者も居るだろうが、自分も君と同じことを答えるだろう」
静かなリクの声がして、左手に繋がった手に力が籠もる。
ああ、そうだね、そうだよね。
やっぱり『先に繋げないならさっさと諦めろ』なんて、乱暴な結論だよね。
そう判ってて、それでも私と同じ答えになるだろうと言って貰えたことにほっとした。
勿論、二人が私に気を遣って肯定してくれてるのかもしれないけど。
それでもいいや、とぼんやり滲んでいく意識の端でそう思った。
ああ、頭が巧く回らない。
回らなくてもいいのか、もう眠るんだし。
両手に繋がる温もりと、優しい力を感じながら、私は意識を手放した。
*
暗い。
黒い。
この場所を、私は確かに知っている。
此処に、来たことがある。
『行っておいで』
聞こえてきたその声にも、聞き覚えがあった。
どれだけ辺りを見回しても、何も見えない。
その声を私に掛けてる人の姿もない。
『行っておいで』
なのに、まるで耳元で囁かれてるみたいな距離感で、その声は聞こえてくる。
『見付けておいで』
何処に行けとも、何を見付けろとも告げずに続けられる、不可思議な声。
私はあちこち見回すのをやめて、ただ真っ黒な場所に立ち尽くした。
何故か、『この場所で何かをしようとしても無駄だろう』と思えたから。
『君が見付けるべきものは、とても大切なものだから』
とても大切なものだって言うなら、それが何かを教えて欲しい。
そう思いながら、ただ黒い空間を見つめる。
『ゆっくりと、間違わないように、選んでおいで』
間違うって、なんだろう?
何処から何を選べっていうんだろう?
いや。
だからさ。
「何を……!?」
声が、出た。
声が出たことに驚いて、それ以上何も言えなくなる。
何故かこの場所では自分は声を出せないって、そう思い込んでたみたいだった。
そんな私の耳元で、含み笑いのようなものが聞こえたような気がした。
『その調子だよ』
聞こえた声には、確かに笑みが含まれていた。
その声と口調には、覚えがあるような気がする。
思い出そうと考えてみるけど、巧く頭が働かない。
『さあ、頑張ってきておくれ』
そんな声が聞こえた途端、かくん、と膝から力が抜けた。
ああ、倒れる。
まるで他人事みたいに、そう思った。
続




