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創り人の箱庭  作者: サボ
第四章
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4-26『第二回、真・お偉方の確認事項』※ファービリア視点

第四章

第二十六話『第二回、真・お偉方の確認事項』※ファービリア視点



 自らが異界に同行せず、ただ待つだけというのは、なんとも歯痒いものよな。

 最初の異界には同行しておった故、これほど気を揉むとは思うておらなんだ。

 いや、想像くらいはしておったが、実際にその立場になってみると思っておった以上、といったところか。

 やれやれ、このようなことがあと何度続くのか、考えたくもないの。

 喉の奥から零れそうになる溜め息を押し込みつつ、ちらりと視線を放る。

 アディたちの報告を受けたあと、サンシュクリットやクイニークたちも退出した部屋で、誰もが口を開かずにおるこの光景、見覚えがあるのう。

「さて、ヒイラギよ」

「はい」

 呼び掛ければ、静かな声が返ってくる。

「此度の異界渡り、どう見る?」

「どう、と言われましてもね……」

 目を細めて問い掛ければ、言葉を濁して視線を斜め下に向ける。

 無意識なのか、目の前にちょこんと座っておるゴラに両手を伸ばし、緩く抱き締めた。

「よしよし」

 慣れた様子で、ゴラがとんとん、と白い手を撫でる。

 その仕草にほっとしたような顔をするヒイラギは、前のようにぐりぐりとゴラに頬擦りしておらぬ分、まだまともに見えるのう。

「先程、サンシュクリット閣下にも言いましたけど」

 ふ、と表情を引き締め、ヒイラギは続ける。

「博士や異界はアディを殺そうとしているようには思えないので、同行者や方向性は今まで通りで大丈夫でしょう」

 ふむ、それは余も同感よ。

「なら、今後もアディには余計な荷物を持って貰う必要もなさそうだね」

 穏やかな笑みを浮かべながら、陛下がそう仰った。

「あの子にはできるだけ、余計なものを持たせたくはないから」

 穏やかな表情ではあれど、何処か痛みを感じさせる陛下の言葉に、余は小さく微笑む。

「余計なものは、全て供が持てばよい」

 武器も、道具も、食料も。

 そして、この世界の醜いものも、全て。

 あの娘に背負わせるべきものではない。

 あの娘は、生まれすらこの世界ではないというのに、余たちの未来を守ろうとしてくれておる。

 例えそれしか進む道がなかったのだとしても、腐らず、逃げ出さず、前を見てくれておる。

 それならば、供たる余たちが余計なものを全て持てば良いだけの話。

「最初からそういうつもりではありましたが、迷わずそう判断できるような子で良かったですよ」

 ヒイラギの声はごく静かで、感情の一つも籠められておらず、実に淡々としておった。

 『良かった』というその言葉が本心からのものであるのか、そんなことさえ疑いそうになるほどに。

 まあ、そのような疑いを抱くほどこの娘を知らぬ者は、此処にはらぬがな。

「今回の件で一番気になったのは、『大樹の腐敗が止まるだけ』という言葉です」

 淡々とした声が、先を続ける。

「より正確に言うなら、『アディが触れることで、大樹の腐敗が止まる』ってことですかね」

 呟くように言うて、ヒイラギは視線を斜め下に落とした。

「そうじゃのう」

 ふう、と息を吐き、余は口角を上げる。

「恐らくはこの中央が、最後まで危険であろうな」

 他のどの土地より、どんな場所よりも安全であるべき、王が住まう中央。

 そこが一番危険だなど、口にするのもどうかと思いはするがの。

 どれだけ順調に異界渡りが進んだところで、それが完結するまで最後の大樹は腐敗し続ける。

 その『最後の大樹』は、ほぼ間違いなく中央であろう。

「周囲の変化は逐一報告が上がってきてるでしょうけど、改めて気を引き締めるよう、通達したほうがいいでしょうね」

「そうだね」

 ヒイラギの淡々とした言葉に陛下は小さく頷き、ちらりと視線を後ろに向ける。

 その静かな視線を受け、ヒュージが僅かに目礼をした。

「ファービリア閣下」

「ふむ?」

 ヒイラギに呼ばれて顔を向ければ、静かな目でこちらを見ておった。

「クレア殿のお力、お貸し頂けませんか?」

 感情も温度も籠らぬ、声と瞳。

 普段の人の好さなど掻き消えた、作り物のような姿よな。

 ほんの僅か、余の後ろでクレアが表情を変えた気配がする。

 やれやれ、見慣れた者の見慣れぬ姿だからと、そう簡単に表情を変えるものではない。

「ほう?」

 余は口角を上げ、目を細めてヒイラギを見る。

 他の誰でもない、クレアを指名するということは、余の妻しか持たぬものを使いたいということ。

 魔素を喰わねば生き続けることのできない『魔素喰い』は、その性質故に魔素そのものに敏感である。

 言い換えれば、魔素を探知する為の道具にもなるその力を使いたい、ということよ。

 無論、それが可能であるのは、『魔素喰い』のクレアだけではない。

「終日、余から離そうというわけではあるまい?」

「まさか」

 笑んだまま問い掛ければ、ヒイラギは即座に首を振る。

「いつも通りに生活していてください。ただ、魔素の流れに普段と違うものを感じたら、その大小に関わらず教えて頂きたい、というだけです」

 この世界には濃度の差はあれど、何処にでも魔素はあるものじゃ。

 それは基本的にゆっくりと流れており、淀んで溜まると魔素溜まりと呼ばれる場所になる。

 濃度の高い魔素溜まりは、魔素堕ちを生み出す温床じゃ。

「ふむ」

 余の妻であり筆頭近衛であるクレアを、ひと時であっても借り受けたいと申すのであれば、この身構えた物言いも判るというものじゃが。

 常通りにして構わぬ、ただ気になることがあれば随時報告せよという程度の依頼そのものよりも、その裏にある事実がこの娘をそうさせておるのじゃろう。

「この中央、そこまで落ちるか?」

 余が知っておる限り、中央は大樹の力が衰退したとしても、四方と比べて荒れ方は緩い。

 中央の大樹が他と比べて強い力を持っておるからであろうというのが通説であるが、それが理由の全てかどうかは、誰にも判らぬ。

 理由はどうあれ、他の地域より大樹の衰退に強いはずのこの中央で、大規模な魔素溜まりが観測されたことはほとんどなかった。

「飽く迄、用心の為です。今の中央には、失くしちゃいけない人が集まり過ぎてますからね」

 そう言って、ヒイラギは小さく溜め息を吐く。

「それぞれ後継を指名してきてはいるでしょうけど、だからって此処で何かあっていいわけじゃない」

 僅かに視線を落とし、独り言のように呟くヒイラギの顔には、微かに痛みが浮かんでおった。

 この娘は、人の傷や死に弱い。

 冷徹になりきれぬ参謀というものは、要らぬ痛みを抱え込むことになるのが常じゃが、これがこの娘の在り方なのであろうなあ。

「そうじゃの。用心するに越したことはなかろう」

 余は小さく微笑み、ちらりと視線をクレアに向けた。

 クレアはヒュージと同じように、微かに目礼する。

「俺も気を付けとくからな~」

「ほう」

 ヒイラギの手元から声を上げたゴラに、余は笑みを浮かべた。

 魔物は魔素の流れに敏感であるが、それと同時に魔素堕ちの危険性も孕んでおる。

「ゴラちゃんは魔素堕ちの危険性が低いですからね」

 小さく微笑んでゴラを撫でるヒイラギの申す通り、如何いかなるわけかゴラは魔素に強い。

 東は魔素溜まりが他の地域より多く、公爵家本邸がある街の近くにさえ、規模は小さいが濃度の高いものが存在しておる。

 ゴラは平気な顔でそこにひょいひょいと入り込み、魔素溜まりにしか自生しない植物を採って戻って来るという。

 普通の魔物であれば、濃い魔素溜まりに身を晒せば魔素堕ちは免れぬというのに。

「今まで大丈夫であったからといえ、これからもそうとは限らぬ。重々憶えおけ」

「お~」

 まったく、相も変わらず気の抜ける姿と声よな。

 それでも魔素の流れを敏感且つ精密に察知できるものは、今のこの中央とて少ない。

 余やヒイラギのように精霊魔術を使うものは、普段から魔素を扱わぬこともあり、魔素を敏感且つ精密には察知できぬ。

 少なくとも四方から揃った者たちの中で、この依頼を高水準で遂行できるのはクレアとゴラくらいであろう。

 元老院も含めれば少々変わってくるが……あちらに助けを求めるのは、まだ先の話で良かろう。

 余とて簡単に母上に泣き付けるような歳でもなし。

 しかし……南と東は既に力の低下が観測されておるというのに、そちらはまだ腐敗が止まっておらぬのは、やや気掛かりよの。

 何事もなく、全て終われば良いのじゃが……さて、どうなるものか。



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