4-25『第二回、お偉方の確認事項』※サンシュクリット視点
第四章
第二十五話『第二回、お偉方の確認事項』※サンシュクリット視点
なんつうか、疲れたなあ。
異界でやった戦闘なんざ、大したもんじゃねえ。
あそこで遭った全部の敵を足したところで、手合わせ中のリクにも及ばねえ程度だ。
その程度で、しかもその全部を相手したわけでもねえ俺が、こんだけ疲れてるってのはなんともおかしなもんだな。
アディとそのお付きの騎士たちが出てった部屋を見回して、軽く溜め息を吐く。
「お疲れ様、サンシュ」
「はは、そうだな。なんかやけに疲れたぜ」
陛下に労われて、俺は肩を竦めて素直に言った。
「第一層よりぃ、敵が強いっていうわけじゃぁ、なかったみたいだけどねぇ?」
クイニークの独特な間延びした声は、いつもこっちのなんかを削ぐよなあ。
普段は力が抜ける、と思うばっかりなんだが、今はなんでか、この緩さが心地良い。
「この戦闘馬鹿が、戦うことに疲れるなどあろうものか」
呆れたような口調のファービリアは、コイツはコイツで、いつも通りだなと感じる。
いつも通りってのは、居心地がいいもんだな。
「実際のとこ、戦って疲れたってんじゃねえからな」
ファービリアに向かって肩を竦めれば、奴はすう、と目を細める。
頭いい連中が見せるこういう目、なんともいえねえよなあ。
その目に映る何もかもを見透かそうとでもしてるような、見られてるこっちが居心地悪くなる感じだ。
「まあ、そうじゃろうな」
なんだかんだちくちく訊かれるんだろうと思ってた俺は、あっさり引き下がられて……っつうか『だろうな』って顔をされて、目を瞬かせた。
「余とて第一層から戻ったときは、なんともいえぬ疲労感に包まれたものよ」
「は?」
お前、余裕綽々ってツラしてたじゃねえか。
「これでもな、そなたの数倍は化かし合いをしておるのよ」
ほっほ、とか適当な笑い声をあげるファービリアに、俺はやれやれと肩を竦める。
種族ごとの寿命っていう絶対的な差ってやつは、どうしたって埋まるもんじゃねえ。
生きた年数が圧倒的に違えば、経験の差を埋めることはほぼ不可能だ。
現実的に無理な差を埋めようともがくなんざ、時間の無駄以外の何ものでもねえ。
他の種族と比べて圧倒的に短命の獣人族は、何よりその時間の無駄ってヤツを嫌うんだよ。
「確かアディもひと晩中寝てたつったよな? まあ、アイツは俺たちとはまた別の緊張感やら疲労やらあっただろうから、ちょいと違うんだろうけどよ」
「それはそうだろうねぇ。あの子は戦うなんて選択肢ぃ、選ぶどころかぁ、それこそぉ、『選択肢』にも浮かばないだろうからねぇ」
相も変わらずのほほんとした言い方で、クイニークはにこにこ笑ってやがる。
コイツはいつでも何処でも終始この調子で、こっちのペースも場の空気も全部崩してくるんだよな。
「だけどぉ、百戦錬磨のぉ、ファービリアやぁ、サンシュクリットがぁ、そこまで疲れるのはぁ、なかなか説明がぁ、つかないよねぇ?」
そう言ったクイニークが視線を向けたのは、さっきからだんまりを決め込んでるヒイラギのほうだ。
「……いや、流石にそこまで全部説明しろって依頼は、嫌ですって言わせて貰っていいですか?」
口元を片手で覆ってたヒイラギは、その手を外して苦笑する。
『嫌だ』っつうだけで、『無理だ』とは言わねえ辺りが、なんともコイツらしい。
「正解を申せとは言うておらぬが、そろそろまとめて貰おうかの」
「あはは、はあ……」
ふ、と微笑うファービリアに、ヒイラギは力なく溜め息を吐く。
そんなヒイラギの手を、ゴラがとんとん、と軽く撫でた。
ヒイラギはゴラを両手で持ち上げて、ゴリゴリ音がしそうな勢いで頬擦りをする。
いつものことっちゃあその通りだが、この光景は何度見てもなんとも言えねえよなあ。
「ヒイラギは、アディが言っていた『カミサマ』という存在の説明ができるかい?」
ぐりぐりとゴラに頬擦りしてるヒイラギに、陛下が小さく首を傾げる。
それはさっきの報告を聞いてる間中、誰もが疑問に思ってたことだろう。
俺だってそうだ。
なんだよ、『カミサマ』ってのは。
「そうですね……皆さんが納得してくれるかどうかは判りませんが、一応」
ぐりぐりぐりぐり頬擦りしてた顔を離して、ヒイラギは静かに息を吐く。
「理屈のつかない自然現象そのものに名前を付けたもの、と思っていれば間違ってないと思いますよ」
端的な説明は、確かに俺らを納得させるだけの強さはなかったかもしれねえ。
ただそれでも、それ以外に表現のしようがねえって落としどころもでもあった。
「偶然という自然現象そのものも、その『カミサマ』が起こした奇跡と考えることができます。ゴラちゃんは私の父と偶然森で出会ったと聞いてますが、それも『カミサマ』のお陰ってことになると思いますよ」
名前を出されたゴラは、何故か得意げに胸を張る。
それを愛おしそうに撫でるヒイラギに、なんでかこう、溜め息みてえなもんが出るな。
コイツらはつくづく、なんともいえねえ特殊な間柄だな。
それはそれとして、誰かが誰かと会うのも、何処で誰が死ぬのも生きるのも、全部『カミサマ』ってやつが決めてるんだとしたら、そりゃあ大したもんだ。
……いや、待てよ?
ある意味、黎明の石板に近いモンがあるか?
「『カミサマ』に関しては、こちらからできることはほぼないと思いますよ」
「ま、そりゃそうだな」
小さく苦笑を浮かべるヒイラギに、俺は肩を竦めた。
確かに、判らんモンを判らんって言い合ったところで、なんにもなりゃしねえ。
「じゃあぁ、これから先のことだけどぉ」
いつも通りののほほんとした口調で、クイニークは首を傾げる。
「今まで通りぃ、アディの身にはぁ、危険が及ばないとぉ、そう考えるのかいぃ?」
「そうですね。恐らく異界は、アディを殺そうとはしていない」
クイニークに応えたヒイラギの声は、静かで穏やかで、そして淡々としていた。
「同行してる人たちはどうなってもいいような気配も感じますけど、アディのことは傷付けないようにしてる。そんな風に感じます」
そりゃ確かに、その通り。
実際に同じ異界に同行した身でしか言えねえことだが、あの『世界』はアディを殺そうとはしてねえ。
同行した連中はどうなっても構わなくても、『稀人』だけは生かそうとする意思を感じた。
無傷で、じゃねえ。
ただ生きて。
生きて先に進ませようとする、ただそれだけの意思を。
「ただ、博士の対応はそのひと言だけじゃ表現できない部分があると思います。顕著に表れてるのが、軽めの過呼吸に陥ったときですね」
淡々とした口調で、ヒイラギが続ける。
「敵対心がないことをアピールしたいなら、過呼吸を起こしたアディに近付いて、背中をさするなり、手を握るなり、そういう行動を起こすのが普通です。例え振り払われるかもしれなくてもね」
そう言われれば、確かにその通り。
「それをしなかったっていうことは、自分が近付くことでアディが更に混乱することを避けたかったか、触れてはいけないかのどちらかだと考えられます」
触れてはいけない。
そう言われた瞬間、直感でそっちなんじゃねえのか、と思う。
無意識にそう思ってんのを見抜いてるみてえに、ヒイラギがこっちを見た。
「サンシュクリット閣下は、どちらだと思います?」
「あ~、そうだな」
静かな声に、俺はがりがりと頭を掻く。
コイツがこういうことを俺に訊いてくるのは、別段珍しいこっちゃねえんだよな。
で、コイツがこういう風に訊いてくるときは、理論的な説明は求めてねえんだよ。
「触れねえ理由があったってほうが、しっくりくるな」
だから、俺が言うこの意見に理論的な説明は要らねえ。
「そうですか、私も同意見です」
ふ、と穏やかに微笑って、ヒイラギはそう言った。
コイツのこういう顔しか知らねえ奴が、ゴラに頬擦りしてるの見てめっちゃ固まってんの、たまに見るわ。
「サンシュクリット閣下のお墨付きも頂いたので正直な感想を言いますけど」
おいコラ、なんだその前置き。
「アディのあの能力。それを恐れているような気がします」
ああ、成る程な。
俺がそう感じた理由も、そこがあるのかもしれねえ。
アディが持ってる、『祝福』だか『呪い』だかも判ってねえ、あの能力。
触った相手の『祝福』と『呪い』を白紙にしちまう能力を、博士とか名乗ってる奴が嫌がってるって説な。
「例えばですが、アディが訪れたというあの空間自体、博士の能力で構成されている、とか」
「ふむ」
ヒイラギの説明に、ファービリアが小さく唸る。
細い指先で口元を覆うようにして、目を細めるようになんか考えてる様は、まあ、絵になるんだろうな。
陛下やクイニークは、いつも通りの表情だ。
まあ、あの二人は大体いつでも同じ顔してんだけどよ。
「確かに、筋は通っておるな。そのような『祝福』や『呪い』など聞いたこともないが、それはアディ自身も同じじゃ」
そうなんだよなあ。
この世にある『祝福』や『呪い』ってモンは、全部が全部解明されてるわけじゃねえ。
今までに存在したモンなら、陛下の石板に刻まれてる。
だが、そこにねえモンも、数十年に一度は出てくるって話だ。
俺たち獣人族は寿命が短えから滅多にねえって感覚だが、他の連中にしてみりゃそこそこの頻度だろう。
まあつまり、新種の能力が出たところで、それなりに珍しいってだけで驚くほどじゃねえって話だな。
「これは極論ですが、異界自体が博士の作ったもの、ということも考えられます」
「お、おう……」
『流石にそりゃ無理がねえか?』
そんな台詞は、喉の奥に張り付いて出て来なかった。
アディがここに来る前なら、何も考えずに口からその言葉が出ただろう。
だけどなあ、アイツを見たら出て来ねえわ、そんなもん。
触れた相手の『祝福』と『呪い』を消すなんて能力、常識外れにも程がある。
「そうだったとしたら、俺らは何をやらされてんだ?」
はあ、と大きく息を吐き出して、俺は首を振った。
例えばマジで俺らが行ってる異界が、全部その博士って奴の能力が具現したモンだとしたら、誰もアイツを超えられねえ。
ただただ、その博士って奴の手の平で踊らされてるだけだ。
博士が何をしてえのかも判らねえまま。
「まあ、そういう疑問はごもっともですが」
俺の言葉に、ヒイラギは苦笑する。
「最終的にこちらの都合に合わせるよう引っ繰り返せれば、大した問題じゃないと思いますよ」
す、と目を細めるヒイラギの顔は、ぐりぐりゴラに頬擦りしてる姿なんぞ欠片ほども思い浮かばねえなあ。
あとなんつうかなあ……マジでコイツ、あの父親の娘だな。
「最後に引っ繰り返せるんだと思っていていいんだね?」
「あ~、いや、まあ、その、今のは言葉の綾で……」
これまで黙ってた陛下に、とんでもなく純粋に見える笑みを向けられて、ヒイラギはもごもごと意味のねえ言葉を重ねる。
それでも穏やかに微笑んで見守る陛下に、深く、深く溜め息を吐いた。
「……善処します」
結局ヒイラギは、溜め息混じりにそう締め括った。
なんつうかねえ……ま、頭脳労働はお前に任せるわ。
「実戦でどうにかしろってんなら、俺に言えよ?」
「あはははは。はい、重々承知してます」
に、と笑う俺に、ヒイラギは乾いた笑みを浮かべる。
なんつうか、アレだ。
身体動かしてどうにかしろってんなら、俺がなんとかしてやるから。
例えそれが、普通に考えればどんだけ無謀なことだとしても、絶対にどうにかしてやる。
だから。
それ以外のことは、お前が……お前ら頭良くて腹芸得意な奴らが、どうにかしろよな。
「そうだね。みんな、お願いするよ」
ふわりと微笑みながら結構な無茶振りをする陛下に、俺は肩を竦めた。
『御意』
無茶苦茶言うなよ。
俺も含めて全員が絶対にそう思ったはずなのに。
それでも四方の代表は、全員声を揃えてそう応えた。
続




