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創り人の箱庭  作者: サボ
第四章
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4-23『再び、あの草原にて』

第四章

第二十三話『再び、あの草原にて』



 あの黒い背景も、そこに浮かんだり降ったりする白い文字も、それから博士に言われた『教えておくれ』っていう言葉も。

 全部、ここじゃない何処かで、確かに見たり聞いたりしたことがあるんだと思う。

 そのはっきりとした記憶はない。

 だけど、既視感みたいに頭の奥に引っ掛かってる。

 はっきり思い出せないのに、頭の片隅がそれを知ってると訴えてくるこの状態は、なんともむず痒い。

 むず痒いっていうか、割りとストレスだから、歯痒いっていうのが正しいのかもしれない。

 私は、何処であの景色を見たのか。

 何処であの言葉を聞いたのか。

 なんとか思い出そうと、ううん、と腕組みをしようとして、はたと気付く。

 私、あの黒い空間から移動してる?

 いつの間にか今までほとんど目にしなかった鮮やかな色彩が、辺りに溢れてる。

「アディ!」

 後ろから聞こえた声に、はっとして振り向く。

 いや、振り向こうとした。

「アディ!!」

「ぐはっ!?」

 後ろから思い切りタックルされたような形になって、口から変な音が出る。

 いやこれ、前にも何回かあったような気がするけど……!

「無事!? 怪我は!? 痛いところは!?」

 矢継ぎ早に質問を重ねてくるこの声は、ヒールのものだ。

「だ、大丈夫……」

 今、正に今、貴方が飛び付いてきたお陰で身体がちょっと痛いですよ、と思ったけど、口にはしないでおく。

 あと、力いっぱい抱き付かれてるから、少し息苦しい。

「ほんと!? 我慢してない!?」

 ある意味で鋭い質問をしてくるヒールに、私は小さく苦笑した。

 強い力で抱き付かれてることに慣れてくると、温かな体温と優しい香り、それに柔らかな感触にちょっとほっとする。

「大丈夫だから、少しだけ、力緩めて貰ってもいい?」

「あ、ごめんごめん!」

 苦笑混じりの私の言葉に、ヒールはぱっと腕を離してくれた。

 強く抱き付かれてた腕が外れて、私は漸くちゃんと振り返ることができた。

 振り返った先で、ヒールはちょっとだけ泣きそうな顔で微笑ってくれてる。

 ああ、凄く心配掛けたんだろうな。

 その顔を見る前にもう判ってたことだけど、改めて申し訳なさを感じる。

「心配してくれてありがとう。私は大丈夫だよ」

 ごめん、と言いたくなる言葉をお礼に変えて、私は微笑んだ。

「無事で良かった」

 そんな私の手を握って、ヒールは静かに溜め息を吐く。

「よく無事で戻ったな」

 聞き慣れた声に顔を上げれば、穏やかな笑みを浮かべたサンシュがすぐそこに立っていた。

 その後ろに、同じように微笑わらうウェルバニーさんの姿もある。

「できるだけ、頑張って来たよ」

 胸を張って『頑張った』とは言いづらいけど、このくらいは言ってもいいんじゃないだろうか。

「おう! よくやった!!」

 満面の笑みを浮かべたサンシュが、大きな手で私の頭をぐしゃぐしゃと撫でてくれる。

 色が溢れてた景色が、一瞬だけ白黒に変わった。

「ウェルバニーさんも、無事で良かった」

 わしゃわしゃと撫でられてるまま、ウェルバニーさんに声を掛ける。

 サンシュには大丈夫だと言われていたけど、実際にこうして無事な姿を見ると心の底からほっとした。

「ええ、ありがとう御座います」

 優しく微笑んで、ウェルバニーさんは折り目正しく一礼する。

 そんな遣り取りを見てから、サンシュは静かに手を離した。

 みんなの無事な姿を見てほっとしてから、私は落ち着いて周りを見回してみる。

 何処までも続く草原と、降り注ぐ穏やかな陽光。

 ついさっきまで白黒の世界に居たし、今回の異界だと薄暗い場所や切り絵みたいな場所が多かったから、この色鮮やかさはちょっと目が痛い。

 眩しさに何度も目を瞬かせながら、この場所にも見覚えがあると、改めて思った。

「ここ……」

 前の異界で、最後に辿り着くことになった景色と同じだ。

 あの時は博士の前からただ逃げたいとパニックになって、気が付いたら草原に倒れてたんだっけ。

「前に報告された場所にちけえな」

「うん、そっくりだよ」

 サンシュに言われて、私はこくりと頷いた。

 見渡す限り何もない、草で地平線が見えそうな場所なんて、何処も同じように見えるだろうから、絶対に同じ場所だとは言えないけど。

「私たちも多分、前と同じような感じだったと思うわ」

「ええ、聞いた限り、ではありますが」

 ヒールの言葉にウェルバニーさんが頷く。

 ってことは。

「真っ白のよく判らないところ?」

「うん、そうそう」

 首を傾げた私に、ヒールが何度か頷く。

 前のとき、リクたちが行ったっていう場所だろう。

「それで、お前はやっぱり、博士とやらに会ったのか?」

「うん、会ったよ」

 首を傾げたサンシュを真っすぐに見つめて、私は静かに頷いた。

 周りのみんなが、小さく息を飲むのが判る。

 サンシュは静かに目を細めて、それから優しく微笑んだ。

「よく頑張った」

 もう一度そう言ってくれたサンシュは、心の底から穏やかな顔で、温かく大きな手でまた頭を撫でてくれる。

 視界が一瞬白黒に染まって、すぐに色彩を取り戻した。

 ぐしゃぐしゃと撫でられる手の感触も、静かに告げられた言葉も、今までのどの状況よりも優しく感じて、なんだか泣きたくなる。

 サンシュに何か応えようとする前に、横からぎゅう、とヒールが抱き付いてきた。

「ほんと、よく頑張ったわ」

 優しく、優しく抱き締めてくれるヒールの声が、少しだけ震えてる気がする。

 私のことを心の底から心配してくれてたって、その声で、この腕の力で判った。

 サンシュの手とは別の場所を撫でてくれる手は、やっぱり優しくて温かい。

「お疲れ様で御座いました」

 ウェルバニーさんもそう言って、そっと私の背中をさすってくれる。

 まだ私が何をしてきたかも話してないのに、みんなが伝えてくれる言葉からも温度からも、泣きたくなるくらいに優しい労いを感じた。

「うん、頑張って、きたよ」

 どのくらいの成果を上げてきたのかと訊かれれば、ちょっと口籠ってしまうけど。

 それでも、自分なりに頑張ってきたとは思う。

 応えた言葉が少しだけ途切れたのは、今更になって少しだけ怖くなったから。

 前回みたいに、博士と一緒にはもう居たくないって子供じみた駄々をこねることはなかったけど、やっぱりあの人は怖いんだ。

「よく頑張った」

 もう一度、さっきよりも力強い声でそう言って、サンシュは片手で私の肩を抱き寄せた。

 そのまま、わしゃわしゃわしゃ~! と、頭を掻き混ぜる勢いで撫でてくれる。

 な、なんか、小さな子供をあやしてるみたいだ。

 みたいっていうか、実際そんな感じなんだろう。

「サンシュ閣下、あんまりぐしゃぐしゃにすると、アディの髪が傷みますから」

「うん? まあ、そうかもな」

 しょうがないな、と言わんばかりのヒールの言葉に、サンシュは頷きながらも手を止めない。

「多少傷んだところで、どうにかできんだろ?」

「そういう発想、ファービリア閣下が聞いたら怒りますよ?」

「お、おう……」

 ファービリアさんを引き合いに出されて、サンシュは少し口籠る。

 しかも、手が止まった。

 実際に砂漠で傷んだ髪や肌をケアしてくれたファービリアさんだけど、なんとかできるからって傷めていいとは言わないだろうなあ。

 治せるんだから怪我してもいいだろうっていう主張と、方向性は同じだと思うし。

 なんていうか、色んな意味でサンシュとファービリアさんって、好相性だなあ。

「サンシュクリット様」

「ん? ……って、おーおー、アレか」

 ウェルバニーさんに呼ばれて顔をそっちに向けたサンシュは、なんだか呆れたような声で続けた。

「聞いてた以上に、胡散(くせ)えなあ」

 彼の視線の先に何があるか、なんとなく予測がつく。

 そう思いながら視線を追えば、案の定、草原の中にぽつんとドアが立っていた。

 この光景を見るのが二度目の私でも、『胡散臭い』以外の言葉がなかなか見付からない。

 あれをくぐればみんなのところに帰れるとは思うんだけど、なんていうか、唐突過ぎなんだよ。

 まあ、異界で唐突じゃなかったことなんて、ほとんどなかっただろと言われれば、返す言葉もないんだけど。

「んじゃ、行くか」

 胡散臭いと言ったその口で、サンシュはさらりとそう促した。

 私の肩を抱いていた手を離し、自分が一番先に立って歩き出す。

「先がまた別の妙な空間ってこともある。一応警戒はしとけよ?」

「御意」

「判ってます」

 軽く振り返ったサンシュに、ウェルバニーさんとヒールが応えた。

「うん」

 最後に頷いた私を見てから、サンシュはにっと笑ってドアノブに手を掛けた。



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