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創り人の箱庭  作者: サボ
第四章
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4-19『寒空の中で』

第四章

第十九話『寒空の中で』



 光のない空間を抜けた先は、それまでとは真逆と言っていいくらい白が多い場所だった。

 白が多いと言っても、影絵や切り絵みたいな世界じゃない。

 辺り一帯、雪で覆われた枯れ木の森だ。

 目に映る色は白と黒が多いけど、それでもさっきまでの風景とは違ってその色には陰影がある。

 人工の建物が見えない、冬の枯れた森。

 そのど真ん中に、いきなり放り出されたような感じだ。

「さ、さむっ……!」

 思わずそう呟いて、自分の身体を抱き締める。

 それまで繋いでたサンシュの手を離して自分を抱いた手は、あっという間にカタカタと震え始めた。

「ちっ、こっちもダメか」

 鋭く舌打ちして、サンシュは自分の手の平を見る。

 そこにはルビーに似た魔法石があるはずだけど、多分、もう熱を発してないんだろう。

「大丈夫か?」

「う、うん。早く先、進もう」

 心配顔で首を傾げるサンシュに、私は小さく微笑んで頷いた。

 正直言って、雪の森を歩き回れるほどの防寒対策はないけど、だからこそ早いとこ終わらせたい。

 立ち止まってあれこれ言ってる暇があるなら、さっさと先に進んだほうが建設的だ。

 っていうか、この雪道をちゃんと歩けるのか?

 カタカタ身体が震えてるのを感じながら、雪道を歩いた記憶もない私はそんなことを思う。

「しょうがねえ」

 独り言みたいにそう言って、サンシュは私に手を伸ばした。

 はい? と思う間があったかどうか。

 私の身体はサンシュに軽々と抱き上げて、彼の腕に座るような形で収まった。

 赤ちゃんを縦抱きにするみたいな態勢に、私は反射でサンシュの首に両手を回す。

 逞しい腕からは驚くほどの安定感と、ぽかぽかと高めの体温を感じた。

「さ、サンシュ?」

さみいし道もわりいからな。これで行くぞ」

「あ、うん、ありがとう……」

 普段と違って少し見下ろす位置にあるサンシュの顔を見ながら、私は小さく頷く。

 少し動くとふわふわの獣毛が顔に触れて、ちょっとくすぐったい。

 それと同時に視界が白黒にちかちかと揺れて、なんか酔いそうだ。

「あ~、お前、手袋外してちゃんと触ってろ。気持ちわりい」

「そ、それは私もそう思うけど、ここで『祝福』消しちゃって大丈夫?」

 思い切り顔を背けておくとかすれば、なんとかなりそうな気もするけど。

「舐めんなよ? 『祝福』があろうがなかろうが、俺はつええんだよ」

 至近距離でにやりと笑うサンシュの口元からは、大きな犬歯が見える。

「うん、そうだね」

 私は微笑んで、左手の手袋を外した。

 直接首元に触れると、また視界が白黒になって、すぐに色が戻ってくる。

「ちゃんと掴まってろ。毛皮の中に入れといたほうがあったけえだろうしな」

「うん、ありがと」

 言われるままに毛皮の中に手を入れると、手袋をしてるよりもずっとぽかぽか温かくてほっとした。

 ううん、しかし本当に柔らかくてもふもふで、いい感触だなあ。

「さて、じゃあ歩くからな」

「あ、うん」

 わざわざ宣言してから歩き出してくれるサンシュの歩幅は、この異界で私たちを先導してくれてた時より大きいと思う。

 足首くらいまで雪が積もってる森の中なんて歩きづらいだろうに、大して苦にしてる様子もなかった。

 靴とか服とか、地元で使ってるものと違うだろうに、凄いなあ。

「おいアディ、見えるか?」

「へ?」

 呑気にどうでもいいことを考えてた私は、サンシュにそう言われて正面を見た。

 見えるものと言えば、葉を落とした細くて黒い木々ばかり。

 降り積もった雪がまるで白い葉っぱのようにも見える先は何故か白く霞んでいて、霧でも立ち込めてるみたいだ。

 前の異界で辿り着いた先と同じように、生き物の気配も風が動くこともない止まったこの場所は、なんだか冬の寂しさで私たちを閉じ込めてるみたいだった。

「お前じゃまだ見えねえか」

 きょろきょろしてる私に苦笑しながら、サンシュは足を止めずに歩き続ける。

「少し先に、でかい木がある。白黒の、だ」

「え……」

 そう言われて改めて目を凝らしても、やっぱり見えない。

 やっぱり獣人族の感覚って凄いんだなあ。

「ま、すぐ見えるさ。俺が連れてってやるからな」

 空いた右手でくしゃりと私の頭を撫でて、サンシュは笑う。

 ファービリアさんとは種類が違うけど、やっぱりこの人も強いんだよなあ。

 腕力とか戦闘力とか、そういうものも勿論見た目通りなんだけど。

 なんていうか、人としての芯の部分が強い。

 種族として当たり前にあるはずのものを欠きながら、それでも腐らずに周りを引っ張るサンシュは、確かに『祝福』なんかなくても逞しくて強いんだろう。

 彼がこの異界で見せてくれた朗らかな笑顔も、真っすぐな怒りも、私の息苦しさを拭ってくれた。

 それに何度もほっとして、自分が一人じゃないことを強く感じたのを憶えてる。

「うん、よろしくね」

 素直に頷いて、ぎゅ、と強く縋り付いたサンシュからは、お日様みたいな匂いがした。



 サンシュに抱き上げられた状態のまま雪道を進む。

 聞こえるのは新雪を踏みしめる、ぎゅ、ぎゅ、という軽くて少し湿った音ばかり。

 前の時と同じように、風も匂いもない作り物めいたこの場所で、その音はやけに耳につく。

 そうして少し進んだ先で、私の目にも漸く大樹の影らしきものが見えてきた。

 白く濁った空の向こうに、黒くそそり立つ何かがあるような気がするんだけど……と思ってたところで、嗅いだことのある嫌な匂いが鼻を掠める。

 最初は何かの間違いかと思ったけど、サンシュがどんどん先に進んでくれる毎に、その匂いは確かな悪臭として存在感を増していく。

 この腐臭には、覚えがあった。

 腐臭に種類があるなんて考えたこともなかったけど、この匂いはあの時と同じだって判る。

「嫌な匂いだよな」

 私が顔を顰めたのに気付いたんだろう、サンシュは小さく苦笑して続けた。

「大丈夫か?」

「私より、サンシュのほうがきついんじゃない?」

 優しい気遣いに、私も疑問形で応える。

 普通の人と同じくらいの嗅覚しかない私よりも、サンシュのほうが強くこの匂いを感じてるはずだ。

 私よりも先にその匂いに気付いていながら、それでも表情一つ変えず、何も言わなかったのは、強がりなんだろうか。

「いい匂いとは言わねえが、まあ、俺らだってものを腐らすくれえあらあな」

 からからと笑って、サンシュはそんなことを言った。

 なんとなく、自分より嗅覚とか聴覚が優れてると、臭いものとか煩いこととかで大ダメージを受けるような気がするけど、そのレベルが日常なら『そういうこともある』で済むのかな。

 私が急に五感が鋭敏になったら何もかもが強烈な刺激になるだろうけど、生まれた頃からそれが普通なら話は違うのかもしれない。

 だけど。

「無理はしないで。鼻、覆ったほうが楽だったりする?」

 私には判らないレベルの話だったとしても、ただ鼻を布で覆うだけじゃなんの意味もなかったとしても、心配くらいはしたっていいだろう。

 私の言葉に、サンシュは歩みを止めずに何度か瞬きを繰り返すっていう、器用なことをした。

「はは! 心配すんな」

 そして大きく笑って、右手でくしゃりと私の頭を撫でる。

「大丈夫だ」

 大丈夫。

 大丈夫。

 同じ言葉を、何人かから聞いた。

「うん」

 その言葉を告げる声は、いつも曲がることがない。

 揺らがない頼もしさと、静かな優しさがある。

 心配しなくていいって。

 怖がらなくていいって。

 そう言ってくれてる。

 だから、そう告げられれば頷くしかない。

 例えその言葉の中に、幾らかの強がりが含まれてるかもしれなくても。

 その強がりを悟らせず、相手を安心させるだけの何かを私も持てれば、自分のことを胸を張って『稀人だ』と断言できるんだろうか。

 サンシュの腕に座ったような状態のまま、私は白く煙る先を見た。

 相変わらず見通しの立たない中で、巨木の影だけがぼんやりと見える。

 自分の状況を絵に描いたら、ひょっとしたらこんな風になるのかもしれない。

 見渡そうとしてもはっきり見えるのは近くにあるものだけで、目的地さえぼんやりしてる。

 だけど、そこに行かなきゃいけない。

 こうして歩いてることさえ自分の足じゃないってことはかなり情けないけど、私じゃきっと、サンシュほど巧く歩けないだろう。

 歩き続けるサンシュは私たちが背を追ってたときよりも大股で、さっきまでより足場が悪いのに進みはずっと速い。

 普通の石畳の上でも、この速さで歩くサンシュに付いていくならほとんど駆け足にならないと無理じゃないかな。

 それを考えると、大人しく抱えて進んで貰うほうが誰にとってもストレスにならないんだよなあ。

 まあ、子供みたいに抱っこされてるこの状況が、恥ずかしくないと言ったら嘘になるんだけど。

 サンシュのほうは、なんか手慣れた感じだけどさ。

 自分の子供は居なくても、一族全員子沢山なサンシュにしてみれば、私も弟妹とか甥とか姪みたいなもんなんだろうなあ。

「なあ」

「あ、はい?」

 この状況でぼんやりとどうでもいいことを考えてた私は、サンシュに声を掛けられてちょっとだけ慌ててしまった。

「走っていいか?」

「は?」

 思ってもみなかった言葉に、私の目は点になったと思う。

「お前かなり度胸据わってるし、いけるよな?」

「え? あ、う、うん?」

 私の何をどう見て『度胸が据わってる』って認識したかは判らないけど、早く目的地に着きたいってことは判る。

 いや、それより『抱えられたまま走られる』ことに、そんなに度胸が必要なもんか判らなくて、私の返事は言葉尻が上がっていた。

「よっし!」

 戸惑う私の言葉を素直に肯定と受け取ったらしいサンシュは、こっちまで明るくなりそうないい笑顔で頷く。

 ほんと、顔形は人間と全然違っても、感情を表現する形ってものは変わらないんだなあ。

「本気で掴まってろよ?」

「え? は、ぅえっ!?」

 に、とひと際嬉しそうに笑ったサンシュの言葉をちゃんと認識するより先に、私の視界が急激に変わった。

 早足で歩いてたサンシュが急に立ち止まって、力を溜めるように深く膝を折ったらしい。

 口からは勝手に悲鳴みたいな声が出て、両腕は無意識にサンシュの首に縋り付く。

「行くぜ? 結構本気で行くから、喋るなよ?」

 耳元で聞こえた声はいつもよりも低くて、なんか頭の奥が痺れるような感じがした。

「!?」

 とか、思ってる暇もなかった気がする。

 私を抱える腕に力が籠ったと感じた直後、身体が猛スピードで水平移動しだした。

 ぐん、と後ろに引っ張られるような、強制的に身体の中身を置き去りにされてるような、変な感覚。

「───!!??」

 声にならない悲鳴が、閉じた口の奥で行き場を失くした。

 周りの景色があっという間もなく後ろに流れていくのを、目を閉じることさえできないまま見つめる。

 見つめてはいるけど、ちゃんと認識できてるのか、自分でも怪しいと思った。

 サンシュの『結構本気で走る』って、車とかバイクとかそういうレベルだよ、これ。

 これだけの速度で走っておきながら、上下運動はほとんど感じない。

 だけど道に転がった大きな石や木の根をよける為にだろう、不規則に小さく上下左右に揺れるから、なんか喋ったら舌を噛みそう。

 ああ、サンシュが『喋るな』って言ったのは、このせいか。

 やっぱりもう少し、説明っていうか注釈っていうか、そういうの欲しい。

 意識が何処か遠いところに旅立ちそうになりながら、そんなことを思った。



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