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創り人の箱庭  作者: サボ
第四章
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4-17『友達』

第四章

第十七話『友達』



 カリスと出会わなければ騎士にはならなかっただろうって、ヒールは言った。

 それは、ある程度の分別が付くようになってから両親が『祝福』の使い道を話したとしても、騎士の道は選ばなかったってこと。

「今私の傍にヒールが居てくれるのがカリスのお陰なら、戻ったらちゃんとカリスにお礼を言わなきゃ」

 そう言った私に、ヒールはきょとんとした目を向ける。

「だって、傍に居てくれる騎士の中にヒールが居てくれて良かったって、いつも思ってるから」

 こんなことを本人に言うのはちょっと照れるけど、思ってることは言葉にしないと伝わらない。

 そう思って口にしたら、ヒールは嬉しそうに、花が綻ぶような笑みを浮かべた。

「ありがと」

 短く言って、ヒールは優しく私の頭を撫でてくれる。

 身長だけの話なら私のほうが上なんだけど、精神年齢はヒールのほうが上なんだろうなあって、こういうときに思う。

「ヒールが騎士になったのって、カリスに誘われたから?」

「え?」

 素朴な疑問を口にしたら、ヒールは少し固まってしまった。

 え、ええっと、騎士になるっていう道を教えて貰ったからって、それを選ぶのはまた別の話だと思ったんだけど……これ、訊いちゃいけない話題だった?

「……う~ん……」

 私を撫でてた手を自分の胸元に引き寄せて軽く握り締めながら、ヒールは視線をさまよわせる。

 その顔は微かに赤くなってて、ちょっともじもじしてるところが可愛い。

「……は、半分は、そうかも、しれない」

 言葉を探すようにしてたヒールが、やがて呟いた言葉は、なんていうかもう、可愛いの度を超してる気がした。

「あ、あのね? 騎士ってかなり給金がいいのよ!」

 私が何か反応をする前に、ヒールは慌てたように言葉を重ねる。

「私が騎士になれば両親や下町の人たちの助けにもなるって思ったし! 近衛騎士ともなれば普通の騎士より更に上だし! べ、別にカリスが近衛騎士目指すから一緒になんて、そんなことばっかり考えてたわけじゃないから!!」

 一気にまくしたてられて、今度は私がちょっとだけ固まってしまった。

 いや、うん。

 なんていうか、うん。

 いつもの二人を見てて、判ってたつもりなんだけど、相方が居ない状況ならこんなに素直なこと言ってくれるとは思わなかった。

「ふふ!」

 そりゃさあ、笑い声の一つも零れるってもんでしょうよ。

「な、何か誤解してるかもしれないけどね!?」

 顔を真っ赤にして、ヒールは拳を握り締めた。

「下町だと、みんなで稼いでみんなで生きるのが当たり前なの! 私もそうやってみんなに育てて貰ったの! だから私は少しでも下町に恩返しがしたくて、今の仕事してるの!!」

 照れ隠しとかなんとかそういうんじゃない強さが、早口の声の中に確かにある。

 庶民の中でも中流以下の状況で育ったヒールが、騎士としてなんの問題もなく勤め上げるまで……いや、騎士の上位である陛下の近衛騎士になるまで、相当過酷な訓練があっただろう。

 それはきっと、私には想像もつかないくらいの。

 貴族と庶民じゃ常識自体が違うだろうに、それを感じさせないくらい彼女は完璧な騎士だと、私でも思う。

 ヒールが騎士としてのつらい訓練に耐えてきたのは、彼女の勝ち気な性格と、カリスへの想いがあったからなんだろうって、漠然と思ってきた。

 だけど、少し違ってた。

 勿論その両方もあるんだろうけど、ヒールはただ純粋に、家族を想ってたんだな。

 この世界の下町と言われてどんなものか実感はないけど、彼女が生まれた場所には、今も沢山の『血の繋がらない家族』が居るんだろう。

 年長が年少を養い、老人を若者が支えるのが当たり前の場所。

 勿論そんな人たちばかりじゃなくて、治安もかなり悪いっていう、極端な場所。

 マイナスの部分も受け入れて、それでもヒールはそこが好きなんだろう。

 きっとヒールは、自分が騎士として貰ってる給金の多くを実家に送るって形で、生まれ育った場所に還元してるんだろう。

 離れていても金銭という形でそこを守り続ける彼女が、王宮という場所で出会った『血の繋がらない家族』。

 それが、私。

 私を『いい子』と言って可愛がってくれる……カリス曰く、『近所の子認定』された、私。

 大袈裟でもなんでもなく、身に余る光栄だと思う。

「あのね、ヒール」

 興奮気味のヒールに、私は微笑み掛けた。

「そんなに大切にしてる下町の人たちみたいに、私のこと大事にしてくれて、ありがとね」

 そう言った私を見ながら、ヒールは何度か目を瞬かせる。

 そしてすぐに満面の笑みを浮かべて、両手で私の手を包み込んだ。

「お礼を言うのは私のほうよ」

「え? な、なんで?」

 今の会話でお礼を言われるようなことが見当たらなくて、私は首を傾げる。

「アディが稀人として行動してくれるって決めてくれなかったら、私がどれだけ頑張ったって世界が壊れるのを止められないもの」

 それがとても凄いことみたいに言われて、ああ、そんなことかと思ってしまった。

 私が稀人なんてよく判らない肩書を受け入れたのは、それ以外に選べそうな道がなかったからだ。

 自分が生まれたのとは違う世界で、元の記憶も持たずに目を覚ましてしまった私には、手を伸ばしてくれる人の手を取って、彼らが望むことをする以外に生き残る術がない。

「私が稀人の役目を引き受けたのは、ほとんど場に流されてって感じだよ。最初は『頑張って世界の崩壊を防ごう』とか、そういう気持ちもほとんどなかった」

 緩く首を振って、私は苦笑した。

「今はみんなのことが好きだから、私にできることはやろうって、そう思ってるだけ」

「それよ、それ」

「はい?」

 自己中心的にも程があるって、自分が一番そう思ってることを正直に言ったのに、ヒールはにこにこ笑ったまま、両手にぎゅう、と力を籠める。

「私たちのこと、見捨てないでくれてありがとうって意味」

 見捨てる、なんて。

 今の私に、どうやったらできるだろう。

「ああ、でも逃げ出したくなったら言ってね。私が絶対、なんとかしてあげるから」

 悪戯っぽい顔で微笑わらって、とんでもないことを言い出す人を見捨てた先に、倖せな未来があるなんて思えない。

「……じゃあ、愚痴を言いたくなったら、付き合ってくれる?」

「もっちろん!」

 手袋越しに感じる温もりに、心の奥まで包まれるような気がした。

「私の愚痴も聞いてくれる?」

「それこそ勿論だよ」

 茶目っ気たっぷりに言われて、私は何度も頷く。

 お互いに他愛もないこと話して笑って、愚痴を零して溜め息吐いて。

 そういうことができるのって、ほっとする。

 ああ、そういえば。

 この世界で私、友達って居ないんだなあ。

 話しやすい人が居ないわけじゃないけど、友達と表現するのは恐れ多いっていうか、なんていうか。

 例えば私が稀人なんかじゃなくて、この世界に生まれたただの平民だったとしたら、話をするチャンスがあっても緊張でまともに喋れないような気がするっていうか。

 爵位だのなんだのに疎い今の私でもその辺はやっぱり気になるのに、そういうのに馴染んでたら気後れが酷くなるんじゃないだろうか。

 ……ヒールがカリスとああいう状態のままなのも、ひょっとしてそういう部分が関係あるのかな?

 カリスは、『男爵なんて庶民に毛が生えた程度だ』とか言ってたし、確かに爵位としては一番低いものだとも思う。

 だけど、それでもやっぱり貴族は貴族。

 周りの人たちがこぞって高位の爵位持ちでも、社交界ってものに縁遠い私にはいまいちピンとこないけど、そういう線引きってあるんだろうか。

 訊いてみたい、とも思ったけど、今この状況で訊いていいもんだろうか。

「あのさ、ここから出たら、少し二人で話したいことがあるんだけど、いい?」

「いいわよ、勿論!」

 首を傾げたら、ヒールは嬉しそうに笑って頷いてくれた。

 ううん、多分、彼女にとっては話しにくいことを訊きたいんだけど……まあいいか。

 話したくないって言われたら聞き出さなけりゃいいだけのことだし。

「おーい」

 そんなことを考えてたら、遠くからサンシュの声が聞こえてきた。

 振り返れば、奥のほうから歩いて来る二人の姿が見える。

 少しの間とはいえ、このわけの判らない異界で離れてた仲間が戻って来てくれる姿は、やっぱりほっとするな。

「お疲れ様で~す」

 少し間延びした声で言いながら、ヒールがぶんぶんと手を振る。

 さっきまで包まれていた柔らかなぬくもりが離れてしまったのが、少し寂しい気がしたけど、そんなことを言ってられる状況でもない。

「先、どんな感じでした?」

 合流した二人に、ヒールは小さく首を傾げた。

「想像通り、淡々と道が続いて、どん詰まりにドアがあったぜ」

「正直を申しまして、先にはそれ以外の何も御座いませんでした」

 そんなに長い時間、二人が私たちを置いて先を見てきたわけじゃない。

 それが往復にかかった時間だと思えば、そう遠くない先に、この異界の終わりがある。

「こっちはなんかあったか?」

「いいえ、新手も追手もなしです」

 首を傾げたサンシュに、ヒールは静かに首を振った。

「そうか。ならまあ、少しは休めたな」

 なんでもないことみたいに呟かれた言葉は、この状況でできる最大限の配慮なんだと感じる。

 この状況で二手に分かれるのは、結構強引っていうか、かなり危険な賭けだったように思うけど。

 それはひょっとして、サンシュなりに私たちを……というか、私を休ませる為ってのもあったんだろう。

 元の世界の記憶はなくても、爵位だ貴族だとは縁遠い暮らしをしてたってことはみんな知ってることだし、それを考慮して身分が一番近いヒールを残して時間をくれたってことだろうか。

 ううん、雑だなあ。

 この状況でそんなことを思い付くことも、それを選択することも、雑以外の言葉で言い表すことは私にはできない。

 だけど。

「うん、ありがと」

 だけど、私には必要な時間だったって、そう思うからお礼を言った。

 私には、この世界で『友達』は居ない。

 元の世界では多分居たんだろうけど、その人を思い出すこともできない。

 だけど、そういう存在に一番近い人が居るんだって、そう思えた。

 ヒールはきっと、『友達』に一番近い人だ。

 そう私に自覚させてくれるだけの意味が、この時間にはあった。

「おう」

 私の言葉を真っすぐに受け止めて、サンシュは笑う。

 サンシュが四方領主の一人じゃなかったら、彼のことも友達と言いたかった。

 私を護る為の騎士だと言ってくれるリクやカリスも、その血筋がなければ『友達』だと言いたかった。

 だけど、この世界では難しいんだろう。

 爵位っていう境界線があるこの世界は、そこを越えるのがかなり難しいんだと思う。

 二つ目のこの異界で、私はそれを強く感じた。

 影絵劇場で見た三つの惨劇は、その境界線がなければもう少しマイルドになってたんじゃないかって、そう思う。

 勿論、それが全部だとは言わない。

 地位だとか血筋だとか、そういうものがなかったとしても有り得た話だって、そのくらいは想像がつく。

 だけど、この世界にはあまりにもあからさまな線引きがあるのは事実。

 私には馴染みがない、だけどこの世界では常識の線引き。

「じゃあ、先に行こうか」

 その違和感を飲み下して、私はそう言った。



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