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創り人の箱庭  作者: サボ
第四章
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4-16『下町という場所』

第四章

第十六話『下町という場所』



 三番目の脇道の先で、私たちはやっぱり手を合わせた。

 それは鶏に姿を変えた貧しい夫妻の為じゃなく、生まれてすぐに餌として扱われた赤ん坊たちの為に。

 最初から最後までその姿は私たちの前には現れなかったけど、それでも手を合わせることは無駄じゃないと思う。

 いや、思いたい、かな。

 そうして三番目の脇道から舞台裏のあの通路に戻ってから、サンシュは不思議な提案をしてきた。

「俺とウェルで先を見てくる。お前らはここで待機だ」

「え?」

 そう言われて、私はぽかんと口を開けることしかできなかった。

 何せここは異界の真っ只中。

 異界の中で更に他の場所への脇道があったから忘れそうになるけど、こうして立ってるこの通路も、私たちが本来生活してる場所とは次元自体が違うようなものだ。

 前の異界での出来事みたいに逼迫した事情もなさそうな中で、自分から二手に分かれようっていう提案が出るとは思わなかった。

 遠征とかダンジョン探索とか、そういう状況が身近じゃなかった私にすれば、仲間は揃って進むほうが安全に思えたから。

 こういう状況に馴染みのない私はそれ以上何か言えるでもなく、ウェルバニーさんとヒールを見比べてしまう。

「御意」

「承知しました」

 二人は反論する気配の一つも見せずに頷いた。

 え、ええっと、こういう場面でも二手に分かれるの、ありなんだ?

 私が事態をちゃんと飲み下す前に、サンシュはウェルバニーさんを連れて、先のほうに進んで行ってしまった。

 ヒールが作ってくれた魔術の光球は、術者を中心にして距離の制限があるとかで、光の魔法石を使った灯りを携えて。

 結果、三番目の脇道の前に、私とヒールがぽつんと残される形になった。

 ヒールが作ってくれた灯りが全部近くにあるし、何より彼女自身が傍に居てくれるから怖いっていうことはないんだけど。

 離れた二人が心配ってことも、あの圧倒的な強さを見てるからないんだけど。

 なんていうか……ちゃんとまた合流できるかどうか不安、なのかな。

 音のない冷たい回廊の途中で、なんとも居心地が悪い。

「……あのね、アディ」

「え?」

 なんとなくきょろきょろしてた私は、ヒールに呼ばれて視線を彼女に向けた。

 ヒールは絵に描いたような苦笑を浮かべて、小さく肩を竦める。

「状況にもよるけど、ここで二手に分かれる必要は、多分なかったと思うのよ」

 あ、やっぱり?

 なんとなく感じてた違和感を肯定された気がして、浮足立った私の心の一部が、少しだけ落ち着いた。

「私がどういう騎士なのか、ちゃんと話しておけってことなのね」

「え……?」

 苦笑のままに言われて、私は目を瞬かせる。

 ヒールがどういう騎士なのかって……それこそどういう意味?

「別に詳しく話さなくてもいいとは思うんだけど、サンシュ閣下って結構お節介だから」

 ふふ、と苦笑よりも微笑のほうが勝るような、だけど素直に笑えないような複雑な表情で、ヒールは続ける。

「少しだけ、私の自分語りに付き合ってくれる?」

「うん、勿論」

 自分語りなんて言葉に馴染みはなかったけど、私は反射的に頷いていた。

 元々は下町に生まれた庶民のヒールが、陛下の近衛騎士なんて高い立場を勤め上げてる理由というか、経緯というか、そういうものはちょっと知りたかった。

「ありがと。じゃあ一から話すけど、私は王都の下町で生まれたのよ」

 そう言ってから、ヒールは一度言葉を切って、小さく息を吸う。

「アディは王宮と城下町のほんの一部しか見てないから判らないと思うけど、王都でも下町のほうはかなり貧しくて、片親や両親とも居ない子供も珍しくないのよね」

 ああ、やっぱり。

 あれだけ豊かに、なんの不自由もなさそうに見える場所でも、少し裏に入ればそういう地域があるんだ。

 そのこと自体は、ヒールが貧しい夫妻に叫んだ言葉で想像はしていた。

「もっと治安の悪いところはあるから、私が生まれたところはそれよりマシだったわ。まあ、それも下を見ればきりがないって話だろうけど」

 ふふ、と静かに笑いながら、ヒールは言葉を続ける。

「私は下町にある宿屋の娘として生まれて、その辺り一帯の人たちと助け合いながら生活してたの。両親とも忙しかったから、小さい頃は周りの大人や、少し年上の人たちに面倒を見て貰ったし、自分がそこそこの年齢になったらその立場になったわ」

 それはある意味、当たり前の循環なのかもしれない。

 年長者は年少者の面倒を見て、時が経てば嘗て年少者だった人たちが次の世代の面倒を見る。

 老年になり、世間の活性化を担う役を終えた人たちは、働き盛りの人たちに面倒を見て貰いながら、長年で得た知恵を後世に託す。

 それぞれができることをして、後続に繋げる。

 当たり前で、理想の循環だ。

「私は生まれる前に、確かに『癒しの御手』っていう『祝福』を授かってるって言われたけど、私の両親はそれを金に換えようとは思わなかったのよ」

「え?」

 ヒールが何を言ってるのか判らなくて、私は何度か目を瞬かせる。

 『祝福』は確かに色んな優位性を秘めたものだと思うけど、同時に『呪い』も授かることになる彼らは、可能性と不自由を同時に植え付けられて生まれる存在だと、私は思う。

 だからどうっていう前に、そもそも生まれてくる子供がどんな特徴を持っていたって、それを売ろうなんて発想が私にはないんだけど……そういう発想しかない人も居るんだって、ついさっき嫌っていうくらい思い知った。

「やろうと思えば、幾らでも金に換える手段はあるのにね」

 小さく微笑むヒールの声は、嫌になるほどいつも通りで。

 あの貧しい夫妻に激怒した理由が自分の生まれにもあるんだと、言外に告げていた。

「私の両親は、貧しい場所で暮らしながら、私を何処にも売ろうとはしなかったわ。特別扱いもしないし、周りの子供たちと何も変わらないように育ててくれたし、何も押し付けようともしなかった」

 ヒールがこんなにも物怖じなく、のびのびと私の騎士をしてくれてることで、判ってはいたけど。

 彼女のご両親は、きっと素晴らしい人たちなんだろう。

 自分たちの生活の為に、子供を産んでは売っていたあの貧しい夫妻とは真逆のように。

「私の知ってる下町の多くの親は、みんなそんな感じでね。まあ、中にはちょっとアレな人たちもいたけど」

 小さく苦笑してから、ヒールは一度、長い瞬きをした。

「だから、許せなかった。自分たちが少しだけ裕福に生きるっていう為だけに、子供を産んでは売ってた人たちが」

 それが、ヒールがあの場で矢面に立った理由。

 幾ら攻撃魔術が使えるとはいえ、他に二人も前衛向きの人たちが揃ってる中で、ヒールがそうする必要はなかったはずだ。

 それでも、彼女にはどうしても許せなかったんだろう。

 裕福とは言えない暮らしをしながら、それでも子供たちを大切にしながら、身を寄せ合って生きる人たちに囲まれていたから。

 あの貧しい夫妻が、考え方を変えていたら。

 彼女が生まれ育った場所と同じようになれたかもしれない。

「ヒールも、サンシュも、ウェルバニーさんも、全力で否定してくれたからさ」

 ふ、と小さく微笑わらって、私は言葉を続ける。

「かなり、すっきりした」

 ヒールだけじゃない。

 サンシュもウェルバニーさんも、あの後味の悪い影絵物語の主人公を、真っ向から否定してくれた。

 その力強さに、私は本当にすっきりしたんだ。

「ふふ、そっか」

 微笑んで、ヒールは大きく息を吐く。

「良かったあ。アディに本気で怒った私は怖いとか言われるかな、って思ったわ」

 軽く片目を閉じて小さく舌を出すヒールは、茶目っ気のある悪戯っ子みたいな雰囲気だ。

「あはは! そりゃ、ヒールがあんなに強い攻撃魔術を使えるとは思ってなかったから、そこはびっくりしたけどね」

 回復に特化してるって聞いてたから、攻撃魔術を使えないと思ってた。

 使えたとしても、たった一度、魔術を行使しただけで、象くらいもある鶏を倒せるほど強いなんて、想像することすらできなくて。

 こっちの勝手な思い込みで驚きはしたけど、感情のままに叫ぶ姿も、冷たい声で終わりと告げる姿も、怖くはなかった。

 確かに後ずさりたいほどの迫力はあったけど、その怒りは私が納得するだけの根拠があったから。

 サンシュがこんな場所で二手に分かれてもヒールに話をするよう促したのは、私が彼女を誤解しないように……彼女の怒りが正当なものだっていう言い訳をさせたかったのかもしれない。

「私も、あの人たちが正しいとは思えなかったから。だから、怖くなかったんだと思う」

 あの人たちが貫いた『正義』に少しでも共感していたら、きっと怖かったんだろう。

 そこまでしなくても、とか思ってたかもしれない。

 だけど私は、三つの物語の主人公たちの誰にも、ほんの少しも共感できなかった。

「カリスに対していつもああだったら、そりゃちょっとは怖いと思うだろうけど」

「え? あ、あ~、あはは……」

 いつも仲良く喧嘩してる二人を思い描きながら言ったら、ヒールはばつが悪そうな顔をして頭を掻く。

 なんか、いつもと反応が違うな。

 いつもだったら、即座に反論してきそうなものだけど。

 首を傾げてる私の前で、ヒールは緩く視線を彷徨わせてる。

「なんていうか、小さい頃から喧嘩してる幼馴染だから、どうしてもああなっちゃうのよねえ」

 はは、と覇気のない苦笑を浮かべるヒールは、いつものはつらつとした姿が嘘みたいだった。

 しおらしいっていうのともまた違う、なんだか自信がなさげな雰囲気だ。

「……ヒールとカリスは幼馴染だって言ってたけど、その辺りのことって訊いてもいいもの?」

 私は少しだけ躊躇ってから、結局思ったままの疑問を口にした。

 前から気になってはいたんだけど、下町育ちのヒールと、下級とはいえ貴族のカリスが幼馴染っていうの、ちょっと不思議だ。

 まあ、私の周りの高貴な方々が、肩書のない平民を蔑んでるのを見たことはないけど、少なくとも生活する場所は違うはず。

 そうでなけりゃ、王宮にだって平民が出入り自由な区域くらいあるだろうし。

「うーん、別に楽しい話じゃないと思うけど……」

 私の素朴な疑問に、ヒールは頬を掻きながらまた視線を彷徨わせる。

 横顔が、微かに赤いような?

 これは、話すのを嫌がってるっていうよりは、照れて話しづらそうにしてるような気がする。

「ま、いっか。気になるだろうしね」

 気を取り直したのか、ヒールはいつもの笑顔で私を見た。

 その顔にはさっきまで見えてた微かな赤みはもうなくて、本当にいつも通りだ。

「私がカリスと会ったとき……確か私は十歳くらいの頃だったんだけど、アイツは一人でお屋敷を抜け出してきてたのよ」

「は? あ、ああ、うん。ありそう」

 ちょっと面食らったけど、すぐに『あのカリスならやりそう』って思い直す。

 貴族の子供がどういう日常生活を送るのかは知らないし、それぞれの家で色んな普通があるだろうから一概には言えないだろうけど、カリスは『退屈だ』と思ったらすぐ抜け出しそう。

「幾ら下級貴族の子供でも、下町は慣れた人でも結構危ないって知らないはずがない。寧ろ貴族の子供なんかがうろついてたら、あっという間に人買いにさらわれるようなとこだって、まず間違いなく教えられるはずなんだけどね」

 そう言ったヒールの顔には、なんとも形容しがたい苦笑が浮かんでいた。

 ああ、ヒールが寒村の赤ん坊が人買いに買われた先を知ってたのは、そういうことが身近だったからなんだ。

「カリスが実は男爵家の長男だって知ってから聞いたんだけど、アイツ、ちゃんと教わってたのよ。下町がどれくらい危険か」

 それなのに、貴族の跡取り息子が一人でそんなところに来た?

 ヒールとカリスは確か四つくらい年齢差があったから、当時十四歳くらいか。

 そのくらいの年頃なら、その危険がどれくらいのものなのか判ってそうなもんだけど。

「これもあとから聞いたんだけど、中央の下町がどんなものなのかちゃんと自分の目で見たかったんだって。私が住んでた所はクレイフォール家からすれば一番近い下町区域だったから、選んだ基準はそういう感じね」

 軽く肩を竦めて静かに言ってくれるけど、それって相当危険なことだよね?

 幾ら『祝福』で炎の魔術を扱うことに長けているとはいえ、十四そこそこの貴族の子供が、単身で下町に行くなんて。

 実際の下町を見たこともないし、詳しく知りもしない私が言うのもなんだけど、当時のカリスよりよっぽど歳食ってるであろう私がそこに行ったら、小一時間で人買いに拉致られてる気がする。

「まあ、色々承知の上で来てたんだけど、ずっとクレイフォール家の長男だってことは秘密にしてたのよね」

 もう一度肩を竦めて、ヒールは小さく溜め息を吐く。

「その判断は正しいと思うし、結局私にも騎士になるまで正体を明かさなかったのも徹底してていいとは思うんだけど、見抜けなかった自分の馬鹿さ加減は情けなくなるわよね」

「あ、あはは……」

 心底嫌そうな顔をするヒールに、なんて言えばいいのか言葉が出てこない。

「カリスは昔からああいう感じで、全然貴族っぽくないのよ。ちゃんと自己紹介されるまで、アイツが最初に言った『商会の跡取り』って言葉を疑いもしなかったわ」

 見抜けなかったのが相当悔しいのか、そう言うヒールの顔は随分と渋い。

 それでも可愛く見えるんだから、顔立ちが整ってる人は得だなあとか、どうでもいいことを思う。

 ファービリアさんはどんな顔してても美の権化だけど、ヒールはこう、手の届く距離の可愛さっていうか。

 なんて、本気でどうでもいいか。

「ま、私が見抜けなかったことは置いといて」

 そう言って、ヒールは小さく微笑んだ。

「カリスはそこそこ裕福な商会の跡取りですよ~っていう触れ込みで、下町の様子を見によく来てたのよ。こっちも、『ああ、商人の息子なら、こういうところで金儲けの算段してもおかしくないか』って受け入れててね」

 昔を懐かしむような優しい目で、ヒールは何処か遠くを見てるような顔をする。

「アイツ、弟と二人と妹が三人居てね。小さい子供と遊ぶの巧くてさ。アイツが来るとチビたちみんな喜んで、私も人手が増えて楽になってさ」

 実際、ヒールの目には、現実じゃなくて当時の色んな風景が浮かんでるんだろう。

 十歳なんてまだ充分幼いと言える頃から……いや、ひょっとしたらそれ以前から、年少者の面倒を見ながら両親の手伝いもしてたであろうヒールの前に現れた、喧嘩友達みたいに気の置けない関係でいられる、少しだけ裕福な少年との日々が。

「私が授かった『祝福』なら、騎士になる道もあるって教えてくれたのは、カリスなのよ。攻撃魔術を教えてくれたのもね」

 ふ、と現実を見る目に戻って、ヒールは続けた。

「両親は私の『祝福』をお金に換える気はなかったから、そんなこと言われもしなかったわ。私が生まれる前に、鑑定士に言われてたでしょうにね」

 子供が生まれる前に、その子が『祝福』や『呪い』を授かっていないか鑑定するのが普通だって教わったけど、そうであるなら鑑定士の人たちが子供の将来の可能性を親に教えないはずがない。

 死んでなければ癒せるなんてレベルの回復魔術を使える子供の将来は、幾らでも明るいものがあっただろう。

 それを使って、貧しい下町の暮らしから抜け出せる手段くらい、幾らでも。

「私の両親は、私がある程度の分別が付くようになるまで、何も言わなかったわ。カリスと会わなかったら、きっと今でも私、下町の宿屋の娘として生きてたと思う」

 静かに微笑むヒールの表情は、何かを懐かしむようでいながら、喉の奥に刺さる棘に耐えているような、不思議なものだった。



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