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創り人の箱庭  作者: サボ
第四章
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4-15『貪欲の鶏』

第四章

第十五話『貪欲の鶏』



 ヒールが滑稽と表現した、元は痩せた夫婦だったもの。

 それは、二つの頭を持つ、巨大な鶏だった。

「でかくなるしか能がねえのかよ」

 それまで黙って様子を見ていたサンシュが、呆れたような溜め息を吐く。

 そ、そりゃまあ、確かに芸がないといえばそれまでなんだけどさ?

 象と同じくらいの大きさの、しかも頭が二つある鶏がいきなり目の前に現れて、他に言うことない?

 象なんて、元の世界じゃ陸上で最大の大きさとか言われてたんだよ?

 正面に立ってるヒールは小柄だから、その対比にこっちが圧倒される。

「ケエエアアア!!」

 二つの嘴が大きく開いて、甲高い鳴き声を上げた。

 神経を逆撫でするような不快感が耳から頭を突き抜けて、眩暈に近いものを感じる。

 こんなのを前に私が眉を寄せるだけで済んでるのは、切り絵の世界があまりにも現実味を欠いてるからかもしれない。

 これがもし、前の異界と同じように『遠い昔の現実』であることがはっきり判る世界だったら、誰かの背中に隠れようとする、くらいはしてしまったかもしれない。

 真正面から化け鶏の悲鳴にも似た鳴き声を受けて、身じろぎ一つしないヒールの華奢な背中を見ながら、そんなことを思うのも情けないとは思うんだけど。

「大きいだけなら、怖くないのよ」

 私の心の声に応えるように、ヒールが薄く笑みの滲んだ声で言った。

 背中しか見えないから、どんな顔で言ってるのかは判らない。

 だけどきっと、今まで私が見たこともないような表情をしてそうな、そんな気がした。

「私にしたら、大抵の人は自分より大きいもの」

 自嘲じみた音を滲ませながら呟いて、ヒールはす、と右手を水平に伸ばす。

 ほんの一瞬、彼女の手袋をした右手が、淡く輝いたように見えた。

 手袋の下で小さく輝くそれを、普段だったらきっと見逃してただろう。

 今私がそれを認識できたのは、この世界にほとんど色がなくて目立つからだ。

 その光は瞬きの間に消えて、はっとした瞬間にはヒールの手に一本の杖が現れてた。

 先端に青い六角柱の宝石みたいなものが付いた、シンプルな杖だ。

 それ自体が武器になるほどの強度はなさそうな細い杖は、小柄なヒールの胸くらいまでの長さだろうか。

 記憶のない私の乏しいイメージで、『魔法使いの人が持ってそうな杖』っていうのが一番それっぽい表現なんだけど、頭悪そう過ぎる。

「ケエエエエエ!!」

 この状況で悠長にも程があることを考えてた私の頭を、鶏の絶叫が容赦なく刺し貫いた。

 甲高くて耳の奥を掻き毟るような不快感がある声だけど、ヒールの背中は相変わらず慌てた様子もない。

 隣に並んでくれてるサンシュも、腕組みしてでーんと構えてる。

「アンタたち、煩いのよ」

 冷たい、冷たい声がヒールのものだって、すぐには受け入れられなかった。

 私が知ってるヒールは、そんな声で誰かを責めるようなことはなかったから。

 だけど、『そんなのはヒールじゃない』なんてことは言えない。

「さっきから、ずっと」

 杖を構える見たことのないヒールの後ろ姿も、背筋が震えそうなくらいに冷たい声も、私が知らないヒールの側面ってだけなんだろう。

 いや、違う。

 こんなヒールを見なくて済んでた私が倖せだっただけなんだ。

 だって隣のサンシュは悠然と腕組みしたまま小さく微笑わらってて、後ろに居てくれるウェルバニーさんも表情一つ変えない。

 私は、いつも優しく温かく包んでくれるヒールが持つ騎士としての顔すら知らずにいられるくらい、護られて庇われ続けてきたんだ。

「シャアアアア!!」

 ばさ! と大きな羽音をさせて、切り絵の鶏がヒールに襲い掛かる。

 それとほぼ同時に、肌に触れる温度が一気に下がった。

 さっきから、なんか寒いような? でも気のせいかも? とか思ってたけど、もう間違いない。

 明らかに周りの温度が下がってて、そうしているのはヒールだ。

「『氷の礫(アイス・グラヴル)』!」

 杖を正面に向け、鋭く叫んだのと同時に、青い宝石が凛と輝く。

 そして次の瞬間には、無数の氷の礫が杖の先に生まれた。

 それは明らかに、目の前の敵を傷付ける為の魔術。

 サンシュの爪や牙、ウェルバニーさんの戦斧と何も変わらない凶器だ。

 私がそれと認識するよりも早く、氷の礫が一斉に鶏に襲い掛かる。

「ケエアアア!!」

「キイアアアア!!」

 二つの嘴で別々の悲鳴を上げながら、鶏は身をよじった。

 無数の氷の礫は、巨大な鶏の身体に深々とめり込んでいる。

 回復に特化したヒールは攻撃用の魔術を使えないんじゃないかと思ってたけど、そんなことは全然なかった。

 大柄な獣人二人の背丈を遥かに超える、化け物じみた双頭の鶏を前にしても、怯む必要なんてないくらいに、ヒールは強い。

 半端な鍛え方はしてないんだって、サンシュが評価するくらいには。

「細々とでも、二人で生きていけば良かったじゃない」

 正面に向けた杖を頭上に翳しながら、ヒールは冷たい声で続ける。

「先がなくても、自分の子供を食い物にするよりよっぽどマシよ」

 吐き捨てるように言ったヒールの手は、少し震えてるように見えた。

 それは怒りなのか、別の感情なのか。

 私には判らない。

「アア、ァ、アアァ!!」

 身体中に氷の礫を受けながら、それでも巨大な鶏は倒れなかった。

 ひと際高く、歪な鳴き声を上げる。

 だけど。

「爆ぜろ」

「ッ!!」

 冷たい、冷たいヒールの声と共に、鶏の鳴き声は途切れた。

 巨体にめり込んだ無数の氷の礫が、ヒールのひと言で一斉に小さな爆発を起こしたから。

 一つ一つの爆発は、決して大きくないと思う。

 爆発なんてもの自体と縁遠い私からすれば、小さくても手に持った氷の礫が爆発すればその大小はさておいて驚きはすると思うけど。

 とにかく、一つ一つの爆発は致命傷になるようなものには見えなかった。

 だけど、その小さな爆発が、無数に、しかもめり込んだ体内で起こったらどうなるか。

 巨大な鶏に、幾つも、幾つもの穴が開くのを、瞬きもできずに見つめる。

 漆黒の身体に、二つに分かれた首や顔に、丸くくり抜かれたような純白の穴が開くその光景は、よくできた悪夢みたいだ。

 怖いと思えばいいのか、それ以外の感情を抱くべきなのかも判らなくて、ただ崩れていく巨大な鶏を見つめることしかできない。

「だらか言っただろ? 回復しかできねえような鍛え方してねえんだよ、アイツ」

 声も出せずにいる私に、サンシュが小さな溜め息と共にそう呟いた。

 腕を組んで正面を見つめるサンシュの横顔には、何処か寂しそうな表情が浮かんでるように見える。

 普段は喜怒哀楽を大きく表現してくれるから、獣の顔でも表情が判りやすいんだなって、改めて思った。

「陛下の近衛騎士になるってんなら、一人で魔素堕ち対策の頭張れる程度の攻撃力も必要なんだよ」

 ヒールの背中から目を離さずに、サンシュは言う。

 いや、見てるのはヒールの背中じゃない。

 散り散りになって消えていく双頭の鶏の最期を見てる。

 それはヒールやウェルバニーさんも同じ。

 きょろきょろと視線を動かしてるのは私だけだ。

 なんだか恥ずかしいような、居た堪れないような気持ちになって、私も崩れていく白黒の影を見る。

 跡形もなく消えていくそれを見ながら、みんなは何を思ってるんだろう。

 あの鶏がまだ攻撃してこないかどうか、警戒しているのか。

 それとも、自分たちがほんの少し豊かな暮らしをする為に、我が子を売り続けた夫婦のことを考えてるのか。

 私は……何を思えばいいのか判らないまま、あの鶏がただ細かな粒子みたいになって消えていくものを見ていた。

 あの夫婦に、もしも子供ができなかったら。

 その子を買い取りたいと、誰かがこの村を訪れなかったら。

 この物語はなかったんだろうか。

 いや、多分。

 恐らく、きっと。

 登場人物があの夫妻じゃなく、別の夫妻だったっていうだけで、この『物語』自体は存在してしまうんだろう。

 それは、前の二つも同じ。

 王宮の地下に喚ばれて、その周辺しか知らず、高貴な人たちに大切に護られてる私には身近に感じることはできないけど、身勝手な殺人なんてものは、きっと何処にでもある。

 この異界で見た三つの物語は、いつ、何処であってもおかしくないものなんだろう。

 沢山の人が暮らしている場所だから起きる、多様性があるからこそ起こる悲劇。

 あの巨大な鶏も、その元になった夫妻の影すらも完全に消え去った景色を見ながら、私はなんとも言えない気持ちで目を細める。

「私の一撃で終わるんじゃ、閣下たちはそりゃあ物足りないですよね」

 いつもの明るい声で言って、ヒールはくるりとこっちに向き直った。

「だろ?」

 短く言ったサンシュの口元には、にい、と大きな笑みが浮かんでいる。

 戦うっていうこと自体に慣れてない私にしたら、みんな一撃で倒してるんだから攻撃力に差なんてないように感じた。

 だけど、二人の遣り取りから察するに、この中じゃヒールが一番攻撃力がないらしい。

 いや、飽く迄私を除いての話だけど。

 どの辺がどう戦闘能力の差になるのか判らなくて戸惑ってる私のほうに、ヒールが真っすぐ近付いて来る。

 右手にはあの杖を持ったままで、いつも傍に居てくれる彼女とはちょっとだけ雰囲気が違うように感じた。

 それは、普段は持ってない杖を手にしてるからっていうのが原因じゃなくて。

 私を見るヒールの目が、何かに備えているように少し硬質な気がするから。

「怖かった?」

 彼女がどうしてそんな目をしてるのか。

 私の目の前まで歩み寄って、そう訊いてきたことで理由が判った。

 ヒールはきっと、今までとは全然違う姿を私に見せて、それに私が怯えたんじゃないかって、そう思ってるんだろう。

 確かに私が今まで見てきたヒールは、外見こそ華奢で可憐なお嬢さんだけど、中身は割りと豪快な、それでもただただ優しいお姉さんだった。

 今ここで見たような、酷薄と表現してもいいだろう側面なんて、欠片ほども感じさせることなんてなかった。

 どっちが本性とか、そういう話じゃない。

 どっちも、私の知ってるヒールの本質だ。

「びっくりしたけど、怖くはなかったよ」

 素直な言葉を口にして、私はにこりと微笑む。

 驚かなかったなんて嘘を吐きたくない。

 いつも明るくて優しいヒールが見せたあの冷たさを、間違ってるなんて言うわけもない。

 私にしてみれば、その変化はファービリアさんが見せたものに近かった。

 普段は奔放な女王様みたいな振る舞いなのに、ある瞬間に理想の王子様みたいな顔になる。

 その変化には驚くけど、怖いとは思わない。

 ヒールも凄いんだなって……そうなる為に、沢山の努力をしたんだろうなって、そう思うだけ。

「ヒールを信じてるから」

 信じてる。

 この世界に来る前の記憶の全てを失ってる私には、誰かを信じることからしか何も始められなかった。

 そんな中で、私の傍に居てくれる騎士があの三人で良かったって、そう思ってる。

「……そっか」

 私の返事を聞いたヒールは、ほっとしたような顔で微笑って、ぎゅうっと抱き付いてきた。

 私よりも小柄なのに、全身を余さず包まれてるような安心感が、この細腕にはある。

「ありがと」

 見上げてくるヒールの顔には、いつもと同じ朗らかな笑みが浮かんでた。

 私のよく知る、見た目を裏切る豪快さと、見た目通りの優しさを感じられる、明るい笑みだ。

「私こそ、護ってくれてありがとう、だよ」

 できる限りの感謝の気持ちを込めたけど、そんなことしか言えない自分が、少し情けない。

「何言ってるの」

 そっと私から身体を離して、ヒールは胸を張る。

「今の私はアディの近衛騎士なんだから」

 だから、護るのは当たり前だと。

 そう在ることに、確かな誇りがあるんだと。

 そう言ってくれる姿が、なんだか眩しかった。



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