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創り人の箱庭  作者: サボ
第四章
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4-13『獣人閣下のご不満』

第四章

第十三話『獣人閣下のご不満』



 細々と、淡々と続くけもの道を歩き続けてると、少し先にぽつんとあばら家が見えてきた。

 そこに辿り着くまでに見える景色といえば、細い木と、申し訳程度に何かが生えてる畑くらいだ。

 畑っていっても、それ以外に表現のしようがないからそう言ってみてるだけの、ほとんど更地みたいなものだった。

 もしもここに他の人影や家畜の姿があったら、きっと随分痩せていただろう。

 その姿を見ることもなく、私たちはただ真っすぐに進む。

 ただ進んでいるだけで、土地ごと貧しいと判る道を。

「……なんつうかよ」

 もうすぐあばら家に着く頃、先頭を歩くサンシュがぽつりと呟いた。

「前の二つも、今も、なんもねえな」

「?」

 サンシュが何を言いたいのか判らなくて、私は首を傾げる。

 私からしてみれば、どの辺が『何もない』んだって訊きたくなることしか起きてない。

 そもそもこの切り絵の風景そのもが異常だと思うし。

「確かに、目的地に着くまで、何もありませんね」

 ウェルバニーさんの言葉で、『あ、そういうことか』と心の中で手を打った。

 目的地……あの影絵物語の登場人物に会うまで、確かにこれといって何もない。

 室内も室外も、切り絵で作られたような景色っていう以外は、誰かが居るわけでも何かが襲ってくるわけでもない。

 こういう些細なところで、『サンシュは解説に向いてない』って言われてたことをちょっと思い出す。

 すこーし、言葉が足りないんだよね。

「最後の奴らも俺やウェルの軽い一撃でくたばるようじゃ、骨がなさ過ぎだしな」

「え、あれって軽い一撃なの?」

 続いたサンシュの言葉に、反射的に疑問が口から零れた。

「あったりまえだろ!」

 歩きながらこっちを振り返って、サンシュは満面の笑顔で親指を立てる。

 自分が戦うことはおろか、そういう状況に馴染みのない私にしてみれば、サンシュやウェルバニーさんが繰り出したあの一撃は、正に渾身って感じに見えたんだけど。

 思わずウェルバニーさんを振り返ったら、苦笑に近い微笑を浮かべて、小さく頷かれてしまう。

 ああ、あれ、ほんとに軽い一撃なんだ。

 ウォーミングアップにもならない、っていうようなことサンシュが言ってたけど、ほんとなんだ。

 そういえば前の異界でリクとクレアさんが戦うのを見てたけど、最初から本気で戦ってるように見えたのに、やっぱり後半のほうが本気度が高く感じたっけ。

 戦うことが日常の人たちの本気って、私じゃ判らないんだなあ。

「獣人族って基本的に戦闘能力に優れてるけど、お二人は別格だからね~」

「任せとけ!」

 ヒールが肩を竦めて言うくらいには、別格なんだろうなあ。

 満面の笑みで返すサンシュは、なんだか物凄く嬉しそうだ。

「獣人族って、みんな強いの?」

「そりゃ戦闘が不得手な奴も居るさ。全員が全員戦闘狂じゃあ、種族として立ち行かねえ」

 私の疑問に答えてから視線を正面に戻して、サンシュは軽く手を振った。

「種族として圧倒的多数に属さない奴らの居場所をどういう形で落ち着けるか。そりゃ、為政者の腕の見せ所ってやつだな」

 この世界に国はなくて、王様と呼ばれる人は一人だけ。

 でも、その王様は、世界の隅々まで統治するわけじゃない。

 精々が中央と呼ばれる地域の情報を整える程度が限界じゃないかって、為政者になったこともない私でも思う。

 だって、どれだけ優秀な人が王になろうとも、結局は一人の人だ。

 多くの種族が存在するこの世界でも、個人はやっぱり個人でしかなくて、全知全能なんて人は居ない。

 目が届く範囲は限られてるし、汲める想いも限られてくる。

 その上、王様になるのは血統でも民からの選挙でもなく、『黎明の石板が選ぶ』っていう曖昧なもの。

 過去には暴君も暗君も居たらしいから、この世界で最も栄えてないとおかしい中央が荒んだこともあるらしい。

 そんな歴史の中で、それでもこの世界を存続させてきたのは、歴代の四方領主たちと元老院の存在が大きいんだろう。

 血統だけで君主を決めるような制度は正しいんだろうか、と思わなくはないんだけど、少なくとも今の四方領主さんたちは正しい在り方なんじゃないかって、そう思う。

 統治者としての教育も、生まれた頃からされるんだろうし。

 まあ、別の時代の領主の中には、とても民を導けるような存在じゃなかった人も居るんだろうけど。

 ……いや、そういえば東の代表は、今はまだ代行なんだっけか?

 あんまりにも馴染み過ぎてっていうか、みんな『あいつは頭いいから小難しいことは任せとけ』みたいな雰囲気出すから誤解しそうになるけど、ヒイラギさんってまだ当主じゃないんだっけ?

 ううん、まあ、その辺は脇に置いとこう。

「行く先に何もないってことは、アレですよね」

 私の意識はつらつらと何処か遠くへ飛んでったわけだけど、他の人たちは当然、そうじゃない。

「だろうな」

「そうでしょうね」

 ヒールの言う『アレ』に心当たりがないのも、私だけみたいだ。

 え、ええと、アレって何?

 きょときょとと視線を彷徨わせる私に、ヒールは穏やかに微笑む。

「ラスボスはここでもない別の所に居るってことよ」

 全く穏やかじゃないことを笑顔で言うヒールに、返す言葉もない。

 いや、そりゃね?

 この異界には『稀人が世界樹の核に触れる為』に来てるんだから、今のところそれっぽい雰囲気ないなあとか思ってはいたよ?

 前の異界で体験したような、なんていうか、こう、クライマックス感? みたいなものがないな、とは思ってたよ?

 だけど、だからってラスボスがどうこうとは想像してないってば。

「バカでっかいカイゼル以上のなんか用意してくれてねえと、俺も消化不良だっつの」

 カラカラと軽く笑うサンシュに、私は何も言えなかった。

 あんたが消化不良だろうがなんだろうが、何事もなく大樹の核まで辿り着ければそれに越したことが何処にあるっていうんだ。

「サンシュ閣下らしいですね~」

「獣人の全てが好戦的だと誤解されそうですね」

 ヒールもウェルバニーさんもけろっとした感じで、強く諫めてくれる気配は何処にもなかった。

「全部が全部ってわけじぇねえけど、やっぱ俺らは腕っぷしで圧倒しねえとな!」

 こっちに背中を向けたまま、腕を力瘤みたいにして振り上げる後ろ姿を、私は何処かぼんやりした目で見つめた。

 強いことが正義だと言わんばかりのサンシュの言動に、嫌悪感はない。

 それはきっと、彼が本当に『強いもの以外は不要』だと言ってはいないと、そう感じてるからだろう。

 もしサンシュが『強さこそ正義』だと言い張るのなら、さっきの発言はなかった。

 『種族として圧倒的多数に属さない奴らの居場所をどういう形で落ち着けるか。そりゃ、為政者の腕の見せ所ってやつだな』

 獣人族にとって強さが美徳であったとしても、そう成り得ない人たちも取りこぼしたくないって、彼は思ってる。

 それは、ひょっとしたら『子沢山が当たり前の獣人族で、我が子を授かることがない』っていう『呪い』を授かってしまったサンシュだから、より強く思うことなのかもしれない。

 もし、そうだとしたら。

 ときに存在そのものを脅かすほどの強さを持つ『呪い』にも、意味があるんじゃないだろうか。

 私の知る人たちの『呪い』がなければ。

 『祝福』だけであれば。

 この世界が、『祝福』に溢れていれば、きっと、『その人』は生きやすいだろう。

 だけど。

 それ以外の人はどうだろう。

 この世界を廻す為政者たちは、みんな『祝福』と『呪い』が身近で、『呪い』なんてなければいいのにって思うこともある。

 だけど、それがあるからこその思考を、彼らが持ってると言えなくはない。

 例えばサンシュが『種の根絶』なんて『呪い』を授かっていなかったら、実子を得られずに苦悩する人の気持ちを察することや、それでも越えてはいけない一線があるんだと思うことはできただろうか。

 そう思うのはサンシュの『呪い』がこの場所であまりにも都合がいいからで、他の人たちの『呪い』が全部教訓になるかどうかは、微妙なところでもあるけど。

 それでも、『祝福』と同時に『呪い』を授かってしまった彼らは、ただ驕るだけで終わらないような……そう在る為に『呪い』もセットで授けられているような、そんな気がした。



 痩せた土地の中にぽつんと佇む、小さなあばら家。

 そこに辿り着いた私たちは、見上げるまでもないその小さな切り絵を前に一度立ち止まった。

「ヒール」

 ずっと先頭を歩いてたサンシュが、振り返ることもなくヒールを呼ぶ。

「はい」

 心得てます、とでもいう感じで、ヒールが足を踏み出した。

 それと入れ違うように、サンシュが私の隣に下がってくる。

「もう一回言っとくけどな」

 さっきまでヒールが居てくれた場所に立ったサンシュが、真っすぐ前を見つめたまま呟いた。

「あいつは、生半可な鍛え方してねえんだよ」

 サンシュの視線の先にあるのは、華奢で小柄なヒールの背中だ。

 見た目だけの話なら、とても『鍛えてる』なんて言葉の似合わない、細い背中。

「う、うん……」

 何度そう言われても、どうしても心配になってしまう。

 だってヒールが授かった『祝福』は回復特化のもので、戦闘能力を保証してくれるものじゃない。

「心配すんな。あのファービリアだって、見た目だけで言やあ充分戦闘向きじゃねえだろ?」

「そ、それは、まあ、うん」

 こっちを見て軽く苦笑するサンシュに、私はなんとなく口籠ってしまう。

 豪奢なドレスに身を包んだ、美の化身みたいなファービリアさんは、確かに見た目だけで言えば戦闘なんて向いてない。

 精霊魔術を使うときも実に優雅な所作で、戦ってるっていうよりも舞ってるように見えた。

 髪の一筋から指先に至るまで、まるで計算されたみたいに整えられたファービリアさんなんだけど、実は意外と逞しいっていうか、着やせしてるっていうか。

 よろけたところを抱き留めて貰ったり、支えて貰ったりしたことがあるから判るんだけど、ああ見えて結構身体を作ってる男性なんだよね。

「大丈夫よ、アディ」

 私たちの会話が聞こえてたんだろう、あばら家のドアの前で、ヒールが振り返った。

「私、騎士になる前から、それなりのところに住んでたんだから」

「え、え?」

 茶目っ気たっぷりにウィンクするヒールは可愛いと思うけど、『それなりのところ』って、何?

 下町出身だとは聞いてるけど、下町って『目が合ったら喧嘩の合図』みたいな世紀末感溢れる感じだったりするの?

「だから、心配しないでね」

 ふふ、と微笑んでからヒールは正面を向いて、あばら家のドアに手を掛けた。

 ……なんか、別の意味で心配になってきたかも。



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