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創り人の箱庭  作者: サボ
第四章
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4-12『最後の脇道』

第四章

第十二話『最後の脇道』



 二つ目の部屋から出て、私たちはまた奥へと歩き出した。

 歩いてる順番はさっきまでと同じ。

 景色も大して変わらないんだけど、後ろを歩いてるウェルバニーさんが大きな斧を持ってる分、背後の気配が重いっていうか、なんていうか。

 威圧感があるとか、後ろから襲われそうで怖いとか、そういうんじゃないんだけど。

 サイズ的にはリクの大剣より少し大きいかな、ってくらいなんだけど、鞘がないせいかウェルバニーさんの戦斧のほうが圧力を感じる。

 収納の魔石に予備がないっていうわけじゃない。

 さっき説明されるまで全然気付かなかったんだけど、三人はそれぞれ、ある程度の荷物を持ってきてるらしいんだ。

 前の異界行きのグループで、リクとクレアさんが背負ってたような遠征用の道具を、それぞれが収納の魔石に入れて持っててくれてるんだって教えてくれた。

 前の時は異界で魔石が使えるかどうか判らなかったから、リクとクレアさんが背負ってくれてたらしい。

 三人が丸腰に見えることを不思議にも思わずに、私は異界第二層の奥まで来ちゃったわけだ。

 なんかもう、全然人を見てないな、私。

 というか、自分が手ぶらなことが当たり前過ぎて、周りがそうでも違和感がなかったとか、本当に何様だ。

「アディ、まだ落ち込んでるの?」

 頭の中で自己嫌悪に陥ってたら、隣を歩いてるヒールが苦笑を向けてくる。

「アディは探索とも遠征とも魔法石とも馴染みがないんだから、そういうとこに気付かなくても仕方がないんだってば」

 荷物の説明をして貰った時、同じような言葉で慰めてくれたっけ。

「それはそうかもしれないけど、自分は手ぶらで当然だから気付かなかったような感じで、なんかさあ……」

 思ったことをそのまま言ったら、ヒールはころころと明るく笑った。

「気にしなくていいことばっかり気にするんだから」

 笑いながら、ヒールは私の頭を撫でる。

「そーだぞー! ウェルなんか『また魔石割って中身全部飛び出したらめんどくせえことになる』ってんで武器持ったまんまなの、気にしてねえだろ?」

「サンシュ様」

 前を歩きながらカラカラ笑うサンシュを、ウェルバニーさんが低い声で呼んだ。

 そう、ウェルバニーさんがあの大きな斧を抜き身で持ち歩いてる理由は、『他のものが入ってる魔法石に入れておいて、もしまた割っちゃったら困るから』だ。

 遠征用の道具は他の二人の魔石に入れて貰えるけど、それだとそもそも三人で分散して持ってる意味がなくなる。

 応急手当の道具や携帯食料は、もしものときにそれぞれが持ってたほうがいいってうのがその『分散して持ってる意味』なわけだけど……ますます私が手ぶらなの、なんともいえない。

「ヒイラギ様やファービリア閣下がこうしたほうがいいって仰ったんだから、気にしなくていいの」

「う~ん……うん」

 ヒールに言われて、結局私は頷いた。

 さっき荷物のことを説明されたときも、最終的にはこの言葉でなんともいえない自己嫌悪を止めたんだよな。

 だってさあ、あの二人が言うと説得力が違うんだよね。

 言われたことを諾々と受け入れるのは良くないと思いはするし、なんでそういう話になったのかも判らないんだけど、ここにそのお二人がいらっしゃらないから真意も訊けないし。

 今度会ったら訊いてみよう。

「さあて、次のドアが見えてきたぜ」

 先を歩いてたサンシュがそう声を掛けてくれて、自然と全員の目線が正面に向いた。

 前の二回と同じく、通路の途中にぽつんとドアがある。

 影絵劇場が三話で終わったから、行き止まりにドアがあるんじゃないかと思ってたんだけど、通路はまだ続いてるみたいだ。

「ここで終わりじゃないんですね」

 私と同じことを思ったんだろう、ヒールが奥へ続く通路を見ながら呟く。

「そりゃな」

 多分、三番目の物語に続くだろうドアのノブに手を掛けながら、サンシュは苦笑じみた笑みを浮かべた。

「大樹の核ってやつは、まだ先だろ」

 ああ、そう言われればその通りだ。

 三番目のドアの奥に、そこに続く道があってもおかしくはないだろうけど、今までの傾向からしてその筋は薄い。

「脇道の先は、どん詰まりだ。色んな意味でな」

 狼の顔に浮かぶのは、自嘲と苦笑の中間みたいな、そんな笑みだった。

 どん詰まり。

 確かに、そうだよなあ。

 あの三つの影絵で語られた主人公たちは、誰も命を先に繋げなかった。

 それは前の異界で会った蟲人さんたちとは、全く違う理由で。

 その違う部分が、酷い嫌悪感を誘う。

 サンシュが開いてくれるドアを見つめながら、私は一度、長い瞬きをした。



 三つ目のドアの先もやっぱり切り絵みたいな雰囲気で、純白と漆黒しか色がない。

 そろそろ慣れてきたとはいえ、それでも世界としての違和感は強かった。

 前の異界で大樹の核であろう存在もそこだけ白黒だったし、『祝福』や『呪い』を授かった人と直接触れると一瞬視界が白黒になるけど、そっちは飽く迄も『白黒映像』だ。

 白にも黒にも濃淡があって、奥行っていうか立体感がある。

 だけど、この切り絵の世界はそれがない。

 平面の世界に迷い込んだ私たちには色があるから、余計に馴染めないのかもしれない。

 自分の好きな漫画や物語の中に入ってるなら楽しいのかもしれないけど、行き着く先があの影絵物語の主役のところだって判ってると、胸が弾むどころかずしんと重くなる。

 まあ、どれだけ心が重くなろうが、行かないっていう選択肢はないんだけど。

 結局そういう結論に至るのもこれで何度目か、なんて思いながら、私は足を進め続ける。

 最後の脇道だと思われるドアをくぐった先には、細い道が続いていた。

 歩くと、足に土と石が混ざった感触が伝わってくる。

 砂利道とも違う、なんていうか、『人が何度も歩いたから雑草が生えていないだけ』って雰囲気の、お世辞にも整備されてるとは言えない、くたびれた道だ。

 銀色の大樹の上で目を覚ましてからこっち、最上級に整えられた王宮やその近辺しか出歩いてないから、こんな道を歩くのは初めての感覚だった。

 多分だけど、けもの道に毛が生えた程度の道を歩いたことなんて、元の世界でも経験してないんじゃないだろうか。

 随分歩きづらくて、ぼんやりしてると転びそうだった。

「大丈夫? 疲れない?」

 すぐ隣を歩いてるヒールが、心配そうに首を傾げて訊いてくれる。

 私とヒールは並んで歩けるけど、サンシュとウェルバニーさんは並べそうにないくらい、道は細い。

「うん、大丈夫」

 少しだけ苦笑を浮かべながら、私はそれでも頷いた。

 歩きにくいし、たまにあるごつごつと大きな石がちょっと痛いけど、進めないってことはない。

 切り絵でできていようと、石を踏むと痛いんだから不思議な感覚だ。

「掴まってたほうが、きっと歩きやすいわ」

 そんな私に、ヒールは微笑んで軽く腕を寄せてくる。

「うん、ありがと」

 大丈夫だよ、と断ろうかとも思ったんだけど、私は大人しくヒールの腕を軽く掴むことにした。

 腕を組んで歩いてるような、介助を受けてるような、なんとも言えない気分だけど、転んで怪我をするよりはマシだと思う。

 意地は張る場所を考えないとね。

「いいのよ。私もこのほうが安心するわ」

 にっこりと微笑むヒールは、なんていうか、こう、『姉』って感じだ。

 私よりもずっと小柄で華奢なのに、頼り甲斐があり過ぎる。

「転んで怪我すんじゃねえぞ?」

 先を歩いてたサンシュが、顔だけ振り返って小さく笑った。

「怪我しても私が治してあげられるけど、痛い目になんて遭わないほうがいいからね」

 そう言って、ヒールは大きな目を僅かに細める。

 治せるからってどんな怪我してもいい、とは言わないんだなあ。

「痛い目見たほうがいい人には、こんなこと言わないけどね」

「あ、あはは……」

 茶目っ気たっぷりにウインクされて、私はただ笑うしかなかった。

 よく私に『いい子』だと言ってくれるヒールだけど、その範囲に入らない相手には、『痛い思いをしたってそれは自業自得だざまあ見ろ』って思うんだろうなあ。

「なんだ、俺に小言言わねえのは、痛い目見ろって思ってんのか?」

「サンシュ様はアレです、何言っても先陣切って突っ込んでくって判ってるんで、諦めてるだけです」

 片眉を上げたサンシュに、ヒールはからっと言い放った。

 いやまあその通りなんだろけど、ヒールの立場的にそういうことをストレートに言っていいもん?

「お小言はウェルバニーさんに任せてますから」

「は! ま、口煩せえのが増えるよりかはマシだな!」

 笑うヒールに、サンシュも豪快に笑い返してるから、いいんだろうな、これで。

 ヒールは見た目小柄で可愛い女の子なんだけど、育ちのせいか肝が据わりきってるんだよ。

 まあ、そうでもなけりゃ今こうして私付きの騎士様にはなってないだろうし、西の現領主と軽口交わしたりはできないだろうけど。

「私としましては、ヒール殿もこちらに加勢して頂ければ、多少は心労も減るというものですが」

「ふふ! ウェルバニーさんが言って聞かないなら、私が言ったところで変わらないですよ」

 溜め息混じりのウェルバニーさんに、ヒールは楽しそうに笑う。

 この異界に入ってから、ヒールがこんな風にいつも通りに話してるのを初めて聞いた気がする。

 そもそも爵位だ立場だってのを重んじるこの世界だと、陛下付きとはいえ騎士の一人に過ぎないヒールは、四方領主やその筆頭近衛と比べれば下位になるらしい。

 これがリクになるとそもそも生まれが侯爵だからまたちょっと違うんだってルーディアさんに教わったんだけど、その複雑怪奇な順位表は、生憎と馴染みがなさ過ぎてちゃんと憶えてない。

 理路整然と教えてくれたルーディアさん、ごめんなさいって、教わったときにも思った。

「不敬な物言いついでに、一ついいですか?」

 私が心の中でルーディアさんに深く謝ってたところで、ヒールが明るい声で言った。

 サンシュもウェルバニーさんも何も言ってないんだけど、本来はもっと畏まった喋り方をするもんだって……いや、本来は言葉を発することも相手の許可がないといけないことなんだって、充分に判った上でヒールは言葉を続けてるんだろう。

「いいぜ、どうせ他に誰も居ねえ」

 純白と漆黒で形作られたこの場所で、私たち以外の誰も、何も聞いてはいない。

 だから気にするなと言うサンシュも、充分過ぎるくらい地位と立場ってものを熟知してて、それを面倒くさいものと思ってるんだろう。

「この先で会う何かへの対処は、私に任せて貰えませんか?」

「え?」

 ヒールの申し出に声を上げたのは、私だけだった。

 声を上げたと言ったって、ただ疑問符を飛ばしただけだったけど。

 いや、でも、だってさ?

 ヒールが授かってる『祝福』は、『癒しの御手』っていう回復に特化したものだ。

 死んでなければ治してみせるなんて言ったヒールの言葉が本当にその言葉通りだったとして、『祝福』の力で強化されてるのは飽く迄回復面だけ。

 後方支援として居てくれればこれ以上ないほど心強いけど、前衛に向いてるとはとても思えない。

「……判った」

 それなのに、サンシュは少しだけ考えるような素振りをしてから頷いて、正面を向く。

 前の二つの部屋を考えれば、今度もきっと、最終的には人型じゃない何か別のものになって襲い掛かってくるだろうって、私でも想像ができるのに。

 待って、と言おうと思った声が、喉の途中で止まる。

 ヒールが、私に向かって微笑んだから。

 その表情は、今までに見たヒールのどんなものとも違う。

 悲しみと怒りをぐちゃぐちゃに混ぜて、だけどそれを私に伝えないようにするかのような、巧く作りきれていない痛みを感じる笑みだ。

「大丈夫よ。私だって陛下の……今はアディの、近衛騎士なんだから」

 近衛騎士だから、なんだ。

 そう言ってしまうのは簡単だと思うのに、喉の奥に閉じ込められて出てこない。

 私を見るヒールの目に、言葉で言い表しようのないような強い光が宿っていたから。

 それはなんだか、『近衛騎士であることを誰にも否定されたくない』とでもいうような、切実な思いを感じさせるものだった。

「心配すんな」

 私が何も返せずにいると、サンシュが正面を見たまま続ける。

「そいつは、回復しかできねえような鍛え方してねえよ」

 そう言ったサンシュの声は、何処か呆れたような音だった。



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