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創り人の箱庭  作者: サボ
第四章
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4-10『今改めて覚悟を決める』

第四章

第十話『今改めて覚悟を決める』



 この世界には神様は居ないらしい。

 神官とか巫女とかいう人に今まで会わなかったのも、そもそも神様が居ないんだから当たり前だ。

 居ない相手に仕える人だけが居るなんて、おかしな話。

「さて、次行くぞ、次」

「あ、うん」

 聞いたこともない『神様』って存在にはあんまり興味がないのか、それとも今はそれどころじゃないから切り替えてるのか、サンシュはさらりと次を促してくる。

 私は反射的に頷いて、歩き出した彼の背を追った。

「次はもうちょい骨のある奴だといいな」

 歩きながら、サンシュはカラカラと笑う。

「あの程度じゃ、準備運動にもなりゃしねえ」

 ぐるぐると腕を回しながら言うサンシュは、割りと本気みたいだ。

「準備運動でこの場が済めば、そのほうが宜しいでしょうに」

「なぁに言ってんだ」

 溜め息混じりのウェルバニーさんの言葉に、サンシュは歩きながら軽く振り返る。

「前はそれなりに派手なことになったんだろ? それなら俺たちも見せてやらねえとな」

 にい、と笑う口元から覗く犬歯が、なんとも好戦的だ。

 色んな種族が存在するこの世界で、獣人族はずば抜けて戦闘能力が高くて好戦的って話だからなあ。

「アデリシア殿にいいところを見せたい、という気持ちだけは伝わって参りました」

「おう!」

 ウェルバニーさんの言葉に、サンシュは満面の笑顔で親指を立てた。

 多分皮肉を籠めて言ったであろうウェルバニーさんは、ちょっとだけ苦笑いだ。

「そんな派手なことにならなくても、サンシュは充分かっこいいと思うよ?」

 素直にそう言ったら、サンシュは少しだけ目を瞬かせて、それから照れたように笑う。

「はは! そうか? ありがとな!」

 がりがりと頭を掻きながら笑うサンシュは、ちょっと可愛い。

 普段は快活というか豪快というか、とにかくさっぱりしてる感じで、戦闘中はだいぶ前のめりで、だけど正面から誉められると素直に照れる。

 なんていうか、根っこが純粋なガキ大将みたいな感じ、かな?

「サンシュクリット様」

「あん?」

 不意にいつもより少しだけ低い声でウェルバニーさんがサンシュを呼ぶ。

 サンシュは少しだけ眉間に皴を寄せてウェルバニーさんを見たけど、すぐに正面に向き直った。

 その動きに釣られるように視線を動かした先に、また一つのドアがある。

 通路はやっぱりまだ先に続いてるから、今回も脇道みたいな形だ。

「次はあの野郎か」

 正面に見えるドアのほうを向いたまま、サンシュは吐き捨てるように言う。

 明らかな嫌悪感は自分に向けられてるわけでもないのに、なんだか胃の裏側を握られてるみたいな、居心地の悪さを感じる。

 あの影絵物語の全部を『胸糞悪い』って吐き捨てたのを聞いた時より、明確な怒りがありありと伝わってきたからだろうか。

 なんで今、と疑問に思うまでもない、か。

 三部作だったあの影絵物語の二作目は、子供ができない男がそれを全部女性のせいにして、何度も相手を取り換える話だった。

 それでも子供が生まれないなら、まず間違いなく原因は男のほうにあるだろうに、それを認めるどころか想像さえせずにいた男の話。

 最初の話と違って、血生臭いことは一つも描かれなかったのに、なんともいえない後味の悪さだけを残したあの話で、一番思うところがあったのはサンシュだろう。

 『種の根絶』。

 そもそも子沢山が当たり前の種族で、しかも貴族中の貴族の当主っていう立場でありながら、自分の子供ができない『呪い』を授かってしまったサンシュは、あれを見て何を思ったんだろう。

「参りましょう」

 先を促したのはウェルバニーさんだ。

 サンシュはこっちを振り返らずに、軽く肩を竦めてから手を伸ばす。

 キイ、と軽い音を立てて開いたドアの先は、前と同じように切り絵みたいな世界だった。

 だけど今回は外じゃなく、いきなり室内だ。

 いや、冷静に考えたら、廊下にあるドアを開けたら室内だったってのは、ごく普通のことか。

「あそこ、みたいですね」

 ヒールの呟きに先を見れば、正面に一つだけ、大きな扉があった。

 ぐるっと見回してみても、他に行く先はなさそう。

「行くぞ」

 短く言って、サンシュが大股で歩き出した。

 小走りになりながら大きな背を追えば、すぐに扉の前まで辿り着く。

 一般的なドアよりも大きく作られた両開きの扉は、王宮だと結構よく見掛ける作りだった。

 形は似てるけど、施された装飾が王宮と比べてさっぱりしてるっていうか、なんていうか。

 やっぱり私が日常を過ごしてる王宮って、何もかもが規格外に高級なんだろうなあ。

 確かここ、貴族の邸宅だって話なのに、足元から伝わってくるタイルの感触までちょっと違って感じるんだから、王宮は素材も手入れも段違いなんだろう。

 そんな余計なことを考えてたら、サンシュが大きな扉に躊躇いもなく両手を掛けた。

 ギイ、とさっきのドアよりは少し重い音を立てて、両開きのドアが手前に開く。

 大きく広がった視界の先は、正面に大きくどっしりとした机があって、壁際に幾つか本棚が並んだ、執務室みたいな雰囲気の場所だった。

 切り絵みたいな感じだからよく判らないんだけど、机の向こうは天井から床までカーテンが引かれてるみたいで、多分、大きな窓なんだと思う。

「居るな」

 正面の大きな机で頭を抱えている人影を認識したサンシュの声からは、隠す気もなさそうな不機嫌の音が滲み出ていた。

「サンシュクリット様」

 す、と後ろから、私を追い越してウェルバニーさんがサンシュに呼び掛ける。

 サンシュはウェルバニーさんに振り返ることもなく、正面を向いたままだ。

「恐れ入りますが、ここは私にお任せ頂ければ」

「あ?」

 隣に並んだウェルバニーさんに、やっとサンシュは視線を向けた。

 私の位置だとちらっとしか見えないけど、その目は遠慮なく不機嫌そうに見える。

 低い声も、あの目も、私には向けたことのないもの。

「お任せ頂きたく」

 それでもウェルバニーさんは臆することなく、同じ言葉を繰り返した。

「……はぁ」

 少しの間黙ってから、サンシュは大きく溜め息を吐く。

「任せた」

 そして端的にそう言ったあと、軽く手を持ち上げた。

「御意」

 ウェルバニーさんも端的にそう応えて、手の平をサンシュのそれと打ち合わせる。

 文字通りの、バトンタッチだ。

 ウェルバニーさんの言葉は堅苦しいけど、二人の遣り取りは他の人が入れないような親しみと信頼を感じさせるものだった。

 主と従者だけど実は夫婦っていうファービリアさんとクレアさんとはちょっと違う……仲のいい幼馴染同士みたいな気安さに近いかもしれない。

 そんなことを考えてるうちに、サンシュの一歩先にウェルバニーさんが歩み出る。

 それとほぼ同時に、私と並んで立ってたヒールが、半歩だけ後ろに下がった。

 釣られて下がりそうになったけど、後ろを護ってくれてたウェルバニーさんの代わりをヒールがしてくれてるんだって気付いたから、私は動かずにそこに留まる。

 正直、私を護ってくれる騎士様たち三人の中で、ヒールが一番攻撃能力が低いと思う。

 『誰かを護る力』っていうだけなら、彼女が一番低いはずだけど、そうであっても、少なくとも私よりは強いよね。

「それでは、そちらの方」

 ウェルバニーさんが正面を向き、呼び掛ける。

 大きな机に突っ伏してる感じだった黒い影が、ぴくりと震えた。

 ドアを開けて何人もの人が入ってきて、わちゃわちゃしてても何も反応がなかったくせに、呼び掛けられたらすぐに反応するって、変な感じだな。

「お話を伺えますか?」

 飽く迄紳士的に、だけどやけに事務的に、ウェルバニーさんは問い掛ける。

 それに応えるように、頭を抱えていた人影が、むくりと顔を上げた。

「……他の、女を……!」

 影絵劇場で聞いた声とは違う、女性が作り声で演じているわけじゃない男性の声が、耳障りに響き渡る。

「子を成せる、他の女を……!」

 がさがさと乾いて聞き取りづらい声だけど、それ以上に嫌悪感を誘う言葉の内容に、胸の奥がざわざわした。

「貴方が子を成せなかったのは、恐らくお相手の問題ではないでしょう」

 誰もが思っていたこと、そのものずばりを言い放って、ウェルバニーさんは小さく息を吐く。

 サンシュが富める夫人に物申した時と、よく似てるな。

「そのようなことが! あるものかっ!!」

 大きく開いた口から、乾いた叫びが響いた。

「貴方が生まれた時代、生きた場所によっては、その原因が女性に依るものだという考えが一般的だったかもしれませんが」

 それは多分、極端な男尊女卑の思考が行き着く先の話だろう。

 生き物として女性のほうが劣っているっていう、偏った考えが当たり前の時代や場所が、この世界にもあるんだってことに、少し驚いた。

 この世界で身近に感じたことがなかったから……ああ、だけど、蟲人たちが滅んだ理由は、種そのものへの迫害と孤立だったっけ。

「それを承知の上で、一つ申し上げたいことが御座います。貴方は思考を放棄すべきではなかった」

 元々静かに喋るウェルバニーさんだけど、今の声は淡々として酷く冷たい。

「望んでも望んでも得られないものを、それでも諦められないことは罪ではありません。ただ、思考を放棄することは間違いなく罪です」

「この私に! 罪などあるものかっ!」

 切り絵の男はそう叫んで立ち上がり、大きく両手を広げる。

 その動きに合わせたように、背後のカーテンが開いた。

「……っ!」

 自分の息を飲む音が、やけに大きく聞こえる。

 反射的に、足が半歩だけ後ろに下がった。

 カーテンが開いた先にはやっぱり大きな窓があって、その向こうに人影が五人、ぶら下がっているのが見えたから。

 切り絵みたいな状態なのは変わらないけど、明らかに女性だと判る人影が、首を吊った状態で僅かに揺れてる。

「私の血を穢したものは処断したっ! 身を雪いだのだっ!!」

 殺した、のか?

 自分の勝手で何度も取り換えた妻を、全員?

 そんなの、身勝手なんて言葉だけで片付けられるものじゃない。

 あの富める夫人が、他人の子供を奪う為にその家族を皆殺しにしたのと、何も変わらない非道だ。

 はく、と、喉の奥から零れきれない呼吸の音がする。

「アディ」

 小さな声で名前を呼ばれて、自分が息を止めていたことに気付いた。

 優しい手が、私の肩を抱く。

 少しだけ後ろに居てくれたヒールが、今はすぐ隣に寄り添ってくれてる。

 いや、私が下がったから近付いたのかもしれない。

 判らない。

 判らないけど、ヒールが触れててくれるからまともに呼吸ができる気がした。

「……うん」

 呼び掛けに小さく頷いて、改めて正面を見る。

 大きく手を広げた男と、その背景にぶら下がる、五人の女性。

 白と黒で構成されたそれは現実味を欠いていたけど、それでも圧倒的な嫌悪感がのしかかってくる。

 多分、私が目を逸らしても、誰も責めないだろう。

 だけど、私はこの景色を正面から見つめ続けた。

 だって、他の三人は誰も目を逸らしてない。

 戦う力は彼らのように持てなくても、せめて臆病では居たくない。

 一度挫けたら、私はきっと、稀人で居られなくなる。

 誰かに庇われて、護られて、目を閉じて耳を塞いで俯き続けても、彼らは私を見捨てないかもしれないけど。

 でもそれじゃあ、自分で自分を稀人だなんて信じられなくなる。

 稀人と呼ばれる私は、きっと人の上に立つような立場じゃない。

 均衡を崩した世界を元に戻すことが役目であっても、そこに住む人たちを導くような存在じゃない。

 そうである必要はないんだ。

 だって、この世界にはちゃんと、民を導く強さを持つ人たちが居る。

 だけど、だからって『私が居なければ見ることもなかった光景』から目を背けていいわけじゃない。

 ここは異界だ。

 稀人が居なければ、繋がることもなかった場所だ。

 そう思えたのは、きっと。

 前の異界で、ファービリアさんが蟲人の村長を叱咤したのを憶えているから。

 それと。

 正面を見る私の視界に、二人の獣人の背中があって。

 それが、普段よりもずっと大きく見えるから。

 明らかな怒りで、元々大柄な二人の背中が、更に大きく膨らんでいるように見えるから。

 彼らが何をするのか。

 彼らが何を告げるのか。

 私は、ちゃんと見て、ちゃんと聞かなきゃいけないと思う。

 それがきっと、稀人と呼ばれる私の責務。

 私が諦めたら、きっとこの世界は緩やかに崩れていく。

 これから先、何もかもを投げ出したいと思うことがあったとき、それでも踏みとどまるか逃げ出すかは、私が見て聞いて体験したことから判断するしかないから。

 だから、この目と耳と心に、刻むしかない。

 この世界を導く人たちの姿を。

 想いを。

 生き様を。

 そんな偉そうなこと思うのもなんだなって、判っちゃいるけど。

 こっちだって、失くしちゃいるけど今まで生きてきたはずの人生と、これからどうなるのかもよく判らない将来、全部賭けざるを得ないんだからさ。



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