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創り人の箱庭  作者: サボ
第四章
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4-7『スペシャルゲストの嗜み』

第四章

第七話『スペシャルゲストの嗜み』



 影絵劇場が終わったらしいその場所で、私は小さく溜め息を吐いた。

 三つとも全部、後味が悪い話だったな。

「大丈夫?」

「あ、うん。大丈夫」

 心配そうな顔で私を見るヒールに、小さく苦笑して見せる。

 何の問題もなくいつも通り、とは流石に言えないけど、動けないとかもう帰りたいとか駄々をこねたい、なんてことまでにはなってない。

 反射で『大丈夫』なんて言葉が出てくる程度には、まあ大丈夫だ。

「よしよし」

 わしゃ、と頭に誰かの手が載って、ぐしゃぐしゃと掻き混ぜられる。

 視界が一瞬白黒に染まる。

「ちょ、サンシュ……!」

「よ~しよしよし」

 いきなり頭を掻き混ぜるようにして撫でてくるような人なんて、この場じゃ一人しか居ない。

 名前を呼んでも、なんか楽しそうな声でよしよし言いながら、更にわしゃわしゃ~っと頭を撫で続ける。

 温かい手と肉球の感触はちょっと気持ちいいけど、ルーディアさんが完璧に整えてくれた髪がぐっちゃぐちゃになるううう……!

「サンシュクリット様」

「うん? おお、わりわりい、髪がぐちゃぐちゃだな!」

 ウェルバニーさんに名前を呼ばれて、サンシュは漸く手を止めてくれた。

 ううう、鏡もないし、これ、どうしよう?

 身だしなみなんて気を遣ってる場合じゃないときならいざ知らず、このままずっとぼさぼさ頭で進むのはちょっとなあ、と思う。

「大丈夫よ、アディ。私が直してあげるから」

「あ、ありがとう……」

 ああ、ヒールが居てくれて良かった。

 って、こんなことでしみじみ思っちゃいけないよな。

 心の中でそんなことを考えてるうちに、ヒールがさくさくと手早く髪を直してくれる。

 ルーディアさんの手付きとはちょっと違うけど、手際の良さは同じだなあ。

 手櫛で梳いて乱れた髪を直してくれるその感触は、ルーディアさんが丁寧に櫛を使ってくれるときより温もりを直に感じられて、なんだか安心する。

 彼女が着けてる手袋は薄手だから、ごわつく感じも少ない。

「さて、んじゃ行くか」

「え?」

 ヒールが髪を直し終えた丁度そのタイミングで、サンシュが声を掛けてきた。

 何処に行こうと言ってくれてるのか判らなくて、首を傾げた私に、サンシュはにかっと笑って親指をしゃくる。

「観劇に呼ばれた特別ゲストってのは、舞台が終わったあとに、楽屋まで挨拶に行くもんなんだよ」

「え、えええ……?」

 そ、そういうもん?

 いや、特別ゲストとして演者に呼ばれた人が、終わったあとに楽屋に挨拶に行くって話は判らなくもないけど、ここでそういう常識的な話、必要?

 いや、ある意味、粋な言い方、って感じなのかな?

「ま、他に行く当てもねえってのが正しい言い方か?」

 なんとなく納得しかけてたのに、サンシュはカラカラと笑いながら、身も蓋もないことを言ってくれて、なんか力が抜ける。

「おや、私が言うよりも先に、お気付きになりましたか」

「お前はよう……」

 ウェルバニーさんとサンシュの遣り取りに、更に力が抜けた。

 なんていうか、あの気分が悪くなる影絵物語を見て、変に入っていた力も、全部抜けた気がする。

 ひょっとしたら、私の無駄な緊張を解いてくれようと……いや、違うな、うん。

 二人の通常運転だ、これ。

「なんにしろ、先に進むしかないんだけど」

 くすくすと笑いながら二人を見ていたヒールが、穏やかな笑顔のまま、私を見た。

「もう少し休んでも大丈夫よ?」

 こんなわけの判らない異界で、それでも私のことを気遣ってくれる優しい笑顔に、反射的に首を振る。

「大丈夫だよ」

 実際のところ、ここに来てからは少し歩いて、影絵劇場を三つ、椅子に座って見てただけだから、体力的には全然問題ない。

「いい子ね」

 そう言って、ヒールはぽんぽんと私の頭を撫でる。

 素手で触れるサンシュと違って、『祝福』や『呪い』を奪うあの視界反転はない。

 だけど薄手の手袋から伝わってくる温もりは素手と近いもので、やっぱりほっとした。

 あの気分が悪くなる影絵劇場を見ている最中も、何度となくこの温度に救われたと思う。

 温度だけじゃなく、握られた強さと、それに籠められた彼女の感情にも。

「そんじゃ、行くか」

 もう一度サンシュに促されて、私は彼のほうを見た。

 勇ましい狼の顔に、慈しむような穏やかな笑みが浮かんでる。

 ……いやこれ、完全に弟妹っていうか小さい子供を微笑ましそうに見るアレだ。

 くそう、なんか恥ずかしい。

「アディ?」

「え? あ、だ、大丈夫、なんでもないよ」

 内心の動揺を、違う意味でヒールに汲み取られそうになって、私は慌てて手を振った。

 そりゃ確かに心労がないわけじゃないけど、この状況でまだ休まなきゃいけないほどじゃない。

 先に進むしか状況を変えられないみたいだし、私は足を踏み出した。



 影絵劇場の舞台裏。

 そんなところにどうやって行くんだろう、と思ってたら、サンシュは躊躇いもせずに下りた幕を持ち上げた。

 その奥にみんなで入ってみれば、舞台袖に暗い道が続いていたわけだけど、楽屋裏って普通はもうちょっと別の道がありそうなもんだよなあ。

 いやまあ、舞台袖からなら間違いなく楽屋を含めた舞台裏に行けるだろうから、細かいことは気にしなくていいか。

 真っ暗な空間に唐突に現れた舞台の奥に行くなら、確かにこの方法が確実だろうし。

 そんなことを思いながら、あの暗い空間を歩いてたのと同じ並びで先に進む。

 ヒールが灯してくれる魔法の光が、消えることなく歩ける程度の明かりを提供してくれた。

 舞台袖から繋がる道は石造りの簡素なもので、歩いて通る分には手狭ではないけど広いわけでもない。

 人が二人、擦れ違う時に肩がぶつからないように気を付けないと、と思うくらいなんだけど、それは飽く迄、私基準。

 人とはそもそも身体の作りが違うし、がっしりと大柄なサンシュやウェルバニーさんだと、一人で結構一杯な感じだ。

 のっしのっしって感じで進んでいくサンシュの背中を見ながら、ふと、これがリクだったらどうだろう? って思う。

 リクは人間族だけど身長は高いし、がっしりとした筋肉が全身を覆ってかなり大柄だ。

 サンシュとリクがここで擦れ違うのは、お互い身体を横にして気を遣わなきゃダメだろうな、と思う。

 なんか、想像するとちょっと微笑ましいな。

 頭の中でぼんやりとそんなことを考えながら、サンシュの背中を追う。

 それにしても、この逞しい背中は頼り甲斐があるなあ。

 あの暗いだけの空間を歩き続けた時も思ったことだけど、見るからに強く逞しく、がっしりとした背中は、前を歩いてくれるだけで安心感が凄い。

 同じように逞しいリクの背中にも、真逆なくらいに華奢なファービリアさんの背中にも、似たような安心感があったっけ。

 これはもう、骨格がどうとか、体格がどうとか、そういう話じゃない。

 先を行くことに慣れた人。

 先を行くことを定められた人。

 誰かを従え、誰かを護り、何処かに辿り着くことを宿命付けられた人だから、そう感じるんじゃないだろうか。

 四方領主たる人たちと、『英雄』の『祝福』を得た人。

 その差は、本質的にはあまり大きなものはないのかもしれない。

「おっと」

 ふと、サンシュが足を止めた。

 当然、私たちも足を止める。

「サンシュ?」

 大きな背中に声を掛けると、彼は軽く半身を捻ってこっちを振り向いた。

「ドアがあるぜ」

 行くか? とも、行こうぜ、とも言われなかったけど、そこから先に行くしかないって、私でも判る。

「うん」

 他に何ができるわけでもなく、私は小さく頷いた。

「楽屋裏にご招待……いや、突撃ってとこか?」

 そんな私を見ながら、サンシュは笑って前を向く。

 その視線を追ってみれば、ヒールが作ってくれた明かりの先、石造りの通路が続く途中に、横に逸れるような形で粗末な木のドアが見えた。

 ここで行き止まりなわけじゃない。

 脇道と言えばその通りだろうそのドアだけど、今まで脇道自体がなかったんだから、それは何かあるって思うべきところだと思う。

「行くぞ」

「うん」

 振り返りもせずに言うサンシュに、私はただ、小さく頷いた。

 だってそれしか。

 道がないから。



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