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創り人の箱庭  作者: サボ
第四章
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4-6『貧しい夫妻』

第四章

第六話『貧しい夫妻』



 白いスクリーンに映し出された草木の影は、作り物感が凄いのに、あまり不自然さを感じさせなかった。

 多分、影絵として自然だから、なんだろうか。

 そこに、ひと組の男女が現れる。

 その二人は、今まで見てきた人たちと比べて、明らかに痩せていた。

 影絵だから顔色までははっきりしないけど、きっと頬もこけてるんじゃないかと思うくらいガリガリだ。

『貧しい土地、貧しい村、貧しい民。生きる為の余裕など、何処を見回してもない生活でした』

 ナレーションの言葉で思い出すのは、蟲人さんたちのことだ。

 碌な水場があったのかも、私には確認できなかった砂漠の真ん中で、種を他に預けることもできず、自ら閉じこもった彼ら。

 『他にどんな道があったのか』と血を吐くような声で叫ぶ老人を、どうしても思い出す。

『生まれた子の半数は十歳になる前に死ぬこの村では、日々を生きるのが精いっぱいの夫婦など、当たり前の存在でした』

 そんな言葉を正しく想像するには、私の知識は貧弱過ぎた。

 過去もなく、今は恵まれ過ぎた環境で生活する私には、貧困が常である人の生活を想像することはできない。

『明日を生きる糧も覚束ない、そんな中で、夫婦は子を授かりました』

 痩せた女性の腹が、大きく膨らむ。

 その様子は最初の貧しい夫妻と似ていたけど、あの時よりも更に細くなった女性の腹がぼっこりと膨らむ様は、なんていうか、ちょっと痛々しく思えた。

『夫妻の子供は無事に産まれ、三人家族になりました』

 次の瞬間には女性の腹は元に戻って、小さな赤ん坊の影が増える。

 痩せこけた夫人に抱かれた小さな影は随分頼りなく見えるけど、それを抱いてる彼女のほうがもっと頼りなく見えた。

『ああ、つらい、つらい』

 すすり泣くような女性の声が、か細く響く。

『乳が出ない、乳が出ない』

 涙声は心の裏側に爪を立てるように、か細く小さいけれど確かに胸の奥に傷を残していく。

 生きることにすら貧窮してる母親だ、子供の為の母乳が出なくてもおかしくはない。

 だけど、そんな極限状態で子供を育てようとする人をやっぱり想像できなくて、なんだか居た堪れない気になる。

『夫婦は子が生まれても矢張り貧しいままで、子に与える為の乳を出すこともできずにおりました』

 ナレーションの声はすすり泣いていた夫人と同じものとは思えないくらい、感情自体を失くしたものだった。

 一人芝居って、こんな感じなんだろうか。

 白いスクリーンに映された家族が、蹲るように寄り添う。

 その様子は支え合おうとしているというよりも、前を向くこともできずに力尽きようとしているように見えた。

『やっぱり、俺たちには子供を育てる余裕はないんだ』

 男性に寄せた作り声が、ふり絞るように震えた声でそう呟く。

『う、ううっ……!』

 女性の声が、ただただ嗚咽を零す。

 赤ん坊の声はしない。

 スクリーンの中で、親子が小さく震えた。

『子を育てることを諦めた貧しい夫妻は、産まれた子を売ることにしました』

 ……はい?

 あまりにも馴染みがないナレーションの言葉に、私は目を瞬かせる。

 私は無意識に、この夫妻は子供と一緒に死んでしまうか、それとも子供殺してしまうかだと思ってた。

 だけど、貧しい夫妻が選んだのはそのどっちでもなく、子供を売るという選択だった。

 思わず周りを見回したけど、私以外の誰も動揺してる様子はない。

 なんか、さっきから私ばっかり動揺してる気がするけど、住んでた世界が違うから仕方ないってところもあると思う。

 私の中の記録だと、子供……っていうか人を売り買いするなんて、身近なものじゃなかったから。

『子を売って得た金銭は、夫妻が生涯を楽に過ごせるほどではとてもありませんでしたが、一年はそれまでよりも楽に暮らせるものでした』

 あっさりと赤ん坊を売ったことが流されて、スクリーンには子供の姿のない細い二人が映し出される。

 細いけど……それでも、今まで映し出されてた中で、一番健康的な気がした。

 そのことが、なんだか胸の奥を騒がせる。

『一年後、夫人は再び子を宿しました』

 ……はい?

 淡々としたナレーションに、私は目を瞬かせた。

 スクリーンには、またお腹の大きくなった夫人が映されている。

 これまでに比べて少し健康的になったし、今なら子供を育てられる、とか?

 そんな前向きな想像は、ヒールの手に力が籠ったことで否定された。

 正面を向いたヒールの横顔は、相変わらず真剣な騎士のもの。

 だけど、この手に伝わる力は、彼女が心の中で怒ってることの証。

 それを私に隠さずに伝えてくれることは、少しだけ嬉しいと感じた。

 ひょっとしたら、貧しい夫妻が何を思ってまた子供を作ったのか……それが私の想像もしてない理由だって、覚悟をさせようとしてくれてるのかもしれない。

『そうして産まれた子を、夫妻は再び売りました』

「は?」

 いや、流石に声が出たよ?

 声を出したのは私だけで、他の三人は表情もなくスクリーンを見つめてる。

 だけど、なんていうか。

 三人とも、怒ってるような気がする。

 みんな表情は変わってないけど、なんとなく、そんな気がした。

『そうしてまた一年は、多少の余裕がある生活ができました』

 淡々とした声に目を向ければ、夫人のお腹はぺたんこに戻っていて、子供の姿は何処にも見えない。

 さっきの時とは違って、産まれた子供を抱いた姿も、それを育てられないと嘆く姿もスクリーンには映らなかった。

『一年後、貧しい夫妻は三度みたび子を作り、そして売りました』

「え……」

 あまりにも淡々と告げられた言葉に、また声が出る。

 スクリーンの中で、夫人のお腹が見る間に大きくなって、そしてすぐにぺたんこに戻った。

『今度は一年を待たず、夫妻は子供を作り、そして売りました』

 いやもう、声が出ない。

 なんだよ。

 なんなんだよ、それ。

 それじゃまるで、売る為に子供を作ってるみたいなものじゃないか。

 ……いや、違う。

 『みたい』じゃなくて、まるっきりそうなんだ。

 貧しい夫妻は、自分たちがその日を生きる為に子供を作って、売り続けたんだ。

 そのあんまりな事実に、身体が強張る。

 売られていった赤ん坊たちは、いったいどうなったんだろう。

 さっきの話で、離婚された女性たちがどうなったか不安になったのと同じ。

 だけどきっと、この影絵劇場で赤ん坊のその先を見ることはないんだろう。

 なんだか、胸の奥がざわざわして気持ち悪い。

 う、と眉根を寄せた私の手を、ヒールが優しくぽんぽん、と叩いた。

 その温かな感触は、手袋越しでも私を安心させてくれる。

 ヒールは相変わらずスクリーンから目を離してなくて、こっちを見てはいない。

 何かあるときょろきょろ辺りを見回してしまう私と違って、他の三人はスクリーンから目を離すことがなかった。

 こんなわけの判らない状況で、それでも堂々としてるっていうか、揺らぐことがない。

 同じようにできない自分が情けなくも思えたけど、これはもう、経験と度胸の差だと思うことにした。

 強くなりたい。

 腕っぷしで敵うことなんてないだろうけど、せめて心はみんなと並べるようになりたいって思うけど、なかなか巧くいかない。

 私は手をくるりと引っ繰り返して、重ねられたヒールの手を握り締めた。

 恋人繋ぎみたいな形になってるけど、これってなんか安心する形だったんだなって、そんなふうに感じる。

『そうして何度も、何度も子供を作り、売りを繰り返した夫妻には、子ができなくなりました』

 聞こえたナレーションの声に、はっとして視線をスクリーンに戻せば、貧しい夫妻は寄り添いながら項垂れていた。

 人が生涯で産める限界数は判らないけど、頻繁に子供を作って産んでを繰り返すのは、女性の身体に大きな負担を掛けるだろう。

 個人差だってあるだろうし、自分が生きるのにも困るくらいの貧困層の彼女は、産後のダメージを回復するのに必要な栄養だって充分には得られないと思う。

 例え、産まれた子供をすぐに売り払うことで、生活の糧を得ていたとしても。

『産まれた子を売ることで生きることに慣れてしまった夫妻は、生活水準を元に戻すことができず、やがて自ら命を絶ちました』

 う、うわあ……。

 なんていうか……酷い。

 最初から最後まで、酷い。

 そんな感想しか出てこないまま、夫妻の消えた真っ白のスクリーンを見つめる。

 ヒールと繋いだままの手は、そのままの状態。

 また次の話がくるのかと思っていたけど、その予想は外れた。

 するすると音もなく、幕が下りてくる。

 意味不明な影絵劇場は、これにて終幕らしい。

 あの淡々としたナレーションの声さえ、何も告げなかった。

 でもそれは、始まった時も同じだった。

 始めも唐突、終わりも唐突。

 そんな影絵劇場が、終わったらしい。

 上がった時よりも重く見える幕を、私は何もできず、ただそれが白いスクリーンを覆うのを見つめていた。

 幕が完全に下りた頃、消えていたヒールの光球が、何事もなかったかのように戻ってくる。


ジリリリリリリリリリ!


 そして、開演を告げたのと同じベルの音が響いた。

 これって、多分終演の合図、だよね?

 そう思った直後。

 隣で、盛大な溜め息の音が聞こえた。

「はあ~~あ」

 思い切りだるそうな溜め息を吐いたのはサンシュだ。

 組んだ腕を片方持ち上げて顎を載せてる様子は、なんとも気だるげだ。

「胸糞(わり)い」

 ぼそりと吐き捨てたサンシュの横顔は、本当に嫌そうっていうか、不機嫌そうっていうか。

 今までずっと表情もなく舞台を見つめてるだけだったから、あの三つの影絵物語にどういう感情を抱いてたのかよく判らなかった。

 怒ってそうだなって感じることはあったけど、はっきりと言葉にも表情にも出さなかったから。

 だけど、やっぱりっていうかなんていうか、私と同じように嫌悪感を抱いていたらしい。

 領主としての目線だと、今の三つの舞台が珍しくなくて、普通に受け入れるものだったとしたら、なんか嫌だというか……ううん、なんて言えばいいのか、よく判らない。

 兎に角、眉根を寄せて、深い皴を眉間に刻んでるサンシュに、ちょっとほっとする。

「前んトコのもそうだけどよ、大樹の核ってのはやっぱ性格(わり)いな」

 もう一度深く溜め息を吐いて、サンシュは独り言みたいに呟いた。

 前のとこって、蟲人たちに生贄にされかけたアレの話だよね。

 あの時のことと比べると、ちょっとダメージの方向性が違うような気もするけど、この異界を作り出したのが大樹の核なら、確かに性格悪いって表現したくもなるよなあ。

 でも、サンシュが『やっぱり』って言うこれ、前回のことと比べてるだけの話じゃないような気がする。

「流石に口が過ぎましょう」

「そうでもねえだろ」

 苦笑を浮かべるウェルバニーさんに、サンシュは軽く肩を竦める。

「世の『呪い』を見てみろよ。性格いい奴がこんなぞろぞろエグイもんばっか作れるかっつの」

 ああ、そういえば『祝福』と『呪い』を授けるのって、大樹なんだっけか。

 誰にでも好かれる人は居ないし、誰からも嫌われる人も居ない。

 だから『祝福』だけの人も居ないし、『呪い』だけの人も居ない、って理屈なら、そりゃ授けてる大樹に人格があって、それがなかなかの性格をしてるって考えもありかあ。

 実際に大樹の核に会った私としては……ううん、会ったとはいえまともな会話もしてないから、いい性格してそうなのは博士のほうだ、と言いたいかも。

 第二層のここで、少しでも会話できるだろうか。

 大樹の核と話ができたら、どうしてバランスが崩れてるのかとか、なんで私が触れるとそれが治るのかとか、そういうこと、聞けるかもしれない。

 自分自身の正体っていうか、ここに来る前のことは、流石に判らないと思うけど。



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