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創り人の箱庭  作者: サボ
第四章
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4-5『繋げない男』

第四章

第五話『繋げない男』



 凄惨な場面を、リアルに見たわけじゃない。

 黒い人影と、どす黒い赤の染みが広がるのを見ただけだ。

 それなのに、酷く気分が悪くなるくらいの衝撃が、胸の奥にわだかまる。

「アディ」

 聞こえたヒールの声に、視線を向けた。

 上質なアメジストを連想させる深い紫色の瞳には、私への心配がありありと浮かんでいる。

 心配を掛けるのは申し訳ないと思うのに、その目を見ると何故だか少しほっとした。

「大丈夫」

 繋がってる手をぎゅっと握り締めて、私は小さく頷く。

 無理にでも微笑わらおうとしてみたんだけど、きっと無様なものにしかならないって思い直した私の表情は、多分、とても『大丈夫』には見えなかっただろう。

「うん」

 だけど、それでもヒールは何も言わずに、小さく微笑んで強く手を握り返してくれた。

 無理に今の私の心の中身を引き出すわけでもなく、ただ頷いてくれるのが、彼女の優しさでもあるんだろう。

 今はただ、その優しさが嬉しい。

 私は小さく息を吸い込んで、正面を向く。

 スクリーンはいつの間にか、何も映さない白一色に戻っていた。

『ある時代、ある町に、思い悩む貴族の男がおりました』

 また淡々とした音に戻った女性の声が、そう告げる。

 白いスクリーンに、今度は一人の男性の影が映し出された。

 彼は椅子に腰掛け、頭を抱えている。

『ああ、何故』

 声はさっきから聞こえる、語り部の女性のものだろう。

 ファービリアさんみたいに、女性と男性で完全に声が違うっていうわけじゃなく、女性が男性を演じていると判る声だ。

『何故、何故、何故。何故、私には子ができぬ』

 嘆きをひしひと感じさせる、少しだけ掠れた声。

 項垂れる男性は、自分に子供ができないことに悩んでるらしい。

 思わず、視線がちらりとサンシュに向かった。

 彼の『呪い』は、『種の根絶』。

 短命な代わりとばかりに子沢山な獣人族の長でありながら、自分の子を授かることがない人。

 そんなサンシュが今の言葉を聞いて、何か表情を変えるんじゃないかと思ったんだけど、その予想は外れた。

 正面から当たる白い光に淡く照らされたサンシュの横顔は、さっきまでと何も変わらない。

 いつも通りの彼の横顔に、私は内心でほっと息を吐く。

『私は、子を成さなくてはならぬというのに』

 続けられた言葉に釣られて、視線を正面に戻した。

 スクリーンに映し出された影はさっきと変わらず、項垂れた男性がただ嘆きの言葉を紡いでいる。

『私の血を、残さねばならぬのに』

 ……血って、そんなに大事なものなんだろうか。

 深い嘆きを感じる声に、同情できればいいのかもしれないけど、私にはそれができそうにない。

 自分の過去を知らないだとか、そもそもの性別があやふやなせいで我が子のことなんて想像もつかないだとか、そういうのを抜きにしても。

 自分は自分だけだし、他人は他人だけだし……いや、なんて言えばいいのか判らないな。

『彼はとある町に住む、貴族の当主でした』

 不意に挟まれたナレーションは、さっきまでの嘆きなんて何処を探しても見当たらないくらい、淡々としていた。

『伯爵の爵位を授かり、代々その町を治めておりました』

 伯爵ってことは、爵位の中じゃ真ん中くらいだっけ?

 なんか、私の周りの人たちが雲の上過ぎて感覚がおかしくなりそうだけど、結構な上流階級ってことだよな。

 確かカリスの家が男爵家で、『庶民に毛が生えた程度』とか言ってたっけ。

『彼の弟妹は子を授かりましたが、当主たる彼だけは、妻との間に子が授かりませんでした』

 なんだ、他に血を繋げる人が居るんじゃないか。

 ナレーションを聞いて思ったのは、そんなことだった。

 だって、血縁で継承されるものなら、当主本人の血じゃなくてもよくないか?

 女性が当主になれないっていう風潮があったとしても、さっき『弟妹』って言ってたから、少なくとも弟が居て、その人には子供が生まれたんだろう。

 なら、その子を次代の当主にすれば、伯爵家はそのまま続くんじゃないのか?

『ああ、何故、何故』

 声はまた、嘆く男性のものに変わった。

『ああ、ああ、ああ、そうか、そうなのか』

 不意に、嘆き以外の感情が、その声から伝わってくる。

『我が妻が。あれが。あの女が悪いのだ』

 は?

 い、いや、確かに子供を授かりにくい女性が居るのは確かだと思うけど。

 一足飛びに、そういう結論になるもんか?

 椅子に座って項垂れていた伯爵が立ち上がり、大きく両手を広げた。

 騒ぎを聞きつけてきた、っていう感じで、画面の右端から女性の姿をした影が現れた。

『離縁だ! 離縁だ!!』

 大きな声に驚いたように、現れた女性が口元に手を当てる。

 あれはひょっとして、伯爵の奥さんか?

『離縁だ! 離縁だ! 他の女を、子を産める女を我が妻に!!』

 最低だな。

 いや、歴史的な背景やこの人の境遇を詳しく知らない私がこんなことを思うのは、間違ってるのかもしれないけどさ。

 だけど、この台詞をこのテンションで言うのは最低だろう。

 嫌悪感が顔に出てるのを自覚しながら、それでも影絵の舞台に物申せるわけでもないから、黙って正面を見つめ続けた。

『そうして伯爵は妻と離縁し、別の女性を妻としました』

 そんなナレーションとともに、右端から何人かの衛兵らしき影が現れて、奥さんらしい影を連れ去ってしまった。

 そしてまた、別の女性の影が現れる。

『しかし、新しい妻との間にも、子供を授かることはありませんでした』

 そのナレーションのあと、男性はまた椅子に座り、項垂れた。

『何故、何故、何故なんだ!!』

 そうしてまた、彼は立ち上がって両手を広げる。

『離縁だ! 離縁だ! 他の女を、子を産める女を我が妻に!!』

 デジャヴと呼ぶには流石に短過ぎだろ、このスパン。

 ついさっき見たのと同じように、右端から奥さんが現れて、衛兵に連れられて消えて、そして別の女性が現れる。

 これが実に五回繰り返された。

 いやもう、原因お前だよ。

 誰かの策略で、子供を産めない女性を五人選んで宛がわれたって可能性より、伯爵自身に子供が作れない原因があるって可能性のほうが高いだろ。

 それでも自分が原因であることを認めたくないのか、そもそもそういうこともあるっていう常識がないのか、スクリーンの中で彼は椅子に腰掛け、頭を抱えた。

『何故、何故、何故……!』

 胸の裏側を引っ掻かれるような、悲壮さしかない声だった。

 やってることは滅茶苦茶だと思うし、何故もくそもあるかいって思いはするけど、彼の嘆きが深いことも伝わってくる。

 髪が乱れて、最初よりも明らかに痩せて見える影からは、彼がすっかり憔悴しきってることも感じられた。

 まあそれでも、影絵の伯爵に同情する気持ちは、あんまり湧いてこなかったけど。

『こうしてとある伯爵は、失意のうちに亡くなりました』

 急に現実に引き戻されるような淡々とした声がそう告げたあと、影の男性は前のめりに倒れ、そうして消えた。

『何人もの女性を不幸にした伯爵家は、弟が次代を担い、今もまだ続いています』

 ただ事実だけを告げているだろうその言葉に、恐怖なのか怒りなのか、よく判らない感情が身体を走り抜けていく。

 私の中にある常識じゃ、ただの嫌悪の対象にしかならない話だけど。

 ちらりと見回した三人の顔には、特になんの表情も浮かんでいなかった。

 これって、この世界の常識なのか?

 貴族は『当主』の血を継承することが何より大事で、何をしても良くて、その結果不幸になる人が何人出ようと関係なくて、挙句の果てにその『当主』が別の人になったら何事もなかったように続くのが、この世界の貴族なのか?

 あの五人の女性はどうなった?

 また白くなったスクリーンは何も教えてくれないけど、伯爵に切り捨てられた女性は、あれから真っ当な人生を歩めたのか?

 みんな、それが普通だと思ってるのか?

 そんなの。

 そんなの、なんか。

 気持ち、悪い。

「……」

 ふと、手に痛みを感じて目を瞬かせる。

 痛みを感じてるのは、ヒールと繋がってる手だ。

 彼女は微かに震えるくらいに強く、私の手を握っている。

 表情は、いつもと変わらない……いや、任務中の真剣な顔のまま、変わってないって言うべきか。

 だって私が知ってる『いつものヒール』は、ころころと表情をよく変える、ごく普通の女の子だ。

 ……ああ、そっか。

 ヒールは今ここで、私と同じように素直な感情を表に出せないんだ。

 彼女は陛下付きの近衛騎士として召し上げられて、貴族だらけの場でも渡り合えるだけの訓練をされてきた。

 その中には、下町で生まれ育った彼女とは違う常識を目の前にしても動じない、なんていうものもあっただろう。

 だから、表情は変えない。

 だけど、どうしても嫌悪を感じる場面はある。

 下町出身の彼女自身を貶める言葉だって、何度も掛けられてきただろう。

 その度に、彼女はきっと、表情を変えない代わりに、手を握り締めていたんだ。

 強く、強く。

 指が真っ白になるくらいに強く手を握り締めて、それでも表情は微塵も動かさないように。

 私は空いてる手をそっと伸ばして、ヒールの手を上から包み込んだ。

 はっとして、ヒールが私を見る。

 急に触れられたことに驚くその顔を、私は微笑わらって見つめた。

 私の手に隠れた白い手が、手袋越しに少し震えるのが伝わってくる。

 それから、強く籠められていた力が抜けていった。


『ごめんね、ありがとう』


 声を出さずに、はっきりと口を動かして伝えられた言葉。

 読唇術なんて使えない私でも、ちゃんと判るようにしてくれたんだろう。

 優しく微笑んで柔らかく私の手を握り直したヒールは、また正面を向いた。

 その顔にはさっきまでと同じように、真剣な表情が浮かんでいる。

 その切り替えの鮮やかさに、胸の奥が少しだけ痛んだ。

 ヒールはどうして、騎士になったんだろう。

 騎士として有用な『祝福』を授かってたってことは、勿論あるんだろうけど。

 だからって、絶対に騎士にならなきゃいけないわけじゃないだろう。

 騎士で居るからには、自分の感情を表現しちゃいけないことも多いし、そもそも縁のなかった貴族特有のあれやこれやも飲み込まなきゃいけないと思う。

 その苦労の欠片くらいしか想像もできないけど、普段との表情の差に、無理を感じてしまった。

『遠い昔の、とある種族のお話です』

 不意に聞こえた表情のない声に、急いで視線を正面に向ける。

 真っ白だったスクリーンに、草木らしい影が浮かんでいた。

 ああ、なんだか気が重い。

 きっとまた、気分が悪くなる物語が上映される。

 そう感じながら、それでもスクリーンから目を離すことはできなかった。



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