4-3『暗がりの先にあったもの』
第四章
第三話『暗がりの先にあったもの』
ヒールの頭上に浮かんでいた光球は、彼女が魔法で作り出したものだった。
ヒールは水属性の魔法に長けてるけど、それ以外の属性の魔法が全く使えないわけじゃない。
魔術師としての素質が低いリクだと、使える魔法は雷属性の、しかもレベルの低いもの限定らしいんだけど、魔術師としての素質が高いヒールは複数の属性の魔法が使えるっていう話だった。
全部合わせると片手じゃ足りないくらいの属性がある魔法だけど、幾つかの属性を複数使える魔術師は、そう珍しいことじゃないらしい。
だけど、全ての属性を使いこなせる魔術師は、過去を遡ってもほんの数名って話だ。
まあ、そりゃそうだな、と、魔法を知らない私でも思う。
例えば100m走と200m走の二つを得意とする人が居るのは判るけど、同じ陸上競技でも100m走とマラソンと砲丸投げが得意です、なんて人は想像できないってのと似た感じかな。
「前のところもそうだったって聞いてるけど、魔法が使える場所で良かったわ」
「そうだな」
ちらりと光球を見遣って言うヒールに、サンシュは小さく溜め息を吐く。
サンシュはそもそも魔術師の素質がないって聞いてるから、魔法が使えない状態でもあんまり不自由はしないだろうけど。
「魔法が使えない世界で、魔法石が使えるとは思えねえからな」
続けられた言葉に、ああ、やっぱり、と思う。
もしも魔法石が使えない異界だったら、ウェルバニーさんがどうなってたか。
「本当に良かった……」
「ありがとう御座います」
心の底から呟いた言葉に、ウェルバニーさんが穏やかに微笑む。
「あ、えっと、どういたしまし、て?」
なんて答えるのが正解なのか判らなくて、なんとも間の抜けた返事になってしまった。
そんな私の様子がおかしかったんだろう、サンシュとヒールはくすくすと笑ってる。
「はい」
だけどウェルバニーさんは相変わらず穏やかで優しい笑みを浮かべて、静かに頷いた。
な、なんか、居た堪れないな……!?
どうにも居心地が悪くて、なんとなく視線をあちこちに彷徨わせた。
「……?」
ヒールが作ってくれた光球が照らしてくれる先、その光が辛うじて届く場所に、何かが見える。
それがなんなのか判らなくて、目を凝らした。
「どうした?」
そう言いながら、サンシュは私の視線を追って目を細める。
「なんだ……? 椅子、か?」
「椅子?」
私には『暗闇の中に何かがある』程度にしか認識できなかったけど、サンシュはそれが何か判ったらしい。
「そのようですが……複数、あるように見えます」
ウェルバニーさんも目を凝らしながら、呟くように言った。
「少し待ってくださいね」
ヒールはそう言ってから、何事か小さくぶつぶつと呟き始める。
その声は凄く小さくて、何を言ってるのか私には聞こえなかった。
そのまま、ヒールは斜め上を指差す。
「『ライト』」
最後にそれだけはしっかりと聞こえた、と思った途端、斜め上を指差した先に、幾つかの光球が生まれた。
その一つ一つはそれまで浮かんでいた光球と同じくらいの輝きだったけど、幾つも生まれたそれは私たちの視線の先を広く照らしてくれた。
辺りの闇が深過ぎて、昼間のようとは言えないけど、マダムの店くらいの明るさになったわけだけど。
「……はい?」
目の前に広がる光景に、私は目を瞬かせる。
私たちの視線の先に広がってるのは、幾つもの椅子の列だった。
木製の椅子が、こっちに背を向ける形で淡々と、整然と並んでる様子はなんとも異様だ。
「え? 何これ?」
自分が作った光球が照らす先を見ながら、ヒールは眉を顰める。
「なんつうか、気持ち悪いな」
どストレートなサンシュの感想に、私は何度も頷いた。
暗闇の中、ずらずら等間隔で並んでる椅子ってのは、なんとも薄気味悪いものだ。
「先に進んでみましょう」
「おう」
ヒールの言葉に、サンシュは躊躇いもせず頷く。
この真っ暗な空間で、正しい『先』がどっちなのかはよく判らない。
だけど、椅子が全部向こうを向いて並んでるってことは、そっちの方向に何かがあると考えたほうが自然だ。
先に歩き出したのはサンシュで、それに続くようにヒールに促されて私。
一番後ろはウェルバニーさんが務めてくれる。
前の異界だと私とリクが一番後ろだったけど、それは多分、同行してくれた騎士がリクだったからだろう。
逞しい獣人二人に護られる形で進んで行くんだけど、景色はあまり大きく変わらなかった。
背景はただただ漆黒で、並んだ椅子も変わらない。
いったいどれくらいの数の椅子が並んでいるのか。
どれだけ進んでも景色が変わらないっていうのは、前の異界で砂漠を歩いた時も同じだったけど、その時よりもずっと不気味さが強い。
やっぱり、暗いっていうだけで怖さは増すものなんだな。
いやまあ、変わらない景色が自然のものじゃなく、意味不明だっていう点が一番の問題なんだろうけど。
そんなことを思いながら、どのくらい歩いただろう。
「うん?」
不意に、先頭を歩いてたサンシュが立ち止まった。
後ろを歩いてた私たちも、同じように足を止める。
「なんかあるな」
独り言みたいに呟いてから、サンシュはちらりとヒールを振り返った。
「ヒール、光を……そうだな、この椅子二十列先に飛ばせるか?」
「はい」
ヒールは頷いて、軽く指を動かす。
幾つか浮かんでいた光球が、一つだけ近くに残って、他の全部が先のほうに進んでいった。
暗過ぎて本当に二十列くらい先に進んだかどうかは判らないけど、不意に今まで見ていたものとは違うものが浮かび上がる。
「舞台……?」
ぽつんと、そんな言葉が零れ落ちた。
薄暗い中で浮かび上がったのは、一段高くなったステージと、その奥を覆い隠すような幕。
相変わらずよく判らない私の中の記録の中で、一番近いものは演劇を見せてくれるような舞台だった。
「そのようです」
この世界でも同じような娯楽があるらしい、私の呟きを、ウェルバニーさんが静かに肯定してくれる。
この先に舞台があるなら、ずらずら並んだ椅子も納得がいく。
これは、観覧席だ。
これだけ並んだ席の最後尾に座って、あの舞台が見えるとは思えないけど、私の記録の中にあるオペラグラスの代わりになるような魔法グッズがあるかもしれない。
「気持ち悪いトコだけどよ、取り敢えず、行くしかねえよな」
この状況を最初に受け入れて、即座に次の判断を下したのはサンシュだった。
「俺たちに見て欲しい舞台があるってことだろ?」
この場がどういうものであるのか。
何を望まれているのか。
そういったものを真っ先に把握する能力は、ファービリアさんにも感じたものだった。
『場の支配』。
生まれる前から上に立つ者として宿命付けられた人だけが持つ力だと、私は思う。
「うん」
ヒールやウェルバニーさんが返事をする前に、私は頷いていた。
ここで立ち止まってても、何も始まらないし、何も終わらない。
『大樹の核に触れる』という目的がある私たちには、立ち止まってる意味はない。
「いい度胸だ」
に、と私に笑い掛けて、サンシュは再び足を進めた。
誰もそれを止めることはなく、私たちは真っすぐに、舞台のほうに進む。
近付けば近付くほど、どう見てもそれは演劇の舞台だった。
艶のある茶色の舞台と、その奥を覆い隠すような深い紫色の幕。
それを見守るように並べられた、数多い椅子。
これで正面の舞台だけが明るく照らされていれば完璧だとも思ったけど、幕の下りた状態なら今の状態が正解のような気もした。
「さて」
並べられた椅子の最前列に辿り着いたサンシュは、ちらりと舞台を見てから更に足を進める。
舞台に対して最前列のど真ん中まで進んだサンシュは、躊躇うことなくどっかりとその席に腰を落ち着けた。
「何をやるのか、見せて貰おうじゃねえか」
腕と足を組み、幕の下りた舞台を見据えるその姿は、偉そうっていうか尊大っていうか、なんとも言えない雰囲気だ。
場を支配する力を持つサンシュに、反論する人は誰も居なかった。
もしここにファービリアさんが居れば、幾らか反論したかもしれないけど。
……なんか、その様子が目に浮かんでしまって、ちょっと笑ってしまう。
ってまあ、そんなことは今は関係ないか。
誰に促されるまでもなく、私は躊躇いなく足を踏み出した。
真っすぐにサンシュの横まで足を進めて、その隣に腰を下ろす。
並べられた椅子はひんやりとしていて、いつも王宮で座るソファーや席とは違う、硬い感触だった。
その冷たさがぞっと背筋を駆け抜けていったけど、ぐっと堪える。
この程度のことで騒ぐのは申し訳ないっていうか、なんていうか。
そんな私の薄っぺらい矜持を汲んでくれたのか、サンシュは何も言わずに私の頭をぐしゃぐしゃと撫でてくれる。
手袋もしていないその手が触れると、私の視界は一瞬、白黒に染まった。
触れていれば『祝福』も『呪い』も消えると判っていながら、それでもサンシュはすぐには手を離さない。
異界に居るというこの状況で、『呪い』は兎も角『祝福』が消えることは避けたい自体だと思うのに。
「いいな。ほんとにお前は、いい度胸してる」
「そ、そうかな?」
私の頭を撫でながら笑うサンシュに、私は小さく首を傾げる。
自分がいい度胸してるなんて思ったことないから、そう言われても素直に受け取れない。
「おう。胸張っていいぜ」
に、と笑うサンシュに、私は曖昧な笑みを向けることしかできなかった。
続




