表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
創り人の箱庭  作者: サボ
第四章
73/137

4-1『先へ』

第四章

第一話『先へ』



 またここに来たなあ。

 地下と言われて『そうだろうな』と頷きたくなる漆黒と、『いや地下だよね?』って言いたくなる白銀の大樹を目の前に、なんとなくそう思う。

 目の前には、地下でも大きく枝を広げる、中央の大樹。

 それと、そろそろ見慣れてもいいはずなのに、いつ見ても壮観だなって思う、お偉いさんたちの群れ。

「アディ」

 あと少しでその壮観な人たちと合流するってところで、ヒールに呼ばれた。

「怖い?」

 私が返事をする前に、隣を歩く彼女が小さく首を傾げる。

 怖いかと訊かれれば、多分私は、ずっと怖いんだと思う。

 まともな記憶はないし、それなのに記録はあるし。

 意味の判らない力はあるし、世界のバランス云々なんていう大仰なものは背負わされるし。

 挙句の果てに自分の身体は両性具有で、曖昧にも程がある存在。

 それで心の底から怖くないなんて言える人が居たら、お目に掛かってみたいと思う。

 思うけど。

「怖いけど、大丈夫だよ」

 だけど、私の周りには、その恐怖を拭ってくれるだけの人たちが居るから。

 貴方もその一人だと思ってるから、そう言えた。

「いつもいい子ね」

 ヒールはそう言って、私の頭を撫でてくれる。

 『いつも』と言うなら、私にとってはこの温かい手や優しい言葉、穏やかな表情がいつも通りで、そうであることが嬉しい。

 ほんと、こういう人たちに喚ばれて良かったなあ。

 そもそも喚ばれたことを恨まないのかと訊かれても、ここに来る前のことを憶えてないせいもあって、恨むとかなんとか、そういう感情は湧いてこないんだよね。

 これがもし、元の世界の記憶があって。

 その記憶がとても倖せなものだったら。

 私は、誰も恨まずに居られただろうか。

 みんなが言うような『いい子』でいられただろうか。

 自信は……ないな。

「さ、行きましょう?」

「うん」

 ヒールに促されて、私は先に進む。

 因みに、マダムから貰った念話の魔法石は、今ここにはない。

 あの日、マダムのお店からの帰り道、みんなに『マダムみたいにアクセサリーの形にしておいたほうが、失くす心配がなくていいんじゃないか』って言われたんだ。

 それは確かにそうだけど、そこまでして貰うのも悪いんじゃないかって言ったんだけどさ。

 あの魔法石、実は郊外ならお屋敷の一つくらい買えるくらいの値が付くものだって言われてしまった。

 そりゃ安いものじゃないんだろうなとは思ったけど、まさか家じゃなくて屋敷が買えるくらいの価値があるとは想像もしてなくて、大人しくリクに魔法石を預けたよね。

 そりゃあ騎士様三人が驚くだけある。

 マダム……貴方、何ものなんだよ……。



 少し前、私はこの銀色の大樹の枝に引っ掛かってた。

 それ以前の記憶を何も持たず、自分が何ものであるのかも、この身体に男女の両方が備わっていることすら気付かずに。

 それから少しあと、異界の一層に行く為に、この場に立った。

 そして今、第二層の異界に行く為に、またここに立ってる。

 何度ここに立っても、どれだけこの世界のことを知っても、私にはまだ、なんの覚悟もできてない気がした。

 強くなりたいって、そう願っても。

 人の心は、そんなすぐに成長してくれない。

「よう!」

 私の真正面に立って、サンシュが朗らかに片手を上げた。

 きらきらと輝く銀色の大樹の光を受ける姿は、ただ素直にかっこいいなあって思う。

「足手纏いになると思うけど、宜しくね」

「何言ってんだお前は」

 思ってるそのままのことを言ったら、サンシュは心底呆れたって顔をした。

「お前が戦う必要なんて、何処にもねえんだよ。なんの為に俺たちが居ると思ってる?」

 なんの為って……そりゃ、稀人は何を差し置いても護られるべき存在なのかもしれないけど。

 でも、それをこの世界に二人と居ない領主様自らがしなくちゃいけないこの状況は、普通じゃないような気がする。

「いいか、アディ? 俺たちはそういう道を選んだんだ。この世界のお偉いさん全員が揃って、そう決めた。だからお前は、何も気にしなくていい」

 にい、と笑って、サンシュはそう言ってくれた。

 真っすぐに、偽ることなく届く言葉が確かにあるんだと、この人を見てると感じる。

「……うん、ありがとう」

 心が少しだけ、軽くなった気がした。

 だから、素直にお礼を言う。

 貴方が私を想ってくれてること。

 みんなが私を想ってくれてること。

 少しだけ、判った気がする。

「ご安心を、アデリシア殿。私共が必ずお傍に」

 そ、と静かにサンシュの隣に立つウェルバニーさんも、銀色の光を受けて凄く綺麗だ。

「は、はい……ありがとう御座います」

 そう答えれば、ウェルバニーさんは静かに微笑んだ。

 獣人族の方々は人間と姿形が全然違うけど、それでも表情とか雰囲気とか、そういうものは変わらないんだって、改めて感じる。

「アディ」

 静かで穏やかな陛下の声が、私を呼んだ。

 声のするほうを見れば、いつも通り、ただただ静かな笑みを浮かべる陛下が居る。

「君のことは、必ず彼らが護ってくれる」

 『お茶でも飲んで行かないかい?』とでも言われてるような気軽さで言われる言葉の内容は、とてもそんな穏やかなものじゃなかったけど。

 それでも、平時とは違うそれを受け入れるだけの何かが、自分の中で芽生えた気がする。

「私自身のことは、気にするだけ無意味だって、判りました」

 私は稀人で、この世界の誰より護られるべき存在だってことは、自覚してる。

 どんなに実感がなかろうと、この世界の皆様がそう思っていることは、よく判ってる。

 その覚悟でみんなが私を迎えてくれたんだってことも、サンシュの言葉で判った。

「だけど私は、自分以外の誰も、傷付いて欲しくないんです」

 私を囲う人たち。

 彼らが例え、私をただの道具という意味で護ろうとしてくれてるんだとしても、それでもその人たちが傷付いて欲しくはない。

「その辺も気にすんな!」

 私に応えてくれたのは、陛下じゃなくサンシュだった。

「俺たち獣人族は、他の奴らより戦闘能力がたけえ。俺もウェルも、ここに居る誰にも遅れなんざとらえねえよ」

 がっしりとした腕を組んで胸を張るサンシュは、正に威風堂々という言葉を形にしたような雰囲気だ。

 その脇に立つウェルバニーさんからも、剛毅な主を支える曇りのない強さを感じる。

 人の強さとか、弱さとか。

 そんなものを見た目で感じるような神経が、元々私に備わってたかどうか、それは判らない。

 だけど、この世界の人たちを見てると、そういう感覚が少しずつ養われていくような気がした。

 本当に強い人たちを見てると、目が肥えていくのかもしれない。

「アディよ」

 す、と歩み出て来たのは、いつも通りの豪奢なドレスを身に纏ったファービリアさんだった。

 前にここで会った時は、私と同行する為に騎士服に近い姿だったっけ。

 あの格好もよく似合ってたけど、ファービリアさんはやっぱり煌びやかなドレスのほうが似合うなあ。

「此度、余はそなたと共には参れぬ」

 静かに近付いてきたファービリアさんは、そっと両手を伸ばして私の頬に触れる。

 艶やかな手袋越しの温もりは、私の心を穏やかに包んでくれた。

「不安じゃろうが、サンシュクリットは余に劣りこそすれ、並の猛者などに遅れることはない」

「誰が誰に劣るっつうんだ」

 ファービリアさんのあまりと言えばあまりの言葉に、サンシュ自身がすかさず突っ込んだ。

 だけど、ファービリアさんはちらりともそっちに振り返らず、ただただ優しく私に微笑む。

「案ずることはない。サンシュクリットは必ずそなたを護り、己も護る。例え誰の身に傷が付こうとも、頼もしき騎士がそれを癒す。絶対に、じゃ」

 月の光を閉じ込めたような銀色の目に宿るのは、ただただ穏やかで優しい光。

「判るな?」

「あ……は、はい」

 反射で頷いた私に、ファービリアさんは蕩けそうなほど甘い笑みを浮かべた。

 し、心臓が煩い……!

 身体中の血液が顔に集まって、真っ赤になってると思う。

 完成され過ぎた美は、ただそこに在るだけで見る人の鼓動を早めるらしい。

 傾国の美女って言葉があるけど、ただ美しいだけで国が傾くなんて想像もできなかった。

 だけど、この人を見ると判る。

 この笑みを向けられたい。

 その目に自分を映して欲しい。

 ただそれだけの為に、自分の持てる全てを差し出して構わないと思えるほどの美しさってのが、この世には確かに存在するんだ。

「宜しい」

 ふわりと微笑んで、ファービリアさんは私から手を離した。

「お前は側室でも作るつもりかよ?」

「何を申す」

 呆れた声のサンシュに、更に呆れた声でファービリアさんは返す。

「妖精族に側室の習慣はない。それ以前に、余がクレア以外を見るなど、有り得ぬ話よ」

「……!」

 急に話題に出されたクレアさんは、びくりと肩を揺らしたけど、ぎりぎり声を閉じ込めたみたいだった。

 顔、真っ赤だけど。

 多分私も、まだ真っ赤なままだろうけど。

 言いたいことを言いたいだけ言って、ファービリアさんはくるりと踵を返す。

 周りの人たちの、『あ~あ』って視線が、ちょっと痛い。

 だけど、改めて判ったことがある。

 私一人だったら何度命を落としたか判らないあの異界での出来事を、本気を出すまでもなく凌ぎきったファービリアさんが認めるほどの戦力と。

 例え傷を負ったとしても、死んでさえいなければ癒してみせると豪語できるだけの『祝福』を持つ騎士が、一緒に行ってくれるんだって。

「……うん」

 一つ、頷く。

 敢えて、声を出して。

「大丈夫」

 独り言みたいに呟いて、顔を上げる。

 大丈夫、大丈夫。

 お守りの呪文みたいに、何度も心の中で繰り返す。

 リクが私に、『大丈夫だ』って言ってくれたときみたいな安心感には程遠いけど。

 それでも繰り返すことで、少しだけは強くなれる気がした。

「大丈夫です。行きましょう」

 行くしかない。

 進むしかない。

 私はその為にここに居る。

 そう強く思うことでしか、足を踏み出すことも、真っすぐに立っていることすらできない。

 自分がどうしてここに喚ばれることになったのかだとか。

 どうして世界の先を左右するような存在になっちゃったのかとか。

 そんなこと、考えるだけ無駄なんだ。

 だって、答えは何処にもない。

 だから。

 先へ、進む。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ