3-20『マダムからの贈り物』
第三章
第二十話『マダムからの贈り物』
次の異界行きが決まった翌日の夜、私はみんなにマダムの所に連れてきて貰っていた。
ずっと王宮の中に居るのも飽きるだろうって気を遣ってくれるのは嬉しいし、ここに来ることでみんなも気が休まるならそれも嬉しい。
前と同じように、酒場に来るには早めの時間だからか、店内には私たち以外のお客さんは居なかった。
あの時と同じように、ゴリゴリに女装したヒュージさんみたいなマダムに熱烈な歓迎を受けて、なんとなくほっとする。
この人は、私の正体を知らずに、それでも優しく接してくれる。
『稀人』だから歓迎してくれるんじゃなく、お客さんだから歓迎してくれる、普通の店主さんだ。
……いや、看板娘、だっけ?
「また来てくれて嬉しいわあ」
どうでもいいことをぼんやり考えてた私に、にこにこ笑ってマダムがそう言ってくれた。
「私も、また会えて嬉しいです」
シンプルに会えて嬉しい人だから、と思ってそう言えば、マダムは目を大きく見開いて、手を打ち鳴らす。
「ほんっとうに可愛い子ねえ!」
「マダム、今日はアディを締め落とさないでくれ」
目を輝かせるマダムに、リクが静かな声で言った。
あの時の熱さと苦しさを思い出して、つい身体に力が入る。
「やだ、もうやらないわよぉ!」
そんな私たちに、マダムは豪快に笑って手を振った。
「アディに恋愛相談とかされちゃったら~、あまりの可愛さにやっちゃうかもしれないけどね!」
バチン! と音がしそうなくらいのウィンクを向けられて、私はどう反応していいのか判らなくなった。
マダムの強力なウィンクのせいもあったけど、言われたことの内容が想像もしてなかったことだったから。
れ、恋愛相談って……恋愛相談?
私が誰かを好きになって、それについてマダムに相談するってこと?
そんなこと、有り得る?
「やだ、その気持ち、ちょっと判るかも……」
「なんでお前とマダムが同じこと言ってんだよ……」
ぽつりと呟いたヒールに、カリスが溜め息を吐いた。
「だって、いつも素直で聞き分けのいいうちの子が、誰かを好きになって困ってるとか言ってきたら可愛いくない!?」
「そーよそーよ!」
「だからなんで団結してんだよ」
拳を握り締めて力説するヒールに、マダムが同調してる。
そんな様子を見たカリスは、もう一度深々と溜め息を吐いた。
ちらっとリクを見たら、なんか神妙な顔してグラスを見つめてる。
どうかしたのかな?
みんなのグラスには、マダムが用意してくれた美味しいノンアルコールカクテルが注がれてる。
それが口に合わなかったっていう雰囲気でもなかったんだけど。
ヒールとマダムの遣り取りに呆れてるって感じでもないし……いやでも、他の人たちが気にしてないみたいだから、あんまり気にしなくてもいいのかな?
カリスもヒールも、私なんかよりずっと視野が広い。
きっとリクが神妙な顔してグラスを見つめてることくらい気付いてると思うんだけど。
「ああ、そうだわ、アディ」
「え、あ、はい?」
ふとマダムに呼ばれて、顔を向ける。
「貴方にあげたいものがあるのよ」
にっこり笑ってそう言って、マダムはごそごそとカウンターの下を探った。
「わ、私に、ですか?」
何をくれようとしてるのか想像もつかなくて、私は戸惑いながら首を傾げる。
ここに来たのは一度だけで、楽しくお話をした記憶はあるけど、欲しいものがあるとか足りないものがあるとか、そういう話はしなかった。
「そうよ~。次に来てくれたら渡そうと思って用意してたの。はい、これ♪」
カウンターの下から何かを取り出したマダムは、にっこり笑ってそれを私に差し出してくれる。
ヒュージさんによく似た、厚みのある大きな手の平に載せられてるのは、雫の形をした透明感のある水色の石だった。
大きさはマダムの親指の爪くらいで、店内の薄暗い照明を受けてキラキラ綺麗に輝いてる。
「マダム、これ……!」
私以外の三人は、それがなんだかすぐに判ったらしい。
声を上げたのはヒールだけだったけど、三人とも驚いた顔でマダムを見てる。
そんな三人に、マダムはにっこりと豪快な笑みを浮かべた。
「これはね、対になるものを持ってる人と話ができる魔石なの」
その笑顔のまま、マダムは私に向かって説明を始める。
「こっちがアタシの分ね」
マダムはそう言って、右耳に付けたイヤリングを太い指先で軽く弾いた。
言われてみれば、同じもの、みたいだ。
マダムはイヤリングの他にもネックレスやブレスレット、髪留めといった装飾品を沢山身に着けてる。
よく見ればそのどれにも透明感のある宝石みたいな石が使われていて、前に来た時も綺麗だなって思った。
このサイズの宝石は、本物だったら相当な値打ち品だろうから、イミテーションだと思ってたんだけど、ひょっとしてあれ、全部魔石なんだろうか?
「これがあればね、いつでもアタシとお話できるのよ。素敵でしょう?」
「え? あ、は、はい……」
ええっと、電話、みたいなものかな?
いや、対になるものを持っている人同士っていう制約が付くなら、トランシーバーのほうが近いかもしれない。
魔法が発達してる分、機械が未発達なこの世界で、遠距離で言葉の遣り取りをする道具を見たのは初めてだった。
「さあ受け取って頂戴!」
「え、あ、えっと、ありがとう御座います……?」
ずずい、と目の前に差し出されて、私は反射的にそれを受け取る。
お礼が尻上がりになっちゃったのは、どうしてこれをマダムが私にくれるのか、全然判らなかったからだ。
魔石の相場は判らないけど、騎士様三人の反応からして、安いものじゃないと思う。
こういうものが一般に普及してるなら、私が生活させて貰ってる王宮にだって、幾つも設置されてるだろうけど、今までそういうものを見たことがなかった。
「いーい? これでいつでも、どんな場所からでも、アタシとお話ができるんだから」
戸惑ってる私に、マダムは驚くほど穏やかに微笑んだ。
「アディがどんな都合で王宮に居るかは判らないし、アタシに話せないことも多いでしょうけどね。でも、そんなアタシにしか話せないこと、きっとあると思うのよ」
そう言ったマダムは、穏やかな笑みを静かな苦笑に変える。
私が今まで見てきたマダムの表情は、喜怒哀楽それぞれに振り切ったような大きなものばかりで、こんな静かな表情ができるとは思ってなかった。
そんな感想も失礼な話だけど、感情的で素直な人だと思ってたから、そのギャップに驚く。
「いいアドバイスができるかどうかは判らないけど、話すだけで楽になることもあるのよ」
そう言って、バチンと音がしそうなほどのウィンクをしてくれるマダムに、つい笑ってしまった。
「はい、ありがとう御座います」
手渡された魔石を握り締めて、私は心からの感謝を告げる。
私の周りには、稀人っていう立場を熟知して、気を遣ってくれる人たちしか居ない。
それはとてもありがたいことだし、いつも助けて貰ってるって、勿論判ってる。
だけど、彼らは一人残らず高い地位や特殊な肩書を持っていて、だからこそ訊けないこと、話せないことがあった。
マダムには逆に稀人のことは話せないだろうけど、貴族でも騎士でもない人といつでも話ができるのは、やっぱりありがたいと思う。
「あの、でも、私、魔石って使ったことなくて……」
「あらあ、そうなの? 大丈夫よ、誰でも使えるわ」
そういえば、と思って苦笑しながら口にすれば、マダムはにっこりと笑った。
「魔術が使えない人でも大丈夫。アタシでも使えるんだから」
ってことは、マダムは魔術、使えないんだな。
なんか、マダムだったら物凄く強い魅了の魔術とか使えそうな気もするけど。
回復魔術が得意なヒールや、万能の解毒ができる『祝福』を持つファービリアさんですら、解呪できなさそうな強いやつ。
「簡単よぉ。ほら、石に手を重ねて、身体の中の力をそこに送るつもりで、アタシのことを呼んでごらんなさい?」
「え? えっと、こう、ですかね?」
マダムに言われるがまま、手の平に載せていた魔石に、逆の手を重ねる。
魔石は冷たくも温かくもなくて、妙にしっとりと手の温度に馴染むような気がした。
ええっと、これで、力を送るようにしながら、マダムを呼ぶ……って、マダムの本名知らないよ?
でも誰も突っ込んでこないし、マダムも何も言わないし……マダム、でいいのか?
え、ええっと……マダム、マダム……と、心の中で何度か呟いた、その直後。
「!?」
不意に、『通った』と、そう直感する。
何がどうしてそう感じたのか、はっきりと言葉にはできない。
だけど、間違いなく私の何かが、魔石に通った。
「そうそう。ほら、簡単でしょ?」
マダムはそう言って、自分のイヤリングに触れる。
その途端、今度は『通じ合った』って感じる何かが、私の手の中に生まれた。
反射的に重ねていた手をどけてみれば、私の手の平の上で、小さな魔石がほんのりと輝いている。
それは照明を反射してるんじゃなくて、魔石自体が光を放ってるみたいだ。
「魔術が使えなくても、魔力が何もない人って、そう滅多に居ないのよ」
マダムの優しい声が、正面と、それから魔石のほうから聞こえてくる。
この世界で生まれたわけじゃない私にも、魔力ってあるんだなあ。
無事に魔石が使えて、なんだかほっとする。
私が魔石の使い方を教わってる間、何も言わなかった騎士三人も、ちょっと安心したような顔をしてた。
ここで私が魔石も使えない、『そう滅多に居ない魔力ゼロの人』ってことになったら、マダムのご厚意も無駄になっちゃうし、マダムへの説明も面倒なことになるかもしれない。
魔石が下町の市民にまで普及してるってことは、それが使えない人は本当に稀ってことだ。
ひょっとしたら、『呪い』のせいでそうなる人が居るって程度のレベルかもしれない。
「あの……でも、これ、私が貰って、本当にいいんでしょうか?」
ありがたく受け取っておいてなんだけど、改めて首を傾げてしまう。
これってかなり高価なものだと思うんだけど、私は本物の一文無しだし、お金を稼ぐ方法すら知らない。
「いいのよ~。アタシがあげたいって思ったんだから、素直に受け取ってくれればいいの」
そんな私に、マダムは豪快に笑ってひらひらと手を振った。
ちらっと騎士三人に視線を向ければ、リクは無表情で、ヒールとカリスは苦笑しながら頷いてくれる。
「えっと、それじゃあ本当に、ありがとう御座います。それと、あの、マダムがお話していい時間帯って、どのくらいですか?」
「ん?」
最低限、訊いておかなきゃいけないだろうと思ったことを口にしたら、マダムは不思議そうな顔で首を傾げた。
「マダム、お仕事が夜でしょう? 寝てる時間とか、仕事の時間帯とか、そういうの訊いておきたいなって思って」
この店が何時から何時まで開いてるのか、実は聞いてないからよく判らない。
だけど酒場なんだからかなり遅くまでやってるだろうし、仕事中や普段寝てる時間はお邪魔できないよ。
ごく当たり前と思ったことを言っただけ、なんだけど。
「ほんっとにいい子ねええええ!!!」
なんか前にも叫ばれたようなことを今日も吠えられて、ぐしゃぐしゃと頭を撫でられまくってしまった。
前みたいに抱き潰されなかっただけマシだけど、マダムの『いい子基準』って、だいぶ甘くない?
ひょっとして私、ここに来る度に誉め殺しにあうのでは?
そ、それはなんともむず痒い……!
だけどマダムと会うのも、美味しいノンアルコールカクテルを飲むのも楽しい……!
なんか、天秤にかけるものが物凄く小さい。
ま、まあ、人間、そんなもんだよね。
うん、そうだ。
そういうことにしておこう。
続




