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創り人の箱庭  作者: サボ
第三章
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3-19『貴方の常識、私の非常識』

第三章

第十九話『貴方の常識、私の非常識』



 いやあ、覚悟してたとはいえ、『狂気』ってものは本当に凄いな。

 自室に戻ってきた私は、ソファーに身体を沈めながら、しみじみとそんなことを思った。

 意識してなかったんだけど、緊張で身体に無駄な力が入ったままだったらしく、座ると急に気が抜けたみたいにぐだっとしてしまう。

 そんな私にルーディアさんが運んでくれたのは、紅茶じゃなくて緑茶だった。

 誰かに私が好んでたのを聞いたのか、それとも東の人たちと髪や目の色が同じだから選んでくれたのか。

 どっちにしても、なんだか懐かしく感じるお茶の味は、緊張から解放されたばかりの私をほっと癒してくれる。

 私の周りの人たちは、本当に有能揃いだよなあ。

 まあ、本来そういう人たちが集うところに、私がお邪魔してるっていうのが、正しい表現なんだろうけど。

「お疲れ様、アディ」

 ヒールに苦笑混じりの声を掛けられて、私は漸く、自分が溜め息を吐いてたことに気付いた。

「あ、いや、うん、えと、そんな疲れてるつもりはないんだけど」

 自分でもよく判らないと思うことを言いながら、背筋を伸ばす。

 あの場で私がやったことといったら、ユーリさんの手を掴んだことくらいだ。

 彼と話をしたのは完全にヒイラギさんだし、何事も起きないように見張っててくれたのは周りのみんなだ。

 どう考えても、疲れたのは私以外の人たちだろう。

「つもりはなくても、疲れてるのよ」

「だろうな」

 苦笑を深くするヒールの横で、カリスも同じく苦笑で頷いてくれた。

「ゆっくりと深呼吸をして、落ち着くといい」

 更に私の横に座ってるリクが、優しい苦笑でそう言って、ぽんぽんと静かに背中を撫でてくれる。

「あ、あはは……」

 室内に居る全員が苦笑しつつ相手を労わってるとか、どんな状況だよ。

 まあ、でも。

 リクに言われた通り、ゆっくりと深呼吸をしてみる。

 さっき口にした緑茶のさっぱりした後味というか香りというか、そういうものが肺に満たされるような気がした。

 記憶はない。

 だけど、何故か懐かしく感じるその感覚と、隣に座る騎士様なんていう懐かしさの欠片もない手の温かさが、まだ身体に残ってた力を全部抜いてくれるみたいだった。

「ありがとう。もう大丈夫だよ」

 へら、と微笑わらった私の顔からは、苦い部分が全部抜けてたと思う。

 鏡で見てるわけじゃないから確かなことは言えないけど、みんなの表情からも苦い感情が抜けたから、きっとちゃんと微笑わらえたんだろう。

 背中を撫でてくれてた大きな手が、静かに離れていく。

 何故だか少し寂しいような気はしたけど、すぐ隣に同じ温度が座っててくれるし、そんなことを感じる必要はない……よな?

 というか、リクは本当に常々すぐ傍に居てくれて、ユーリさんがあの檻越しに近付いて来た時も、誰より早く私を庇ってくれた。

 頼り過ぎるのはよくないと思うんだけど、あの徹底した護衛っぷりには頭が下がるというか、そりゃ頼りにするだろって話で。

 いやいや、今は別に何かから護って貰わなきゃいけいない状況でもないんだから。

 内心で盛大に首を振りながら、なんとなくリクを見上げる。

 並んでるとよく判るんだけど、リクは本当に大柄で、私じゃ視線を上げないと顔が見えない。

 鍛え上げられた逞しい体躯に、整った顔立ち。

 同じように筋肉達磨で強面なヒュージさんとはまたタイプの違うかっこよさだよなって、改めて思う。

「? どうした?」

 私の視線に気付いたんだろう、リクが小さく首を傾げた。

「い、いや、なんでもないよ」

 それに答えられるほどの言葉が見付からなくて、私は曖昧に笑って両手を振る。

 貴方に見惚れてましたとか、誰が言えるかい。

 ……見惚れてたのか、私?

「色々あったからな。やっぱ疲れてんだよ」

 そう言ってくれたカリスのほうを見れば、『お疲れさん』とでも言いたげな顔で軽く肩を竦めてた。

「なんか、びっくりしっぱなしだったっていうのが正しいかも」

 反射的にそう答えて、あの部屋で起こったことを思い出す。

「あの塔にあった魔石で開く扉も、動く床も、その先に居たユーリさんも、びっくりすることばっかりだったよ」

 ここでの生活で多少は魔石に慣れたとはいえ、それは飽く迄、普段の生活に根差したものばかり。

 明かりを点けたり、火を起こしたり、アウトドアで凄く便利そうだなって思うなものが主で、鍵やエレベーターとして使われてるのは初めて見た。

 勿論、その先に居たユーリさんのことにもびっくりしたけど、あの塔は中身全部が驚かされるものばかりだったと思う。

「隠し扉とか動く床とか、私も初めて見た時はびっくりしたわ~」

 あはは、と軽く笑いながら、ヒールがそう言った。

「ああいうのって、普通にあるものじゃないの?」

「そうねえ、この王宮じゃ普通かもしれないけど、ここ以外じゃそう滅多にないわよ」

 なんとなく、この世界の常識なんじゃないのかって思って首を傾げれば、ヒールは苦笑する。

「少なくとも下町じゃお目に掛かったことないわね。下町にまで普及してる魔石は、それこそ生活必需品レベルよ。隠し扉を作ったり、移動を補助してくれるようなものは、贅沢品ってことね」

 ヒールは元々、庶民の中でも収入の低い人たちが集まる下町に住んでたって言ってた。

 改めて、そういうとこ出身で、今はきっちり騎士やれてるのって、凄い努力したんだろうなあ。

「お前はここしか知らねえからなあ。まあでも、ここから出て生活することはねえだろうから、そんな気にしなくてもいいんじゃねえか?」

「うん、そうだね」

 に、と笑ったカリスに、私は確かに、と頷く。

 無事にこの世界のバランスを元に戻せて、それでも私が元の世界に戻れなかったとしても、『一人で生きていけ』なんて言われるとは思えない。

 私の周りの人たちがあんまりにも優しいからそう思うんだけど……この予測、ちょっと甘過ぎるかなあ。

 一人で生きていけるだけの力、習得しておいたほうがいいんだろうか。

 だけど、そういうのって誰に相談したらいいんだろう?

 貴族の方々に訊いても、庶民の暮らし方なんて知らないだろうし。

 ヒールは下町育ちだっていうけど、こういうこと訊いても大丈夫かな?

「ん? どうしたの?」

 無意識に見つめちゃってたんだろう、ヒールが不思議そうに首を傾げる。

「あ、いや、なんでもないよ。ちょっとぼ~っとしちゃったみたい」

 なんとなく、ヒールには『将来一人で生きていく方法を教えて欲しい』なんて言いにくくて、適当に言葉を濁した。

「疲れて当然だもんねえ」

「毎度毎度、お疲れさんだよな」

 にこにこ笑うヒールの横で、カリスが苦笑しながら肩を竦める。

「ゆっくりした休みも、異界に行く明確なスケジュールも決めてやれずに済まないな」

「え? いや、そんなこと気にしたことないよ」

 申し訳なさそうに謝るリクに、私は反射的に首を振った。

「予定がない時はちゃんとゆっくり休めてるし、長期的なスケジュールが決められないのは仕方ないことだし」

 陛下に呼ばれてないときはまったりさせて貰ってるし、石板が告げてくれなきゃ判らない先のことを望むほど我が儘なつもりもない。

 偉い人に囲まれて緊張したり、特殊な人に会って疲れたりするのは、私に与えられた立場や力のせいであって、リクが謝るようなことじゃないし。

 この与えられた立場や力が嫌だと癇癪を起こす権利も私にはあるだろうけど、そうして全てを放り出したところで、逃げ出せるほどの力も生きていくすべもない。

 誰かが協力してくれて、ここから逃げ出して生きていくことができたとしても、多分私は、生涯ここの優しい人たちを思い出しては後悔する。

 早い話、私の性格じゃあ、全部放って逃げるってのは無理なんだよね。

「……そうか」

 私の言葉に納得したのか、それとも何か別の考えがあったのか。

 どっちなのか判らないけど、リクは微笑んで頷いた。

「異界に行くスケジュールっていや、次は誰と一緒に行くことになるんだろうな?」

 腕を組んで首を傾げるカリスを見ると、狼の耳も少しだけ傾いでる。

「そうねえ。前のが西の大樹だって話だから、次は他のところになるんだろうけど」

 カリスの横で、ヒールも首を傾げる。

 こればっかりは石板が教えてくれないと判らないし、予測しようにもヒントが何もない。

 強いて言うなら、次はファービリアさんじゃないだろうなってことだけ。

「俺たちの中でも、誰が指名されるか判らねえしなあ」

 あ、そっか。

 騎士の人選も、石板がしたんだっけ。

 行った先に西の大樹の核があったから、ファービリアさんとクレアさんは石板が選んだっていう実感があるけど、リクはそうじゃない。

 騎士の人選はヒュージさんやヒイラギさんでも不思議じゃないと思うけど、そういえばあの三人とも、石板が選んだんだって聞いたっけ。

「誰が選ばれても、安心感は同じだよ」

 にこ、と笑って本心を告げてから、いやそういう話じゃないよね、と思い直す。

「って、ごめんごめん。選ばれるほうはそういう話じゃないよね」

 思わず苦笑になりながら、私は両手を合わせてそう言った。

 この三人の中の誰が付いてきてくれても、戦闘に関する不安はない。

 だけどそれは、結局全部の異界に行く私の都合であって、『三人の中の誰が選ばれるのか判らない』っていうみんなの気持ちは別問題だ。

 異界なんてわけの判らない場所に、誰と一緒に行くことになるか判らないとか、人を護る役目のある彼らにしたら不安要素でしかないよな。

「何度も言うけど、私たちのことなんて気にしなくていいの!」

 ぐ、と拳を握り締めて、ヒールがそう断言する。

「私たちはね、いつどんなことがあっても任務を遂行できるように訓練されてるのよ。一人でも、相性の悪い同行者が居るときでもね」

 生まれた頃から騎士になるべくして育てられたわけじゃないヒールが、そう断言するような訓練って、どんなものなんだろう。

 こんな華奢な身体で、その訓練を乗り越えてきたヒールは、どれだけ努力を重ねたんだろう。

 ふとした会話で、いつもそんなことを考えてしまう。

「そうそう。俺たちはこれが仕事だからな。そんなことお前が気にするこたねえんだよ。それより、お前が不安にならねえことのほうが大事だ」

 ヒールの言葉にうんうんと頷いてから、カリスはにかっと笑った。

 この人のこういう顔、サンシュに似てるよな。

 いや、顔形は全然違うんだけど、表情っていうか、そこから受ける印象っていうか。

 顔が似てるっていうか、性格が似てるのかな?

 獣人族の血が混じってるせいかとも思ったけど、ウェルバニーさんは結構思慮深い雰囲気だから、狼の獣人族の血、かもしれない。

「確かに他の騎士全員引っ繰り返しても、リクに勝てるような奴は居ねえだろうけど、それでもちゃんと、俺らも強いからよ」

「先日の異界行きに指名されたのが他の二人であっても、あの程度の戦闘に遅れは取らん」

 自信満々のカリスに続けたのは、実際にあの場所に行ったリクだった。

「あ、あの程度……?」

 思わずそう呟いて、異界での戦闘を思い出す。

 村に辿り着く前に遭った魔素堕ち何種類かはともかくとして、最後の超巨大カイゼルとの戦闘は、『あの程度』って言っていいものか?

「ああ、やたらでかいカイゼルが出たって話だったよな?」

「頭が沢山あるとか、非常識よね~」

 やたらでかいで済ませるのも、非常識で済ませるのもどうかと思うけど?

「でも結局、その戦闘にファービリア閣下は直接出なかったんでしょ?」

「だったら俺らでもやれるって」

 二人とも笑いながらそう言ってるってことは、彼らにとっちゃ本当に『あの程度』だったってこと?

 そりゃ確かにファービリアさんは補助魔法掛けただけで、前線には出なかったけどさ。

「あ、あのさ、リク」

「どうした?」

 ちらりと見上げれば、リクは小さく首を傾げる。

「もしかして、ファービリアさんの補助魔法なくても、どうにかできた感じ?」

 私が見てる限り、あの巨大カイゼルにリクとクレアさんの剣は完全に弾かれてた。

 ファービリアさんの補助魔法があったからこそ、あの固い甲皮を切り裂くことができたんだ、と思ってたんだけど、まさかそうでもない?

「多少は難儀しただろうが、不可能ではなかったと思う」

 躊躇う様子一つ見せずに、リクはそう断言した。

 ああ……そう、なんだ……あの時の二人、私にはかなり本気に見えてたんだけど、実際はまだ温存してる力があったんだ……。

 な、なんていうか、『戦闘』なんて縁遠過ぎて、計り知れなさが底を知らない。

「楽に倒せる手段があるなら、無論そちらを選ぶ。だが、それがなくてもどうにかなった。それだけのことだ」

 そ、それだけ、かなあ?

「あ、あはは、はは……」

 思わず、乾いた苦笑が零れる。

 いや、これきっと、この世界でも常識じゃない部類だ。

 ここに居る人たちが、常識外れってだけだ。

 危ない、この世界の人たちに、変なイメージを持つとこだった。

 ヒールみたいに、見た目は華奢で『祝福』も完全に補助系の人でも、あんな馬鹿でかいムカデを薙ぎ倒せるのがこの世界の常識なら、蟲人さんたちは滅びることもなかっただろう。

 はあ、やれやれ。



 改めてこの世界の常識とか、私の周りの人たちの常識とかを再認識したこの日の夜。

 私のところに、陛下から伝言が運ばれてきた。

 次の異界行きの日取りと、同行者について。

 出発は二日後。

 同行者は、サンシュとウェルバニーさん、それからヒールの三人だった。



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