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創り人の箱庭  作者: サボ
第三章
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3-18『狂人の言葉、その意味』※ヒイラギ視点

第三章

第十八話『狂人の言葉、その意味』※ヒイラギ視点



 南の塔での対面を終えたあと、私たちは陛下の謁見室に戻って来ていた。

 私たち、と言っても、アディと騎士三人は彼女の自室に戻って貰ってる。

 ここに居るのはまあ、なんでも話せる面子ってことで。

 そう思うと安堵の溜め息の一つも零れそうになるんだけど、寸でのところでそれを喉の奥に押し戻すことに成功した。

 今回は別に面倒な解説役を回されたわけでもないし、めんどくさ過ぎる社交界の付き合いがあったわけでもない。

 アディをユーリ殿に会わせたほうがいいって言い出したのは私なんだから、その場に同席するのが当たり前。

 それで無防備に溜め息吐けるのは、周りにサイゾウとゴラちゃんだけしかいない状況くらいだ。

「お疲れ様、ヒイラギ」

 そんな私に、陛下が穏やかに微笑んでそう言ってくれる。

「いえ、今回は本当に、大したことはしてませんし」

 溜め息を飲み込んだのがバレたかな、と思いながら、私は小さく苦笑した。

「それでも、お疲れ様だよ」

 静かで穏やかな微笑を浮かべて、陛下はそう重ねる。

 この人は本当にやりやすいっていうか、逆にやりにくいっていうか。

「痛み入ります」

 苦笑に近い笑みを浮かべて、慰労の言葉を受け取る。

 ここでゴネたところで面白いことなんて何もないし、陛下にも自分にも失礼だ。

「ま、あの『狂気』を目の前にすりゃ、大抵の奴は疲れるってもんだ」

 私が適当な話題を出す前に、膝の上に座ってるゴラちゃんがそう言った。

「アディが手ぇ離した途端、いつも通りに戻ったしな」

 やれやれ、とでも言わんばかりに肩を竦めるゴラちゃんに、私は苦笑する。

「可哀想なくらい、見事な切り替わりだったね」

 別れ際、当然だけどアディはユーリ殿から手を離した。

 ユーリ殿の目に確かに宿ってた理性の光が、その途端に霧散していったんだ。

 そして響き渡った、いつもの高笑い。

 低く、高く、耳障りな笑い声を響かせる彼の姿は、つい数舜前までのまともな状態を見た分、余計に異様なものに見えた。

 その切り替わりはある種見事だと言えるだろうけど、彼にまともな心が僅かでも残っていれば、到底耐えることのできない拷問だ。

 ユーリ殿のあの正気が、アディの手が触れてる間限定であることを祈るのみ、だな。

「アディが触れてる間、『未来視』の記憶がなかったのは残念だったな」

 陛下の斜め後ろに立ってるヒュージ殿が、顎を撫でながらそう言った。

「そうですねえ」

 予測の範囲内だったとはいえ、残念だったことは確かだ。

 少し語尾を伸ばしながら言えば、ヒュージ殿は苦笑する。

「なんだ、お前はアレが本当に自分の死に際かどうか、気になってねえのか?」

「まあ、気にならないって言えば嘘になりますけど」

 同じく苦笑で返して、私は静かに息を吐いた。

 ユーリ殿が私たちに向かって叫ぶ、『竜のザクロ』だの、『腹からどろどろ』だの。

 それらはそう叫ばれた人の死に様だと言われてる。

 そう言われてるのには一応根拠があって、実際に彼の言葉通りの死に様だった人が何人か居るんだよな。

 彼に会うことができる人自体が限られてるから、統計を取るにも心許ないけどさ。

 ユーリ殿の『祝福』を考えると、ただの偶然って言葉で済ませるわけにもいかない。

「自分の死に方なんて、詳しく知らないほうが人生楽しいですよ」

「はは! そりゃそうだな!」

 肩を竦めた私に、ヒュージ殿は豪快に笑う。

 例えばまあ、自分の死に様が本当に腹から臓物ごろごろ出るようなものだったとして、それがいつ、どんな状況で起こるかなんて知ったら、生きてくこと自体に希望を見出せなくなるだろ。

 『未来視』は謎が多過ぎて、その『祝福』を得た人が視たことが、努力や偶然次第で変えられるものなのか、それとも確定のものなのか、それすらも判らない。

「アディの危険が判るなら、その辺りは聞いてみたかったですけど」

 この世界でたった一人、代えの効かない人間。

 それが稀人であるアディだ。

 四方領主の跡取りだろうが、世界に一人だけの王様だろうが、代わりは居る。

 私が領主を継ぐ前に死んでも、父さんが誰か他の人を選ぶだろうし、次代の『王』は石板が決めてくれるだろう。

 だけど、異界から来た稀人なんて存在は、アディの他に誰も居ない。

 また他の人が喚ばれるかもしれないけど、それは絶対の保証じゃないからな。

「『愛で殺される』、だったか?」

 首を傾げたゴラちゃんに、背後でサイゾウが微かに頷く気配がする。

「どういう状況なんだろうね?」

 あの言葉を聞いた誰もが思ったことそのままを陛下は口にして、じっと私を見た。

 ちらっと見れば、ヒュージ殿も私を見てる。

「いや、幾らなんでも予測できないですからね?」

 私がすらすら解説することを望んでるんだろうけど、そりゃ無理ってもんだろ。

 予測とも推測とも呼べない曖昧なものなら、まあ、言えるけど、そんなもん口に出せるか。

 確証のないことを口にして、色んな人の目を濁らせるのは御免だ。

「ま、あいつの身の安全を最大限に保証するのは、俺たちの仕事だけどな」

 小さく溜め息を吐いて、ヒュージ殿はがりがりと頭を掻く。

 アディの警護は陛下の近衛騎士から出てる。

 つまり、その団長であるヒュージ殿が責任者ってことだな。

 しかしまあ、気になる言葉だよな。

 あの時のユーリ殿は『狂気』に侵食されてたから、確かなものとは言えないけど。

 『君の愛は』と、彼は言った。

 つまり、直後に叫んだ『君は愛で殺される』という言葉にある『愛』には、彼女自身が持つものも含まれてるってことだ。

 そのことを、あれを聞いた全員が気付いてるかどうかは判らないけど……まあ、そもそも『愛で殺される』こと自体が想像しづらいから、深く考えるだけ無駄だな。

 それよりも、一つ気になることがある。

 アディが本当に『愛で殺される』ことになったとして、それは多分、こっちの世界で起こることだ。

 アディが生まれた世界には、『祝福』も『呪い』もない。

 この辺もただの予測だから口にはしないけど、多分、私たちの世界の『祝福』や『呪い』は、彼女の世界では効果を発揮しないと思う。

 『祝福』や『呪い』は、大樹がもたらすものだと言われてるから。

 アディの世界には大樹がないって話だから、そこまで力は及ばないと仮定してあまり問題はないと思う。

 異界同士の力の多くは、恐らく干渉しない。

 そう仮定するなら。

 『未来視』の力で死に様を告げられたアディは、この世界で死ぬことになる。

 それが稀人としての役目を終えたあとなのか、成せなくて果てるのか。

 それは判らないけど、私たちは彼女を、生まれ故郷に帰してあげられないってことだ。

 どうして大樹が複数弱体化してるのか、その理由を私たちは今この瞬間も解明することはできない。

 これがこの世界の寿命なのかもしれないけど、終わる理由が私たち今を生きる人たちにあるのかもしれない。

 どちらにせよ、間違いなく『こっちの世界』に原因があることを、『向こうの世界』のアディに解決して貰う他なくて、その上、元の場所に帰してあげることはできないなんて。

 そんな勝手も過ぎることが確定したなんて、あまりにも、だ。

 さっきの遣り取りで、あの場に居た全員がそこまで思い至ったかは判らない。

 今この部屋に居る人たちは、多分気付いてるだろうけど。

 でも多分、アディ本人は気付いてないと思う。

 そもそもユーリ殿が死に際を喚き散らかすって話を敢えてしておかなかったから、あれがなんなのかすぐには理解できなかったかもしれない。

 できれば気付かないでいて欲しい気もするけど……いや、駄目だな。

「ヒイラギ」

 つらつらと考え事をしていたら、陛下に呼ばれた。

「はい」

 反射で背筋を伸ばして返事をして、陛下のほうに視線を向ける。

 彼はいつもの静かな笑みを浮かべながら、ゆっくりと長い瞬きをした。

「この件は、アディから何か言われるまで、君から話さなくて大丈夫だよ」

 ああ、やっぱり陛下は気付いてるか。

 アディがこの世界で死ぬだろうことと、そうなってしまうだろう未来の、私たちの罪を。

 私たちは、この世界に何一つ係わる必要のなかった無垢な命を、自分たちの為だけに使い潰すんだ。

「判りました」

 余計なことは何一つ言わず、私はただ、頷くだけにした。

 『王』の『祝福』を授かりさえしなければ、言葉の裏や視線の奥の意味なんて気にしなくても良かったはずの陛下だけど、彼は決して貴族として無能じゃない。

 それどころか、過去の王の記録を遡っても、相当優秀な部類だと、私の父は評価してる。

 そしてその評価は、私も変わらない。

「いつもありがとう」

 穏やかに、優しく微笑わらって、陛下はそう言ってくれた。

「いえ、これも若輩の務めです」

 いつも通りの返しを告げて、私は小さく微笑む。

 過去の記録を紐解いてみれば、何故黎明の石板が『王』と指名したのか判らない人だって、決して珍しくはない。

 私が生きる時代の王が、彼で良かったと思う。

 ユーリ殿が言う『竜のザクロ』。

 恐らくは、内側から何らかの力で弾けて……それこそ弾けたザクロのようになって死ぬんだと言われる彼のその瞬間が、私の死のあとだといいな、と思ってる。

 しかしまあ、随分と凄惨な死に様だよな。

 まあ、私も『腹からどろどろ』とか言われてるんだから、凄惨な死に方ってとこは同じか。

 あの叫びを思い出す度、なんとなく腹をさすりたくなる。

 血なのか臓物なのか知らないけど、そこから全て零れ出て死ぬんだと言われれば、つい、ねえ。

「しかしまあ、揃いも揃って、碌な死に様じゃねえなあ」

 はあ、と大きく息を吐き出して、ヒュージ殿が言う。

「誰か一人でも、老衰とかねえのかよ」

 あはは! 確かになあ!

 私が知る限り、ユーリ殿が告げた死に様で、恐らく老衰だろうって推測できるような人は居ない。

 いや、正確に言うなら、一部の人を除いては居ない、か。

 ユーリ殿のご両親や彼の世話係たちの中には、恐らく老衰だろうって感じの人が居た。

 だけど、それ以外の人たちは違う。

 今日はアディに気を取られたのか叫ばれなかったけど、ヒュージ殿やサイゾウだって、明らかにまともじゃない死に様を告げられてる。

 そもそもユーリ殿と面会できる人自体が稀で、その人たちは特殊な立場が多いから、致し方ないだろう。

「貴族も位が上がれば上がるほど、まともな死に方なんてできやしませんよ」

 私は自嘲に近い苦笑を浮かべながら、そう言った。

 貴族ってものは、基本的に領民に養われて生きている。

 貴族の家自体が交易やらなんやらで儲けてる部分は勿論あるけど、実は何もしなくても食っていくことくらいはできるのは、領民が税を納めてくれてるからだ。

 その代わりに私たち貴族は、民を護る為の何をも惜しんではいけないし、民の為になる何をも惜しんではいけない。

 その信条を貫いてる貴族はそう多くないっていうのが情けない話でもあるんだけど、少なくともユーリ殿との面会を許されるような特殊な地位の貴族たちは、貴族としての義務を全うしようとしてる。

 それはつまり、いつだって自分の命の保証なんてないってことだ。

「本来は、そういうものでしょう?」

 そう言って微笑めば、ヒュージ殿はがりがりと頭を掻いた。

 そうなんだ。

 本来は、大小問わず貴族と名乗る者たちは、みんなそうじゃなきゃいけない。

 だけど、現実はそうじゃない。

 『民に養われる』んじゃんなく、『民から搾取する』。

 優先して護るべきは民ではなくて、己の心身。

 そう思っている貴族は、かなり多い。

 だから陛下は……いや、私や元老院のお歴々を含むこの世界の中枢たちは、大樹が同時に衰退してることも稀人という存在も、公にしていない。

 アディが稀人だっていうことも、そもそも稀人がなんであるのかも、彼女と接する最低限の人にしか話を通してないんだ。

 そうでもしなきゃ、稀人を私利私欲の為に使おうとする貴族から、彼女を護れない。

「情けねえよな。地続きどころじゃねえ、あの壁の向こうでもねえところから人一人呼び付けておきながら、自由にもしてやれねえ上に、生まれ故郷に戻してやることもできねえなんてよ」

 深い、深い溜め息を吐いて、ヒュージ殿はそう言った。

 ああ、やっぱりこの人もそのことに気付いてたか。

 サイゾウとゴラちゃんは言わずもがなだから、やっぱり今この部屋に居る人たちは、みんなその結論に辿り着いたんだな。

「多くを救う為に、少ない犠牲に目を瞑る。今までも散々選んできたことではありますが」

 今に限ったことじゃない。

 為政者なんてものは、いつだって大きな犠牲と小さな犠牲を天秤にかけて判断を下してる生き物だ。

「それでも、心が痛まなかったことはないと、言わせて欲しいものです」

 私はまだ、東の領主じゃない。

 代行として、こうして中央に来てはいるけど。

 それでも私の父……父さんは、本当にきつい判断を、私にはさせてないと思う。

 そういうこともあるんだと教えてくれることはあった。

 だけど、決断は父さんがしてきた。

 ここに集う他の閣下たちは、当たり前にしてきたことを、私はまだ自分の権限だけでしたことがない。

 だから私は若輩で、それでもその重さを知っている。

 知っていると、言わせて欲しい。

 ただ、それでも。

 この一件は……アディの存在は、特殊過ぎた。



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