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創り人の箱庭  作者: サボ
第三章
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3-16『狂人』

第三章

第十六話『狂人』



 ゆっくりとした上昇が止まった先は、塔のてっぺん近くだった。

 下りた先で辺りを見回したら、上下へ続く階段が見えたから、まだ先があるらしい。

「この上は物見台があるだけで、部屋があるのはここまでだよ」

 私が階段を見てることに気付いたんだろう、陛下が穏やかな声で教えてくれる。

「目的地はここだよ」

 陛下がそう言って視線を向けたのは、魔石エレベーターの出入り口の正面にある、簡素なドアだった。

 頑丈な鍵がぶら下がってるわけでも、仰々しい刻印が刻まれているわけでもない、ごく普通のドアには、なんだか拍子抜けする。

「アディ、二つ注意点があるんだけど、いいかい?」

「あ、はい」

 小さく首を傾げたヒイラギさんに、私は反射的に頷いた。

「今回の目的がユーリ殿の『呪い』を消すことにあるから、彼に触れて貰うことになるんだけど、絶対に一人で近付かないようにね」

「はい」

 それは先に言われていたことでもあるし、何より騎士様から離れて行動しようなんて、平時でも思わない。

「もう一つは、無理だと感じたらすぐに言うこと。声が出なければどんな方法でもいいし、誰にでもいいから、助けを求めること」

「え……あ、は、はい」

 反射でこくりと頷いてから、そういえば私はこの人たちに、『何が何でも使命を果たせ』と言われたことなんてないって思い至った。

 確かに稀人なんて役目を一方的に告げられたけど、私にはそれ以外に掴める藁もない。

 異界に行けと言われて実際に一度は行っているけど、その時も過剰なくらいの護衛を付けてくれた。

 あの世界で一度も戦闘に参加しなかったのは私だけ。

 華やかで煌びやかで美の権化で、戦闘なんて野蛮なこと一切できませんって感じのファービリアさんさえ、私の身を護る為に戦ってくれたのに。

「気を遣ってくださって、ありがとう御座います。でも、大丈夫だと思います……多分」

 この期に及んで、嘘でも断言することができない自分に、少し呆れる。

「それくらいでいいと思うよ」

 そんな私のヘタレなメンタル、その全てをお見通しって目をして、それでもヒイラギさんはそう言ってくれた。

 ううん……この世界で私を囲んでくれてる人たちって、揃いも揃って甘過ぎない?

 ガッチガチのスパルタで来て欲しいわけじゃないけど、この人たちのご厚意に甘えまくってたら、なんかダメ人間になりそうな気がする。

 そ、それなら余計に、今回のことくらい、ちゃんと望まれるようにしなくちゃ。

 だって今回は、危険な戦闘があるわけでもないし、誰かの命を奪うわけでもない。

 『狂気』の『呪い』を授かってしまった人に、素手で触れればいいだけだ。

「開けるぞ」

 私に心の準備のタイムリミットを告げる為だろう、今まで無言で行動してたヒュージさんが、そう言ってからドアに触れた。

 厚みのある大きな手が、ドアに触れた途端、光の筋がドアの輪郭をなぞるように走る。

 その様子はこの塔の一番下で、魔石のエレベーターの入り口を開いてくれた時に似ていた。

 多分これも、入る人を予め記憶しておく魔石が使われてるんだろう。

 それなら、厳重な鍵がないように見えるこの簡素なドアにも納得がいく。

 魔石の鍵を開けてくれたヒュージさんは、そのままドアを押し開いた。

 微かに軋む音をさせながら開いたドアの先に、まず開けたヒュージさんが入っていく。

 それに殿下、ヒイラギさんとサイゾウさんが続いて、私より先にリクが足を踏み出した。

「大丈夫だ」

 部屋の中に入る直前、リクは僅かに私を振り返って、小さな声でそう言ってくれた。

「うん」

 それに頷いたところで、ヒールの手が優しく背中に触れる。

 静かな手とみんなの優しさに促されるようにして、私は塔の中の一室に足を踏み入れた。

 簡素なドアの中は、石造りの塔そのままの壁と床でできた、殺風景なものだった。

 尖塔の内部にある小部屋はほとんどが物置として使われてるって話だったけど、きっとそのどれもここみたいな壁とか床なんだろう。

 部屋の広さは私が使わせて貰ってる寝室くらいだろうか。

 私個人としてはそれで充分生活ができる広さだと思ってるけど、貴族のご子息が閉じ込められている場所としては、狭く感じるかもしれない。

 何よりこの場所を狭く、そして異様に感じさせるのは、部屋に入ってすぐにある、巨大な鉄格子だ。

 牢獄ってものを見た記憶は全くないけど、動物園の檻を連想させる頑丈そうな鉄格子が、まるで部屋の壁の一面みたいに張り巡らされている。

 だいぶ高い場所に、今までこの塔で見掛けることがなかった窓が幾つか付いてて、陽の光を感じることができるのに、鉄格子のせいか温もりを全然感じない。

 その鉄格子の向こう側……部屋の片隅に、こっちに背を向けて座り込んでいる人が見えた。

 室内には簡素ではあるけど清潔そうなベッドや、木製の机と椅子があるのに、そこに腰掛けてるわけじゃない。

 その不自然さも、一面を鉄格子が覆うこの異様さも、確かに違和感なんだけど。

 それよりも強い違和感が、小さく丸まった背中にある気がした。

「……ぉぉ、やぁ?」

 誰かが声を掛けるより先に、丸まった背中の奥から声が聞こえる。

 細いようでしっかりと太い男性の声は、ただひと声だけで妙にこっちの精神を逆撫でしてきた。

「こぉれはこぉれはあ……!」

 妙に間延びした声を上げながら、ゆっくりとその人が振り返る。

 長く伸びた金色の髪を無造作に束ねた青年の翡翠色の目は、見事に焦点が合ってなかった。

 まともな意味を持つ言葉を聞いてない。

 焦点の合わない目が見てるのも、私じゃなく陛下のほう。

 それなのに、何故かぞっと背筋が粟立った。

 足が勝手に、怖気るように一歩下がりそうになる。

「は、はは……あははははははっ!!」

 それを止めたのは、私の意思でも騎士様たちの手でもなく、突如笑いだした青年の甲高い声だった。

 唐突に石造りの部屋に響き渡ったその笑い声に、身体が委縮して動かなくなる。

「ああ、ああ、ああぁあぁああ!! ザクロが! 竜の、ザクロがっ!!」

 え、は?

 竜のザクロ?

 何それ?

 相手は『狂気』の『呪い』を授かった人だ、その言葉に何か意味があるとは思えなかったけど、一応ちゃんとした文章になってると気にもなる。

「はぁじける! 弾ける!! あは、あはははははっ!!」

 竜のザクロがなんなのか説明することなんて当然ないまま、ユーリさんは天井を仰いで大笑いした。

 高く低く、ふらふらと音を変えながらの大声は、聞いてるこっちの精神を不安定にさせる。

「あははははっ!! はあ……!」

 急に笑いやんだユーリさんが、かくりと首を変な角度に傾げた。

「ああ、ああ……ああ、はら、はあ……」

 は、はら?

 腹?

 原?

 よく判んないけど、曲げた首をぐらぐらと揺らしながら見てる先は、ヒイラギさん?

「はら、から! どろ、どろおおおああああああああひひひひぃひひひひ!!!」

 いやこれ、本気でまともな遣り取りできないな!?

 『狂気』なんて言葉そのままの状態だろうことは、そりゃ想像もしてたけど。

 実際に目の前に突き付けられると、ここまでとは、と言いたくなる。

「まあ、こんな感じで全然話にならないんだけどさ」

 はあ、と溜め息を吐いて、ヒイラギさんが私を見た。

 自分に向けられたわけの判らない言葉のことは、取り敢えず気にしてないみたいだ。

「基本的に、今まで会ったことのない人がいると、そっちに強い興味を抱くんだ」

 そう言ってから、ヒイラギさんは真っすぐにユーリさんを見る。

 その横顔はいつも私に向けてくれる穏やかで優しいものじゃなく、表情そのものを削ぎ落したような、仮面みたいなものだった。

「……お、ぉお、やあああああ?」

 不意にユーリさんの声が聞こえて彼を見た途端、びくりと肩が跳ねる。

 焦点の合わない翡翠の目が、それでも確かに私を捉えていると感じた。

 自分を見られてるような、その奥、その先を見透かされてるような、なんとも居心地の悪い寒気を感じる。

「おや、おやあ、おやあああっ!?」

 叫び声に近い音量で言いながら、ユーリさんは唐突に立ち上がった。

 距離があるからよく判らないけど、私よりもずっと背が高いであろうことは判る。

「ああ、あああ、ああぁああぁあああぁっ!?」

 奇声を上げながら、ずんずんとこっちに近付いて来るユーリさんに、恐怖に近い戸惑いを感じた。

 だけど、身体は逃げてくれない。

 逃げたいと思う心はあるんだけど、身体は固まったまま動いてくれず、足は勿論、指先一つ動かなかった。

 それでもまともに色々考えることができるのは、リクの手が私の肩を抱いてくれてるからだろう。

 いつの間にか肩に回った温かく優しい手が、『大丈夫だ』と言ってくれた言葉そのものみたいで、それがあるからやっと普通に立っていられた気がした。

 頭の片隅で、そんなことを考えていた矢先。

 ガアン! と大きな音が、目の前から響いた。

 私の目の前、太い鉄格子が走るそこに、さっきまで部屋の隅に居たユーリさんが居る。

 大きな音は、彼が鉄格子を掴んだ音らしい。

 その指は細くしなびた枝みたいに頼りないのに、鉄格子そのものを破壊しそうなくらいの勢いで掴みかかってる。

「お、や、おやあ、おやああ、おやあああっ!?」

 意味不明なようでいて、しっかりと意思を伝えてくるような、不思議な声が目の前から聞こえた。

 目は血走り、頬はこけ、唇はがさがさとささくれたその顔は、とてもまともな人とは思えないものだ。

 間近で見たその顔に、更に背筋が寒くなる。

「ああ、ああ、あああ! 君は! 君は!! 君の愛はっ!」

 あ、愛?

「君は! 愛で!! 殺されるっ!!!」

 は、はあ!?

 あい?

 あいって、愛?

 愛で殺されるって、何事!?

「っ!」

 耳の近くで、鋭い息遣いが聞こえる。

 肩に回ってた手が、さっきまでより力強い。

 リクが私を庇う形で、目の前に身体を滑り込ませてくれてる。

 文字通りの狂人との間にリクが入ってくれてるだけで、安心感が尋常じゃないくらい増すから不思議なものだ。

「ひひ、ひひひひひひひっ!!」

 リクの身体越しに見える歪な顔が、大きな笑い声を上げてる。

 高く、低く、のたうち回るようなその声は、耳の奥を引っ掻き回すような不快感だ。

 それでもリクが間に入ってくれているなら、きっと大丈夫だろうと心の何処かが思ってる。

「アディ! 手を!!」

 耳に届いたヒイラギさんの声に、はっとした。

 反射的に左の手袋を外して、その手を伸ばした。

 無理な態勢で肩を抱いてくれてるリクの腕の中から飛び出す形になるし、他の誰より危険そうなユーリさんが、それこそ手を動かせば届く距離に近付くことにもなるんだけど。

 そんなこと、考えてる余裕もなかった。

「っ!?」

 鉄格子を掴む冷たいユーリさんの手に触れた瞬間、視界が白黒に切り替わる。

 大音量で笑い続けていたユーリさんの声が、不意に途切れた。

 色の戻った世界で、ユーリさんの表情が見る間に変わっていく。

 『憑き物が落ちた』って言葉そのものみたいに、歪な笑みがするりと抜け落ち、そして翡翠色の目がぱちぱちと瞬いた。

「……え……?」

 間近で聞こえた声が誰のものなのか、一瞬判らなかった。

 だけど、こんなに近くで聞こえる、聞き覚えのない声なんて、一人だけ。

「ぼ、ぼく、は……?」

 戸惑いに満ちた表情で、独り言みたいに呟かれたその声がユーリさんのものだと判った私は、ただただ深く、溜め息を吐いた。



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