3-14『いつもの景色になりつつあるけど』
第三章
第十四話『いつもの景色になりつつあるけど』
ファービリアさんが用意してくれた私主催っていう名義のお茶会は、和気藹々とした雰囲気のまま終わった。
サンシュやファービリアさんたちと色んな雑談ができたのは純粋に楽しかったし、なんだか嬉しかった。
その日はそのまま穏やかに終わるかと思ったんだけど、夜にルーディアさんが陛下からの伝言を持ってきてくれて、ちょっと重たい現実に引き戻される。
曰く、『明日会って欲しい人が居るから、朝食後に来て欲しい』ってことで。
会って欲しい人って、まあ、ユーリさんだよねえ。
断る理由もないし、判りましたって返事をして、ちょっと複雑な気持ちのままその日は静かに眠った。
正直、あれだけ眠ったんだから、夜の寝付きは悪いんじゃないかと思ったんだけどさ。
ベッドに入ったらすぐに溶けるように眠っちゃったらしくて、気が付いたらもう朝だった。
私、どれだけ眠りたがりなんだよって、ちょっと思う。
朝起こしに来てくれたルーディアさんは何も言わなかったけど、なんかちょっと恥ずかしかった。
まあ、そんな細かいことは置いておいて。
朝食後に陛下に呼ばれてる私の元には、騎士が三人、揃ってくれていた。
「なんか、ごめんね?」
「うん? 何が?」
陛下の謁見室に向かう道すがら、思わず謝った私に、ヒールが不思議そうに首を傾げる。
「いや、なんか事ある毎に三人揃って貰ってる気がして……」
「なんだ、そんなことかよ」
先を歩くカリスが、に、と笑って手を振った。
「これが今の俺たちの任務なんだから、気にすんなって」
そう言われてもさあ。
この世界で一人しか居ない王の近衛騎士なんて立場の人が三人も、こうして私の予定にいちいち付き合ってくれるのが任務って言われても、やっぱりちょっと恐縮してしまうというか、なんというか。
「大体、普段の任務よりこっちのが楽だよなあ」
「まあ、そうねえ」
へらりと笑うカリスに、ヒールはちょっとだけ苦笑を滲ませて頷いた。
「一人の人間の予定に振り回されるのって、楽じゃないと思うんだけどなあ」
ぽつりと呟いた本音に、三人がそれぞれ喉に何かが詰まったような顔になる。
あれ、変なこと言ったか? と、私が思う間があったかどうか。
「ははは! お前の予定なんて大したことねえよ!」
「ふふ、そうねえ」
「確かに」
三人ともなんだか妙に楽しそうな顔で笑って、私の言葉を穏やかに否定する。
「陛下に付いてりゃ分刻みで動き回るスケジュールを憶えてなきゃいけねえし、一日鍛錬の日に団長と当たったりすりゃ最悪だし」
「気の合わない人に付かなきゃいけない日なんて、精神的にもアレよねえ」
カリスとヒールの明るい愚痴は、なんとなく想像できて不思議とこっちも笑みが浮かんだ。
「遠征に行けば一日中気が抜けないことも当たり前だ。それに比べれば、随分と楽をさせて貰っている」
小さく苦笑を浮かべるリクの言葉も、穏やかにこっちの心を軽くしてくれる。
それにしても、やっぱり陛下のスケジュールってかなり濃密なんだなあ。
「私たちに気を遣うことなんてないのよ。もっと何がしたいとか、これをやりたいとか、そういうこと言ってくれても大丈夫なんだから」
隣を歩くヒールの優しい笑顔に、ほっと肩の力が抜けていく。
「うん、ありがとね」
ここで、でもとかだって、とか食い下がったって、なんの意味もない。
私が気を遣い過ぎるほうが、逆に三人の迷惑になりそうだ。
そんないつも通りのような、そうでもないような会話をしながら辿り着いた先は、陛下との謁見室。
陛下と謁見するとなると何種類か場所があるらしくて、ここはどちらかというと談話室に近い作りだ。
私がこの世界にやって来てすぐ、ヒイラギさんたちと一緒にこの力のことを少し確認したのもこの部屋。
他にも、陛下だけが玉座に座って他の人たちは立ってたり跪いてたりするような、『謁見』って言葉でイメージするそのままの部屋もあるらしい。
行ったことのないところのことはさておいて、謁見室に到着したからといって、すぐに自分でドアを開けて中に入る、っていう流れにはならない。
謁見室の前に立つ衛兵さんにリクが声を掛けて、その人が何処かに行って、少し待つと内側からドアが開く。
それを待ってから中に進めば、更にもう一枚、ドアがあって、それは控えてる衛兵の方が開けてくれるっていう、なかなかに面倒な手順が通常仕様らしい。
礼儀作法を教えてくれるルーディアさん曰く、高貴な方々は自分でドアを開けるなんてことはほとんどないそうだ。
稀人なんてよく判らない肩書を貰ってる私もその『高貴』な方々に分類されるらしくて、自分でドアを開けるなって言われてる。
……こういう流れを見ると、昨日ファービリアさんが勢いよくドアを開けて登場したあれ、かなり異質だったんだなって改めて思うよね。
そもそも高貴な方々が誰かに会おうって思ったら、まず先触れを出すのが常識なんだそうだ。
そりゃあ高貴な人を迎える側も色々準備が必要だから、当然だよな。
そんなあれこれを全部すっ飛ばして、自らすぱーんとドアを開けてやって来たファービリアさん……ひょっとして、『ちょっと友達のとこ行ってくるね』とかいうノリを体験してみたかったんだろうか。
あんな完全無欠の貴人中の貴人みたいな人が、幾ら私を心配してくれてたとはいえ、マナーも常識もすっ飛ばすとは思えないし。
「やあ、よく来てくれたね」
そんな余計なことを考えながら謁見室に入室した先で、陛下の穏やかな声が聞こえた。
はっとして正面を見れば、いつも通りの静かな笑みを浮かべた陛下と、その背後にヒュージさん、別の席に座ったヒイラギさんと彼女の肩に乗るゴラちゃん、後ろに立つサイゾウさんの姿がある。
「お、おはよう御座います」
ぺこりと頭を下げてから、そういえばルーディアさんに礼の仕方を何通りか教わったことを思い出した。
礼の仕方は性別や役職で決まっている。
性別自体が曖昧な私は、女性だけど騎士であるヒールと同じ形で礼をするのが無難だろうって、そう教わってはいるんだけど……どうも、馴染みがなくて巧くいかない。
私の後ろに居る三人なんて、綺麗に揃った礼をしてるだろうに、なんか情けないな。
「うん、おはよう」
内心であわあわしてる私のことなんて気にした様子もなく、陛下は穏やかにそう言ってくれた。
顔を上げれば、ヒイラギさんも静かに微笑んでくれている。
ほっとしつつも、なんか微妙に居た堪れない気持ちのまま、私は促してくれる陛下の手に従って彼らの向かいのソファーに腰を下ろした。
騎士三人は、当たり前みたいに私の後ろに立つ。
この場で腰を下ろしてるのは私と陛下、それからヒイラギさんの三人だけ。
ゴラちゃんはまあ、ヒイラギさんの肩に座ってるわけだけど、そこはカウントしちゃいけない気もする。
「悪いね、呼び付けて」
苦笑を浮かべて、ヒイラギさんがそんなことを言ってくれた。
「いえ、大丈夫です」
答える言葉なんてそれ以外に思い付かずに、ただ首を振る。
異常なくらいの思慮深さっていうか、頭の回転っていうか、計算高さっていうか、そういうのを身に染みたあとでも、この人のことを前にして怖いと思えない。
そういう独特な雰囲気が、彼女にはあった。
「ちゃんと眠れたか?」
まあ、その肩に座ってのほほ~んとそんなことを訊いてくるゴラちゃんの存在のせいもあるかもしれないけど。
「うん、なんか眠ってばっかりみたいで、ちょっと恥ずかしいけどね」
はは、と照れ笑いを浮かべながら頬を掻くと、ゴラちゃんは小さく口の端を笑みの形に持ち上げた。
「いいじゃねえか、ちゃんと眠れる奴は、偉い子だ」
ふ、と微笑いながら、まるで小さい子供を相手にするようなことを言われてしまう。
「本読んだり書類見たりしながら限界まで起きてて、ぎりぎりに気絶するみてえに寝落ちするようなのは、悪い子だ」
平坦な声の中に、やれやれとでも言いたげな響きを宿す器用なゴラちゃんの言葉に、ヒイラギさんが苦笑した。
「耳が痛いね」
「まったくだよ」
溜め息混じりのヒイラギさんに、同じく苦笑の陛下が頷く。
実際にどんな生活をしてるのかちゃんと判ってるわけじゃないけど、なんとなくこの二人は、ゴラちゃんが言ったような寝方をしてそうな気がするな。
ゴラちゃんの言う通り、それは『眠る』っていうか『気絶』だよね。
「いい子悪い子って話はまあ、置いといて。元気そうで良かったよ」
にこりと微笑んでから、ヒイラギさんはまた苦笑に戻った。
「何せ、今日会って貰う人は特殊だからね」
「えっと、ファービリアさんから、少しお話を聞きました」
正直に言ってみても、誰の表情も変わらない。
昨日ファービリアさんが言ってた通り、彼女が私にユーリさんのことを説明することも、ヒイラギさんの計算の内だったんだろう。
「そっか。話が早くて助かるよ」
穏やかに微笑むヒイラギさんに、私はなんとなく苦笑で返してしまう。
きっと私は、人の言葉の裏を読み合うなんてことが日常じゃなかったんだろうなあ。
「じゃあ単刀直入に言わせて貰うけど、今日会って欲しいのは『未来視』と『狂気』を授かった、ユーリ・アミラという青年だ」
静かな声を聞きながら、私は小さく頷く。
「『狂気』を授かった人になんて、本来なら君を会わせる必要なんてないんだけどね。それでももし、その『狂気』が消えた状態で話ができれば、『未来視』で視た何かをまともに聞けるかもしれない」
今までまともに『未来視』の力が周りに伝わったことがないっていうから、本来はどんなものなのか判らないけど、今はなんでも試してみたいと思うよな。
『未来視』の『祝福』で視た未来の中には、大樹のバランスが崩れたこの状況を打破するヒントがあるかもしれない。
稀人なんて言われて話の中心に居る私自身だって、未来が判るなら聞いておきたいと思う。
「有益な話が聞ける保証は何もない代わりに、まず間違いなく怖い思いをすると思うけど、一緒に行ってくれるかい?」
ヒイラギさんにそんな聞き方をされて、私は思わず苦笑してしまった。
正直に言えばその通りなんだろうけど、何もそのまま言わなくてもいいだろうに。
「はい」
『狂気』なんて状態がどんなものか、正確なところは何も判らない。
だから平気だとも、大丈夫だとも言えなかったけど、ただ頷くことはできた。
「ありがとう」
強がらなかった私の気持ちを全部汲んでくれたような優しい顔で、ヒイラギさんはそう言った。
「少なくとも、身の安全の保証は俺がしてやる」
そんなヒイラギさんの肩の上で、ゴラちゃんが胸を張る。
「あ、あはは、宜しくね」
なんとなく微笑ましい気分で、私は頷いた。
女性としては背は高いけど細身のヒイラギさんの肩に載るくらいのゴラちゃんが、いったいどんな形で身の保証をしてくれるんだろう。
「アディの警護は後ろの三人のお仕事でしょうが」
そう言いながら、ヒイラギさんは肩のゴラちゃんに手を伸ばして、膝の上に座り直させた。
その言葉に促されるように後ろを見たら、三人の騎士がそれぞれ私を見て小さく微笑んでくれる。
陛下と謁見中ってこともあってか、声を掛けてくれるってことはなかったけど、その表情だけでなんだかほっとした。
「君の身に危険が及ばないよう、最大限の配慮はするよ」
代わりとばかりにそう言ってくれたのは、穏やかに微笑む陛下だ。
陛下を護るのはヒュージさんだろうし、ヒイラギさんにはサイゾウさんが居る。
いや、ゴラちゃんも居るんだけど、流石に『護衛』としてカウントしちゃいけないだろう。
それで、私の護衛は騎士三人って……なんか、優遇されてるって表現だけじゃ足りない気もするなあ。
「えっと……よ、宜しくお願いします……」
そう思ったところで、何か言えるわけでもなくて。
なんとなく、愛想笑いに近いものを浮かべながら、そう言うしかなかった。
続




