3-13『種族の違い、その片鱗』
第三章
第十三話『種族の違い、その片鱗』
全部終わったら、遊びに来い。
サンシュにそう言われて、社交辞令でも『うん、是非』ってすぐに言えなかった。
だって、私は想像したこともなかったから。
稀人としてこの世界のバランスを元に戻したあと、自分がどうなるか、なんて。
私は、この世界とは違う場所に生まれた存在だ。
その記憶はないけど、知識として残るものや、『稀人は異界からやって来る』とかなんとか告げた石板の言葉からして、まず間違いないと思う。
そんな私がこの世界で望まれることや、成し遂げなくちゃいけないことは、この際遠くに放り投げたとして。
じゃあ私がその役目を終えたあと、どうなるんだろう?
「うん? どした?」
すぐに答えなかった私に、サンシュが首を傾げる。
「……北のような寒々しいところに行くのが不安なのであろうよ」
静かに息を吐いてからファービリアさんはそう言って、やれやれと肩を竦めた。
「異界なんてわけ判らんとこに行って帰ってきた奴が、んなことで怖気付くかよ」
はい、ごもっとも。
サンシュが『何言ってんだお前?』って顔で仰ること、そりゃそうでしょうよとしか言いようがない。
「そなたは誠、乙女心の判らぬ獣よな」
そんなサンシュに、ファービリアさんは呆れ果てたというような表情を作った。
ごめんなさい、なんでここで『乙女心』なんて言葉が出てくるのか、私も判らない。
「おい、今ここに『乙女』は一人しか居ねえの判ってて言ってんだろうな?」
「黙れ」
サンシュのこれまたごもっともな突っ込みも、ファービリアさんはたったひと言で分断する。
そういえば、真っ当な女性って、クレアさんだけだよね。
呆れ顔さえきらきら輝かんばかりのファービリアさんはこれでも男性だし、周りから女性扱いされることの多い私はどっちつかず。
「あの低温と乾燥の地に赴く際に、余がどれ程の身支度を、どれだけ入念にしておるか知らぬのであろう?」
「いや、知るかよ」
ファービリアさんの力説を、今度はサンシュがひと言で蹴った。
なんていうか、確かにこの二人の仲は悪くないんだろうけど、種族としての在り方が違うっていうのは、なんとなく伝わってくるなあ。
妖精族も獣人族も、みんながみんなお二人みたいな感じじゃないんだろうけど。
「アディ、西であればそのような気遣いは不要ぞ?」
「え、あ、はい?」
いきなりこっちに話を振られて、変な声が出た。
「西は他と比べて気候も地形も過ごしやすい故、何も準備は要らぬ。身一つで参っても、余が完璧にもてなして見せようぞ」
「いやお前そういう話じゃねえだろうよ。大体お前んとこは森が深過ぎて迷いやすいだろうが。つか、俺だってもてなしくれえちゃんとやるわ」
「そうかのう……?」
「なんで疑ってくんだよお前は」
軽い応酬のあと、サンシュは私を見る。
「心配すんな、ちゃんとしたもてなししてやるからよ」
「あ、あはは、ありがとう、是非お邪魔するよ」
やっと言ったほうがいいことを口に出せて、ちょっとほっとした。
全部が終わったあと、自分がどうなるのかは判らない。
だけどまあ、だからって先の約束をしちゃいけないってわけでもないだろう。
笑顔で頷いた私の頭を、ファービリアさんがぽん、と撫でた。
見上げると優しい笑みを浮かべた綺麗な顔が見える。
その顔を見て、やっと気付いた。
ファービリアさんはきっと、私が先のことを考えて返事を躊躇ったことを察して、適当に話を混ぜ返してくれたんだ。
私がちゃんと会話ができるくらいになるまで、時間稼ぎをしてくれたんだろう。
本当に気遣い上手っていうか、なんていうか。
「無論、西にも参るであろう?」
「はい、是非」
「うむうむ、よい返事じゃ」
ファービリアさんの問い掛けには、自然に答えられたと思う。
そんな私に、ファービリアさんは何度か頷いた。
「北は西と違うて騒がしかろうが、それもまた面白かろうよ」
「騒がしい?」
寒くて騒がしいって、なんで?
「獣人族は家族の多い種族でな、気候の厳しい土地柄じゃが、人口そのものは多いのじゃ」
あ、成る程。
人が多くて賑やかっていう意味か。
「そういう意味じゃ、西は静かなもんだよな」
小さく笑って、サンシュはテーブルに頬杖をつく。
行儀の悪いその様子に少し目を細めたファービリアさんだったけど、特に何か言うわけでもなかった。
「妖精族は大抵一人っ子だろ? 俺は弟妹十四人居るけど、獣人族だと普通だからな」
「じゅ……?」
いや、想像以上だな?
確か獣人族の平均寿命って三十年くらいとかいう話じゃなかったっけ?
一回で生まれる数が多いのか、それとも妊娠してる期間自体が想像より短いのか判らないけど、どっちにしろ凄くない?
「どした?」
変なところで言葉を切った私が不思議だったんだろう、サンシュは首を傾げてこっちを見る。
「い、いや、単純にびっくりしただけだよ」
「そうかあ? ま、獣人族のこと知らねえ奴は、そういう反応になるよな」
からからと笑うサンシュを見て、ふと思い出した。
そういえばサンシュの『呪い』って、子供ができないってやつじゃなかったっけ?
確か、『種の断絶』とか。
家族が多いことが普通の種族、しかも領主っていう立場で、その『呪い』。
それって、なんていうか……巧く言葉にできないけど、精神的にきついものがあるんじゃないだろうか。
「サンシュってなんか『お兄ちゃん』って感じがするな、とは思ってたけど、そこまで下の子が多いとは思わなかったよ」
当たり障りのないことで話題を逸らすなんて芸当が私にできるわけもなくて、実際に思ったことをそのまま告げる。
改めて、ファービリアさんやヒイラギさんの機転の利かせ方の凄さが身に染みるなあ。
「お、そうか?」
サンシュはなんだか嬉しそうに、満面の笑顔を浮かべた。
「一番下のはまだちっこいんだけどな、こいつがよく走り回って転げ回ってまあ、面倒みんの大変なんだわ」
ガハハハハーって感じの豪快な笑い方が、なんだか倖せそうだ。
幾ら長兄とはいえ、領主様ともあろうお人が小さい子の面倒を見るなんてことはあんまりないような気がするけど……でも、獣人族の常識じゃそういうものなのかもしれない。
さっきから家族の話をする時、サンシュは嬉しそうだし、楽しそうだ。
「ウェルのとこの一番下も、まだ小せえよな?」
「そうですね」
唐突に話を振られたウェルバニーさんは、特に驚いた顔もせずに静かに頷く。
「こいつも十人兄弟の一番上だからな、お前の言う『お兄ちゃん』っぽいだろ?」
「あはは、確かに」
親指でウェルバニーさんをしゃくって見せるサンシュに、私は笑いながら頷いた。
二人とも種類は違うけど、『お兄ちゃん』って雰囲気だよなあ。
「ファービリアさんとクレアさんは、一人っ子、なんですよね?」
「そうじゃな」
じゃあ、と思って訊いてみれば、ファービリアさんはにこりと微笑んで答えてくれる。
クレアさんは声を出さず、小さく頷いた。
「リクは?」
「自分は上に兄と、下に妹が居る。三人兄妹だ」
あれ、長男じゃないんだ。
なんとなくだけど、リクも長男だと思ってた。
「竜人族も子は大抵一人じゃな。長命な種族ほど子が少なく、繋がりも希薄になっていく傾向にあるのう」
そうまとめてくれたファービリアさんの言葉には、少しだけ引っ掛かるところがある。
長生きする種族に子供が少ないっていうのは言葉そのままに理解できるんだけど、繋がりが希薄っていうのはどういう意味だ?
「あ~、確かにな。お前らんとこやクイニークんとこ、親子家族だからどう、って雰囲気、あんまねえもんな」
がりがりと頭を掻きながら、サンシュは何かを思い出すように視線を少しだけ上に向けた。
「無論、情がないということはないが、血が繋がっているという理由だけで何かを優遇することは滅多にないのう」
あ、そういうことか。
産んだら産みっぱなしとか、基本的に親子仲が悪いとか、そういう話かと勘違いしそうになったけど、そうじゃないんだよね。
一つの組織に属したとき、組織としての集団を大切にするか、それとも血の繋がりを大切にするか、そういう価値基準の話だ。
そういう価値観の差は、個人でもあるよね。
「こういうとこは、種族の差ってのを感じるよな」
「そうよなあ。人間族は丁度中間、とも思うがの」
「そうですね」
ファービリアさんの視線を受けて、リクは小さく苦笑を浮かべる。
多分、私が考えてる家族観と近いんだろうな。
血を優先する人も、そうじゃない人も居るし、時代や生き方で違ってくるものだと思う。
「種族の差ってのは、見た目や寿命だけじゃねえって話だな」
に、と笑うサンシュに、ファービリアさんも頷いていた。
「そういえば、北や西の領地には、獣人族や妖精族しか住んでないの?」
「ん? いや、んなこたねえよ」
ふと思い付いた疑問をそのまま口にしたら、サンシュがひらひらと手を振る。
「何処の領地も、どんな種族でも住めねえってこたあねえからな。ま、色んな意味でよそモンは大変だろうけどな」
『色んな意味』、と濁したサンシュの言葉の裏には、本当に『色んな意味』が含まれてるんだろうな。
私は幸いと種族特有のあれとかこれとか、厳しい気候のあれとかこれとか、そういうものに晒されてないから、いまいち実感が湧かないけど。
「永住しておるものは少ない地もあるが、旅人という扱いであれば、どの領地もそれなりに居るのう」
旅人っていうと、旅行者ってこと?
「それなら南と東のほうが多いだろうな。あの辺、遣り甲斐あるからよ」
や、遣り甲斐?
なんの?
「南は踏破が難しい地形が多い。東は謎が解明されておらぬ遺跡や古文書の多い地である故な」
私がきょとんとしてることに気付いたんだろう、ファービリアさんはころころと微笑いながらそう解説してくれた。
あ、旅人ってあれか。
純粋な旅行目的の人っていうんじゃなくて、冒険者みたいな人たちってことか。
居るんだなあ、そういう人たち!
なんか妙に感動しちゃうよ。
根無し草と言えばそれまでなんだろうけど、そういう生き方も楽しそうだ。
まあ、私みたいなのが一人でそんなことをやろうとしたら、目的地にも辿り着けずに終わりそうだけど。
「色んな人が居るんですねえ」
素直な感想は、我ながらのほほんとしたものだと思う。
「そうじゃな。世の中には、様々な者が居るよ」
「だな」
それに答えてくれた二人の声も顔もいつも通りだったけど。
なんだか妙に、しみじみと聞こえた。
続




