3-12『獣人族の長という人』
第三章
第十二話『獣人族の長という人』
最初は少し緊張したけど、西と北の領主様がいらっしゃるお茶会は、随分と和やかな雰囲気になっていった。
この世界の偉い人たちだってことは判ってるんだけど、お二人とも私に対して威張り散らすこともないし、威圧してくることもない。
ファービリアさんは、まあ、なんていうか、独特の視点で生きてらっしゃるけど。
でもそれは、横に座る私が委縮してしまうようなものじゃなかった。
「なんだか、少し不思議です」
思ったことがそのままぽろりと口から零れて、あ、と思う。
「なんだあ?」
「ふむ?」
案の定というかなんというか、領主お二人は首を傾げた。
ちらりと見れば、お付きの人たちも私のほうを見てる。
「い、いえ、あの……昨日、皆さんの前だとあれだけ緊張したのに、今は普通だなあって」
巧く取り繕えそうな言葉も見付からなくて、私は苦笑を浮かべて正直に言った。
昨日、異界での出来事を報告したあの場は、正直言って喉の奥が痺れるような緊張感があった。
そりゃ状況が状況だし、ぴりぴりするのは当然かもしれないけど。
それでも、少なくともあの場に至るまでは、陛下を含めた皆さんが揃った場でも、あそこまでの強い圧はなかったと思う。
「そりゃそうだろ、俺だって公式な場じゃあ、それなりに領主様やってんだからよ」
あっけらかんとそんなことを言って、サンシュはひらひらと手を振った。
「締めるときゃ締めるが、四六時中そんなこともしてられねえ」
「そ、それはそうだろうけど」
意識して敬語を外すようにしながら、私はそういう話だろうかと小首を傾げる。
「ふふ、獣は威厳と申すより、威圧よなあ?」
「ああ?」
実に優雅に微笑みながら言うファービリアさんを、サンシュは正にそれが威圧ってやつですよって感じの目で睨み付けた。
「ほっほ。やれ、そのような目で睨んでは、アディが怯えるぞ?」
「ばっか野郎。こいつがこの程度で怯えるかっつの」
ころころと笑うファービリアさんに、サンシュは溜め息を吐く。
「俺とリクの手合わせ正面から見て平気な顔してたんだぞ? 怖えって言やあっちのほうが怖えだろ」
そう言われて、あの苛烈な手合わせを思い出した。
私にはどう見てもお互いの命を狙ってるようにしか思えなかったあの手合わせは、確かに今のサンシュの目よりも強い力を感じたと思う。
「ふむ、然もあろうよ」
なんだか物凄く納得したような顔をして、ファービリアさんは肩を竦めた。
なんとなくちらっとリクを見たら、少しだけ居心地悪そうに視線を斜め下に向けてる。
「お、そうだ。丁度リクも居るんだし、また……」
「この場で手合わせ、など無粋なことは言うまいな?」
いいこと思い付いた、って感じで笑うサンシュの言葉を最後まで聞かずに、被せるような形でファービリアさんが言う。
「……言わねえよ」
にっこにっこと笑うファービリアさんの顔を見て、サンシュは降参とでも言うように軽く両手を上げた。
「アディの茶会だ、ぶち壊すようなこたしねえよ」
そう言って、サンシュは私に笑う。
無邪気と表現して何も間違ってないその表情は、なんだかこっちの笑みも誘ってくれた。
「うん、それはまた、別の機会に」
どうしてもサンシュがやりたいっていうなら、私からリクにお願いしてもいいんだけど。
でも、あれやっちゃうと、全然話ができなくなっちゃうからさ。
折角来てくれたんだし、今日は色々、話が聞きたい。
「良い心掛けよ。余の茶会を度々ぶち壊しにしてくれたこと、一時は忘れてやろうぞ」
「てめえなあ……」
ほほほ、と笑うファービリアさんに、サンシュはちょっと脱力する。
なんていうか、ファービリアさんが言うと、『ぶち壊し』なんて荒い言葉も、なんか優雅に聞こえるから不思議だ。
というか、この二人って相性がいいのか悪いのか、よく判らないな。
優雅と美麗の権化みたいなファービリアさんと、豪傑と雄々しさの権化みたいなサンシュ。
言葉だけで並べれば、相性が悪くて当然って気もするし、ちょいちょい小競り合いみたいな遣り取りもする。
だけど、この二人からは、確かにお互いを尊重してる何かを感じた。
「お二人、仲がいいんですね」
へらっと笑って、また思ったままのことを言ったら、二人はなんとも形容しがたい表情で固まってしまった。
サンシュは判るけど、ファービリアさんがそんな変な顔するの、珍しいな。
変な顔で固まってても、目を疑うほど綺麗なんだけど。
「アデリシア殿」
「え? あ、はい」
不意にウェルバニーさんに呼ばれて、私は目を瞬かせる。
私の我が儘で従者の皆さんも席について貰ってるんだけど、さっきから三人とも黙ったままだったから、会話に参加することまではしてくれないと思ってた。
「獣人族と妖精族は、その在り方の違いから、ただ其処に並ぶだけで軋轢を生むことが多いのです」
淡々とした口調で紡がれる言葉に、なんだか頭の奥が重くなる。
知性と文化を持った命同士が、在り方が違うから喧嘩するなんて。
そう否定してしまえるほど軽いことじゃないって、ないはずの記憶が受け入れる。
同じ人間族だろうと、種族や生まれ方、育ち方なんかが違えば、ただ隣に並ぶことさえ難しいことだってあるんだって、そう判った。
「しかしこのお二人はそれを超えて並ぶことを善しとし、受け入れておられます。確かにサンシュクリット様はファービリア閣下に弄られ、からかわれているように見えますでしょう」
……うん?
「真実その通りでは御座いますが、サンシュクリット様は甘んじてそれを受け入れております。それはサンシュクリット様がお立場を弁えてということではなく、何をどうやってもファービリア閣下を言いくるめられるほどの何も持たぬからという……」
「お前は! どっちの!! 味方だコラ!!!」
滔々と続けられる言葉を途中で遮って、サンシュは思い切り叫んだ。
いや、うん。
そうだね、私がサンシュの立場でも、取り敢えず口を挟んだかな。
だってウェルバニーさん、最初こそ各種族同士の在り方っていう硬い話だったけど、後半っていうか中盤以降、全部『サンシュは弄られて面白がられてるけど、反論しても敵わないから甘んじてそれを受け入れてますよ』って話だったじゃないか。
「どちらの味方かと問われれば、サンシュクリット様の味方以外の何ものでもないつもりで御座いますが?」
「胸張ってよく言いやがるなてめえは!!」
毛を逆立てていきり立つサンシュ相手に、ウェルバニーさんは実に涼しい顔だ。
主従の遣り取りにおろおろおする私と違って、ファービリアさんは微笑ましいものを見るような目で彼らを見つめていた。
はっとしてリクやクレアさんを見てみたけど、二人ともやっぱり静かな目でサンシュたちを見てる。
ああ、成る程。
北の主従は、こういう感じなのか。
全てに於いて主導権を持つ主の傍らで、無言でそれを補佐し続けるのがファービリアさんとクレアさん。
それは私が『主従』と聞いて想像するそのものだと思うけど、サンシュとウェルバニーさんはちょっと違うんだろう。
主にも平気で物申すことができる、兄弟みたいな従者っていうのが、サンシュとウェルバニーさんってことだろうか。
二つを比べて、どっちがいいとか、どっちが劣ってるとか、そういう話じゃない。
強いて言うなら、主人に合わせてよく選ばれた従者、ってところだろうか。
それにしても、ウェルバニーさんって自分とこの主を様付けで、他の領主さんは閣下って呼ぶんだな。
なんとなく、普通は逆な気もするんだけど……ああでも、サンシュが閣下って呼ばれるの嫌だって言ったのかもしれない。
様って付けられるのと、あんまり変わらないような気もするけど。
それはさておき。
「あ、あの、ウェルバニーさん」
いつまでも楽しい主従の遣り取りを眺めてるのもなあ、と思った私は、ひとまず冷静そうなウェルバニーさんを呼んでみる。
「はい」
いきり立った狼に睨まれながら、それでも至極涼しい顔で、ウェルバニーさんは私を見た。
威風堂々とした獅子の顔がそういう表情をしてるのって、本当にかっこいいなあ。
「皆さんがとてもいい形で、今の中央が在ることは判りました」
そんな言葉で、私が感じてることを全部伝えられるかどうか、それはよく判らない。
だけどウェルバニーさんは私の言葉に片眉をぴくりと上げて、『ほほう?』って感じで先を促してくるのは判る。
「そんな幸運な世代に喚ばれたことを利用させて貰って、幾つかお話を聞いてもいいですか?」
これがもし、ファービリアさんとサンシュが領主じゃない時代だったら、妖精族と獣人族がのんびりとお茶会に同席することなんてなかったかもしれない。
獣人族は短命だ、十数年……ひょっとしたら数年のずれで、そうなってたかもしれない。
だけど、私は幸いにも、妖精族と獣人族の軋轢が少ない時代に喚ばれた。
大きく種族同士って形で見ると他の時代とあんまり変わらないのかもしれないけど、少なくとも、代表たちはお互いを尊重してる。
なら、ここで話をするのに何も気にすることなんてない。
「……ええ、勿論」
私が言いたいことを全部汲み取ってくれたような優しい笑顔で、ウェルバニーさんは頷いてくれた。
サンシュは私とウェルバニーさんを見比べるようにしてから、小さく溜め息を吐く。
「別にいいぜ、なんでも話してやるよ。何が聞きてえ?」
直前に溜め息を吐いてたとは思えないほどからっとした笑みを浮かべて、サンシュは首を傾げた。
その切り替えに若干驚きつつ、口を開こうとして、止まる。
そういえば、何か話をしたいと思っただけで、具体的な質問って考えてなかった。
このお二人からは、『祝福』と『呪い』のことも聞いてるし。
「え、ええっと、あの……そうだ、北の領地って、どんな感じなんですか?」
完全に苦し紛れの言葉だったけど、雑談としては丁度いいかもしれない。
「そうだなあ、取り敢えず寒い」
「そうですね」
端的に表現したサンシュに、ウェルバニーさんも頷く。
「雪も氷も美しいものではあるが、万年雪で閉ざされておると、流石にのう」
「え、万年雪?」
小さく溜め息を吐いたファービリアさんの言葉に、ぎょっとした。
「俺らが住んでるところは、雪が溶けるなんてこたあねえよ」
「そ、それは確かに寒そうだね……」
一年中雪が溶けないなんて、そりゃ寒いだろう。
「獣人族は基本的に寒さに強いですが、それでもそこで生活するにはなかなか過酷な地域と言えるでしょう」
ウェルバニーさんはそう言って、小さく苦笑した。
幾ら獣人族そのものが寒さに強くても、そこまで寒いと作物を育てることも難しいだろう。
何族であろうと、衣食住の確保は大事なことだ。
あの異界で見た蟲人さんたちも、過酷な環境で食料の確保は大変だっただろうな。
「そういえば、獣人族って、みんなもふもふしてるんですかね?」
何も考えずに口から零れた言葉に、一番びっくりしたのは私自身だ。
サンシュもウェルバニーさんも魅惑のもふもふだと思ってたからって、この世界のお偉いさん相手に『もふもふですか?』とか、言葉を選べよ自分!
「あ? ああ、獣人族は大抵毛皮があるな」
私の妙な言葉を何も気にした様子もなく、サンシュはそう答えてくれた。
「例外がないわけではないですが、基本的には毛皮がありますね」
ウェルバニーさんまで、私の発言を気にした様子もない。
せ、セーフ?
この世界のお偉いさんに向かって『もふもふ』とか言うの、セーフだった?
「正直、自前の毛皮がねえ奴にはきつい環境だからな。そういう血を持つ奴らが生き残ったんだろうよ」
少しだけ苦笑に近いものを浮かべながら、サンシュはそう言った。
万年雪に閉ざされた場所で生き抜くなら、確かに毛皮は必須だろう。
狼は兎も角、獅子っていうかライオンは寒い地方で生きるっていうイメージは私にはないんだけど、その辺りは異世界特有のあれやこれなんだろうか。
ひょっとしたら私が知ってうるライオンとは毛の密度とか作りとか、そういうのが違うのかもしれない。
「万年雪やら万年氷やらで閉ざされた土地だ、生きるだけでも結構大変なんだよ」
ふ、と笑って言うサンシュの言葉に、返そうとした言葉が喉の奥で止まる。
『じゃあ、他の土地で生きようと思わないのか?』なんて。
私が言えるはずもない。
この世界は、私が知識としてだけ持っている元の世界よりもずっと狭い。
土地には果てがあって、その先には何もないと言われているこの世界は、私が知っているそこよりもずっと狭くて、そしてこれ以上広がる可能性もない。
そんな閉ざされた箱庭のような場所で、簡単に種族ごと移動して生活するなんて、夢物語みたいなものだろう。
生まれ育った場所を捨てて移動しようと踏み出すことはできても、住みやすい土地には既に先住者が居て、大量の移民を受け入れられるほどの余裕はきっとない。
ただの個人なら、自分とその家族を連れて他に移ることができたかもしれないけど。
『個人』なんて言葉の意味を知らなくてもおかしくないくらい、多くのものを背負って生きなきゃいけないサンシュに、おかしな言葉を気安く投げ掛けるわけにはいかない。
大局を見て、考えて発言しなきゃいけない人に、個人の言葉は酷く無力で無遠慮だ。
「まあそれでも、面白いこたあ色々あるぜ?」
言葉に詰まって何も言えない私に、サンシュはにかっと笑う。
「雪や氷がねえと見れねえ景色も、食いもんもある。そういうのがねえとできねえ娯楽も、日常もある。ま、体験してみねえと判んねえかもしれねえけどな」
なんとも楽しそうに笑うサンシュの表情が優しくて、こっちも自然と笑顔になるな。
でも、確かにサンシュの言う通り、寒くないとできないことも、沢山あるんだろう。
「そうだ、全部終わったら、俺んとこ遊びに来いよ!」
え……は?
当たり前みたいに告げられたその言葉を受け入れるのに、少し時間が必要だった。
素直に『うん』と言えばいいだけのはずの言葉が、喉の奥に張り付いてすぐには出てこない。
少しだけ。
変な間が、その場に流れた。
続




