3-10『参謀様の裏の声』
第三章
第十話『参謀様の裏の声』
ファービリアさんがさらりと言ってくれた言葉の意味が、全く判らない。
だけど、あたふたしてるのは私だけ。
ファービリアさんは穏やかな笑みを浮かべていて、クレアさんは表情らしいものも浮かべずに主を見てるし、リクはなんだか少しつらそうな顔で視線を落としてる。
ファービリアさんの言う『リクの一族の悲願』っていうのは、まず間違いなく大お爺様を殺して欲しいっていうアレだろう。
それは判るんだけど、なんでそういう話を今リクがしたって、ファービリアさんは判ったんだろう?
「何、そう難しいことはない」
困惑してる私に、ファービリアさんは心の底から優しい笑みを浮かべた。
「余が此処に参ったその時、そなたの顔色は随分と悪く、表情が強張っておった。なんぞ、気の滅入るようなことを目にしたか、耳にしたか。いずれにせよ、『何かがあった』と判断するには充分ぞ」
「え……?」
顔色と表情って……まあそりゃあ、『人を殺して欲しい』と頼まれた直後だ、血の気が引いたままだったとして、何もおかしくない。
「そなたは自分が思うておるより、実に素直で優しく、顔に感情も出やすい」
苦笑を浮かべながらファービリアさんがそんな風に言ってくれるのを、どういう表情でなんて返したらいいのか判らなくて戸惑う。
「戸惑うことはない。それはそなたの美徳である」
「は、はい……」
実に堂々と告げられて、ただ頷くしかできない。
私は私のままでいいんだって、そう肯定されてる気がして、なんだかほっとした。
「『何かがあった』ことを、何故リクが一族の悲願をそなたに口にしたと思うたか、という話じゃが、それはあの娘……東の領主代理、ヒイラギの性格に依るものよ」
ヒイラギさんの、性格?
あの、綺麗で穏やかで面倒見がよくて、でも冷たくて計算高くて引くほど頭が良くて、そう見えて実はただただ優しいばかりのヒイラギさんの、性格に依るもの?
「レヴァン家が抱える悲願のことは、余たち各領代表は聞き及んでおる。代理という名目であれど、ヒイラギは現領主と些かの差もなき、実に稀有な代理よ」
それはつまり、代理という言葉は無意味な飾り物で、ヒイラギさんは間違いなく東の領主そのものだと、ファービリアさんは言っているわけだ。
私は本当の東の領主さんを知らないし、何を聞いても聞かなくても、東の代表っていえばヒイラギさんってことになるんだけど。
「ヒイラギはレヴァン家が抱える悲願を知り、アディの力も知っておる。誰ぞの無遠慮な後押しがなければ、己を含む一族の悲願すら口にできもせぬリクの性格をも知っておる」
ああ、そうだよね。
リクは私の力を知ってから、ずっと頼みたかったに違いないんだ。
『祝福』も『呪い』も消してしまえるこの力で、大お爺様の命を消して欲しいって。
「ヒイラギは自ら、その『誰ぞ』になった。それだけの話ぞ」
それは、つまり。
ヒイラギさんは、リクが一族の悲願を話せるように、『塔』のことを敢えて話したってこと。
ゴラちゃんがあの場所に居たのも、きっと彼女がそう頼んだんだろう。
陛下の花壇は特別な場所だ、そこに私がリクと一緒に行くって話は、各領主さんの耳に入ってもそうおかしくはないと思う。
『塔』に幽閉された『狂気』の人に会うっていうのは、世界樹の核に触れるっていう稀人の務めとはちょっと違うものだ。
言い方は悪いけど、私の使い道としては脇道に逸れることを提案して、リクの口を軽くさせた、ってこと?
いやあの人、何を何処までどうやって考えてんの?
「リク、判っておろうが、ヒイラギはそなたが踏み出せぬことへの一歩を歩み出させた恩人ぞ?」
「はい……重々承知しておりす」
小首を傾げたファービリアさんに、リクは痛々しい笑みを浮かべて、首を振る。
私には、ちゃんと理解できることじゃないけど。
だけど、少なくともリクは、正しく理解してるみたいだった。
あそこでゴラちゃんが陛下に告げた伝言に、リクの背中を押す意味があると理解した上で、私に大お爺様のことを話したんだろう。
いや、ヒイラギさんも凄いけど、それを察するリクも、その場に居なかったのに全部判ってますって感じのファービリアさんも凄いな?
そもそもヒイラギさんはきっと、リクがちゃんと自分の意図を察するだろうと踏んでこういう遣り方をしたんだろうけど……領地の代表とか、陛下の騎士とか務める人たちって、みんなこんななの?
脳みそ異次元じゃない?
「あの娘は余計なお節介を焼いた、程度に思うておるじゃろうがな」
そう言って、ファービリアさんは肩を竦める。
色んな人が色んな人に気を遣って、こんな形になったんだなあ。
私が全部事情を知っていたとして、こんな風に気を遣ってあげることができただろうか。
「さて、話を『塔』の住人に戻すとしよう」
話にひと区切り付いたところで、ファービリアさんがそう言って、小さく息を吐いた。
「この王宮には幾つか尖塔があるが、此度の話題に上るのは南に位置するものぞ」
そう言ったファービリアさんは、ちらりと壁を見遣る。
多分、そっちが南なんだろう。
「そこに居る者の名は、ユーリ。ユーリ・アミラ。中央貴族、アミラ伯爵家の三男坊じゃ」
中央貴族っていうのは、四方じゃなくてこの中央に住む貴族たちのこと。
この世界の中心で政治を行うのは元老院のお歴々だけど、四人だけで世界を回してるわけじゃない。
中央貴族たちは元老院のお歴々と一緒に、中央の政治を行ってるって話だ。
「『未来視』の『祝福』と、『狂気』の『呪い』を授かって生まれた者よ」
「み、未来、視?」
何それ?
未来が視えるってこと?
「言葉通り、未来が視える『祝福』よ。これまでその『祝福』を授かった者は多くはないが、それぞれ視る精度は違ったようじゃの」
それって、もし精度が高かったら、自由自在に未来が視えるってこと?
そんなのほとんど無敵の力じゃないか。
ああでも、視えるだけで変えることはできないとか、そういうこともあるのかもしれない。
例えば賭け事の結果を視ることができるとすれば確かに無敵だと思うけど、自分や大事な人の危機を視るだけで回避できないんじゃ、ちょっとした拷問だ。
「もっとも、どの『未来視』の『祝福』を授かった者も、まともにその力を使えないような『呪い』を授かっておる故、正確なところはよう判らぬがな」
まともに、『祝福』の力を使えない?
「当代の『未来視』を持つユーリも、『狂気』に侵され、真っ当な会話もできぬ」
ああ、やっぱりそうなんだ。
『狂気』の『呪い』について誰も詳細に説明してくれなかったけど、『狂気』なんて端的な言い方をされて想像する、きっとそれそのものの状態なんだ。
「『狂気』の呪いを授かった者は、大抵家族が家の中で飼い殺しにする。どんな有益な『祝福』を授かろうと、『呪い』の力が強過ぎて、まともに生活することもできぬ。じゃからというて殺すこともできぬという者が多い故な」
飼い殺し。
その言葉が鋭利な刃物みたいに、ずぶりと心の奥を刺した。
当人が望むことを制限して、外に出すことさえ許可せず、だけどその命を続かせる。
確かに飼い殺しという言葉が正しいと思うけど、その言葉は酷く心を抉るものだ。
反論のしようもないところが、特に。
「ユーリとて、『狂気』のみであれば、アミラ家の奥に居ったじゃろう。じゃが、ユーリは『未来視』の『祝福』も授かってしもうた」
はあ、と大きく息を吐き、ファービリアさんは首を振る。
こうしてファービリアさんが教えてくれるまで、私は『塔』に『狂気』の『呪い』を授かった人が居る、と言われただけだった。
『呪い』を授かってしまった以上、なんらかの『祝福』も授かってるんだろうって思ってはいたけど、それが『未来視』なんてとんでもチート能力だとは思わなかったな。
「『未来視』の力は、何かの弾みででも真っ当に発動すれば、世界の行く末を左右し兼ねぬものよ。故に王宮に召し上げられ、北の塔で飼い殺されておるのよ」
成る程納得、な結論に、私はただただ吐息を零すことしかできなかった。
「はああ……色々考えられてるんですねえ……」
まるっきり馬鹿みたいなことしか言えなかった私に、ファービリアさんは微笑んだ。
「余たちを責めぬのだな」
「は?」
思ってもみなかったことを言われて、私は何度も瞬きを繰り返す。
責めるって、ファービリアさんたちを?
なんで??
「片や命を終わらせる為にそなたの力を借りたいと申しておきながら、片や誰の目にも触れることのない塔の中で飼い殺し。嫌悪に似たものを抱いたとて、当然のことよ」
ああ、そっか、そうだよなあ。
そう言われてしまえば、酷い差があると言えるのか。
でも、さ。
「ファービリアさん、そのユーリさんって、何族です?」
「うん? ああ、人間族じゃの」
ああ、やっぱりなあ。
中央貴族のほとんどは人間族だってルーディアさんに教わってた通り、やっぱり人間族なんだ。
つまり、寿命は百年もないってこと。
「もしもその人が長命の竜人族や妖精族だったら、もう少し思うところもあったかもしれないですけど……でもそれでも、終わりがちゃんとあるなら、同じ反応だったかもしれないです」
そう、私が気にしてるのは、『終わり』が明確にあるか、ないか。
例え『狂気』という異常な状態であろうとも、終わりが明白にあるのなら、その終わりまでの時間をあるがままに過ごさせるっていうのは、一つの考え方だと思う。
例えば私の生まれた世界。
記憶はないけど確かに知識として残るあの世界では、生まれた時から、又は後天性な事情で、正気を保てない人も居た。
そういった人たちを集めた施設もあったし、ご家族でそういう人を面倒見続けてる家庭だって多かったと思う。
どんな理由があったとしても、人を殺すことそのものが罪になる世界だからっていうだけじゃなく、そういった人を寿命まで生き続けさせたいって思うご家族の心、それそのものが間違ってるとは思えない。
施設に入っても家庭で過ごしても、『本人が望むままの生き方』じゃないかもしれないけど。
でも、少なくとも世界が許容してくれる『あるがまま』に、最期まで生きるのを望まれていたと思う。
要は、明確な寿命があるかないか。
「種族としての寿命があるかとか、それすらも超える何かがあるかとか……巧く説明できないですけど。私が考え付くことなんて、その程度のものなんです」
そう、ただそれだけのことだ。
私の力や『狂気』を授かってしまったユーリさんや、リクの家庭の事情とかみんなの性格まで全部把握して計算したヒイラギさんとも。
そこまで気遣われてるって判っていながら、黙って受け入れたリクとも。
敢えてその事実を全て口にすることを選んだファービリアさんとも、私は違う。
種族としての終わりが明確にあるのなら、飼い殺しでも生きていて欲しいと願うことは否定しない。
だけど終わりの見えない人や、飼い殺しを望まない、望めない人には、誰かが終わりを用意してあげたっていいんじゃないか。
ただ、そう思っただけ。
何もかもが違い過ぎて、恥ずかしくなる。
「そなたは本当に、良い子じゃな」
優しく穏やかに微笑んで、ファービリアさんは真っすぐに私を見つめた。
世界を回す全てのことを理解し尽していそうな人からそんな風に言って貰えるのは、恥ずかしいようなむず痒いような、なんとも言えない感情に満たされる。
「なんにせよ、『塔』の主に会うということは、それなりの覚悟が必要であるということよ」
そう言ってから、ファービリアさんは静かに息を吐き出した。
「ヒイラギは恐らく、余がこのことを話すことも計算に入れておったのであろうよ」
「え?」
思ってもみなかったことを言われて、私はどんな顔をしていいのかも判らなくなる。
話を聞いてるだけって状態のリクやクレアさんは、揃ってなんか斜め下を見てた。
「余がそなたを気にして此処に参ることも、此処でどんな話が成されるかも予測して、その上で筋書きを立てたのであろうよ。誠、末恐ろしい娘よな」
う、嘘だろ?
それが本当なら、あの人って、どんな視界で生きてるんだろう?
自分が焚き付けたことでリクが動くことまでは予想できるとしても、ファービリアさんがここに来て色々説明してくれることまで全部計算の内なんて、そんなことある?
でも、リクやクレアさんが否定しないし、なんていうか、『だろうな』って顔して斜め下見てるってことは、本気で?
しかもファービリアさんは『末恐ろしい』って言った。
ってことは、この程度の予測、まだまだ序の口ってことだ。
正直言って、『未来視』の『祝福』より、ヒイラギさんの頭脳のほうが頭おかしいと思う。
「あ、あの……」
思わず口をついて出た言葉の先を促すように、ファービリアさんは小首を傾げた。
リクとクレアさんも、私が何を言うのかっていう感じで、こっちを見てる。
「ヒイラギさんって、なんの『祝福』を授かってるんですか?」
いやだって、そう訊くしかなくない?
『未来視』とは違うけど似たような『祝福』を授かってるとしか思えなくなくない?
「ふふ、はははははっ!」
真顔の私に、ファービリアさんは実に楽しそうに笑った。
リクとクレアさんはなんか言いたげな、だけど言えないって顔で私とファービリアさんを見てる。
「まあ、アレを見ればそう思うのも無理はない。じゃが、アレの『祝福』も『呪い』も、『未来視』のようなものでも頭脳に関することでもない」
笑いながら、ファービリアさんはとてもじゃないけど信じられないことを言った。
そりゃ『未来視』なんて特殊な『祝福』は授かってないかもしれないけど、何かしら頭の回転を加速させる『祝福』は授かってるんじゃないかと思ってたのに、そうじゃないらしい。
「直に尋ねてみるがよい。そなたになら、包み隠さず答えようぞ」
「え、えええ……?」
ころころと楽しそうに笑うファービリアさんに、私は情けない声を零すことしかできなかった。
続




