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創り人の箱庭  作者: サボ
第三章
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3-6『私事では御座いますが』

第三章

第六話『私事では御座いますが』



 話したいことがあると言ったリクは、私が頷いたのを見て、少しだけほっとしたような顔をした。

 それでも普段の彼よりも表情が硬いような気がするから、これはよっぽどのことを言われるのかもしれない。

 それがどんなことなのか予想すらできなくて、私はただ、真っすぐにリクを見つめる。

 リクは少しだけ目を伏せて、小さな溜め息を吐いた。

「……君の力は、『祝福』も『呪い』も消してしまうものだ」

「? うん、そうだね」

 改めてそんなことを言われて、私はただ目を瞬かせる。

 リクに言われるまでもなく、ここ少しの間で嫌と言うほど実感した、私の力。

 それが『祝福』によるものなのか、それとも『呪い』がもたらす効果なのかも判らないままだけど。

「この世には、『呪い』の力が強過ぎて、『祝福』の補助がなくては生きていけない命がある」

 告げられた言葉に、心臓が一度、どくんと跳ねる。

 私が触れる、ただそれだけのことで、誰かの命が消えることも有り得るんだと、そう告げられる度に心臓の裏側が抉られるような気持ちになった。

「それは確かだ。自分も、そうなるであろう人物を何人か知っている」

 ああ、そっか。

 やっぱりそうなんだ。

 そういう危険性がある『祝福』や『呪い』が過去に記録されてるってだけじゃなくて、今この時、この時代にも、確かにそういう人が居るんだ。

「だが」

 少しだけ長く瞬きして、リクは先を続ける。

「だが、『呪い』があるからこそ生き続けねばならない命もある」

「え……?」

 リクの言葉の意味が判らなくて、何度も目を瞬かせる。

 『呪い』の力が強いから、『祝福』の補助がないと生きていけないっていうのは判るけど、『呪い』があるからこそ生き続けてるなんて、想像もつかなかった。

 いや、そういうんじゃなくて。

 リクの言葉の違和感は、そこじゃない。

 生き続けなければ『ならない』っていう言い方だ。

「自分の五代前の祖父は、自分と同じ『英雄』の『祝福』を授かっている」

 は、はい??

「ご、五代前?」

 五代前って、おじいちゃんの更におじいちゃんってことだよね?

 ご先祖様って表現して何も差し支えないその人のことが、今、どうして出てくるんだろう?

 『英雄』の『祝福』を授かる人が、リクの家系に多く出てるっていう話は聞いた覚えがあるから、ご先祖様が『英雄』だからって、何も不思議はないけど。

「ああ、五代前だ。高祖父の、その上だな」

 囁くように言って、リクは絵に描いたような苦笑を浮かべる。

「その五代前の祖父が、まだ存命だと言って、信じるか?」

「は、い……?」

 五代前の先祖が、生きてる?

 曾祖父くらいなら判るけど、その更におじいちゃんが生きてるとか、有り得る話なのか?

 そりゃ、長命な妖精族や竜人族なら、ひょっとしたら有り得る話なのかもしれないけど、少なくともリクは人間族だ。

「自分の五代前の祖父は、『英雄』の『祝福』と、『不死』の『呪い』を授かった」

 静かな、静かな声が告げる、冷たい言葉。

 『不死』。

 死なないこと。

 死ねないこと。

「ふ、し……?」

 不老不死を夢見る人は、きっととても多いんだろう。

 いつまでも死にたくないと望む人は、私が想像してるより、ずっと多いと思う。

 そんな不死が、『呪い』?

 いや、違う。

 みんな『不死』が欲しいんじゃない。

 若い姿のまま、永劫を生きたいんだ。

 欲しいのは、『不老不死』だ。

「『不死』は、『呪い』だ」

 淡々と告げられた言葉に、眩暈がする。

 その意味が判り過ぎて。

「……う、ん」

 私が答えられたことなんて、ただそのひと言だけ。

 そこにどれだけの気持ちが込められているのか、判りもせずに。

「自分の五代前の祖父……うちでは大祖父と呼ばれているが、彼は今も、死ねずに居る」

 意味のあることなんてほとんど何も言えない私に、リクは静かな口調で続ける。

「ベッドの上でただ一日中、眠っているだけだ。たまに起きても、碌に声を出すことも自分で動くこともできない。自分が生まれた頃にはもう、そうだったと聞いてる」

 ぞっとした。

 その光景を思い浮かべるだけで、ただただぞっとした。

 どんな状態でベッドに横たわっているのか、正確な想像はきっとできていないんだろうけど。

 それでも、声を出せず、動けもせずにただ横になっているだけの日々が永久に続くなんて、あまりに酷い。

「そん、なの……」

 言葉を続けようとして、できずに止まる。

 だって、『そんなのは、ただ心臓が動いて、息をしてるだけだ』なんて、私からは言えない。

 『そんなのは生きてるなんて言えない』なんて、言えるはずがない。

「ああ、そうだな」

 そんな私に、リクは穏やかに微笑む。

「そんなものは、ただ心臓が動いているだけだ。ただ息をしているだけだ。とても、生きているとは言えない」

 私が思っているそのままの言葉を告げられて、息が詰まった。

「私は……私たち家族、一族は、彼に穏やかな死を与えてくれる人を、ずっと求めている」

 それはあまりにも痛々しくて、身を引き裂かれるような鋭い願い。

 肉親を殺して欲しいなんて、そんな願いを抱いてしまうくらいに、つらい状態なんだろう。

 植物状態の家族を、それでも目が覚めるかもしれないと延命希望する家族とは種類が違うんだ。

 だってリクのご先祖様は、今この瞬間も老化が進んでいる。

 もう事態が好転することがないのなら、終わりにしてやって欲しいと、そう願ってる。

 それは冷たくて、痛くて、寂しくて。

 だけどそれはきっと、何よりも切望している事実。

 そして、その祈りにも似た願いを叶えられるのは、私。

 『祝福』も『呪い』も消す力を持った、私。

 私のこの手がその人に触れれば、『不死』の『呪い』で生き続ける人は、きっと死ぬ。

 私が。

 殺す。

 その人を。

 辿り着いた一つの真実が、急速に私の血の気を奪っていく。

 室温が一気に数度下がったみたいだ。

「……アディ」

 自分が何を言いたいのか正しく伝わったと感じたんだろう、リクは酷く申し訳なさそうな苦笑を浮かべる。

「済まない、君を怖がらせるつもりは……いや、違うな」

 静かな声で言った彼は、一度首を振った。

「君が怯えることは判っていた。無理強いをするつもりもない。だが、どうしても今、言っておきたいと自分が思った。ただそれだけの、自分の我が儘だ」

 眉尻の下がった、情けなくも見える苦笑のまま、リクは私を見つめる。

 あの大樹の上で会ってからこっち、リクの我が儘なんて、一度も聞いたことがない。

 というか、自分の気持ち自体、強く主張したことはなかったんじゃないだろうか。

 いつも騎士としてなのか、それとも『英雄』としてなのか、乞われたことを叶える為に動き、それを果たしていた。

 そんなリクが、自分で『我が儘だ』というその言葉は、あまりにも重い。

「済まない」

 私が何も答えないからだろう、リクはもう一度そう言って、頭を下げた。

 違う。

 違うんだよ。

 そりゃ『人を殺して欲しい』って言われて、驚かないわけもないし、怖くないわけもない。

 だけど、そんなことを一族の皆様が願わなきゃいけないくらい、『不死』の『呪い』は痛ましいんだろう。

 優しいリクが、どんな思いで私にそれを口にしたのか、想像できないわけじゃない。

 ただ、なんて返せばいいのか判らないんだ。

 『判った』と頷けばいいのか、それとも『そんなことはしたくない』と首を振ればいいのか。

 どうしたいのかすら、私自身が判らないんだ。

「……あの、さ」

 頭を下げたままのリクに、漸く絞り出した私の声は、掠れていてなんとも聞き取りづらいものだった。

「ごめん、ちゃんと、声が出なくて……」

「それは仕方がない」

 顔を上げたリクは、申し訳なさそうな顔で首を振る。

「いや、そうじゃ、なくて」

 これ以上、リクが自分の言葉に後悔してる姿を見たくなくて、少し強引に声を引っ張り出した。

 なんだ、ちゃんと出るんじゃないか、私の声。

 また引っ込んでいかないように、一度深呼吸をしてからリクを見る。

 きっと、出会ってから初めて言ってくれた、『自分のこと』。

 それを、『やっぱり言わなきゃ良かった』なんて後悔だけで終わらせたくない。

 ここでちゃんと私の気持ちを伝えておかなきゃ、もうリクから『自分のこと』を聞けないような気がしたから。

 だから、少しだけ頑張って、ちゃんと思ってることを伝えよう。

「驚いたし、怖いとも思うけど、嫌だと思ったわけじゃないんだ」

 なんて伝えれば正解なのか判らないまま、私は言葉を続ける。

「正直言って、私がどうしたいのか、どうすればいいのかは判らないよ。だけど、言って貰って良かったとは思う」

 『不死』なんて『呪い』があることに、驚きはした。

 それを消すことのできる私は、ただ触れるだけでその人を殺してしまうことができるっていう事実も、それをご家族が望んでることも怖いと思った。

 だけど、それを告げられて、嫌だったわけじゃない。

「私の力のことを知ってから、ずっと言わずにいてくれたんだよね?」

 首を傾げれば、リクは斜め下に視線を落とした。

「ひょっとして、その方がまだ元気な頃、ご家族に何かお願い残されてたんじゃない?」

 続けた私の言葉に、はっとして顔を上げたリクの表情は、少し強張ってる。

 ああ、やっぱりなあ。

 自分がどんな形で生き永らえることになるのか想像がついていたら、きっと言葉を残してると思った。

 残した言葉の内容も、想像がつく。

 だって、リクのご先祖様だし、同じ『英雄』の『祝福』を授かったような人だ。

「……『この『呪い』を解くことができるなら、躊躇わず実行すること。延命も、復活も望まない』と……」

 予想通りの言葉に、自然と苦笑が浮かぶ。

 どんな姿であれ、生きることに固執する人だって居るだろう。

 どんな姿であれ、生きていて欲しいと願う人も居るだろう。

 それでも一族全員がその方の死を望むと言うなら、本人からの確かな言葉が残ってるんじゃないかと思った。

 少しだけ意外だったのは、『復活』も望まないという言葉。

 もしもまた若い姿で元気になれるとしたら、それは嬉しいことなんじゃないかと思う。

 だけど、一度若返っても、また同じように肉体の老化が進んで、また昏睡状態のまま生き続けることになるのなら、それは確かに、望みたくないことかもしれない。

「大祖父は、まだ身体が自由に動き、言葉を告げることが頃に、それを遺言とした」

 命がまだ続いているのに、その言葉を『遺言』と表現するのは、少し意味が違うのかもしれないけど。

 それでも、その言葉は確かに『遺言』だ。

「よく、そうであろうと気付いたな?」

「うん……だって、リクのご先祖様だし」

 小さく首を傾げられて、私は苦笑を浮かべる。

 そんな私の言葉を聞いたリクは、少しだけ目を見開いた。

「なんとなくだけど、リクだったらそういうこと、ちゃんと残しておきそうだなって」

 だってそうでもなけりゃ、一族全員がその人の死を願うことなんて、有り得るか?

 言葉で聞くだけじゃ、今本当はどんな様子で眠り続けているのか判らないけど、それでも確かに生きている家族の死を、全員が望むだろうか。

 きっと大お爺様は『英雄』という『祝福』の名に恥じないような生き方をしてきたんだろう。

 きっと高潔で、曲がらない人だったんだろう。

 だからその人が残した言葉を……死という誰もが避けられないはずのことを、家族は受け入れているんだろう。

「あのね、リクが個人的なこと言ってくれたこと、嬉しいと思うよ」

「そ、それは……」

 正直なことを言えば、リクは何処か照れたような、戸惑ったような顔になった。

「だから、謝らなくていいんだ。驚いたし怖いとも思うけど、嫌じゃないから」

 さっきも言ったことを繰り返して、できるだけ自然に見えるように微笑む。

 『人を殺して欲しい』と言われたことを、思い出さないようにして。



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