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創り人の箱庭  作者: サボ
第三章
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3-5『参謀からの伝言』

第三章

第五話『参謀からの伝言』



 陛下と私に撫でられたゴラちゃんは、そのままリクのほうにとっとっと、と歩み寄り、リクにも撫でて貰っていた。

 意外と構って貰うのが好きなのかもしれない。

 ゴラちゃんはそのままリクの肩に載せて貰って落ち着いてる。

 ヒイラギさんの肩に載ってたり、抱っこして貰ったりしてるのをよく見るから、そういう位置が本人としても落ち着くのかな。

「そういや、陛下の兄ちゃんにもし会ったら伝えてくれって言われてたんだよ」

「うん?」

 『陛下の兄ちゃん』なんて妙な呼ばれ方をして、それでも陛下は戸惑った様子もなく小首を傾げる。

「『塔に連れて行ったほうがいいんじゃないか』ってな」

 誰からの伝言とも言わずに伝えられたそれを聞いて、陛下の身体が微かに強張った。

 手を繋いでる私には、その緊張が直に伝わってくる。

 ゴラちゃんはいつもヒイラギさんと一緒に居るから、きっと彼女からの伝言なんだろうけど、『塔』ってなんだろう?

「正式にはちゃんとヒイラギが言うだろうけどよ、折角会えたし、先に言っとくな」

 陛下の動揺に気付いたのか気付かなかったのか、いつも通りのゴラちゃんを見てると、よく判らない。

 ただ、ゴラちゃんを肩に載せてるリクの表情が、いつもより少し硬いことくらいは判る。

 その『塔』っていうところに何があるのかは判らないけど、きっと私を連れて行ったほうがいいんじゃないかって、ヒイラギさんが思ってるってことだろう。

 陛下やリクの反応からして、あんまり楽しいことがあるとは思えないけど。

「……そう、判ったよ」

 私の手をぎゅっと強く握って、それでも陛下は小さく微笑んだ。

「詳しくはヒイラギから聞くことにするよ。時間の都合がつき次第、私に連絡をくれるよう言って貰えるかい?」

「おう」

 成人に満たない顔の中に、凛とした色を湛える陛下に、ゴラちゃんは小さく頷く。

「悪いな、折角素に戻ってたってのに」

 それから、相変わらず感情のあまり籠らない声で、そう言った。

 陛下は何度か瞬きして、それから苦笑を浮かべる。

「意識していたわけじゃなかったんだけどね」

 そう言って、陛下は私と繋がってる手を、ちらりと見つめた。

「こうしている間は、『祝福』も『呪い』もないから、つい、ね」

 そんなことを言った陛下の目は、酷く寂しそうな色に満ちてる。

 この世界で『祝福』や『呪い』に縛られてる人は数多いだろうけど、陛下ほど雁字搦めの人って、そう居ないんじゃないだろうか。

 『王』の『祝福』を授からなければ、彼は此処には居ない。

 それさえなければ、領主の家に預けられて過ごすこともなかっただろう。

 貴族の長みたいな形なのに、実際の統治は全て元老院が力を持つような、ちぐはぐな立場になんてなってなかっただろう。

 大人とは呼べない姿で見た目が止まってしまうのは変わらないとしても、自分のことを『僕』って呼ぶ、無邪気な笑みを浮かべられる人だっただろう。

 少なくとも、私みたいなわけの判らない奴の相手はしなくて済んだはずだ。

「いいんじゃねえか、それで」

 ぽん、と放るように言って、ゴラちゃんはこりこりと頬を掻く。

「四六時中気を張ってられる奴なんて、居やしねえよ。そうする必要も、多分ねえさ。適度に息抜きしな」

 音の上下があまりない声は感情を汲み取りにくいけど、それでもゴラちゃんが陛下を気遣ってるのは伝わってきた。

 ああ、陛下が私に言ってた言葉、ちょっと判った気がする。

 言葉は確かに大事だけど、伝えたい心があるかないかも大事なんだ。

「ふふ、ありがとう」

 陛下は穏やかに微笑んで、ゴラちゃんにそう言った。

「どう致しましてってな」

 ゴラちゃんはひらひらと手を振ってそう言うと、リクの肩の上で立ち上がる。

「さて、俺はそろそろ行くぜ。あんまりのんびりしてると、ヒイラギが探しちまうからな」

 何処かのんびりとした口調で言って、ゴラちゃんはちらりとリクのほうを見た。

 リクは手慣れた様子で、ゴラちゃんを肩から地面に降ろしてやる。

「送らなくて大丈夫?」

 地面に降りたゴラちゃんに向かって、思わずそう声を掛けていた。

 ゴラちゃんは小さくて歩幅も狭いから、この広い王宮を歩くのは大変なんじゃないかと思ったんだ。

「うん? ああ、大丈夫だ。ありがとな」

 私を仰ぎ見て、ゴラちゃんは口の端に小さく笑みを浮かべる。

 なんだろう、凄くシンプルな顔なのに、妙に男前な気配がするな。

「じゃあな」

「気を付けてね」

 ひらひらと手を振るゴラちゃんに、陛下も緩く手を振る。

 それを見てから、ゴラちゃんは身を翻し、とっとっと、と軽快な音を立てて走り出した。

 その姿は思ったよりも早く遠ざかって、気付いたらもう影も見えない。

「い、意外と足が速いんですね?」

「本気を出せばもっと速いよ」

 思わず呟いた言葉に、陛下の楽しそうな答えが返ってくる。

 ええええ? あの小さな魔物の本気って何?

 足の速さに全振りしてる感じなのかなあ。

 でも、本来は自力で動いたり喋ったりしない魔物の特徴としてはおかしい気もする。

「……人も魔物も、見掛けによらないものですね……」

「ふふ、そうだね」

 ぽつんと呟いた私の言葉に微笑んで、陛下は静かに歩き出した。

 花壇の外まで足を進めて、少しだけ強く私の手を握る。

 きゅう、と握られた手を不思議に思うより先に、温かな手が離れていった。

「正式なことは、また今度話すことにするけれど」

 私から手を離した陛下からは、いつも通りの年不相応な落ち着きと穏やかさしか感じられない。

 ついさっき見掛けた無邪気さなんて、幻だったんじゃないかと思うくらいの切り替わりだ。

「アディ、君が触れることで……授かったものが消えることで、生きてはいけない人が居るのは確かだ」

 不意に告げられた言葉は、心の裏側に容赦なく爪を立てる。

 陛下が素手で花に触れればそれを塵にしてしまうのと同じように、私も誰かの命をそれと知らずに消してしまう恐れがあるんだ。

「だけどね」

 爪を立てられた場所から零れる、言い表しようのない罪悪感みたなものが胸に広がりきる前に、陛下は言葉を続けた。

「だけど、その力が心を救ってくれることもあるんだよ」

 ふわりと微笑んだ陛下の表情はとても優しくて、心の裏側に付いた爪痕を優しく包んでくれる。

 その言葉が希望的観測じゃないことは、ついさっきまで嬉しそうに花に触れていた陛下のものだからこそよく判った。

 花に触れることができないなんて、人の生き死にに比べれば小さいことかもしれない。

 でも、陛下にとっては確かな救いになるんだろう。

「正式なことは、ヒイラギと話をしてからにするけれど」

 そう言って、陛下は視線をずらした。

 その視線を追うように振り返ってみれば、いつも通り見事に手入れの行き届いた王宮が見える。

 でも今は、これまでは気にしていなかったものに目が行った。

 広い王宮の敷地内に、幾つか高く聳え立つ尖塔。

 今までは単純に遠くを見渡す為のものだったり、そういう様式なんだろうなって、漠然とそんなことを思っていたんだけど、さっきのゴラちゃんの言葉を聞くとそれだけとも思えない。

 陛下が見ているのは、幾つか見える背の高い尖塔の中の一つ。

「数ある『呪い』の中に、『狂気』というものがあってね」

「え……」

 静かな声に振り返れば、陛下の目は寂し気に揺れていた。

「生まれ落ちたその日から、彼は狂っている」

 ぞくんと、背筋が震える。

 狂気。

 たったひと言が伝えてくる、深い闇色。

 生まれたその瞬間から深い闇色を纏うような人が居るなんて、想像したこともなかった。

「その……」

 何をどう言えばいいのか判らなくて、言葉が詰まる。

 その人はどんな人なのかって訊くのも、何か違う気がして。

 ただ、私に何をして欲しいとヒイラギさんが望んでいるのか、それだけは判った。

 『狂気』が『呪い』であるのなら、私が触れることでそれは消える。

 同時に『祝福』も消えてしまうから、どんな有益な『祝福』を授かっていたとしても、それを使って貰う為に私が必要なわけじゃないとは思うけど。

「大丈夫だよ。君一人に全てを任せるようなことはないから」

 ふわりと微笑む陛下に、私はただ、頷くことしかできなかった。



 陛下に『狂気』の『呪い』の話を聞いてすぐ、私たちはあの花壇をあとにした。

 帰り道、いつもみたいに少しだけ先を歩いてくれるリクとの間に、会話らしいものはほとんどなかったと思う。

 別に落ち込んでるわけでも、塞ぎこんでるわけでもないと、自分では思ってるんだけど。

 でも、生まれたその瞬間から……いや、ひょっとしたら生まれる前から『狂気』なんて呪いを授けられてしまった人のことを考えると、自然と口数が減ってしまう。

 その人に会うことが怖いのかと訊かれれば、そうじゃないとは言い切れない。

 どんな外見の人だって、どんな症状を持つ人だって、生きる命に変わりはないとは思うけど、恐怖とも嫌悪とも違う微かな拒絶反応みたいなものが、どうしても心の奥から滲み出る。

 あの蟲人の長老のことだって、その特異な姿に私は尻込みした。

 ファービリアさんたちは、そんなことなかったと思うけど。

 私はそんなことを考えながら歩いてたから、口数が減ったんだと思う。

 でも、いつも通り一緒に歩いてくれていたリクは、そうじゃなかったように感じた。

 元々ころころと表情を変えるほうじゃないけど、帰り道のリクは、口を真一文字に引き結んで何か難しいことを考えてるような雰囲気だった。

 いや、難しいことっていうか……何か悩んでるような、そんな雰囲気に近かったと思う。

 私にと用意されている離宮に戻ってもリクの表情は変わらなくて、リビングで向かい合わせに腰を下ろしてもやっぱり同じ。

 ルーディアさんが薫り高い紅茶を用意してくれて、その場を去ってからも、暫くそのままだった。

 流石にずっと無言っていうのも気まずいかな、と思った、そんな矢先。

「……アディ」

「うん?」

 不意に名前を呼ばれて、私はリクを見た。

 今まで思い悩んでいたような顔をしてたリクが、それに答えを出したような、何かを決意したような、真っすぐな目で私を見ている。

 交わった視線を逸らすことさえできない強い力が、その目にあった。

「聞いて欲しい話がある」

 いつも低くて安定感のある声が、今は少しだけ震えているような、不安を含んでいるような、そんな気がする。

「君の負担を増やすだけだと、そう判っている。だが、今言わなくてはならないと、そう感じた」

 そう言って、リクは少しだけ目を伏せた。

 今のリクの声音を、なんて表現すればいいのか判らなかったけど、やっと判った。

 躊躇いがち、だ。

「……なんの話かは判らないけど、大丈夫だよ」

 そんなリクに、私は自然と微笑んでいた。

「リクが私に聞いて欲しい話だって思ってるなら、ちゃんと聞くよ。それで私が何を返してあげられるかは判らないけど、ちゃんと聞く」

 この世界で目を覚ました最初の瞬間から、リクは私に手を差し伸べ続けてくれた。

 あの銀色の大樹に引っ掛かってた、その時から。

 例えそれが、リクにとっては『多分これが稀人なんだろう』っていう思いからくる行動だったんだとしても、文字通り何一つ持たない私にしてみれば、あの時差し伸べられた手は正しく救いの手だった。

 だから、その手の主が望むことなら……それが私の常識の範疇内なら、なんだって頷く。

「その話を聞いてどうするかは、判んないけど」

 はは、と苦笑が浮かぶ。

 何しろどんな話をされるか、なんのヒントもない状態だ。

 そんな注釈を付けて当たり前だろう。

「ああ、そうだな」

 そんな私に、リクは同じような苦笑を浮かべた。

「自分でも、どんな反応をして欲しいのか、実はよく判っていない」

 続けられた言葉は、どう受け取ればいいのか判らなくて。

 私はただ、小さく首を傾げた。



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