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創り人の箱庭  作者: サボ
第三章
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3-4『小さな花壇』

第三章

第四話『小さな花壇』



 ひとしきり楽しそうに笑っていた陛下が落ち着いた頃、私はふと思い付いた。

「あの、もし良かったら、花に触れますか?」

 右手の手袋を外して、そう声を掛けてみる。

「いいのかい?」

 ちょっと食い気味且つ前のめりで、陛下は私に手を伸ばしてきた。

 だけど、半歩私に近付いてから、陛下は急に動きを止める。

 あ、ひょっとして、軽々しく触れちゃまずいか?

 私に触れれば確かに『花忌み』という『呪い』は消えるけど、それと同時に『王』という『祝福』も消えてしまう。

 そうじゃなくても、身体にどんな影響があるかも判らない私の力に、ほいほい触れていい立場じゃない。

 あの日、ヒイラギさんにお願いされて私に触れたのは、飽く迄実験だったっけ。

 一瞬でここまで考えて、手を引こうとしたその時。

「お手をどうぞ」

 実に優雅な所作で、陛下が私に手を差し伸べてくれた。

 え、ええっと……?

 ひょっとして、勢い込んで私の手を掴もうとしたのを、寸前で軌道修正してくれたっていうこと、かな?

「あ、あはは、えっと、その……はい」

 こんな風に仰々しく手を取られるのは、どうにも慣れない。

 しかも相手は貴人中の貴人、この世界の王様だ。

 それを誤魔化すように笑ってみたけど、一切誤魔化せてないな、これ。

 まあそれでも陛下はにこにこ笑ったままだし、よしとしておこう。

 差し出された自分よりもずっと小さな手に、そっと手を重ねた。

 もう慣れてしまった視界の色彩反転を見ながら、初対面で『レディ』とか呼ばれたときのことを思い出してしまって、妙に気恥ずかしい。

「ありがとう」

 自分の『祝福』や『呪い』が消えたのを感じたんだろう、陛下はにこりと微笑んで、そんな言葉を掛けてくれた。

 私がなんて答えればいいのか悩んでるうちに、陛下は静かに踵を返して、ゆっくりと足を進める。

 きっと、人に手を取られて歩くことになんて慣れてない私に配慮してくれてるんだろう。

 私よりずっと背の低い少年に手を引かれてるのに、全然歩きにくくもないし、違和感もない。

 リクは完全に控えとして立ち回るつもりらしく、無言でそっと後ろに付いてくれてる。

 普段は普通に喋ってくれる人たちが、陛下や領主さんたちの前だと影みたいになるの、やっぱりちょっと寂しいなあ。

 騎士だって地位としてはかなり高いし、リクに至っては侯爵家の血筋。

 それだけ肩書が揃っても、陛下や領主さんたちは別格なのかなあ。

「ああ、本当に触れられる」

 ぼんやりそんなことを考えてるうちに、陛下は花壇の花に手を伸ばしていた。

 少年らしい小さくて柔らかい手が、鮮やかな深紅の花びらに触れてる。

 色鮮やかに咲く花は、陛下の白い指を穏やかに受け入れて、静かな風に揺れていた。

「あの時、生まれて初めて花に素手で触れることができたんだ。本当に嬉しくて、できればもう一度……自分で育てた花に触れてみたいと思っていたんだよ」

 囁くように言いながら、陛下は赤から黄色、黄色から白へと指を滑らせる。

 その様子は本当に凄く嬉しそうで、楽しそうで。

 花を傷めないようにだろう、強くは触れない陛下の優しさが、見てるだけで伝わってくる。

「触れることができなくても、育てることはできるんじゃないかと思って、こうして王宮の一画を借りてみたけどね。矢張り、こうして触れられると格別だね」

 ああ、やっぱり。

 『呪い』は、どんなものだって、その人の心に影を落とすんだ。

 直接命に関わらない『呪い』だって……命に関わらないからこそ、常に心を蝕む。

「私が『王』になってから、式典で花を吹雪かせることもなくなってしまってね」

 静かに振り返って言う陛下の笑みは、さっきまで楽しそうに笑っていたのとは打って変わってしまっていた。

 その表情の差がなんだか痛々しく見えて、私は思わず手を握り締めてしまう。

 片方の手は陛下に預けたままだから、籠った力はそのまま陛下に伝わってしまった。

 陛下は少しだけ瞬きをして、それからぎゅう、と私の手を握る。

 それは『手を取る』っていうんじゃなくて、『手を繋ぐ』っていう形だ。

「……!」

 後ろでリクが何か言おうとしたみたいだったけど、結局言えなくて息を飲むような、音というか気配というか、なんかそういうものを感じる。

 陛下もそれは感じてるんだろうけど、何も言わずにきゅう、と握る手に力を籠めた。

 指が絡まる感じに繋がれてしまったから、かなり強い力で振り回さないと、その手は外れそうにない。

「もう少し、一緒に歩いて貰ってもいいかい?」

「え? あ、はい、勿論」

 断る理由もないし、素直に頷けば、陛下は嬉しそうな顔で笑った。

 普段の陛下は実際の年齢と肩書に見合った表情が多いけど、今の陛下はなんだか見た目の年齢に見合ってる気がする。

 繋いだ手の穏やかな温もりが、まるで子供体温みたいでちょっと微笑ましい。

 ああ、でもあれか。

 幾ら二百年以上を生きてても、身体はやっぱり、子供のままなのかな?

 ……あれ、そういえば。

「あの、陛下」

「うん?」

 気になってたことを訊こうと思って声を掛ければ、振り返って小首を傾げてくる。

 その仕草が見た目通りに可愛くて、なんか、喉の奥から変な音が出そうだった。

「えっと、あの、陛下って二百歳以上って、ほんとですか?」

 言葉に迷って、なんか変な訊き方になった気がする。

 ああほら、陛下がきょとんとしてるじゃないか。

「いや、あの、クイニークさんたちにそう聞いてて……」

 あわあわと手を振る私に、陛下はにこにこ笑った。

「この年齢で外見が止まる人は珍しいからね。信じられなくても仕方がないよ」

 そう言った陛下の口調は、普段よりも少し砕けているように感じる。

「それと、僕の年齢だったね」

「え? あ、はい」

 今の短い言葉に違和感を覚えたけど、それが何故かよく判らない。

「確かに二百年以上は生きているよ。不思議かい?」

「あ、いえ、長命の種族ってことは聞いてるので、それは不思議じゃないんですけど」

 違和感の正体は取り敢えず考えないことにして、私は首を振った。

「『祝福』や『呪い』って、生まれた頃にはもう授かってるんですよね?」

「うん、そうだね」

「じゃあ、陛下の治世って、二百年くらい続いてるってことですか?」

「ああ、そこが不思議だったんだね」

 首を傾げたら、陛下はにこにこ笑ったままうんうんと頷いた。

「僕が正式に『王』として中央に入ったのは、百年と少し前くらいだよ。『王』の『祝福』を授かって次代が生まれるのは、先代がご存命の頃からで、いつ交代することになるのかは判らないからね」

 あ、そういう感じなのか。

「過去には次代の『王』が幼少の頃に先代の『王』が崩御されたこともあるけど、実際に統治をしているのは元老院だからね」

「あ、あはは……」

 苦笑を浮かべる陛下に返す言葉が見付からなくて、なんとなく愛想笑いをしてしまう。

 この世界、『王』は一人だけだけど、それは家柄から選ばれるわけでも、能力から選ばれるわけでもない。

 当然、帝王学のての字も知らない人やどう考えても暴君になるような人が上に立つこともあるから、実際に国を統治するのは『王』じゃないわけだ。

 四方領主が代替わりした人たちが元老院と呼ばれる組織に入るらしいんだけど、私はまだ、その誰とも会ったことがない。

 今の領主さんたちのご両親のどちらかってことが多いみたいだけど……ちょっと見てみたい気もするし、避けたほうがいいのかもしれないとも思う。

「『王』の『祝福』を授かった子供は、普通、各地方領主の館に引き取られるんだ。僕もクイのところに引き取られて育ったんだよ」

 にこにこと笑いながら話してくれる陛下の違和感が、ここにきてやっとはっきり判った。

 さっきから陛下は自分のことを『僕』と言ってる。

 それに、『クイ』っていうのはクイニークさんのことだと思うけど、今まで陛下が誰かを愛称で呼ぶのを聞いたことがなかった。

 なんていうか、今の陛下は、いつもと比べて少しだけ砕けてるっていうか、気を抜いてるっていうか……強いて言うなら公私の私のほうな気がする。

 堅苦しいのは苦手だけど、この些細な違いは、そんな私に陛下が気を遣ってくれてるって感じじゃなかった。

「黎明の石板を身に宿すことができるのは、先代の『王』が崩御されてからなんだ」

 少しだけ苦笑に似た笑みを浮かべる陛下の言葉を、ただ黙って受け止める。

 それじゃあただ『呪い』があるだけの厄介な体質ってだけじゃないか。

 愚痴を零したわけでもない陛下に、なんて言葉を返せばいいか判らない。

 無意識に力が入った私の手を、陛下は優しく握り返してくれる。

「『王』であってもなくても、こうして花に触れることは今まで絶対にできなかったから」

 それこそ花が綻ぶような笑みを私に向けてから、陛下は花壇のほうに視線を移した。

「だから、こうして手を繋いでいる間だけでも触れていられるのは嬉しいし、こうしている間はこの世界に『王』が不在だっていうことも、なんだか不思議だね」

 白い手を伸ばして花に触れながら、小さく呟いた陛下のその言葉が、彼なりの愚痴のように聞こえる。

 生まれる前から『王』であることを鑑定されて、領主の館で『呪い』だけを抱えて育てられる人たち。

 生涯、『王』であることから解放されることのない人たち。

 どんな気持ちで、生涯を終えていくんだろう。

 なんの想像もできない私には何も言えないし、控えてくれてるリクも無言のままだ。

「……あれ?」

 ほんの少しの間、無言の時間が流れたんだけど、それを途切れさせたのは陛下だった。

 広がる花壇の片隅を見てる陛下の視線を辿れば、三枚の細長い葉っぱが土から出てる。

 葉っぱの根元にはオレンジ色の根みたいなものが土から少しだけ見えていて、強いて言うなら『育ちかけのチューリップの葉っぱみたいなものを持った人参』?

 記憶はないけど知識はあるっていうのは、こういうときに便利かもしれないけど、取り敢えずそんな植物は見たことがない……いや、待てよ?

 ごく最近、見たことがあるような気がする。

 花壇の片隅に足を向ける陛下に続く形で、手を繋いだままの私も、控えてくれてるリクも、大人しくそれに歩み寄った。

「ここに居たんだね?」

 何処か嬉しそうな陛下の声に応えるように、花壇の片隅に植わったそれが、もぞもぞと動く。

 ボコ、と軽い音をたてて、それは地面から根っこ……っていうか、身体? を出した。

「よう」

 そして聞こえる、落ち着いた低い声。

 人型根菜の手に当たる部分を持ち上げて、気軽な挨拶をしてくれたのはゴラちゃんだった。

「やあ、ゴラ」

「お、おはよう、ゴラちゃん」

 ごく当たり前みたいににこりと笑う陛下に釣られて、私も挨拶をする。

 リクは軽く一礼しただけで、やっぱりこの場に口を出すことはないみたいだ。

「珍しいね、一人かい?」

 ちょっと戸惑ってる私を気にする様子もなく、陛下は静かにゴラちゃんに歩み寄る。

 手を繋いだままの私も、当然それに続いた。

「まあな」

 自分が出て来た穴を律義に手で埋め直しながら、ゴラちゃんは平坦な声で答える。

 ……そういえば、マンドラゴラって引き抜くと人の悲鳴みたいな絶叫を上げて、それを聞いたら死ぬんじゃなかったっけ?

 今、自分から出て来た上に、丁寧に花壇の土を戻してるゴラちゃんは悲鳴も上げなかったし、なんなら普通に挨拶してくれたけど……。

 ま、まあ、普段から普通に話してるわけだし、今更かあ。

「俺が土の様子を見てやると、ここの庭師が喜ぶからな」

 穴を埋め終えて、今度はぱんぱんと自分の身体に付いた土を払いながら、ゴラちゃんはそんなことを言った。

 地面から出て来てからの一連の動きが、物凄く手慣れてる。

「確かに、直接感想を言って貰えるとありがたいね」

 にこにこ笑う陛下の言う通り、植物に直接土の感想を聞けるっていうのは、それを育ててる身としては嬉しい限りだろう。

 っていうか、ゴラちゃんって植わってれば土の状態、判るもんなんだなあ。

 そりゃ魔物とはいえ植物なんだろうから、当たり前なのかもしれないけど。

 普通に動いて喋ってるゴラちゃんを見てると、『植物』っていう概念が揺らぎそうだ。

「それで、ゴラ先生からすると、ここの土はどうですか?」

「ふむ」

 無邪気に小首を傾げる陛下を見上げながら、ゴラちゃんは腕を組む。

「合格」

「あはは! ありがとう!」

 端的に告げられた言葉に、陛下は嬉しそうに笑った。

 ゴラちゃんはちょっとだけ口の端を持ち上げてる感じで、陛下相手に随分と偉そうというかなんというか。

 でも、愛嬌があるお陰か、不快感がないのが不思議だ。

 目とか口とか、線を引っ張ってあるだけみたいなシンプルこの上ない顔だし、声も上下の幅がない平坦な感じなのに、小さな動きや声音の差で、ちゃんと『表情』を感じる。

「ねえゴラ、触っても大丈夫かい?」

 そんなゴラちゃんに、陛下はそう声を掛けた。

 ああ、そうか。

 陛下の手は、普段は植物の花を塵にしてしまうものだ。

 あの時見せて貰った限り、茎や葉は残るっていう不思議な『呪い』だから、花が咲いてないゴラちゃんに触れても、あまり問題はない気はする。

 だけど、飽く迄『気がする』ってだけで、植物になんの影響もないって保証されてるものじゃないんだろう。

 それはきっと、『祝福』と『呪い』を掻き消す私の力と同じように。

「ああ、いいぞ」

 陛下のひと言で色々と考えてしまった私のことなんて、当然気にした様子もなく、ゴラちゃんはとっとっと、と軽い足音をさせてこっちに近付いてきた。

 そして、おもむろに頭をこっちに差し出す。

 なんていうか、完全に撫でられ慣れた感が凄い。

「ふふ、よしよし」

 そんなゴラちゃんに微笑わらいながら、陛下は少し腰を落として、差し出された頭を撫でる。

 私と素手で手を繋いだままの陛下は、『祝福』も『呪い』もない。

 何も気にしなくていいっていうのは、私が想像するよりずっと楽なことなのかもしれないって、陛下の表情を見て感じる。

「あんたも撫でていいんだぞ?」

「え?」

 陛下の手が離れてから、ゴラちゃんが私を見上げてそう言った。

 なんか、『撫でていい』って言いながら、『撫でてくれ』って言われてるみたいな気がする。

 横線を引いただけみたいな目で見上げられてるだけなのに、そんな風に思った。

「うん」

 私は微笑みながら、空いてる手を伸ばしてゴラちゃんの頭を撫でる。

 少しだけこっちに頭を差し出してくれてるからだろう、妙に手にフィットする頭の形が、なんだか面白い。

 ゴラちゃんの頭は、手袋越しでもやっぱりほんのりと温かかった。



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