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創り人の箱庭  作者: サボ
第三章
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3-3『特別な花壇』

第三章

第三話『特別な花壇』



 なんか、凄い寝てしまった。

 ヒールたちの手を掴んで横になったときは、仮眠のつもりだったんだけど。

 だって、まだ陽の高いうちだったし。

 なのに気付いたら朝だったなんて、自分で自分が判らない。

 しかも、二人ともまだベッドサイドに座ってて、私の手はしっかりとその手を握り締めたままだった。

 何をどう謝ればいいのかも判らないまま、思わずベッドの上で土下座した私を、二人は笑って宥めてくれた。

 ううう……不覚にも程がある……!

 騎士二人を、ただ『手を繋ぐ』って理由だけでひと晩以上縛り付けるとか、何様?

 っていうか、何様であってもそんな暴挙しないだろうよ。

 しかもちゃんと寝返り打たせてくれてたらしく、身体が変に軋むってこともなかった。

 ということは、二人に徹夜させたっていうこと。

 その上、きっと寝返りを打たせるのに手を離しただろうに、また律義に何度も握り直してくれたってこと。

 もう、罪悪感で息ができない私に、それでも二人は笑って『気にするな』と言ってくれた。

 いやね、もうね、弟妹が何人居たところで、こんな暴挙をそんな爽やかな笑顔で許さないほうがいいと思うんだ。

 萎れた私をきっちりルーディアさんに引き渡してから、二人は眠そうな表情一つ見せずに、部屋から去って行った。

 二人から私を引き取ったルーディアさんは、着替え部屋にてきぱきとお湯を用意してくれて、何故か物凄く丁寧に髪を洗ってくれた。

 『ヒール様に申し付かりました』としか教えてくれなかったけど、多分、昨日の私じゃちゃんと洗いきれてなかったんだろう。

 やけに広い浴室じゃなくて、着替え部屋で服を着たまま頭だけを洗ってくれたのは、きっとルーディアさんの気遣い。

 浴室のほうに行くとしたら、全部脱がなきゃいけないから。

 私の身体には両性の特徴があって、それを人に見られるのは男性でも女性でも、なんとも言えない気持ちになるんだ。

 自分で見ても『なんなんだこりゃ』って思うから、嘗てそうだったっていうファービリアさん以外だと、緊張と罪悪感みたいなもので息苦しくなる。

 そういうところを察してくれてるのか、それともファービリアさんが根回ししてくれてるのか。

 どっちか判らないけど、とにかくみんな、気遣いが凄い。

 そんなみんなの気持ちに甘えて、騎士様二人の両手を引っ掴んでひと晩以上拘束するとかさあ……ほんと、なんなの私?

「アディ?」

 深々と溜め息を吐いたところで、リクの声が聞こえた。

 いかんいかん、今は一人じゃなかった。

 身支度を整えて朝食を済ませた私の所にリクがやって来てくれて、今日の護衛は彼になるっていうことを伝えてくれた。

 順番的には違うんだけど、そりゃそうだよ、徹夜させた二人のどっちかに、更に今日の護衛をして貰うわけにはいかない。

 今日は一日部屋で休んだほうがいいのでは、っていうリクの言葉を断って、散歩と日光浴を兼ねて外に出ると言ったのは私だ。

 そうして歩いてる最中なんだから、一人なわけがない。

「疲れが取れていないのではないか? 矢張り部屋で休んだほうがいいのでは?」

「ああ、いや、大丈夫。今の溜め息は、そういうんじゃないから。っていうか本当、もう充分休んだから」

 心配顔のリクに、苦笑を浮かべて手を振る。

「返す返す、二人に申し訳ないことをしたなって、そう思って」

 言い終わったところで、また盛大に溜め息が出た。

「気にする必要はないと何度言っても、あまり慰めにはならないようだな」

 隣を歩きながら、リクは小さく苦笑を浮かべる。

 そりゃね、当人たちにも、同僚のリクにも、何度も『気にするな』って言われたよ?

 だけどさ、やっぱりさ、これはないよねえ。

「有事の際にはひと晩くらいの徹夜、当たり前にある」

 そりゃそうでしょうけれども。

 私が手を掴んでたっていう理由は、どう考えても有事じゃないでしょうよ。

「その時間が無駄なものと判断したなら、二人とも朝まで君の傍に居たりはしなかっただろう」

 そう言ったリクは、穏やかに微笑んでいた。

「君の手を離すことくらい、二人には簡単だったはずだ。どちらか一人が残ることも、時間で交代することも選択肢にはあった。それでも二人は、揃って夜明けまで君の傍に居ることを選んだ」

 低くて静かな声で続けられる言葉を、私はただ、目を瞬かせて聞く。

「君の騎士と任命されている者たちが『そうしたい』と思い、『可能である』と判断したことだ。君が気に病む必要はない」

 ああ、優しいなあ。

 リクも、ヒールやカリスも、他の人たちも。

 私の周りは、本当に優しい人たちばかりだ。

「……うん、判った。次に会ったら、『ごめんなさい』じゃなくて、『ありがとう』って言うよ」

 はは、と口の端を持ち上げた表情は、きっと苦笑と微笑の中間くらいに見えただろう。

 そういえば『ごめんなさい』ばっかりで、『ありがとう』って二人に伝えてない気がする。

「そうしてやってくれ」

 リクは穏やかに優しく微笑んで、小さく頷いた。

 口元まで出かかった溜め息を喉の奥に押し戻して、私は前を向く。

 ここまでフォローして貰ったら、流石にそろそろ気持ちを切り替えないと。

 散歩と日光浴を兼ねて向かってる先は、広い庭の一画にあるらしい、小さな花壇だ。

 王宮の敷地内にはあちこちに花壇があるし、南の一画には大きな庭園っていうか花園っていうか、色んな植物が植えられてる場所がある。

 それらとは違う、ちょっと特別な花壇があるんだと、前に陛下が教えてくれたことがあった。

 今日はなんとなくそこに行ってみたくてリクに頼んでみたら、少しだけ何処かに確認をしてから案内してくれることになった。

 何を確認してるんだろうって思ったけど、特別な花壇だって陛下が言ってたから、きっと希少な花が咲いてたりするんだろう。

 連れて行ってくれてる先も、今までとはちょっと違って、奥まったほうに向かってるみたいだった。

「ほら、あそこだ」

 少し歩き続けてからリクが指差してくれた先には、確かに小さな花壇が見える。

「へえ、可愛い花壇だね」

 何かと豪勢な作りの王宮で、その花壇は本当にこじんまりと見えた。

 一般家庭の花壇って言ったらこのくらいかな? っていう広さかなあ。

 こっちの一般家庭がどうだかよく判らないけど。

「凄く綺麗な花が沢山咲いてる」

 こじんまりとした花壇はなんだか親しみが持てて、私は足早にそっちに向かった。

 花壇に咲く花々にはあんまり見覚えのないものが多かったけど、色鮮やかな景色は心も華やぐ。

 でも、近くで見るとなんだか違和感があった。

「?」

 何が違和感なのか判らなくて、何度か目を瞬かせる。

 ええっと……あ、そっか。

「どうした?」

 ちょっと固まってた私に気付いたらしい、リクがすぐに声を掛けてくれた。

 いや、ほんとによく見てるな。

「あ、うん。ここって綺麗に花が咲いてるけど、手入れが他と比べると少ないのかなって思って」

 リクに振り返ってから、ちらりと花壇を見遣る。

 見事に花は咲いてるけど、なんていうか、土とか葉っぱの様子が無造作っていうか。

 園芸の知識が他と比べて多いわけじゃないんだけど、今まで王宮で見てきたものが完璧過ぎて、この無造作な様子に違和感があるんだろう。

「ああ、それは……」

「ここは私の花壇だからだよ」

 リクの言葉を遮る形で、こんなところで聞くとは思わなかった声が聞こえた。

「へ、陛下?」

 声が聞こえたほう……大柄なリクの影になってた向こう側に視線を向ければ、そこに居たのは陛下だ。

 まさかこんなところに陛下がいらっしゃるとは思わなくて、何をすればいいのか全然判らない。

 そんな私とは正反対な感じで、リクは流れるような動きで脇にずれて、軽く礼をした状態で止まる。

 そんなリクに、陛下は軽く手を挙げた。

 ただそれだけの小さな動きをリクは察したらしく、静かに顔を上げる。

 いつも思うけど、この……なんていうか、弁えた感じっていうか、なんていうか、とにかくそういうの、凄いよなあ。

 って、ああ、そういえば私もルーディアさんに礼の仕方を幾つか習ったんだった。

 習ったはいいけど、『こういうときはこれ、こういうときはこれ』ってな具合で種類が多過ぎて、すぐに出てこない。

 どんな状況でもさらっと正しい遣り取りができる貴族やらそれに仕える人たちやら、本当に凄いなあ。

「あ、あの、済みません……」

 本当はもっとちゃんとしなきゃいけないのに、と思いながら、陛下に頭を下げる。

「うん? ああ、気にしないで。大丈夫だよ」

 少し不思議そうな声を上げてから、陛下は穏やかに微笑んだみたいだった。

 反射で顔を上げれば、にこにこにこにこ、実に無害で穏やかで優しい笑みを浮かべた陛下がいらっしゃる。

 ああ、今日も美少年の笑顔が眩しい。

 ほんっと、この世界の重鎮たちは揃って顔がいいから困る。

「私の生まれは貴族でもなんでもないから。偶然『王』の『祝福』を授かったから此処に居るだけだよ」

 ふわりと微笑む陛下の表情は、とても一般市民とは思えないよね。

 陛下は外見年齢がこの状態で止まってるだけで、二百歳以上なんだってシューレット君が言ってたけど、ただ年を重ねただけでこんな高貴なオーラを纏えるわけもないし。

「だから、あまり固くならないで。アディは普通にしていても、誰かに怒られるような子じゃないよ」

「あ、ありがとう、御座います」

 ううん、どう見ても年下に見える人にそんな言われ方をすると、どう返していいのか判らなくなる。

 実際はとんでもなく年上なんだけど、やっぱりこう、外見がさ。

 ま、まあ、その辺の葛藤は、横に置いておこう。

「ええと……あの、ここって、陛下の花壇なんですか?」

「うん、そうだよ」

 気を取り直して、と思って問い掛ければ、陛下はにこりと微笑んで頷いた。

「前に見て貰った通り、私は植物に触れると花を枯らせてしまう『呪い』でね。どう肌を隠しても、全く触れずに植物の世話をするというのは難しいんだ」

 少しだけ寂しそうに微笑わらう陛下を見て、しまったな、と思ってしまう。

 花を塵に変える『呪い』なんて、カリスの『水忌み』やウェルバニーさんの『闇忌み』と比べれば、実害が少ないとも言えるけど。

 だけど、心を和ませてくれるものを、それと望まず塵にしてしまうっていうのは、こう、精神的にきついものがある。

「庭師に色々と教わってはいるんだけど、私だけだと完璧にはできないんだよ」

 唄うような静かで透明な声で陛下はそう言って、沢山の花が咲きこぼれる花壇を見た。

「でも、凄く綺麗です」

 気付いたら、どんなフォローをすればいいかちゃんと考えもせずに、私は思ったことをそのまま口に出していた。

 あ、と思ったときにはもう遅くて、陛下がきょとんとした顔で私を見てる。

「えっと、王宮に仕えるような庭師さんたちは、そりゃ『見せる』為に最大限の努力と配慮をして整えてるから綺麗なんでしょうけど、でも、陛下がお世話してるこの花も、やっぱり綺麗だと思うんです」

 なんか、自分で何を言ってるのか、全然判らなくなってきた。

 わたわたと、勝手に手が動く。

「えっと、人の手がとことんまで入ったところに咲く花も綺麗だけど、草原で咲いてる花も綺麗で、えっと、そうじゃなくて、ええっと……!」

 ああもう!

 これじゃ、『花は何処で咲いてても綺麗だから、誰が何をやっても同じだ』って言ってるようなもんじゃない!?

 違うんだって、そうじゃなくて……!

「ふふっ!」

 あわあわと言葉を探してる私に、陛下は声を上げて笑った。

「ふふ、あはは!」

 こんな風に笑う陛下を、私は見たことがない。

 今までも確かに笑ってた。

 微笑だったり苦笑だったり、それ以外の表情を見た記憶がほとんどないくらいに。

 だけど、それは今みたいに『楽しいから笑う』っていう感じじゃなくて。

 『そういう表情で居たほうがいいからそうしている』っていう感じだった。

 そうだと気付いたのは、こうして声を上げて笑ってる陛下を見たからだったけど。

 楽しそうに笑う陛下にどんな反応をしたらいいのか判らなくて、ちらっとリクのほうを見る。

 一歩だけ離れたところに立つリクは、少し驚いたような顔で陛下を見つめていた。

「大丈夫だよ、アディ」

 自然な笑顔のままで、陛下は私を呼ぶ。

「君の伝えたいことは、ちゃんと届いたから」

 う、わあ……!

 初対面からこっちが赤面するほどの美少年だと思ってたけど、この笑顔は反則じゃないだろうか。

 純粋に嬉しいから、楽しいから笑ってるっていう、この表情。

 実際には二百年以上生きているのに、十代前半くらいにしか見えないその見た目によく似合う、素直な感情が伝わってくる、そんな顔だ。

「えっと……なんか、ちゃんと言えなくて済みません……」

「大丈夫だよ。言葉は確かに大切だけど、それ以上に伝えてくれるものを、君は持っているから」

「え、えええ……」

 にこにこ笑顔でそんなことを言われて、思わず口から変な声が漏れた。

 だって、そう言われても自分じゃよく判らないし、『腹芸の一つもできない奴』って評価をオブラートに包みまくった表現かもしれない。

「あはは! 大丈夫だよ、本当に」

 どうやら私が微妙に心配してるっていうか、不服に感じてるっていうか、とにかくマイナスに思ってる部分を察してくれたらしい、陛下はころころと笑って軽く手を振った。

 ううん……大丈夫、なのかなあ?

 ちらっとリクを見てみたけど、やっぱり陛下のほうをちょっと驚いた目で見つめたままで、助け船を出してくれる様子はない。

 ちょっとリクらしくないな、とも思ったけど、それはひょっとして、こんな風に素直に笑う陛下がかなり希少だからなのかな?

 なんて思ってる辺り、私も随分、リクの助け船を当てにしてるなあ。

 いつも何くれとなく世話を焼いてくれるから、どうしても、ついつい甘えてしまってるんだろう。

 稀人と呼ばれることに恥じないように、とか思ってたはずなんだけど、これじゃそんな未来は程遠いか。



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