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創り人の箱庭  作者: サボ
第三章
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3-1『戻って来てはみたものの』

第三章

第一話『戻って来てはみたものの』



 つ、疲れた……。

 どうしようもなく、疲れた。

 ちゃんと疲れたと認識したのは、自分の為の離宮に戻って、何故かとっくに用意されてた湯浴みを終えて、リビングのソファーに腰を下ろしてからだったけど。

 異界に行って、戻ってきてすぐの報告会までずっと緊張しっぱなしだったみたいで、その最中は気付かなかった。

 湯浴みでさっぱりした身体でソファーに腰を下ろして、ルーディアさんが淹れてくれた冷たい紅茶をひと口飲んだ直後、全身の力が抜けていくのを我慢できなかった。

 力の抜けた身体はずるずるとだらしなくソファーを滑って、上体がぱたりと横に傾ぐ。

 ぐったりとソファーに横たわるような、だらしない姿勢になっちゃってるんだけど、もう身体を持ち上げられない。

「アディ、大丈夫?」

「う、うん、大丈夫……」

 聞こえたヒールの声に、微かな声を上げる。

 軽く持ち上げた手を力なくひらひら振って見せたけど、どのくらい『大丈夫』に見えるか判らないな。

 っていうか、自分でもどのくらい『大丈夫』なのか判らない。

「どの辺が大丈夫なんだよ」

 カリスの声は、苦笑が滲んでいた。

 あ~、ですよね~。

 でも、目を開けるのもなんだかだるい。

 あ~、いつの間にか、目、閉じてたんだな。

 道理で目の前が暗い。

 なんかもう、よく判らない、かも。

「おいアディ、ちょっと触るからな」

「は、い?」

 さっきより近くでカリスの声が聞こえたかと思ったら、身体の重心がおかしなことになった。

 何が起こったのかと思って目を開ければ、凄く近い位置にカリスの顔がある。

「あ、あ、は、い?」

 意味不明な声が、喉の奥から零れる。

 何が起こったのかよく判らなかったけど、この距離で人の顔が見える状態、今までに覚えがあった。

 うん。

 カリスに、お姫様抱っこされてるね、これ。

「寝室に運ぶからな」

「はいはい、こっちよ~」

 少し離れたところでヒールの声が聞こえて、反射的に視線を泳がせた。

 いつの間にか、ヒールはリビングから寝室のほうへ続くドアのほうに立ってる。

 正確に言うならあのドアの向こうは着替え部屋なんだけど、そこを通らないと寝室に行けない。

「あの、その、えっと?」

 あわあわしながらカリスを見上げたら、に、と笑みを浮かべる彼の顔があった。

「いいから、とにかく休め。な?」

 間近に見えるカリスの笑みは、美丈夫っていうかなんていうか、とにかくいい男っぷりが凄い。

 なんだ、なんなんだ。

 人をお姫様抱っこできる方々って、みんな凄い男前なのか。

 ああ、疲れてるからか、思考がよく判らない方向に走っていく。

 状況が飲み込めないまま、あれよという間に寝室に連れて行かれていた。

「本当は着替えてからのほうがいいんだけど、今はとにかく、横になるのが優先ね」

「だな」

 私が何を言うまでもなく、ほとんど振動さえ感じさせないほど優しく、だけど有無を言わさない感じでベッドに放り込まれる。

 湯浴みのあとに着替えてるとはいえ、寝るときの服装じゃないのは確かなんだけど、今はそんなことどうでもよく感じた。

 ああ、身体がぐずぐずに溶けていくみたいな、不思議な安定感に、瞼が自然と落ちてくる。

 このまま眠ってしまいたい気もするけど、なんか、そうじゃないような……。

「少し眠れそう?」

 ヒールの声がして、優しい手が、頭を撫でてくれる。

 視界が一瞬、白黒になった気がするけど、目を閉じてるせいで気にならない。

 っていうか、目を閉じててもその感覚は判るんだなって、そんなことを感じた。

「ま、って……」

 慌てて目を開けて、自分の口から零れた言葉の意味を反芻する。

 頷いてしまいたい気もしたけど、なんだかそうじゃない気分っていうか、なんていうか。

 そのあとに続く言葉が何処にも見当たらなくて、何を言っていいのか判らない。

 どうして『待って』なんて言葉が出たのかも、自分の感情さえ何も判らなくて、混乱する。

「大丈夫よ、ここに居るわ」

 ふわ、と優しく微笑んだヒールが、また何度も頭を撫でてくれた。

 柔らかな温もりから、手放しに慈しまれてるっていう感じが伝わってきて、なんかほにゃほにゃする。

「ほらよ」

「うん、ありがと」

 なんだろうと視線を向ければ、カリスが椅子を二つ、両手に持ってこっちにやって来てた。

 この寝室にそんな椅子、何処にあったんだろう。

 私の部屋ってことになってるのに、そんな疑問が頭をよぎったけど、結局よぎっただけで何処かに飛んで行った。

 大きなベッドの横に二脚の椅子が並んで、二人がそれに腰を下ろすのが見える。

 ああ、良かった。

 二人とも、傍に居てくれる。

 そう思ってから、私がなんで『待って』って言ってしまったのかが、やっと判った。

 私、一人になりたくなかったんだ。

「大丈夫よ、私たちは此処に居るから」

 並んだ椅子に腰掛けたヒールが、にこりと微笑む。

 椅子に座る為に一度は離れた細い手が、もう一度そっと差し伸べられてきたのを見て、反射的に自分の手を持ち上げた。

 躊躇いの一つもなく取ってくれた手は温かくて、一瞬視界が切り替わるけどそんなことどうでもよくなる。

 温かくて、優しくて、甘くて。

 心の底から、ほっとした。

「心配すんな、今日は俺たちが一緒だ」

 カリスの手が、ぽんぽんと肩辺りを軽く叩いてくれる。

 布越しだから視界が切り替わることはなかったけど、感じる温もりは同じ。

「ありがと……」

 ふわ、と口元が綻ぶ。

 きゅう、とヒールの手を握り締めて、二人を見上げる。

 眠気で目がちゃんと開いてない気もするけど、そこはこの際、目を瞑って頂こう。

「かわっ……!」

 あの、もしもし、ヒール?

 なんて言ったの?

「気持ちは判るが正気を保て」

 か、カリス?

 え、何?

 どうしたの?

「リクが悔しがる気も判るよなあ」

「ね」

 は?

 なんでここでリクの名前が出てくるの?

 リクはこの離れに来る前、お偉方に『ちゃんと休め』って言われたから別れることになったんだけど?

「大丈夫よ、大丈夫。ちゃ~んとここに、私たちは居るからね?」

 殊更優しく微笑まれて、こっちも釣られたような笑みが浮かぶ。

「か、りす?」

 片方の手は、ヒールが握ってくれてる。

 もう片方の手は、空いたまま。

 それがなんだか寂しくて、空いた手を伸ばす。

「大丈夫だ、ここに居る」

 力強く取られた手。

 そして起こる、視界の白黒暗転。

 ああ、私の力は、限定で一人だけじゃないんだった。

 両手で触れればその両方に、私の力は伝わる。

 手だけじゃなく、布を纏わない場所に他の誰かが触れれば、その人の『祝福』や『呪い』を私は掻き消すんだろう。

 こんなに何度も『祝福』や『呪い』を掻き消すことになって、みんなは大丈夫なんだろうか。

 今更ながら、そんな疑問が頭をよぎる。

 何度も何度もそれを繰り返すことで、『祝福』や『呪い』が本当に消えてしまうことは、ないんだろうか。

 ヒールやカリスは、生まれ持ったそれで命を繋いでるわけじゃない。

 でも、それがあるからこその騎士だ。

 もし二人からそれを奪ってしまったら、人生そのものが狂ってしまう。

 そんな危険性が確かに浮かぶのに、繋いだ手を離すことができない。

 自分から握ってるだけじゃない、繋ぎ合った手の温かさを、手放すことができなかった。

「二人とも傍に居るから、少し眠ったほうがいいわ」

 空いてる手で私の頭を優しく撫でてくれながら、ヒールが言う。

 その声はまるで子守歌みたいに、私を温かく包んでくれた。

「う、ん」

 自然と落ちてくる瞼に逆らわず、目を閉じる。

 広がる暗闇。

 あの場所で見た漆黒とは違うけど、何も見えない黒。

 それでも、両手に伝わる確かな体温が、私を安堵させてくれた。

「あの、さ」

 目を瞑ったまま、言葉を紡ぐ。

 どろどろに疲れた身体は眠りを欲してるらしく、声を出すのは少し億劫だと感じた。

「どした?」

 だけど、カリスの柔らかな声で促されて、唇が勝手に言葉を紡ぐ。

「二人なら、なんて答えた?」

 前説も何もないこの問い掛けを、『意味判らん』と一蹴されたところで、誰が文句を言えるだろう。

 だけど、この二人は、正しく私の質問を受け止めてくれた。

「ああ、博士の質問?」

「そうだなあ……」

 目を閉じた暗闇の向こう側で、二人を首を捻るのが気配で判る。

 ああ、凄いなあ。

 よく判ったなあ、今の私の問い掛けで。

「私は多分、アディと同じようなこと、答えてたんじゃないかな? だって、蟲人が本当はどうしたかったのか、よく判らないし」

「だな。俺もそうだ」

 聞こえてきた言葉に、心の何処かがほっと安堵する。

「お前は何も、悪いこと言ってねえよ。安心しろ」

 カリスのそんな声が聞こえて、ぽんぽん、と肩を叩く優しい手を感じた。

 それに心の底から安堵して。

 誰かに『お前は間違ってない』って、真正面から言って欲しかっただけの自分に気付く。

 陛下も領主様たちの誰も、私の言葉を否定しなかったのに。

 それでも尚、誰かに肯定して貰いたがってる、見苦しい自分の姿。

 酷くみすぼらしくて、ちっぽけに感じる自分。

 私は本当に、この人たちに『稀人』なんて呼ばれて、慈しまれるだけの資格があるんだろうか。

「大丈夫よ、心配しないで。今はゆっくり休んでいいの」

 優しくて、甘いヒールの声に、私はただ、小さく頷いた。

 その言葉を寄る辺に。

 ただ、細く息を吐く。



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