2-22『真・お偉方の確認事項』※ファービリア視点
第二章
第二十二話
『真・お偉方の確認事項』※ファービリア視点
今この状況でできる全ての確認を終え、銘々座をあとにするものたちを見送ってから、余は改めて室内を見回した。
未だこの場に残っておるのは、余とクレアの他、陛下とヒュージ、ヒイラギ、サイゾウ、それからゴラだけじゃ。
「……はああああ……」
残ったものが誰も動かず、何も言葉を発さずの無音が暫く続いたあと、わざとらしいほど大きな溜め息が響く。
誰と疑問に思う必要もない。
ヒイラギじゃ。
「よしよし」
大きな溜め息を吐いたヒイラギの手を、ゴラが軽く撫でる。
他の護衛らと同じく、先程は全く口を挟まなかったゴラの声は、いつも通り平坦で、低く、耳朶に心地良い。
「ううう、ゴラちゃ~ん……」
ヒイラギはゴラの名を呼び、小さな身体を抱き上げた。
見目麗しい乙女が人型根菜に頬擦りしておる様は、見慣れたものとはいえ矢張り愉快なものよ。
「あんな意味判んない状況で話を進めろとか、ただのイジメじゃないか~」
「よしよし、頑張ったな」
情けない声で愚痴を吐くヒイラギの頬を、ゴラは撫でる。
「ゴラちゃ~んっ!」
すりすり、と表現するより、最早ぐりぐりと頬を擦り付ける様は、いつ見ても実に愉快じゃ。
見事に作られた外面しか知らぬものが見れば、腰でも抜かすやもしれぬがな。
「案ずるな。見事に話を纏めておったではないか」
自然と浮かぶ苦笑をそのままに言葉を向ければ、ヒイラギは頬擦りをやめずにちらりとこちらを向く。
「何も結論出てないですけどね」
そう言ってもう一度大きな溜め息を吐き、ヒイラギは漸くゴラから頬を離した。
「あの場で結論が出せるものでもなかったからね。無駄な時間のない、いい終わり方だったと思うよ?」
「左様ですか……」
にこにこと微笑む陛下に、それでもヒイラギは浮かぬ顔じゃ。
それも致し方なし。
例えあの場を無難に乗り切ったところで、結局今後の方針を仔細に定める役目はヒイラギにもある。
問題の先送りをしただけであることは、あの場の誰もが判っておることじゃ。
「陛下の仰る通り、無駄な時間はなかった。大儀であったの」
それでも、無意味な遣り取りを全て削ったのは事実。
「ははは、ありがとう御座います」
陛下と同じ言葉を繰り返せば、ヒイラギは力弱く微笑った。
「それで、これからのことなんですけど」
不意に表情を引き締めて、ヒイラギは静かな声で続ける。
「今回の傾向が次も同じであるかどうか、その点の論議は控えます。それこそ時間の無駄ですから」
真っすぐに前を向くヒイラギの目は強く、人に否と言わせぬ力があった。
それは脅しや威圧とは違う、上に立つべきものが持つ独特の力。
とても先程まで頬の形が変わるほど人型根菜に頬擦りしておった娘とは思えぬが、しっかりとそれを胸に抱いたままであるのがなんとも言えぬ有様よな。
「傾向というのは、皆で体験したことを元に何かを問い掛けられる流れ、ということかい?」
「はい」
穏やかな陛下の言葉に、ヒイラギは頷く。
その言葉が示すこと。
それは即ち、あの異界での出来事、ひいては大樹の衰退そのものの原因に、『博士』と名乗るものが関わっておるということ。
稀人に嘗ての歴史を見せ、それに対する答えを求めるのが『博士』の目的であると仮定すれば、稀人を喚んだこと自体が博士の仕業であろう。
大樹のバランスが崩れれば稀人が訪れるのならば、そうしたのが博士、ということになる。
「……確かに、この議論は時間の無駄じゃな」
細く息を吐き出して、余は軽く肩を竦めた。
本当にその博士がこの乱れの元凶であるのか否か、誰も答えを持ってはいない。
正解のないことを議論など、時間の無駄と言わずになんと申すか。
「アディの出会った博士がこの自体を招いた本人だと仮定します。そして博士の目的が、問い掛けであることも仮定します」
仮定を続けるのが心苦しいのじゃろう、ヒイラギの表情は今一つ優れぬ。
元々ヒイラギは確信を持つ前に想像で話を進めることを嫌う娘じゃ、このような雲を掴むような話を余や陛下の前で話すのは苦痛じゃろうて。
それでも、仮定のまま話を進めなくては、埒が明かぬのも真実。
「次の異界が何処になるか、連れが誰になるか判りませんが、きっとまた彼女は一人きりになるでしょう」
そう言って、ヒイラギは僅かに目を伏せる。
「また過去の何処かに行くというのは、確定要素にならぬか?」
「博士が『何に関する問い掛け』をしてくるのか、今の段階では流石に予測できませんから」
問えば、ヒイラギは苦笑を浮かべて首を振った。
ふむ、確かに。
此度は滅んだ種に関する問い掛けであったが、次もそうであるとは限らぬな。
「アディの答えがなんであっても構わないと、そう言っていたみたいだけれど」
「そうじゃな。答えを誤り、アディの身に危険が及ぶということは考えにくいが、そもそもあの子を一人にしてしまうことが危ういやもしれぬ」
静かな陛下の言葉に、余は首を振った。
博士と名乗るそ奴が、アディからの回答を望むだけならば、あの子に危害を加える恐れは限りなく低かろう。
じゃが、奇妙な存在と出会うことで、摩耗するアディの心は、誰も護ってやれぬ。
誰かが傍に居れればまだ良い。
じゃが、今回と同じ傾向が続くなら、肝心な時に誰も傍に居てやることができぬ。
「己が何ものであるのかも、何故の両性であるのかも判らぬアディは、あれでも矢張り相当不安定じゃ。そこに答えを全て持っておろうものが現れ、のらくらしておるでは、な」
随分と落ち着いて見えもする。
素直でいい子であると、誰もが言うじゃろう。
じゃが、それでも。
あの子は、矢張り寄る辺がないと思うておる。
当たり前じゃろう。
アディの生まれはこの世界ではなく、己が何であるのか、何も知らぬのじゃ。
幾ら『稀人』という肩書を得ておっても、それが個の全てを保証してくれるものではない。
寧ろ、何も判らぬのに役目だけはあるという状況に、どれほど混乱しておるか。
「そこは周りのフォローを盤石にするしかないでしょうね」
他に手がないと言い、ヒイラギは肩を竦める。
確かに、ないものねだりをしたところで何が変わるわけでもない、か。
「それでなくても、彼女は誠意をもって私たちに応えてくれてるわけですから、こちらもできる限りのことはしなくては、と思いますよね」
「そうだね。報告をしてくれている間も、慎重に言葉を選んでいるようだったし」
陛下の仰る通り、アディは何度か言葉を詰まらせておったが、それは『どう伝えれば正しく見たものを表現できるか』悩んでおったようにも見えた。
感じたことを感想として話すときも、同じように言葉を選んでおったように思える。
「アディは報告の間ずっと、思い出して話そうとするときに左斜め上を見てました。飽く迄そういう傾向が多いっていう話だと聞きますが、『見たものを思い出そうとする』とき、人は左上を見るんだそうです」
自らの左上を軽く指差し、それを追うように視線を斜め上に向けながら、ヒイラギはそんなことを言うた。
「逆に想像でものを言おうとするとき、人は右上を見るそうです。報告に於いては嘘を吐こうとするとき、と置き換えてもいいでしょう。重ねて言いますがこれは飽く迄統計というだけの話ですけど、少なくとも私が見る限り、アディの報告に不自然さはありませんでした」
つらつらつらつらと、よう口の回ることじゃ。
本人がどれほど自覚しておるかは判らぬが、余と陛下を前にこれだけ物怖じもせず意見を述べられるのじゃから、参謀としては充分であろうよ。
「アディがこの世界に現れてからの短い期間で、それでも私たちは彼女に嘘を吐かせるような対応はしてこなかった。そう思うべきと感じますし、これからもそうであるべきとも思います」
さらさらと流れるように言ってから、ヒイラギは余と陛下を見た。
それはつまり、ひとまずは今後も今と変わらぬ対応でアディと接することが、この正体の判らぬ状況の打開策であろうという進言。
「そうだね。次の旅でも最終的にアディが一人になってしまうのなら、その時に彼女が折れてしまわないよう、できる限りのフォローをしていく他ないだろうね」
にこりと微笑んで、陛下はそう仰る。
確かにそれ以外、今の余たちにできることなど皆無であろうよ。
「うむ。ここに居らぬものたちには……まあ、わざわざ伝えることもなかろう」
ふ、と口の端が緩むのを感じながら、余は軽く肩を竦めた。
「サンシュやクイニークは腹芸が得意なわけでもない。陛下の騎士たちはわざわざこんなことを言わずとも、任務以上にあの子を護ろうよ」
此処には居らぬものたちを思い浮かべれば、自然と口角も上がる。
余やクレアと同じくアディの護りに付いたリクを見ておれば、陛下の騎士たちがあの子にどう接しておるのかが判ろうというものよ。
騎士ともなれば護衛対象の為に心を砕くのは当然のこととはいえ、リクのあの態度を見ておれば、ただ『心を砕く』以上の想いがあることはよう判る。
ヒールもまた判りやすいがの。
「結局のところ、今までと何も変わらずにいろって話になりますけどね」
はあ、とわざとらしく溜め息を吐き、ヒイラギは腕に抱いたゴラを撫でた。
大人しくその手に収まっておるゴラは、特に何を言うでもなく、優しく撫でる手に身を摺り寄せるだけ。
「差し当たって、今までと変わらずにいていいというだけでも、充分な話だと思うよ」
にこにこと穏やかな笑みを浮かべる陛下に、ヒイラギは僅かに目を伏せる。
「誰しも手探りであるのじゃ。そなたが気に病むことは何もない」
「あはは、そう言って頂ければ浮かばれる感じです」
そう言いながらも、ヒイラギの表情は僅かに硬い。
やれやれ、この娘はいつまでも実父の影が拭えぬと見える。
此処に居るのが実父であれば、もう少し有意義なことを進言しておったと思うておるのであろう。
有能も過ぎた親を持つと、子は苦労するものよな。
余がなんと言おうと、陛下がどう評価しようと、こればかりは致し方なし、か。
「一つ、確認しておきたいことがあるんだけど、いいかな?」
どうしたものかと思うておったところに、陛下が口を開く。
「はい、勿論」
否も応もなく、ヒイラギは即答した。
余も先の言葉を聞くべく、陛下を見つめる。
「西に、兵の派遣は必要かな?」
唐突にも思えるその言葉に、クレアがはっとしたような気配が判った。
このような場では、クレアは常に余の背後に居る。
実際に表情を見てあれこれと察することのできぬ状況であっても、この程度、空気で判るものよ。
「正直、今はまだ必要ないと思いますが……」
眉を顰めるヒイラギに、余は頷いて見せた。
「領地との連絡は密にしておる。僅かでも異変の兆しあれば、何よりも先に余に報せが届くようになっておる」
遠く離れた地にも、言葉や物を届ける手段はある。
特にこの王都となれば、東西南北の各領主本邸との繋がりは密なもの。
そうでなくとも各領主には独自の通信手段があるのじゃ、そこまでしても今は別段、なんの異変も余に届いておらぬ。
「心遣いには感謝しよう。じゃが、今はまだ、無用である」
殊更美しく見えるよう微笑って、余は陛下に首を振った。
余やアディが感じた、『西の大樹の腐敗臭』。
それが真実、大樹の衰退を示すものであれば、南や東と同じように、目に見える脅威があっておかしくはないということ。
南や東は魔素堕ちどもの猛威が酷く、既に数度、王都から兵を派遣しておる。
多少のいざこざであればそれぞれが持つ自衛力でなんとでもなるが、本格的に大樹の力が衰退した地には他からの支援が欠かせぬものじゃ。
「ことが甚大化するより先に報せが届くよう、幾重にも手は取っておる。それでも余に報が届かぬということは、今はまだ陛下の手を煩わせることもないということよ」
長く生きるものには、それ特有の矜持のようなものがある。
即ち、自らと種を同じくするものではないものに、容易く助けを請うことのできぬという、妙としか表現しえぬ矜持が。
妖精の国にもそういった矜持を持つものが少なくはない故、余が国を離れる際には思い付く限りのあらゆる情報網を張っておいた。
それでも今はまだ余になんの危険信号も届いてないということは、大樹の衰退が表面化しておらぬということ。
であれば、陛下の兵を割いて頂く必要は、今はまだない。
「うん、判ったよ。なら安心だ」
にこりと害のない笑みを浮かべる陛下に、余も微笑んで見せる。
例えこの世界を支える大樹、その全てに衰退の兆しがあるのだとしても。
今はまだ、余たちが感知できるほど表層化はしておらぬ。
そうであるうちに、事を治めねばならぬのだと、改めて感じた。
続




