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創り人の箱庭  作者: サボ
第二章
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2-20『帰還、と言えたものか』

第二章

第二十話

『帰還、と言えたものか』



 だだっ広い草原の真ん中に、ぽつんと現れたドア。

 部屋と部屋を繋ぐわけでも、壁やそれに類するものに取り付けられたわけでもない、違和感満載のオブジェみたいなもの。

 そのノブに手を掛けたのはファービリアさんで、押し開かれた先には何も見えなかった。

 敷いて言うなら、ただ白いだけの空間が続いていたように思う。

 それでも先に進む足を止めない彼女に手を握られたまま、私も意味不明なドアをくぐった先。

 瞬きをした次の瞬間に見えたのは、何人もの人影と背景に広がる闇だった。

「……?」

 声を出すこともできず、ただ何度も瞬きを繰り返す。

 背景に広がる闇は確かに黒だけど、塗り潰された漆黒とは少し違って見えた。

 ファービリアさんと二人で放り出されたあの空間とも、白い文字みたいなものが乱舞していたあの空間とも違う。

 この場所を照らしてるような静かな光にも、確かに温度を感じた。

 明るいところから急に薄暗い場所に来たせいなのか、それとも異界から別の場所へ移ったせいなのかは判らないけど、視界がぼんやりして沢山居る人影が誰なのか、すぐには判らない。

 漸くピントが合ったみたいになって判断がつくようになった人影には、見覚えがある。

「あ……」

 いや、そこに並んだ顔は、見覚えがあるとかいうレベルの話じゃない。

 この世界に来る前の記憶がない私にしてみれば、しっかりと残っている全てと言ってもいい。

 あの銀色の大樹の上で目を覚ました私が、その下で出会った人たちだ。

「お帰り」

 まともな言葉すら紡げなかった私に、一歩、進み出てくれた人が言う。

 アルフォンス陛下、だ。

 見た目はまだ少年なのに、浮かぶ表情も、雰囲気も、声音さえも、年齢なんてものを超越したものを持つ人。

「お帰り、みんな」

 重ねられた言葉は、ずしん、と重い音をさせて心の奥底に届いた。

 その言葉が届いた場所から、じんわりと温もりが広がっていくような気がする。

 あの人と……博士と同じ『お帰り』っていう言葉なのに、本質が全然違って感じた。

 いや、同じだからこそ、その違いがよく判ると言うべきなんだろうか。

 なんて言うのが正しいのか判らないけど、こう、素直に言いたくなる言葉がある。

「……た、ただいま、帰りました……」

 そう。

 『ただいま』って。

 ただ、それだけの言葉。

 その言葉を言いたいか、言いたくないか。

 完全に私の主観だし、そんな感覚的なことをどう表現したらいいのかも判らないことだけど。

 だけど、物凄く違うと、そう思う。

「お帰りいいいいい!!」

「ふぎゃっ!?」

 横ざまからタックルされて、喉から変な音が溢れた。

 異常なくらい強い力で抱きすくめられた身体が悲鳴を上げて、何処か素肌が触れ合ったらしい白黒の暗転なんて気にもならない。

 こういう感じ、ファービリアさんに抱き締められた時にもあったような気がするけど、なんかもう、そんな記憶を掘り起こしてる場合でもないような。

「お帰り、お帰り、アディ……! 無事で良かった……!」

 耳元で、聞き慣れた声が聞こえる。

「ヒール……?」

 誰がタックルしてきたのかなんて目で見て判ったわけじゃない。

 ただ涙ぐんでさえ聞こえるその声の持ち主は、いつも私を気遣ってくれる優しい姉みたいな人のものだってことは判る。

「無事ね? 怪我も痛みもないわね? ああ、でもなんかじゃりじゃりしてる!」

 がばっと身体を離して、ヒールは両手で私の顔を包んだ。

 温かな指先が目元や頬を拭ってくれるのが、なんだかくすぐったい。

「大丈夫だよ。ありがとう、ヒール」

 じゃりじゃりしてるのは、あれだけ土やら砂やらが舞い上がってたんだから、きっとそのせいだろう。

 幾らファービリアさんが結界を張ってくれてたとはいえ、それらを全部防ぐことはできなかっただろうし。

 でも、腰が引けそうなくらいの戦場に居たのに、一緒に行ってくれたみんなのお陰で、掠り傷の一つもない。

「ただいま」

 改めて、博士には言えなかった言葉を告げる。

「うん……お帰り……!」

 大きな目を潤ませて、ヒールはぎゅう、と私を抱き締めた。

 帰って来たその姿を見ただけで、涙ぐむほど心配してくれていた、優しい人。

 ぽんぽん、と細い背中を撫でながら、その向こうに見える人たちを見る。

 立場を取られたような陛下は、ちょっと苦笑を浮かべてた。

 だけどそれ以外の人たちは、みんな心から安堵したような笑みを浮かべてくれてる。

 ああ、帰って来たんだ。

 細く、深く息を吐き出して、そんなことを思った。



 大樹の根元に現れたドアをくぐってから、ずっと地に足がついてないような、なんとも足元が心許ない感じが続いてた。

 状況としては、見覚えのない場所で、記憶の全てを失って目を覚ましたあの時と変わらないっていうか、知った顔がある分、寧ろそれよりマシって言えるはずなのに。

 なのに、こうして王宮に戻ってきて、はっきりと判る。

 私たちが体験したあの場所は、やっぱり異質極まりないものだったって。

 地下にある大樹の間から、謁見の間とも違う会議室みたいな場所に移動して、私が体験した全てを話しながら、改めてそう思った。

 荒唐無稽と言うしかない体験談を、そこに集まる誰一人、鼻で笑うことも話の腰を折ることもせず、聞き続けてくれる。

 特にファービリアさんと別れてからのことは、話すのが私一人っていうこともあって、とてもじゃないけど聞きやすいとは言えない報告だっただろう。

 それまではファービリアさんが巧く報告の主導権を持ってくれて、報告として過不足のないものだったけど、私の話はたどたどしくて要領も悪くて、聞いてるほうが苛々しても仕方ない。

 自分でもそう思うのに、私の話を聞いてくれるみんなは、誰もそれを遮ることはなかった。

 言葉に詰まればファービリアさんやヒイラギさんが優しく静かにフォローを入れてくれて、穏やかに先を促してくれる。

 そのお陰で、私はあのよく判らない場所であったこと、全部を話せたと思う。

 何かを端折ることも、逆に過大表現することもなく、全部。

「成る程」

 話し終えたあと、少しだけ間を開けて、陛下の静かな声が広い部屋にぽつりと響いた。

 思わず周りを見回せば、各地の領主さんたちが、苦虫を噛み潰したような、飲み込み切れないパンを無理矢理口の中に詰め込まれたような、なんとも表現しづらい顔をしてる。

 それぞれの筆頭近衛さんたちは流石に無表情かそれに近い感じだけど。

 ああ、あとヒイラギさんの前に座ってるゴラちゃんは、いつも通り涼しい顔してるか。

 どちらにしても、この広い部屋が微妙な空気に包まれてる。

 それも仕方ない。

 報告した私自身ですら、あそこであったことに感想を言えと言われたら、『わけ判らん』ってしか出ない。

 一緒に異界に行ったリクやファービリアさん、クレアさんたちなら、『何が起こってもおかしくはない』っていう点を飲み下すのは早いかもしれない。

 だけど、それにしたって私が一人で体験したことは、異常と言う以外に表現のしようがなかった。

 強いて別の言葉を探すなら、『到底信じられない』だろう。

「……」

 陛下の『成る程』って言葉以降、誰も何も続けないこの沈黙が痛くて、言葉を探す。

 だけど結局何を言うこともできず、ただ居心地悪く頬を掻いた。

「ヒイラギ」

「はい」

 唐突に、陛下がヒイラギさんを呼んだ。

 ヒイラギさんは突然のご指名に驚いた様子も見せず、静かな声を返す。

「他に何か訊いておきたいことはあるかい?」

「そうですね……」

 陛下の問い掛けに淡々と聞こえる声で応えて、彼女は白い指先を顎に当てた。

 これだけの人が揃った中で、陛下がそれをヒイラギさんにだけ訊くことに、今でも少しだけ違和感がある。

 だけど、あのファービリアさんが認める優秀な頭脳の持ち主ってことは、ここに集まってる人たちの中で参謀の役割なんだろう。

 そんなことを思ってたら、ヒイラギさんが私のほうを見た。

「あの扉の向こうで起こったことで、話し足りないことはない?」

 黙ってると少し吊って見える目を穏やかに細めて、ヒイラギさんは首を傾げる。

「ええっと……いえ、あったことは全部、お話ししたと思います」

 少しだけ考えてから、私は首を振った。

 異界であったことは結構色々あるけど、私しか体験してないことは最後の博士との対話くらいだ。

 それ以外はファービリアさんが綺麗にまとめて話してくれて、その内容に不足なんてなかったと思う。

「じゃあ、言い過ぎたと思ったことはないかい?」

 静かに頷いてから、ヒイラギさんは変わらず優しい声でそう訊いてきた。

 そう言われて初めて、私は自分の発言を『そういう視点』で振り返る。

 『報告』に不足は大問題だけど、過剰もやっぱり大問題だよな。

 私が一人で話し始める前、感じたこともそのまま感想として話してくれていいって言われたから、素直に話したわけだけど。

「ううん……それも、ないと思います」

 自然と左斜め上に向いていた視線を戻して言えば、ヒイラギさんはにこりと微笑んだ。

「ありがとう、判ったよ」

 そう言ってから、ヒイラギさんはちらりと陛下を見る。

 えっと、ヒイラギさんが訊いておきたいことって、それだけ?

「疲れているところ長々と付き合わせてしまったけど、今日はゆっくり休んでくれて大丈夫だよ」

「え? え、えっと、あ、はい」

 にこりと微笑んだ陛下に言われて、私は目を瞬かせる。

 もっと何か質問があるんじゃないかとか、今後のこともここで討議するんじゃないかとか、色々想像してただけに、なんだか拍子抜けだ。

「アディ、そなたは己が思うておるより、消耗しておる」

 そんな私に苦笑を向けて、ファービリアさんが続ける。

「カリス、ヒール。そなたらはアディを連れて下がるがよい。リク、そなたもく身を休めよ」

「「はっ」」

 カリスとヒールは即座に返事をしたけど、リクは少し躊躇うように私とファービリアさんを何度か見比べるように視線を彷徨わせた。

「……はっ」

 それでもすぐに折れたみたいに、折り目正しい礼をする。

 ひょっとして、私を部屋まで送ってくれるつもりだったのに、別行動でさっさと休めと言われたのが引っ掛かったんだろうか。

 そう気付いたのは、四人でその部屋を出たあと、離宮に戻る手前で別行動になってからだった。



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