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創り人の箱庭  作者: サボ
第二章
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2-15『透明な掠れ声』

第二章

第十五話

『透明な掠れ声』



 過去が切り取られたような、砂漠の中の小さな村。

 暴れる巨大なモンスター。

 漆黒に塗り固められた前も後ろも右も左もない空間。

 何処とも知れない、精霊の居ない森。

 そのどれも異常だと思うけど、今目の前に広がる光景が、一番異常だと思う。

 緑に溢れる森の中で、一本だけ色を失くした巨木。

 その幹に、同じく色を失くした人が生えてる。

 おかしな表現かもしれないけど、生えてるとしか言いようがなかった。

 腰から下が完全に幹と同化していて、境目は曖昧だ。

 がくりとうなだれてる上半身は長い髪に覆われていて、顔も身体もよく見えない。

 長い髪の隙間から見える肩や腕は随分と細いけど丸みを帯びていて、多分女性なんだろうって思うけど、判るのは精々それくらいだった。

 私は人の素肌に触れた時、視界が一瞬だけ白黒の世界になる。

 その時と何も変わらない……色の濃淡くらいしか判らない、温度のない世界だ。

「あ、あの……」

 木の幹に向かって、おずおずと声を掛けてみる。

 でも、木の幹に生えてるその人は、ぴくりとも動かない。

 ええっと……眠ってる、とか?

「ふむ」

 ひと言そう呟いて、ファービリアさんは繋がったままだった私の手を離した。

 素肌で触れ合っていたわけじゃないけど、確かに伝わっていた優しい温もりが離れたことが、酷く心細い。

 思わずその手を追い縋ろうとして、なんとか止める。

 私に何ができるわけでもないのに、彼女を止めたって仕方がない。

「その方、余の声が聞こえるか?」

 幹から生えた人の正面に立ち、ファービリアさんは腰に手を当てた。

 胸を張って堂々と声を掛けるその後ろ姿を、私は黙って見つめる。

 声を掛けられた白黒の人は、それでもぴくりとも動かない。

「聞こえるか?」

 少し間を置いてから、ファービリアさんはもう一度声を掛ける。

 そうして漸く、ぴくりとその人が動いた。

 白黒の大木を背景に、白黒の人がゆっくりと顔を上げる。

 さらりと長い髪が揺れ、白い顔が露わになった。

 白と黒。

 色の濃淡は多少あれど、彩のない髪と肌。

 それでも何故か判る、透き通るような色。

 長い睫毛に縁どられた、輪郭だけが黒い無色透明のビー玉のような目が、静かに静かに、私たちを捉える。

 ゆっくりと持ち上げられた上半身には、緩やかな膨らみがあった。

 この幹に生えた白黒の人は、女性だ。

 ……いやまあ、胸があるだけだと私みたいに下もあるとか、そういうオチが考えられるわけだけども。

 その辺を考えるときりがないから、取り敢えず目の前のこの人は女性と仮定しよう。

「聞こえておるようじゃな?」

 目覚めたばかりの揺れる瞳をじっと見据えて、ファービリアさんは静かな声で問い掛けた。

「余はファービリア・マリアーティス。そちらはアデリシア。さて、そなたはなんと申す?」

 ゆっくりと静かに問い掛けられて、木の幹に生えた彼女は微かに唇を震わせる。

 ビー玉のような目は瞬きもしない。

 表情の一つも変わらない。

 ただ真っすぐにファービリアさんを見つめながら、無表情に唇を震わせている様子は、なんだか背筋に寒いものが走る。

 これは本当に、言葉を交わしてもいいものなのか?

『……』

 言葉にし難い不安と恐怖に身を震わせたその時、小さな小さな声が聞こえたような気がした。

 微かな音として耳に届いたそれに、目を瞬かせる。

『……われ、は……』

 白黒の女性が確かに唇を動かし、言葉を紡いだ。

 鼓膜を震わせているはずのその声はやけに頼りなくて、夢の中から語り掛けられてるような気がする。

『我は、西に在るもの』

 ……はい?

 『西に在るもの』って、何?

 何か他の言葉が続くのかと思って少し待ってみたけど、彼女は唇を引き結んで、それ以上何も語ろうとしない。

「……左様か」

 私と同じように続く言葉を待っていたんだろう、少しの間沈黙を続けていたファービリアさんは、静かにそう言って頷いた。

「此処に余たちを呼んだのは、そなたか?」

 重ねられた問い掛けに、木の幹から生えた彼女は小さく頷く。

「ふむ」

 小さく呟いて、ファービリアさんは細い指先で整った顎先を撫でた。

 目を細めて彼女を見つめるファービリアさんの表情からは、何も読み取ることができない。

 今の遣り取りで何かが判ったっていう様子も、逆に判らなかったっていう様子もない。

 私は何も言えず、ただファービリアさんと大木の幹から生えた彼女を見比べるだけ。

「……アディ」

「え、あ、はい!」

 唐突にファービリアさんに呼ばれて、私は素っ頓狂な声を上げた。

 何を望まれてるのか全く判ってない私を見て、それでもファービリアさんは優しく微笑わらう。

「済まぬが、そなたの出番のようじゃ」

「え、ええ!?」

 言われた言葉の意味が判らなくて、声がひっくり返った。

 いや、だって無理もなくない?

 ここで私に振られても、何ができる?

「済まぬ」

 もう一度そう言って、ファービリアさんは静かに首を振った。

 謝罪一つに重大な意味を持つ高貴な人が、また二度も私に謝ってくれた事実を、ごくりと飲み下す。

「じゃが、これが西の大樹の化身となれば、余ではなくそなたの出番であろう」

「大樹の、化身……?」

 思ってもみなかったことを言われて、私はただ目を瞬かせることしかできない。

 この白黒の女性が、大樹の化身?

 ああ、そういえば木の幹から生えてるなんて、確かに『大樹の化身』っぽいけど。

 『西に在るもの』ってことは、『西の大樹の化身』っぽいけど。

 大樹の化身ってことは、私が触れなきゃいけない『大樹の核』そのものだとも思うけど。

 でも、例えその推測が正しかったとしても、『稀人』が真っ先にどうにかしなきゃいけない対象じゃなくない?

 だって、今この世界で衰弱してるのは、バイオリズムの順番通りの南と、それから順番とは違う東の大樹だ。

 西の大樹は、今現在も通常運行のはず。

 世界のバランスを正しい形に戻すはずの稀人が、初めて接触する大樹の化身が西っていうのは、理屈に合ってなくない?

「アディ」

 戸惑う私を、ファービリアさんが静かに呼んだ。

「大樹がお呼びじゃ」

 ファービリアさんはそう言って、静かに手を差し伸べてくれる。

 意味が判らない。

 先のことも判らない。

 だけど、今この場で彼女の手を取る以外に、道もない気がした。

 おずおずと重ねた手を、ファービリアさんは優しく、だけど力強く、ぎゅっと握ってくれる。

 大丈夫だと言外に告げてくれるその手を握り返して、私は一つ、息を吐いた。

 意味は判らない。

 理由も、これから先のことも何も判らない。

 だけど私は、この手を離さず、『西の大樹の化身』と向き合おうと思う。

 今この瞬間でさえ何をしたらいいのか判らない、そんな不出来な『稀人』だけど。

 それでも、ファービリアさんに……私を信じてくれる人にそうしてくれと望まれるなら、それに応える以外に道なんてあるか?

 だって私は。

 私には。

 何もない。

 自分が何ものであるのかという確たる自信も。

 この世界で何を成したいかっていう揺るがない未来絵図も。

 自分の望みも、何もない。

 ただ一つ、あるとすれば。

 優しい眼差しを向けてくれるこの人の。

 私を『世界の均衡を取り戻してくれる稀人』と信じて迎え入れてくれた人たちの。

 期待を、信頼を、裏切りたくない。

 何も持たない私を支えてくれるのは、ただそれだけで。

 それだけで、充分な気がした。



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