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創り人の箱庭  作者: サボ
第二章
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2-14『違和感の先にまた違和感』

第二章

第十四話

『違和感の先にまた違和感』



 塗り固められたような漆黒の果てに見えたのは、何処とも知れない景色だった。

 だけど私たちには、『そこに行かない』っていう選択肢がない。

 どれだけ見回してみても、光も影も見えない黒く塗り潰された場所を歩き続けるより、少しでも『景色』と認識できるほうに行こうと思うのは、当然の選択だろう。

 そうして私たちが辿り着いた場所は、全く見覚えのない森の中だった。

 漂う匂い自体が、さっきまで居た村とも、歩き回った砂漠とも全然違う。

「ふむ……」

 手を繋いだままのファービリアさんが、小さく声を零すのが聞こえた。

 彼女の顔を見上げると、整った眉が僅かに寄っている。

「ファービリアさん?」

 今までに見たことがない類の表情に、なんともいえない胸騒ぎがした。

「ああ、済まぬな」

 ふと私のほうを見て、ファービリアさんは静かに苦笑する。

「どうも、この場は余の知る何処でもなさそうじゃ」

「え?」

 思ってもみなかった言葉に、私はただ無意味な声を上げるしかできなかった。

 『この場所に見覚えがない』だとか、『この景色だけじゃ判断がつかない』だとか、そういう言葉なら判る。

 だけど、ファービリアさんは『自分が知る何処でもない』と断言した。

「此処にはな、精霊の気配が何もない」

「は?」

 続けられた言葉を聞いても尚、私の口は無意味な音しか吐き出さない。

「異界から参ったそなたには馴染みのないことやもしれぬが、この世界に精霊がらぬ場所などない。ほとんどらぬ場や、ほとんど力を使えぬ場はあるが、全くらぬ場所はない」

 静かにそう説明されても、やっぱりよく理解はできない。

 だけど、なんとなくのイメージで、こんなに自然豊かな森の中に、精霊が居ないっていうのは不思議な気がする。

「ましてやこれだけ拠り所の多い場で、そのようなことは有り得ぬ。じゃが、此処には精霊の気配も、余に応えるものの気配もない」

 私が思っていたそのままのことを言って、ファービリアさんは首を振った。

 それがどれだけ異常事態なのか、普段から精霊と交信してるわけじゃない私には、やっぱりちゃんとは判らない。

 でも、一つだけ判ることがある。

「じゃあ、魔法を使えないっていうことですか?」

 ファービリアさんは、精霊魔法の使い手だ。

 小さな囁き一つであらゆる属性の精霊を従えるほど、その力は強い。

 だけど、それは周りに精霊が居るからこそ発揮される力だ。

「左様」

 少しだけ情けない形に眉を下げて、ファービリアさんは正直に頷く。

 彼女は弱音なんて吐くことはないんじゃないかって、勝手にそんなことを思ってた。

 不遜とさえ表現することができるほど、彼女の言動は一貫して自分の優位性を物語るものだったから。

 だけど、それは少し違っていたのかもしれない。

「余の最大の武器、精霊魔法は使うことができぬ。じゃが、それが即ち、余が無力というわけではないぞ?」

 すぐに表情を悪戯っぽいものに変えて、ファービリアさんは微笑わらう。

「こう見えて、そこそこ体術も会得しておる。少なくとも、そなたよりは強かろう」

 そう言って、ファービリアさんは少しだけ手に力を籠めた。

 握り潰されると感じるほど強くはなく、ただ私を安心させる為だけの力に、私は反射的にその手を握り返す。

「はい、頼りにしています」

 私には、自分の身を護るだけの力が何もない。

 誰かに護られるしか能がないなんて、正直言って情けない以外の何ものでもないんだけど、事実を事実として認識しないほうが情けない。

「案ずるな。必ず、余が護る」

 ふ、と穏やかに微笑わらうファービリアさんは、女性の声なのに、物凄く男前に見えてくらくらした。

 女性的でも男性的でも人を魅了するって、本当に凄い。

 それにしても、ファービリアさんって、やっぱり弱音は吐かないんだな。

 ただ自分ができることとできないことを正しく認識して、それでも目の前の障害を越えて見せると、そう言える強い人だ。

 できないことをできないと認めるのは、弱音なんかじゃない。

 この優しい人から学ぶことの、なんて多いことだろう。

 どれだけ努力を重ねても、私程度じゃファービリアさんの強さにも美しさにも敵うものじゃないとしても、少しでも見習いたいと思う、そんな人だ。

 そんな人がトップに立ってる西の領地は、きっと安泰だろう。

 少なくとも、彼女が生きている間は。

 そんなふうにしみじみ思えてしまうこと自体が彼女の魅力で、そこに性別は関係ないのかもしれない。

 ……まあ、私が両性を持ってるってことも、原因の一つかもしれないけど。

「ここに立っておるばかりでは何も変わるまい。少し進んでみようと思うが、怖くはないか?」

 優しくて穏やかな声に訊かれて、私は反射的に頷いていた。

「大丈夫です。ファービリアさんが一緒ですから」

 そう答えて、私は繋がってる手を少しだけ持ち上げる。

 私を不安がらせないように、ずっと柔らかな表情を崩さずにいてくれるファービリアさんに応えようと、精一杯の笑顔を浮かべて。

 だって、きっとこの状況は、私より彼女のほうが不安なはずなんだ。

 精霊魔法を使いこなす彼女は、いつも精霊の存在を身近に感じてきたはずだ。

 あの世界の何処にでも居るはずの、彼女を支えてくれる存在が居ないこの状況に、不安を感じてないはずがない。

 それでもそんなことを微塵も私に感じさせないファービリアさんの気遣いに、少しでも報いたかった。

「……そなたは……」

 ふ、と息を吐いて、ファービリアさんは繋いでないほうの手を伸ばしてきた。

 白い手袋に包まれたその手が、ぽん、と私の頭を撫でる。

「余にクレアがって良かったな?」

「は、はい?」

 いったいなんの話だ?

 意味が判らなくて何度も瞬く私を見ながら、ファービリアさんはころころと柔らかい声で微笑わらう。

「さて、参るか」

 今の言葉の意味を教えてくれる気はないらしく、ファービリアさんは正面のほうに顔を向けた。

 振り返っても、広がるのは上下左右も不確かな漆黒だけ。

 先に広がるのは、何処までも続くような深い森。

 どちらに進むかと訊かれれば、選択肢はほぼないと言える。

「はい」

 ここに突っ立ってても、きっと何も変わらない。

 私は小さく頷いて、まだ繋がってるファービリアさんの手を少しだけ強く握った。



 何処とも知れない森を歩き始めて、すぐに違和感に気付いた。

 この森には、私たち以外の動物の気配がしない。

 これだけ鬱蒼とした森だ、鳥や獣の鳴き声が聞こえるのが当たり前だと思うのに、それらが一切ない。

 虫にたかられることもなければ、風がそよぐこともないこの森は、精霊を感じられなくても異常だと思う。

「なんだか……作り物の中を進んでる気分です」

 道なき道を進みながら、私はぽつりと零した。

 木や草を掻き分けながら進んでいるのに、土の匂いもしなければ身体が汚れる感覚もない。

 確かに私たちの足は土や草を踏みしめてるのに、その実感すらなかった。

「そうじゃな」

 手を繋いでくれたままの状態で先を歩いて、進む道を作ってくれながら、ファービリアさんは小さく頷く。

 この超絶美人に道を作って貰うとか、正直言って結構な罪悪感なんだけどさ。

 それでも、私が先を行く危険性のほうが避けたい事実で、なんともいえない気持ちになる。

「じゃが、余たちが進む先に間違いはなさそうじゃ」

「え?」

 軽く振り返って言われた言葉に、私は首を傾げた。

「見よ」

「えっと……は?」

 立ち止まって少し身体をずらしてくれたファービリアさん越しに先を見た私の口は、ただ間の抜けた声を零した。

 私たちが進んでる少し先に、巨大な木の幹らしいものが見える。

 森の中に巨木があったとして、それ自体がおかしなことじゃない。

 おかしいのは、その大木が白黒に見えることだ。

 辺りは見渡す限り緑と黒に近い茶ばかりとはいえ、確かに色があるのに、正面に見える大木だけ、白黒写真でも見てるように色が削げ落ちている。

 その違和感は壮絶なもので、この作り物めいた場所の異質さに拍車を掛けた。

「あれ、なんですかね……?」

「さて、流石の余も判らぬが」

 的確な答えを期待してたわけじゃない私の言葉に、ファービリアさんは小さく微笑わらって続ける。

「目指す先としてこれほど適したものは、他に見当たらぬ」

 それはごもっとも。

 正面の白黒の大木以外、ただ広く続く森が見えるばかりのここじゃあ、他に目指そうと思えるものがない。

 まるで『ここにおいで』と誘われているようなそこを目指す以外、特に選択肢がなかった。

 状況は相変わらずよく理解できないまま、ファービリアさんに手を引かれて、もう一度歩き出す。

 地面があって、草が生えていて、周りには木々が生い茂っているのに、どれだけ歩いてもやっぱり生き物の気配はしなかった。

 ただ、一つだけさっきまでと違うことがある。

 何処からか、おかしな匂いがした。

 風一つそよがないこの場所に漂っているその匂いは、足を進める毎に強くなる。

 最初はなんの匂いかよく判らなかった。

 だけど少し進んで、それが何かすぐに気付いた。

 腐臭だ。

 何かが腐った、本能的に眉を顰めたくなる匂いだ。

 思わず足を止めかけたけど、私の手を引いてくれるファービリアさんは止まらない。

 見た目よりもずっと力強い手が私を離さず、止まることもなく先に進んでいく。

 戸惑わないかと訊かれれば首を振るけど、ならその手を振り払えばいいと言われればそれにもやっぱり首を振るだろう。

 『必ず護る』と約束してくれたファービリアさんが、私を連れて先に進むことを選んだなら、それを拒絶する必要なんてないと思うから。

 だから、少しくらい怖くても、足を止めずに付いていく。

 でも、繋がっている手に、少しだけ力が入るのは勘弁して欲しい。

 どれだけファービリアさんを信じるって決めたとしても、本能の底から湧き上がってくる恐怖というか、嫌悪感というか、そういうものまでは流石に誤魔化しきれないから。

 そんな私の複雑な気持ちを察してくれてるのか、ファービリアさんはちらりとこっちを振り返って、蕩けそうなくらい優しい笑みを向けてくれた。

 そして、ほとんど縋りついてるような私の手を、それより強い力で握ってくれる。

 そんなことをしていても、進む足は躊躇いもなく真っすぐだ。

 この人、本当に男前だなあ……!

 視線を正面に戻したファービリアさんを見ながら、私はそんなことを思ってしまった。

 見た目は風にも折れそうな、たおやかな美姫そのものなのに、性格と決意と見た目を裏切る力強さが男前過ぎる。

 いや、今の性別は男性なんだから、『たおやかな美姫』っていうほうが裏切ってるほうなのかもしれないけど。

 美姫兼美丈夫とか、どれだけの人を虜にしてるんだろうとか、余計なことを考えてた、その時。

 ファービリアさんの足が、ぴたりと止まった。

 はっとして正面に目を向ければ、あの白黒の大木がすぐ目の前にある。

 ほんの数メートル先に大木の幹が見えるんだけど、そこに異常な『もの』があった。

 木の幹から、人の上半身が生えている。

 いや、有り得ない表現だって、私も判ってる。

 だけど、そこには確かに、白黒の大木と同化した、白黒の人影があった。



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