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創り人の箱庭  作者: サボ
第二章
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2-13『急激な場面転換は身体に悪いです』

第二章

第十三話

『急激な場面転換は身体に悪いです』



 ぐらぐらと視界が揺れたかと思えば、ぶつんと音を立てて目の前が暗くなった。

 さっきまで辺りを取り巻いていた、悲鳴と怒号が混ざったような色んな音も、今はもう聞こえない。

 何が起こったのか全然判らないまま慌てて辺りを見回してみても、視界は黒く塗り潰されていて、瞬きをしてみても何一つ変わらなかった。

 自分の身体すら見えないそれは、闇というより漆黒だ。

 もしもここにウェルバニーさんが居たら、きっと彼の『呪い』の力で自壊してしまうだろう。

 彼がここに居なくて良かったと、ほっと息を吐き出した矢先。

 視界に少しだけ変化があった。

 私の正面……視線が向いている先に、ぼんやりと金色の輪郭が浮かぶ。

 それは見慣れたというか、さっきまで真っすぐに見ていた、ファービリアさんの後ろ姿だ。

「ファービリアさん……!」

 わけの判らない場所で、後ろ姿とはいえ知った人を見付けたら、その名を呼ばずにいられる人がどれだけいるだろう。

 私の喉から出た声は随分と切羽詰まっていて、端々がひび割れて酷いものだった。

 それでも、私の声を聞き届けてくれた金色こんじきの影は、勢いよくこっちに振り返ってくれる。

「アディ……!」

 あの場所では、頑なに振り返ってはくれなかった。

 私の視界に焼き付いているのは、豪奢なウェーブを描く金色の髪に彩られた、細い背中だけ。

 だけど、今この時、彼女は……その金色こんじきの影は、こちらに振り返ってくれた。

 私を見付けてほっとしたような、嬉しそうな顔をしてくれるのが、こちらも素直に嬉しかった。

「ファー……」

 ビリアさん、と続けることができなかったのは、彼女からこちらに駆け寄ってくれて、その上、細い腕で抱き込んでくれたからだ。

 ぎゅう、と音がしそうなくらいに強く抱き締められる。

 身体の何処かが素肌で触れたらしく、一瞬視界が白黒に変わったけど、そもそも漆黒のこの空間だとあんまり違和感がない。

「ああ、これは僥倖よ……そなたを見失みうしのうたかと案じたわ……」

 耳元で聞こえる声は、男性とも女性ともつかない、『ファービリア・マリアーティス』本人の音だった。

 その音に、心臓の裏がざわざわとさざめく。

 優しい温もりと、甘い香りと、思いの外力強い腕に包まれて、脳の奥がじんと痺れたようになった。

 改めて抱き締められると、膨らみのない胸にちょっとだけ違和感がある。

 でも、この細腕からは想像もつかない強い力で抱き込まれている事実と比較すると、その違和感はすぐに消えた。

「あ、あの……」

 絞り出した声は、何も意味を持たないものだったけど。

 強く私を抱くファービリアさんの力を、少しだけ緩める程度の効果はあったらしい。

「ふむ、少なくとも夢ではなさそうよな」

 ほんの僅か身体を離して、ファービリアさんは微笑む。

「このような場でそなたを一人にさせたかと、肝が冷えたわ」

 うっとりするほど優しく微笑んで、ファービリアさんは私の頬に触れた。

 触れられた頬が、それから全身が、急激に熱を持つのが自分でも判る。

 ファービリアさんにその気はないって判りきってるけど、熱烈に口説かれてるみたいな気分だ。

「あ、あの……ここは、何処なんでしょうか……?」

 彼女に答えられるはずもないと判っていながら、それでもそう訊かずにはいられない。

「ふむ、流石の余にも、見当も付かぬ」

 下手な希望を持たせるような曖昧な言い方はせず、ファービリアさんはそう言って漸く私から身体を離した。

 頬に当てられていた手も離れて、ほっとしたような、なんだか残念なような、なんとも複雑な気分だ。

 ぐるりと辺りを見回すファービリアさんに釣られるように、私も視線をあちこち彷徨わせる。

 それでもやっぱり、辺りは漆黒に塗り固められていて、何も見えない。

 ただ、そんな中で、何故かファービリアさんの姿だけはくっきりと浮かび上がっていた。

 さっきまでは自分の身体すら見えなかったのに、今は自分とファービリアさんの姿だけは見える。

 ただ光源が何もないっていうだけなら、そんなことは有り得ないはずだ。

 まるで悪い夢の中に居るみたいだけど、さっきファービリアさんが言ってた通り、『少なくとも夢じゃない』んだろう。

 なんでそう判るのかと訊かれると、返答に困るけど。

「クレアもリクもらぬのは少々難儀ではあるが、何、そなたを一人にしておらぬのであればなんの問題もない」

 何度か頷いてから、ファービリアさんは白い手袋をした手を、私のほうに差し出してくれた。

「このようなところではぐれるのは御免被る。余に手を預けてくれるか?」

「あ、は、はい!」

 いざなわれるままにその手を握れば、ファービリアさんは『よくできました』とでも言わんばかりの笑顔を浮かべる。

 うわあ女神!

 この黒くて何も見えなくて何も聞こえないわけの判らん世界に降り立った女神……!

 いや性別で言ったら男神?

 もうその辺どうでもいい!

「良い子じゃ」

 ふわりと優しく微笑んで、繋いでないほうの手で頭を撫でてくれるこの人を、神と評さずになんと言えばいいのか。

「ファービリアさん……」

 思わず口から零れた声は自分でも驚くほど震えていて、泣き出す一歩手前みたいに感じた。

 ファービリアさんは穏やかな微笑みを深くして、宥めるように何度も撫でてくれる。

「案ずることは何もない。余が傍にる」

 静かで優しい声音は、見た目通りの綺麗なお姉さんというよりも、穏やかで頼りになるお兄さん、っていう雰囲気だ。

 そもそもファービリアさんは男性なんだから、そう感じるのは何も間違いじゃないような気もするけど。

「余はそなたを必ず護る。そして、余はこのようなところで朽ちることは赦されておらぬ」

 『命を懸けて護るから』。

 そう言われて得られるのは、心の奥に爪を立てるような不安を伴う安堵。

 自己防衛の手段に乏しい自分は、誰かに庇って貰わないと生き延びることはできないんだろうと判ってる。

 この世界の均衡を取り戻す『稀人』っていう立場なんだから、目的を果たすまでは生き延びなくちゃいけないことも判ってる。

 だけど、だからって私を護る為に、誰かが死ぬのは嫌だ。

 だから、『必ず護るし、自分も死なない』と言ってくれることが、ただとても嬉しかった。

「……はい……。」

 大切な人が傷付くところなんて見たくない。

 だからといって、代わりに自分の命を差し出すと言えるほど強くもない。

 どっちつかずの自分が嫌になるけど、今すぐ変えることなんてできないから仕方ない。

 押し隠すつもりもなかった情けなさはそのまま声に滲み出て、無様に震えていたけど、ファービリアさんは優しく微笑んで頷いてくれた。

 彼女は私の手を引きながら、ゆっくりと足を進める。

 私もそれに続いて足を踏み出すんだけど、何処が地面なのかもよく判らなくて、物凄く歩きにくい。

 こんな状況でも、ファービリアさんの歩みに迷いはなくて、でも怖気る私に合わせた歩調で進んでくれる。

 そうしてどのくらい歩いたのか。

 何処に向かってるっていう気もなかった私たちの視線の先に、漆黒以外の色がぼんやりと滲み始めた。

「あれは……?」

「ふむ」

 思わず立ち止まって、小さな声が漏れる。

 それが何か、よくは判らない。

 光のようにも見えるし、私たち以外の誰かのようにも見える。

「状況が改善するか改悪となるかは判らぬが、少なくとも立ち止まるよりは良かろう」

 私に向かってそう微笑んで、ファービリアさんは真っすぐに滲んだ何かのほうに向かった。

 足がもつれないよう慎重に、でもさっきまでよりは少し早い歩調で進めば、滲んだ何かがどんどん大きくなっていく。

 徐々に近付いてくるそれは、どうやら人影じゃなく、何処かの景色みたいだった。

 ただ、どれだけ近付いてみても、その景色に見覚えはない。

 さっきまで私たちが居たはずの砂漠や小さな村でもなければ、王宮でもなさそうだ。

 反射的に力が入ってしまった私の手を、ファービリアさんが優しく握り返してくれる。

 大丈夫。

 大丈夫。

 自分にそう言い聞かせながら、漆黒の先へ進んだ。



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