2-12『火花、輝く』
第二章
第十二話
『火花、輝く』
呪文と聞いて思い浮かぶ言語はなんだろう?
英語?
ラテン語?
古語?
それとも聞いたこともない独自のもの?
それのどれも正しいんだろう。
要は、『それ』で力が発揮されればいいだけの話。
それが言霊であればいい。
精霊魔法は普通の魔法と違って、『精霊の力を借りる』魔法だ。
力を借りる対象である精霊に届くのならば。
どんな言語で語り掛けても、結果は同じ。
現役の妖精領主として、他の誰よりも精霊との繋がりが強いファービリアさんであれば、どんな言葉も言霊足り得る。
彼女が『力を貸せ』と言ったなら。
この、閉じられた幻の世界であったとしても。
そこに精霊が居るのなら、その言葉に応えるだろう。
「我が剣と成れ、数多の精霊よ!」
細い指が指し示す先……リクとクレアさんが握る剣に、輝きが宿る。
本人たちの身体すら豆粒程度にしか見えないのに、その輝きはやけにくっきりと目に焼き付いた。
その輝きを大剣に纏わせたリクが、瞼を閉じた大ムカデの目を蹴り、更に高く跳ぶ。
大柄な身体が巨大過ぎるムカデよりも高く跳び、狙うのは脳天。
「おおおおおおおおっ!!」
大きく吠えながら、リクは大ムカデの頭に大剣を突き立てた。
それは頑丈な甲皮に弾かれることなく、深々と大ムカデの脳天に突き刺さる。
アアアアアアァァァアアァァアアァアア!!
今までで一番高い悲鳴が、鼓膜を震わせた。
その絶叫を上げる口を目掛けて、小さな影が舞う。
「っせいっ!!」
クレアさんの凛とした高い声が、勇ましく響いた。
リクの大剣と比べれば、頼りないと思えるほど細い剣が、それでも大ムカデの顎を断つ。
その光景を、私はただ、ぽかんと口を開けて見つめるしかできなかった。
グキュアアアァアアアア!!
脳天を割られ、顎を断たれた大ムカデが、絶叫を上げながら仰け反り、激しくのたうつ。
クレアさんに断たれた顎が半分途切れてぶら下がってるみたいな形になってて、そこからも脳天からも血飛沫が飛び散り、穢れた雨みたいに辺りを濡らした。
その様は結構グロいんだけど、それでも少しは冷静に見ていられるのは、ファービリアさんに怯える必要はないって言われたのと、私の近くにはその穢れた雨が降ってこないからだろう。
ファービリアさんが張ってくれた結界のような膜は、降り注ぐ大ムカデの血も綺麗に弾いて、まるで浄化でもしてるかのように痕跡一つ残さない。
例えば透明なドームに血が降ってきたら、それが身体に当たることは防げたとしても、ドームに巨大な血痕ができるもんだと思うけど、それすら残さないんだ。
「アディ」
唐突に呼ばれて、私はファービリアさんを見る。
相変わらず私に背を向けたまま、こちらに視線の一つも向けずに、彼女は続けた。
「とどめを見ておれ」
そう言ったファービリアさんの声は、今までに聞いたことがないくらい、平坦なものだった。
感情の全てを押し隠したような、冷徹とも表現できるそんな声を、これまでに聞いたことはない。
これはきっと、『西の領主』としてのファービリアさんの言葉なんだろう。
今までファービリアさんが私にくれた言葉は、優しくて、明るくて、凛としていて、ちょっとだけ我が儘で……少なくとも、私を無理に服従させようとするような色は、何処にもなかった。
だけど、この言葉は違う。
反論も拒絶も許さない。
そんな音が宿っていた。
「……はい」
私はただ、その言葉に頷くだけだ。
感情を全て押し隠したような平坦な声の裏に、どれだけの想いが秘められているのか、私には推し量ることもできない。
仮初めとはいえ蟲人たちの生活を護ってきたものをその手で屠る景色を、彼女がどんな想いで見つめているのか、本当のところは判らない。
だけど。
それでも。
ただ、頷くことはできる。
彼女の想いの切れ端を、慮ることくらいなら、できる。
何より、ここで私に頷く以外の選択肢なんてない。
他に何もできないっていうこともある。
でもそれ以上に、私には『他に何かをする必要がある』とは思えなかった。
「おおおおおおおっ!!」
「はああああっ!!」
リクとクレアさんの雄叫びが聞こえて、視線を真っすぐ前に向ける。
この世のものとは思えないほど巨大な大ムカデと、それと比べれば羽虫ほどの大きさにも満たないと思えるような、二人の騎士の姿が見えた。
手を伸ばした先の小指の爪より小さく見える、二人の騎士。
だけど気合の声を発する二人は、この場の何よりも大きく感じた。
リクとクレアさんはそれぞれ大ムカデの顔を挟んで左右に分かれる形で、それぞれの剣を大きく振りかぶる。
横薙ぎに振られた剣の閃きが、強く目に焼き付いた。
ザン!! と小気味いい音を響かせて、その閃きが大ムカデの顔の下……他の生き物で言うのなら首であろう部分を分断する。
キ……!!
短い悲鳴。
それは、音を出す場所が途切れたから。
──────!!
吐き出す空気のない、片方が断ち切れた顎が、それでも尚、何かを叫ぼうと、カタカタと揺れる。
尾の位置にある二つの口も、ただガクガクと歯を鳴らすだけで、悲鳴を上げることはなかった。
巨大な胴は波打ち、土を抉る。
広い砂漠の真ん中にある土なんて、きっと希少だろうにって、そんな場合でもないのになんだかもったいなく感じた。
降り注ぐ土煙と礫に襲われてたら、きっとそんなことを考えてる余裕なんてなかっただろう。
ただ悲鳴を上げてうずくまる、蟲人さんたちみたいに。
私はファービリアさんの力に守られたまま、ただただ、崩壊の景色を見つめる。
激しく跳ねる巨躯が抉る大地。
刎ね飛ばされた頭がそこに落ち、ひしゃげて潰れる様。
泣き叫ぶ蟲人たちの、耳を覆いたくなるような悲鳴。
音を出すことすら叶わなくなって、ただガチガチと歯を鳴らす、尾の双頭。
これが崩壊の絵でなくて、なんだというのか。
一つの村が……文化が終わる、その終焉以外の何ものでもない。
その終わりをもたらした人……ファービリアさんの背は、この状況でも、微塵も揺らがない。
男性にしては華奢で、儚く、風にも折れそうなその背は、この状況ですら怖気る気配すらなかった。
きっと彼女は、ただ真っすぐにこの状況を見つめているんだろう。
彼女は命じた。
抗えと。
その結論が、一つの種族の終焉を意味するものだと判っていながら。
ここが、大樹の創った異界であるのだとしても。
この場での行動に、なんの意味もないんじゃないかと、そう思える空間じゃなかったとしても。
この場が、彼女の生きる現実であったとしても、きっと選んだ結末は同じだ。
例えこの小さな集落を……蟲人たちを切り捨てても、彼女は自分が生き延びる道を選ぶ。
彼女はきっと、絶対的な守護者を失くし、この痩せ細った地で緩やかな絶滅を待つだけになるであろう小さな集落よりも、自分自身の命を選ぶだろう。
彼女は正しく、『己が身の惜しさ』を知っているから。
現西の公爵領当主で在る己が身の価値を……そう足り得る心と力を持っているから。
小さな村とはいえ幾つもの命が重なるこの場より、自分を優先する。
そして私は。
その選択が、間違っているとは思えなかった。
ぐらりと。
ぐら、ぐらりと。
視界が。
歪んだ。
続




