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創り人の箱庭  作者: サボ
第二章
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2-11『火花、更に激しく』

第二章

第十一話

『火花、更に激しく』



「……一族の長ともあろう者が、なんという体たらくか」

 地響きがする崖の先を見据えたまま、ファービリアさんが言う。

 その声にはっとして彼女に視線を戻したけど、私の視界に映るのは豪奢な金の巻き毛に飾られた細い背中だけ。

 どんな表情をしてるのか見えるわけじゃないけど、いつもの余裕気な笑みを浮かべてはいないだろうことだけは判った。

 ファービリアさんの声は男性のものになっていて、静かな怒りのようなものを内包してるように感じる。

「膝を付くな。俯くな。例え小さな村であろうとも、滅びを約束された種族であろうとも、その長である者が挫けた姿を公衆に曝すとは何事か!」

 小柄な背中は変わらない。

 細い身体も変わらない。

 なのに、真っすぐに前を向いたまま叫ぶファービリアさんからは、圧倒されるほどの威厳しか感じられなかった。

「民の上に立つ者が! 容易たやすく『その道しかなかった』などと申すな!! 己が民の為に選んだ道ぞ!」

 そうするしかなかったと。

 それ以外に生きる道が何処にあるのかと。

 老人は言った。

 確かにそうかもしれないと、私は思った。

 だけど、ファービリアさんに言わせれば、そうじゃない。

「誰がなんと言おうとも! この惨状は蟲人の長であるそなたが選んだ『先へ続く道』に他ならぬ!」

 ああ……この人は。

 偉大なる妖精族の長は、蟲人の長の判断を、ただ頭から否定してるわけじゃないんだ。

 他の種族を贄と呼びながら、ただ自分たちが生き残る手段を選んだ老人を、贄の立場になっていながら全否定してるわけじゃない。

 この人が憤っている理由は、ただ。

「その責を! 宙に放るとは何事か!!」

 ただ。

 あの老人が、『村長』としての責任すら、過去と境遇に投げ遣っていることが認められないんだ。

 例えどれほど小さな村であろうとも、老人は確かに長として選ばれた身だ。

 それが血筋での継承であったとしても、実際に上に立ったのなら選ばれた理由なんて関係ない。

 ファービリアさんは、自分が西の領主であることに誇りを持っている。

 性別だけで言うのなら前例のない公爵当主であることを、誰にも文句を言わせないだけの努力を重ねてきた人だ。

 同じく勤勉であろう筆頭近衛や、陛下の近衛騎士でも知らないことまで学んでいて。

 立場の違う彼らの生き様もよく理解しているファービリアさんの努力を、ちょっと話しただけの私が理解しきれてるとは言わないけど。

 それでも、ファービリアさんの覚悟は……上に立つ者として正しく在ろうとする生き方は、少し触れれば判る。

 ファービリアさんは、素晴らしい為政者だ。

「立て! その身に僅かばかりでも『長』としての矜持が在ると申すのなら、立って前を見よ!」

 これから起こる、全てのことを。

 蟲人の民は目を背けても。

 お前だけは。

 長であるお前だけは見ていろと。

 強く。

 強く、ファービリアさんは叫んだ。

 思わず老人のほうを見れば、俯いたままぶるぶると震えている。

 でもそれは、恐怖や悔恨によるものじゃない気がした。

 僅かに見える拳が、きつく握り締められてる。

 あの震えは、言われっぱなしの言葉に対する怒りか、それとも恥辱か。

 どちらにしても。

「……!」

 村長である老人は、歯を食いしばって立ち上がった。

 その原動力が怒りなのか恥辱なのか、それとももっと別のものなのかは判らない。

 だけど確かに彼は立ち上がって、前を向いた。

 その目は、激痛にのたうつ二匹の守護蟲と、その傷を作った二人の護衛をしかと見据えている。

 その視線を追って、いつの間にか二人が地に足をつけてることに気付いた。

 ああ、私は、全然この戦いのスピードについていけてない。

 そんなことが、酷く情けなく感じた。

「さあ、守護蟲様のお出ましじゃ」

 立ち上がった村長を見ようともせず、ファービリアさんは皮肉めいた声でそう言った。

 聞こえていた地響きが、ひと際大きく唸る。


 キイイクウアアアアアアアアア!!


 絶叫のような鳴き声とともに現れたそれを見上げて、私はただただ呆然と口を開けることしかできなかった。

 姿形は大ムカデだけど、そのサイズ感が違う。

 さっきまでリクたちが相手をしていたカイゼルを二体束ねたくらいの胴の太さと、巨大過ぎる顎。

 異常に長く伸びた触覚ですら、巨大な丸太を思わせる太さだった。

 それもそのはず。

「え……?」

 意識しない声が、ぽろりと口から零れた。

 超巨大なカイゼルの胴体は、崖下には向かわず、二体のカイゼルと繋がっていたんだ。

 つまり、目の前に居るのは三体のカイゼルじゃなく、一体のカイゼルってこと。

 一体のカイゼルの尾が二股に分かれて、その先にも顔がある……って、もう、何がなんだか判らない。

「足だけでなく、目も口も複数とは、贅沢なものよな」

 そういう話? と、思わず突っ込みたくなるようなことを平然と言ってのけながら、ファービリアさんは細い手を斜め上に持ち上げた。

 薄く光る膜のようなものが私たちを包むようなドーム型になって、巨大なカイゼルが動くことで巻き起こる砂や小石から守ってくれる。

 薄い膜にしか見えないのに、それは凄く強固で揺るぎない城壁みたいだ。

 これに包まれてる間は、何があっても大丈夫だと思える。

 だから、こんな非常識な展開を前にしても、慌てて逃げ出そうとか思わないで済んでるんだろう。

 それに。

 ここには、絶対的な守護者が他にも居る。

 もうもうと上がる砂煙の向こうに、二人の護衛の姿が見えた。

 ああ。

 大丈夫だ。

 あの二人の目には、絶望の一つも宿っていない。

 心が折れてる様子もない。

 剣を握り締めてる手に震えもない。

 あの二人が怯えていないのなら、何も諦めていないのなら、私が怯える必要も慌てる必要もないと思う。

「クレア、リク」

 ファービリアさんの優しい声が……女性にのそれに戻った穏やかな声が、護衛の二人を呼んだ。

「構わぬ。け」

 何が『構わぬ』なのか、一瞬理解できなかった。

 でもきっと、私たちの後ろに居る人たち……蟲人さんたちの目があっても、守護蟲を倒すことを躊躇うなって意味だと思う。

 あの二人が守護蟲を問題なく倒せるって、心の底から信じてるから出た言葉なんだろう。

「我が君の御意の通りに!」

「はっ!」

 クレアさんとリクはそれぞれそう返事をすると、砂埃の舞う中、二人は迷わずに地を蹴った。

 砂煙で視界のほとんどが効かない中、それでも二人の足には迷いも躊躇いもない。

 真っすぐに新しく現れた大ムカデ……これまで対峙してたのが尻尾だったそれに向かって走る。

 他の何も目に入らないと言うか……舞う砂煙も、石礫も一切意に介さず、ただ真っすぐに走って行く。

 その二つの背中は、実際の大きさこそ差はあれど、頼もしさに変わりはなかった。

 二人はただただ真っすぐに大ムカデの本体に向かって駆ける。

 その速度は、あの尻尾の二つを相手にしてたときよりまだ速い。

 短い名乗りを告げたあのタイミングが、二人の全力を出したタイミングだと勝手に思い込んでたけど、そうじゃなかった。

 あれでもまだ、彼らは全力じゃなかったんだ。

 今、この時。

 この瞬間のほうが、明らかに強いと思う。

 強いとか弱いとか、その基準はよく判らないけど、でも、なんとなくだけど判る……感じるんだ。

 あの二人の本気は、今、この瞬間からだ。

「「はあああああっ!!」」

 全てを切り裂くような、二人の声が重なる。

 砂塵も、石も、漂う思念さえも切り裂く、強い声。

 この二人に任せておけば絶対に大丈夫だと、そう思える声だった。

 二人は先の大ムカデに対したのと同じように、胴を蹴り、無数の足を蹴って高く高く跳ぶ。

 今まで見てた大ムカデの頭よりも、更に高く跳んだ二人の姿は、私から見えれば豆粒のようなものだった。

 そんな距離ですら、彼らの姿は強く、大きく見える。

「っせいっ!!」

 先に斬り込んだのはクレアさんのほうだった。

 あの固い表皮に覆われてない部分……さっきから潰しまくってる目を狙って、剣を揮う。

 だけど。


 ガイン!!


 薄暗い景色にまたどす黒い血飛沫をあげるはずだった剣は、何かに阻まれて硬質な音を奏でた。

「ま、まぶ、た……!?」

 虫にそんなものがあるなんて、私は知らない。

 だけど新たに現れた巨大なカイゼル……いや、違うな。

 尻尾じゃ相手にならないと思って出てきた超巨大なカイゼルの本体には、確かに瞼のようなものがあったらしい。

 赤い、赤い、血よりも赤い目を甲皮が覆い、クレアさんの剣を弾き飛ばした。

 リクやクレアさんがさっきから潰してるのは、巨大なカイゼルの目だったり、口の端だったり。

 どっちにしろ、あの鋼を通さない甲皮が覆っていない場所だ。

 その最たる場所……目を庇う甲皮があるなら、鋼の剣が傷を付けられる場所が更に限られる。

 あの大きく開いた口。

 獲物を砕き、飲み込むことに特化したそこしか、粘膜と呼べる部位がない。

 確かにさっきリクが口を切り裂いたけど、それは飽く迄『尻尾のほうの口』の話。

 本体のほうの口は、尻尾のほうと比べると倍以上の大きさだ。

 そこを狙うなんて、無茶もいいところ。

「リク……クレアさん……!」

 なんの力も持たない私が、前に出たって何ができるわけじゃない。

 だけど、無意識に一歩、足が前に出ていた。

 それ以上進めもしないくせに。

 今は豆粒くらいにしか見えない彼らのところに、この足で辿り着けるわけもないくせに。

 ファービリアさんが作ってくれた、淡く輝く薄い膜の外に出ることすらできないくせに。

 それでも。

 私の足は、一歩分だけ、前に出た。

「……アディ」

 優しくて、穏やかで、全てを包み込むような声が、振り返らないファービリアさんから聞こえる。

 作られた女性の声じゃない。

 だけど、『これが本性』なのだと強く断じる声でもない。

「案ずることはない」

 高い声の男性のような。

 低い声の女性のような。

 性別を感じさせない、この声こそが。

 『ファービリア・マリアーティス』の声なのかもしれないと。

 そう、思った。

「此処には余がる。余の騎士と、陛下の騎士がる」

 凛とした女性の声で、ファービリアさんは続ける。

「負けはない」

 断言されたそれは、『負けることなどない』という傲慢とも呼べる音と、『負けることなど許されない』という悲壮とも呼べる音が混じり合って聞こえた。

「さあ、余の声の聞こえる限りの全ての精霊よ! 余を長と認める全ての精霊よ!」

 ざ、と音を立てて、ファービリアさんは右手を天に掲げる。

「余が騎士と認める者に、力を貸すがよい!!」

 それは呪文と呼べるほど崇高なものじゃないと思う。

 でも、それは間違いなく、力を持つ言葉だ。



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