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創り人の箱庭  作者: サボ
第二章
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2-10『火花、鮮烈に』

第二章

第十話

『火花、鮮烈に』



 立ち位置的には、圧倒的に不利な状況。

 だけど、ファービリアさんは勿論、あの大ムカデと直接対峙してる二人も、いつもと全然変わらない様子だ。

 蟲人さんたちは遠巻きに私たちを見ながら、怯えて固まってるけど。

「蟲人たちよ、よう見ておけ」

 そんな彼らに視線を向けるわけでもなく、真っすぐに大ムカデの顔を見上げながら、ファービリアさんは続ける。

「これまでの贄は、貴様らが守護蟲と呼ぶこれより弱く、逃げ惑い、力なく捕食されるだけだったやもしれぬ。じゃが、世の中にはそうでないものもおる」

 『そうでないもの』がどれだけ居るのか判らないけど、少なくともリクとクレアさんは逃げ惑うなんてことはないだろう。

 例え自分より力の強い相手を前にしても、後ろに『護るべき人』が居るのなら、絶対に引かない。

「貴様らが守護蟲と呼ぶこれが、誠にそなたらを護ることを宿命付けられておるのなら、贄がどれだけ抗おうと敵うことはなかろうよ」

 に、と口角を吊り上げるファービリアさんの表情は、他者を見下すような嘲りと、背筋を何かが撫でていくような妖艶さが漂ってる。

 この奇妙な感覚を、どう言葉で表現すれば正しいのか判らない。

「これが本当に守護蟲と崇め奉るのに相応しいか、そうでないか。それは今、判ろうよ」

 それはつまり、ここでリクたちが負ければ、この大ムカデは神に等しいものだっていうことだろう。

 神は、人の力でどうこうできるものじゃない。

 だって、人の手に負えないものに名前を付けたものが神なんだから。

 ……あれ?

 私、この世界で、神っていう言葉を聞いたこと、なかったような気がする……?

 この世界の中心である場所に零れ落ちていながら、私は神官だとか巫女だとかいう人たちに会ったことがない。

 神に仕える神官や巫女なんて人たちは、直接政治に関わることはなくても、世界の中心には在って然るべき存在だと、今なら思うのに。

 そして、聖堂っていう言葉も聞いた覚えがないし、見たこともなかった。

「クレア、リク」

 私のちょっとした疑問は、ファービリアさんの穏やかな声で途切れる。

「先程も言うたが、全力で抗え。それは我らに赦された当然の権利であり、余が望むことでもある」

 私が『ここで朽ちるのを認めない』と言うのだから、決して負けるな。

 そう言っているように思える、傲慢と表現して差し障りない言葉なのに、それはまるでこの世の理のように聞こえた。

 場を支配する能力に長けたファービリアさんの言葉だから、そう感じるのか。

 それとも、私が抗うべき側に居るから、その言葉に縋りたいと思うのか。

 どちらが正しいのか、よく判らないけど。

「リク……クレアさん……」

 この巨大な脅威に抗うだけの力を持たない私は、その力を持ち揮うことを善しとされる二人の名を、祈りを込めるように呟くことしかできない。

「大丈夫だ」

 私に背を向けたまま、リクはただひと言、そう言ってくれた。

 大きな背中が語るのも、『大丈夫』というただひと言だけ。

 ああ、それでも。

 それだけでも、いい。

 たった一つの言葉だけで、私は本当に『大丈夫』だと、そう思える。

わたくし共にお任せを」

 同じように響く、感情の籠らないクレアさんの声。

 彼女の『絶対』であるファービリアさんが『全力で抗え』と言ったから。

 その言葉には、『必ず勝て』という意味が含まれているから、クレアさんは引かないし、負けない。

「うん……お願い、します……」

 それ以外に、どんな言葉が言えただろう。

 どんな言葉が、必要だっただろう。

 ふと、リクが微笑わらったような気がした。

 背中しか見えないけど、何故かそう感じたんだ。

「リークレット・レヴァン。参る」

「クレア・スティール。我が君のお言葉の為、推して参ります」

 端的な名乗り。

 それは何故だか、『これから本気で行きます』って宣言をしてるように聞こえた。

 その直後。

「っ!!」

 二人は短い息を吐き出して、駆けだした。

 かなりの体格差があるのに、二人のスピードはあまり変わらなく見える。

 あっという間に巨大ムカデの胴体近くまで走り込んで、二人はほぼ同時に地を蹴った。

 そのまま大ムカデの胴体を蹴り上げるようにして、更に高く、高く登っていく。

 それは本当に瞬きする間の出来事で、はっとした頃にはもう、二人の身体は大ムカデの顔よりも上に浮かんでいた。

「え……」

 何がどうなってるのかよく判らなくて、私の口は、ただ意味のない呟きを吐き出すだけだ。

「眼光一つ、頂戴致します!」

 落下の勢いを味方につけたクレアさんは、鋭く宣言して赤く光る目に剣を叩き付けた。


 キイイヤアアアアァアアア!!


 絶叫を上げて、大ムカデが仰け反る。

 ファービリアさんの作った光球に照らされて、どす黒い血が飛び散るのが見えた。

 大ムカデの胴体は二人の剣を通すことのない固い皮膚で覆われていたけど、目はそういうわけにはいかない。

「ああ……!」

 蟲人さんたちの誰かが零した、溜め息に混ぜ込んだような悲鳴に似た声が聞こえた。

 でも、そっちに気を散らす余裕は、私にはない。

 視線も逸らせずに見つめる先で、片目を潰されて暴れる大ムカデの頭を器用に蹴って、二人はまだ滞空状態を保っている。

「せいっ!」

 身体を回転させるようにして、今度はリクが斬り付けた。

 大剣が叩き付けられた先は、もう一つあるほうの目じゃなくて、悲鳴を上げる口。

 ただでさえ巨大な口を、更に裂いて広げるように、大剣が食い込んでいく。


 アアァアアアァオアオアアァアアア!!


 耳を覆いたくなるような絶叫が、静かな砂漠に響き渡った。

 リクの身の丈を超える大剣も、大ムカデの口の横幅には及ばなくて、片側の口の付け根を切り裂く形になってる。

 だけど、大剣はそれだけじゃ終わらず、勢いに任せるように逆側の口の付け根まで切り裂いた。


 キュアアアァアアアアアア!!


 息継ぎを感じさせない絶叫が、更に音を増す。

 空中なんていう、何処にも踏ん張りが効かない場所で、それでもあれだけの斬撃力を出せるリクの胆力ときたら、いったいどれだけ鍛えればそうなれるんだろう。

 知らず、喉が鳴った。

 自分が息を飲んだんだと、その音を聞いてやっと気付く。

 リクたちが走り出してからこの状況に至るまで、瞬き数度の時間しかない。

 その間に目まぐるしく切り替わる光景に、呼吸そのものが止まりそうだ。

 リクたち以外に心を割けなくて、蟲人さんたちがどんな様子かもよく判らない。

「ふっ!」

「はっ!」

 リクとクレアさんがが息を吐く音が、耳をつんざく悲鳴の後ろに重なる。

 絶叫を上げている大ムカデの顔を蹴って、二人は何もない空間へ跳んでいた。

 その行動に、私は意味を見出せない。

 だけど。

 きっと。

 彼らがそうすることを選んだなら、何かが『在る』はず。

 そう思った私の視界に、信じられないものが飛び出してきた。


 クシャアアアアアァアアァアアァァァ!!


 甲高い叫び声と共に現れたのは、もう一つの大ムカデの顔だった。

 片目と口の端を切り裂かれた大ムカデと同じ、深い紫に染め上げられた魔素堕ちのカイゼル、それそのものだ。

 守護蟲と呼ばれる魔素堕ちは、一匹じゃなかったのか?

 そう私が思うのが先だったのか、それともあとだったのか。

 宙を舞う二人が、そのままの勢いで、二つの目を同時に突き刺した。


 アアアカアアアカカアアアアア!!

 キィアアアァアアアァアアアア!!


 二つの口が重ねて吐き出す、絶叫が重なる。

 どす黒い血飛沫が、また飛び散った。

 耳をつんざくような絶叫の向こうに、低くて重い、地鳴りのような音が混じる。

 まさかこの巨大なカイゼルが、他にも沢山居るとか……?

「流石にこの短時間でこれだけ潰されれば、出てこようものよな」

 ファービリアさんの声が、不意にすぐ近くで聞こえた。

 いつの間に移動してきたのか、ファービリアさんはこっちに小さな微笑みを向けて、実に優雅な足取りで私の前に出る。

「アディ、余たちを信じ、慌てるでないぞ?」

「……え? あ、は、はい」

 顔だけ振り返って、改めて笑みを向けてくれるファービリアさんが、あまりにも綺麗で、頷くことさえ一瞬遅れた。

 甲高い絶叫と、腹の奥から不安を引き摺り出すような地響きと、蟲人さんたちの細い悲鳴とが混じり合う、凄惨と表現していいこの状況で。

 それでも美しく微笑わらう彼女は、何処かこの世のものじゃないような気配さえ感じた。

 そうして、はっとする。

 この場に響いてる悲鳴が、カイゼルのものだけじゃないことに。

 ちらりと振り返れば、蟲人さんたちはみんなへたりこんで俯いてる。

 フードを外したままの村長でさえ、周りの人たちと同じように膝をつき、俯いて、喉の奥から悲鳴と嗚咽の混じったような音を吐き出していた。

 ああ……きっとこれが、普通のことなんだろう。

 生き残る術だと縋り続けたきたものが、世間では魔素堕ちと呼ばれる制御不能の危険生物であることくらい、彼らは知っているはずだ。

 それが決して『情』でこの村を護っているわけじゃなく、これまでの行動は明らかな生存本能であることを、判っているはずだ。

 そしてこの壁で囲われた……それでも自分たちが住む小さな村と比べればずっと広い世界の中には、魔素堕ちを狩ることができる人たちが居るであろうことも。

 だからここで怒るんじゃなく、嘆く。

 村の大切な守護蟲を傷付けたリクやクレアさんを糾弾するんじゃなく、『とうとうこの日がやって来たのか』と、ただ嘆くだけ。

 それは当たり前の感情かもしれない。

 だけど。

 私には。

 とても弱く見えた。

 それはきっと、私がこの世界で会った人たちが……私の記憶に確かに残る人たちが、揃いも揃って強かったから。

 戦う力だけの話じゃない。

 強いんだとは聞かされていても、実際に戦っている姿を見たことがない人たちが大半だ。

 戦う力のない人たちだって居る。

 だけど、私が出会った人たちは、誰一人、『こうするしかないからこうして生きている』なんてことを言わなかったし、そんな姿も見せなかった。

 私が蟲人さんたちに感じる弱さは、きっとそういう意味だと思う。

 じゃあ。

 じゃあ、私は。

 どうなんだろう……?



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