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創り人の箱庭  作者: サボ
序章
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0-3『説明回と相成りまして』

序章

第三話

『説明回と相成りまして』



 あれよあれよという間に、私は妖精さんの部屋に連れてこられていた。

 というか、気付いたらここに居たって感じで、どうやって歩いてきたのか、ここまでの道がどんなだったのか、全然憶えてない。

 とにかく、広い部屋に居るのは私と妖精さんともう一人の女性だけ。

 金色の長い髪と青い目をした、表情の少ない女性は、多分、妖精さんと同じ種族だと思う。

 ふわっふわのロングドレス姿の妖精さんに対して、クールなお姉さんは騎士服っていうのか、男装に近い格好をしてて、それがまた物凄く似合ってた。

 彼女は私たちに紅茶を出してくれたあと、ソファーには座らずに妖精さんの後ろに直立不動で控えてる。

「改めて自己紹介をしておこうかの」

 温かい紅茶をひと口飲んでから、妖精さんはにっこりと微笑んだ。

「余はファービリア・マリアーティス。西の公爵領当主じゃ。こっちは余の筆頭近衛でクレア・スティールという」

「ええと……アデリシア、です?」

 言葉尻が上がった変な返事をしてしまった私に、妖精さん……ファービリアさんはきょとんと目を丸くして、それからころころと笑う。

 クレアさんは全くの無表情を崩しもしない。

 ……そういえば、何人か彼女を『閣下』って呼んでたけど、それって公爵家当主っていう立場だから?

 公爵家っていう言葉に馴染みはないけど、お貴族様だってことは判る。

 いや、なんで判るんだろう?

 自分のことは何も判らないのに、自分がここじゃない所から来たってことや、それでも公爵っていうのが貴族で、それが社会的地位のあるものだってことは判る。

 なんで? どうして?

 私の記憶は、どういうことになってるんだろう?

「そう不安がるでない」

 静かで優しい声が、私の心を撫でた。

「そなたが異界より参りし者であることは、あの場に居た誰もが知っておる。そうである以上、こちらの常識が通用しないことくらい、想像の範疇内ぞ」

 優しい、優しい声と、穏やかな微笑み。

 本当に高貴な人ってものに会った記憶なんて何処にもないけど、ファービリアさんは気品と優雅さと余裕を兼ね備えた、絵に描いたような貴人っていう感じだ。

「最低限のことは余が説明しよう。その為にそなたを連れて参った故な」

 ふわりと微笑んで、小さく首を傾げる優雅さったら、見てるこっちがくらくらする。

 だけど、くらくらしてばっかりもいられない。

 私がなんでここに居るのか。

 ここに来る前は、どこに居たのか。

 これから何をすればいいのか本当に何も判らないけど、ファービリアさんの話はちゃんと聞かないといけない。

 説明をしてくれると言うファービリアさんに頼まれて、クレアさんが世界地図を出してきてくれたんだけど、それを見た瞬間、愕然とした。

 この世界は、閉じている。

 世界地図には海がなくて、四方を囲うような壁が描かれていた。

「これ……壁、ですか?」

「うむ」

 至極当たり前みたいに頷かれてしまったけど、世界の果てに壁があるのって、普通?

 いや、さっきファービリアさんが言ってたけど、お互いの常識には齟齬があるんだろう。

 あるんだろうけども。

「この壁の向こうは、何があるんですか?」

「壁の向こう? 何もなかろうよ」

 おずおずと訊いた言葉に返ってきたのは、事も無げなそんな台詞。

 大陸とも言えない、切り取られた世界。

 それが、この世界。

 この世界は大きな川で五つに分かれてる。

 東西南北、それから中央。

 今現在、私が居るのは中央らしい。

 五つに分かれたそれらは別国家じゃなく、中央に王様が居て、他の四つは公爵家が治めてる形だそうだ。

 その中央の王様が、さっき会った美少年、アルフォンス・クレイシア。

 そして西の公爵領を治めるのが、目の前の美貌の妖精、ファービリア・マリアーティス。

 この世界には多くの種族が混在してるそうで、アルフォンスさ……アルフォンス陛下は竜人族、目の前の二人は妖精族なんだと言われた。

 北の領地は獣人族、東の領地は人間族、南の領地は竜人族が治めてるそうなんだけど、じゃあ中央の王様は代々竜人族かと訊かれるとそうじゃないんだそうだ。

「王を選ぶのは中央にある石板じゃ。黎明の石板というてな、あらゆる事象を告げるのじゃ」

「黎明の、石板……?」

 鸚鵡返しの私に、ファービリアさんはうむ、と頷く。

「石板は代々の王が持っておる。そこに文字が浮かんでな。それを読むことが出来るのは、王一人というわけじゃ」

 つまり、この世界には自動更新の予言の書みたいなものがあって、それを読めるのが王様だけ、と。

「そなたが参ることも、石板が告げたそうじゃよ」

「え? わ、私も?」

「左様。我らが一堂に会しておった理由はそこにある」

 そこまで言って、ファービリアさんは紅茶で喉を潤した。

「我ら東西南北の領主が一堂に会することなど、そうそうあることではないわ」

 ふ、と微笑まれて、そういうものなのか、と取り敢えず納得する。

 確かに、各国の最高責任者が揃う機会と考えれば、そりゃ確かに少ないだろうし。

 ……と、いうか、各領地の領主様勢揃いしてたんだ……。

「まあ、勢揃いというのは少し語弊はあるのじゃが、その辺りは追って話すとしよう」

 ふ、と微笑んで、ファービリアさんはこの世界の解説を続けてくれた。

 五つに分かれた領地には、それぞれ天を衝くほどの大樹が生えているらしい。

 五本の大樹がこの世界を支えているらしくて、私がさっき目を覚ましたところにあったアレが、中央の大樹だそうだ。

 この世界の歴史が始まった頃から大樹の姿をしていたと言われるそれには、バイオリズムがある。

 バイオリズムが下がれば、その土地の生産能力が下がったり、魔物の凶暴性が上がったりして荒れてしまうらしい。

 ただそれも、残り四つの領地がサポートする形で大事には至らないそうだ。

「大事に至らぬのは、力が低下する大樹が一本だからじゃ。他の四本が万全であればさしたる問題もないが、二本、三本と力が低下すればどうなる?」

「援助物資が足りなくなる?」

「その通りじゃ」

 私の答えに満足したらしく、ファービリアさんはにこりと微笑む。

「これまでの順序からいけば、今は南の大樹の力が落ちる時期じゃ。じゃがの、東の大樹も又、力を落とし始めるという話が持ち上がった」

「持ち上がった……?」

「左様。黎明の石板がな、告げたそうよ」

 『話が持ち上がった』なんて言い方をするからなんだろうと思えば、さっき聞いた石板が言い出したことらしい。

「事実、南も東も力を落とし始めておる。この世の理が崩れておるのよな」

 小さく溜め息を吐くファービリアさんは、その様子さえ綺麗だと思う。

「南と西の力が低下し続ければ、それを他の三つで支えるのはなかなか難しい。そして、その他の三つの力が低下せぬ保証はどこにもない」

 優しい声が、少しだけトーンを下げた。

 いやもう、憂い顔もお美しい。

 こんなおかしな感想を抱いてしまうのは、私が自分の存在をよく判っていないからなんだろうか。

 判りやすい説明を受けている最中も、私はまだ、自分の存在が曖昧なものとしか思えないんだよなあ。

 ぼんやりしながら手を伸ばしかけた紅茶のカップには、中身がほとんど残ってなかった。

 無意識に飲み尽くしてたみたいだ、と思った矢先に、ふと背後に気配を感じる。

 思わず振り返ったら、無表情のクレアさんがティーポットを持って立ってた。

「っ!?」

 肩が跳ねた私のことなんて気にした様子もなく、クレアさんは無言で私のカップを手に取る。

 無駄のない動きでそれにお代わりを注いでくれたクレアさんは、そのままファービリアさんのカップにもお代わりを注いだ。

 それにしても、クレアさんはさっきから無言を通してて、会話にも説明にも一切加わってこないなあ。

 紹介された時でさえ、きっちりと礼をしてくれただけで、今まで一度も声を聞いてないんじゃないだろうか。

 きっちりお代わりを注ぎ終えたクレアさんは、やっぱろ無言のまま、ファービリアさんの後ろに戻っていった。

 筆頭近衛って紹介されたけど、要人の後ろがそういう人の定位置なんだろうか。

「ここで、そなたの名前が出てくる」

「は?」

 急にファービリアさんに呼ばれて、私は目を瞬かせる。

 そんな私に、ファービリアさんはころころと笑った。

「先程から稀人と呼ばれておったであろう? あれは石板が告げた、この世の理を正しい形に戻す者のことよ」

「は……い?」

 また石板?

 っていうか、崩れた理を正すとか、随分と大仰なことを言われた気がするんだけど?

「陛下によれば、『異なる世より参りし稀人が、中央の大樹に現れる』と記されておったそうじゃがな。ほれ、そなたで間違いなかろう?」

 そ、そう言われると、否定のしようがない。

「そなたがここで何をしなくてはならぬか、それは陛下にご説明頂かねばならぬ。余も黎明の石板は読めぬ故な」

 一番訊きたいことは、どうやら教えて貰えないらしい。

 いやまあでも、他のことでも教えて貰えることは、全部訊きたいことだ。

 何しろ、今の私は自分自身のことさえ曖昧なんだから。

「他にも説明したいことはあるのじゃが、取り急ぎ、確認しておきたいことがある」

「?」

 ファービリアさんは真っすぐに私を見たあと、ちらりとクレアさんに視線を送る。

 クレアさんは少しだけ躊躇うようにしたあと、丁寧に一礼して部屋から出て行ってしまった。

「さて、アデリシア?」

 呼び掛けられて、数秒してからはっと顔を上げる。

 アデリシアは、私の名前だった。

「歩けるな? 余に付いて参れ」

「あ、は、はい」

 先に立ち上がったファービリアさんに釣られるように、私も立ち上がって彼女の細い背を追う。

 華奢な身体を包み込むドレスや、首筋を飾るスカーフが、歩みに合わせて緩やかに揺れるのを、ぼんやりと見つめた。

 長い長い、大きなウエーブを描く金の髪は、まるでそれ自体が自ら輝いているようだ。

 後ろ姿でさえ、綺麗。

 なんだか夢の中を歩いているような状態で、連れてこられたのはさっきの部屋と続きになってる部屋だった。

 さっきの部屋と比べれば狭いけど、寝泊まりするだけなら別に構わないくらいの広さがある。

 家具はあまり多くなくて、目を引くのは壁に取り付けられた大きな鏡と、そのすぐ近くに据えられたドレッサーだった。

 ドレッサーにも鏡があるのに、壁にも鏡があるとか……ひょっとして、衣裳部屋とか着替え部屋とか、そういう感じなんだろうか。

「こちらに参れ」

「あ、は、はい」

 ファービリアさんが私を導いたのは、壁に付けられた大きな鏡の前だった。

 そこでやっと、私は自分の顔を見ることが出来たわけだけど、ファービリアさんと並んでるから見劣りが酷い。

 長い黒髪と、同じ色の目。

 身長は低くもなく、かといって高いわけでもない。

 肌は白くて、顔立ちは……なんていうか、中性的?

 いまいち性別を掴みづらい顔立ちだと我ながら思うけど、周りの人たちが迷うことなく女扱いしてくるのは胸があるからだろう。

 小さいけど。

 白くて飾り気のない服は、実験施設にでも入れられた被験者みたいだった。

 なんていうか、自分の貧相さを強調してるみたいな服が、今更になって気になってしまう。

 何度も言うけど、隣に美の化身がいるから余計に。

「そなたはもう少し着飾ったほうがよい」

「はえ?」

 思ってもみなかったことを言われて、物凄く間抜けな声が出た。

「折角整った顔立ちをしておるのじゃ、着飾らずしてどうする?」

 ぽかんとした私に、ファービリアさんは不思議そうな顔をして首を傾げる。

 貴方に『整った顔立ち』とか言われても、なんの冗談かと思うだけですが?

「アデリシア」

 名を呼ばれてファービリアさんを見れば、彼女は何故か白いレースの手袋を外していた。

 細くて華奢で白魚みたいな手なんだろうと勝手に想像していたんだけど、露わになった手は少しだけ違う。

 確かに細いし白くて綺麗だけど、少しだけ、筋というか節というか、そういうのが目につく。

 それでもやっぱり綺麗だと感じる手が、おもむろに私の頬に伸ばされ、触れた。

 その、瞬間。

「っ!」

 また、色が白と黒に反転した。

 私とファービリアさんの息を飲む音が重なって、景色に色が戻る。

「……成る程、リクや陛下が感じておったのはこれか……」

 小さな声でそう呟いてから、ファービリアさんはふわりと微笑んだ。

 両頬を両手で包まれてる状態だから、その微笑みが凄く近い。

 ファービリアさんは私より少し背が低いけど、視線の高さはさほど変わらないから、目も眩む美貌が本当に目の前にある。

 甘くていい匂いに包まれて、頭がぼうっとした。

 彼女の言ってることの意味はよく判らなかったけど、取り急ぎ確認したいことって言ってたのは、こうして私に触れることだったんだろうか。

「さあアデリシア、服を脱いでおれ。余のドレスを貸そう」

「え……い、いやいやいや!?」

 にこにこと微笑んで言ったファービリアさんに、慌てて声を上げる。

 いやいや、だってさ、ファービリアさんのドレスでしょ?

 この美貌の貴婦人のドレスでしょ?

 どんな豪奢なものでも、どんな奇抜なものでも、ドレスに負けることなく着こなせるだけの美しさを持った人の持ち物なんて、私に似合うわけがない。

 っていうか、のんきに着替えとかしてる場合なんだろうか?

 そりゃ、この被験者みたいな服はちょっと頂けないと思うけど、着替えがドレスってのはそっちも頂けないんじゃ!?

「ほれほれ、無粋な衣を脱ぐのじゃ」

「えええええええ!?」

 慌てるこっちのことなんてお構いなしに、ファービリアさんは実に手際よく私の服をはいでいく。

 腕を振りほどこうとしても、見た目を裏切る力強い腕はびくともしなかった。

 こ、この人、なんなんだ!?

 戸惑ってる間に、凄まじい手際で丸裸にされた私は、ふと彼女の視線に違和感を覚えた。

「ふむ、矢張りな」

 違和感の正体。

 それは、彼女が私の顔を見ていないこと。

 私の顔を見ずに、見つめている先。

 視線を追えば、それは私の下半身を見てて、そこには……。

「……はえ?」

 また、間抜けな声が零れた。

 そりゃそうだろう。

 だって、見下ろした視界には、小さな胸のふくらみと、それから男の人にしかないアレが映ってるんだから。

 それは、一人の身体に両方あるべきものじゃない。

「え、え……」

 有り得ないその光景に、出てくる言葉なんて。

「えええええええええ!?」

 意味のない叫びくらいのものだろう。



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