2-7『妖精族の『剣姫』』
第二章
第七話
『妖精族の『剣姫』』
ファービリアさんが教えてくれた、蟲人の村の話。
彼らが生まれた理由は判らないけど、滅んでしまった理由は判った。
そして今、私たちが、その村の真ん中に居るんだろうってことも。
「次の扉の先にある『異界』が此度と同じという保証はないが、少なくとも此度は、『切り取られた過去の時間』じゃ」
既に滅んだ、蟲人の村。
外に出ることを拒まざるを得ず、入り込んだ『外部』を異形に捧げることで細々と命を繋いでいた民を、弱いとか可哀想だとか表現するのは憚られた。
「……私たちをふた組に分けたのも、これから先のことがあるからですか?」
「恐らくな」
首を傾げた私に、ファービリアさんは小さく頷いた。
「客観的に見て、余とそなたは荒事向きではなかろう? 加えて明らかに持ち物が違う。取り押さえるのに厄介そうな者を一か所に固めて、監視を集中させる為じゃろうな」
確かに、私たち四人を客観的に見たとき、大きな荷物を背負って歩いてる二人が従者で、それ以外の二人が仕えられるほうだと判断するだろう。
魔法が使えるかどうかを判別できなきゃ、ファービリアさんは風にも折れそうな佳人なわけだし、私なんて見たまんまの力しかない。
加えてあの二人は、あからさまに剣を持ってる。
武装した人が沢山居るなら分散させたほうが鎮圧が楽かもしれないけど、二人くらいなら纏めておいたほうが物量で押せると判断するかもしれない。
だけど、幾らあの人たちがファービリアさん自身を知らないとしても、誰か一人くらいは精霊魔法の気配を察知してもおかしくないんじゃないだろうか。
魔法を使える人たちは、相手の魔力を察することができるんだって、ゴラちゃんが教えてくれた。
精霊魔法も同じで、同じ精霊魔法の使い手なら、最低でも相手がそれを使えるかどうかくらいは判断がつくって言ってた。
「この村に、精霊魔法を使える人は居なかったんですか?」
私には、『閉ざされたドアや窓の向こうにも、誰かは居るんだろう』くらいしか判らなかった。
でも、ファービリアさんには、その先に精霊魔法の使い手は居ないっていう事実も見えてたんだろうか。
そう思って問い掛ければ、ファービリアさんは静かに首を振った。
「蟲人たちは、精霊魔法を使うことができぬ。いや、蟲人に限った話ではない。精霊魔法とは基本的に妖精族の特権でな、余が知っておる限り、他種族で使えた者は片手で足りる」
え……でも、精霊魔法が使えるっていうヒイラギさんって、人間族だよね?
妖精族は同じ種族同士でしか子供ができないっていうから、混血っていうこともないだろうし。
ファービリアさんは『使えた』って過去形で言ったから、その頭の中に詰め込まれた膨大な歴史の中を覗き見ても、ほとんど居なかったってことになる。
人間族で中央出身のリクは勿論のこと、同じ妖精族でしかも領主の筆頭近衛なんていう重要な地位にあるクレアさんすら、この蟲人の村のことを知らなかった。
いや、少なくともぱっと見ただけじゃ判らなかったっていうのが、私に判る正直なところだろう。
それでも他の誰も気付かなかったことを、即座に気付けるくらいの知識と感覚を持ち合わせたファービリアさんの凄さは推して知るべしってところなんだけど、そんな彼女をもってしても、『妖精族以外に精霊魔法を使える人はほぼ居ない』っていう結論になる。
「ヒイラギのことが不思議か? アレはな……いや、余が申すことではないな」
少しの間、言葉を選ぶようにしていたファービリアさんだったけど、最終的にゆっくりと首を振った。
これは、ひょっとして。
「えっと……『祝福』とか『呪い』に関すること、だったり、します?」
なんとなく途切れ途切れになりながら、私はゆっくりとそう問い掛けた。
「そうじゃな。少々繊細な部分じゃ、当人から聞くのが良かろう」
そんな私に、『おや』とでも言いたげな顔をしてから、ファービリアさんは静かに微笑む。
「クレアのように存在そのものが余の管轄下にあるものであれば、余から何を話すも構わぬであろうがな。気になるようであれば、ここから戻ったあとに、本人に訊いてみるがよい」
いつも、高貴な血に生まれた人特有の自由奔放さを感じさせるファービリアさんだけど、それはひょっとしたら演技なんじゃないかって、たまに感じる。
それは、今みたいな言葉を聞いたときだ。
ファービリアさんは、どれだけ親しい間であろうとも、越えちゃいけない一線を、確かに知ってる。
それはある種の貴人が持つ奔放さとはかけ離れた、別の種類の貴人が持つ思慮深さだ。
「ともかく、この場で精霊魔法を使えるのは余のみじゃ。その気配を察することができるのも、恐らく余のみじゃろうな。魔力の強い者なら察することもあるが、蟲人にはそういった者も生まれにくかったようじゃ」
静かに言うファービリアさんの言葉に、私は小さく頷いた。
蟲人って、本当に特出したところがないんだな……。
私の周りの人たちって、揃いも揃って一芸に秀でてるっていうかなんていうか……とにかく特徴のある人たちばっかりだ。
そのせいもあってか、この世界の人たちは何かしら強い力を持ってるのが珍しくないものだと思ってた。
でも、やっぱりそれは違うんだろう。
元の世界の人たちを記憶してはいないけど、やっぱり何かしらに特出しまくってる人と、そうじゃない人が居ただろうから。
そしてきっと、何かしらに特出しまくってる人のほうが稀なんだろう。
そうじゃないと、きっと世界は……いや、文化は回らない。
「……そういえば、クレアさんは判らないんですか?」
「うむ?」
ふと疑問に思ったことが、そのまま口から零れ出た。
ファービリアさんは一度瞬きをして、それから小さく苦笑する。
「ああ……疑問に思う気持ちも、判らぬではないな」
私が何か言葉を付け足す前に、ファービリアさんはそう言ってゆっくりと頷いた。
前に、クレアさんは精霊魔法が使えないって聞いたと思うんだけど、妖精族は魔力の素地が違うんじゃないかと感じる。
それが何故かと訊かれると困るんだけど……ううん、イメージ、だろうか。
人間族は魔力も筋力も寿命も平均的っていうか、私の想像の範囲内が普通だと思うんだけど、それ以外の種族はそれぞれ特出した持ち味があるんじゃないかって、勝手なイメージがある。
そしてそれはあんまり間違ってないんだろうと、ファービリアさんの言葉で判った。
「妖精族は元々魔力の高い種族じゃ。威力の差はあれど、精霊魔法を使えることが普通であり、尚且つ他の種族たちが使う魔法を高水準で使いこなす者も居る」
え、それって根柢の違う二つの魔法を使いこなすってこと?
私にしてみればどっちとも奇跡を起こす力なわけだけど、根本的な部分がまるで違うんだってヒイラギさんやゴラちゃんに教わった。
最終的に『空を飛ぶものを作る』ってことは変わらなくても、飛行機とロケットとミサイルを作る人たちは全く別物っていうような感じだと思ってる。
だから今の言葉は、飛行機でもロケットでもミサイルでも飛空艇でも気球でも、空を飛ぶものならなんでも作れる人が居るなんて言われてるようなもんだと感じるわけだ。
それは流石に、万能過ぎじゃないか?
「もっとも、流石に全属性を使いこなせる者は、そう多くはないがな」
静かに続けられる言葉に、私はただ頷くことしかできなかった。
「そのような地に在って、クレアは魔力の一つも持たずに生まれ落ちた。それは、クレアの『祝福』が要因である」
クレアさんの『祝福』……『剣姫』。
女性にのみ与えられる『祝福』で、他の追随を許さない剣の腕を授けられるものだったはず。
「『剣姫』の『祝福』を授けられた者は、比類なき剣の腕を保証される代わりに、一切の魔力を持たぬ。例え魔力を持つのが普通である妖精族であっても、じゃ」
それは『祝福』の強制力。
それは『祝福』の持つ呪い。
『そうで在る』ことが普通の場所に、『そうではない』形で生まれるのは、きっと苦痛を伴う。
「余たち妖精族が精霊を見、言葉を交わすことができるのも、生まれ持った魔力の質に依るものじゃ。その魔力がないクレアは、精霊を見ることも、言葉を交わすことも叶わぬ」
ああ、少しだけ、判った気がする。
クレアさんが、あんなにも『我が君を護る』ことと、『護れと命じられたものを護り抜くこと』にしか執着しない理由が。
己の身の安全なんて二の次以降で。
ただ我が君を護ること。
ただ我が君の言葉に従うこと。
『剣姫』として持てる力全てを使って、命を全うすること。
それしか、ないんだ。
周りの人が普通にできることの全てができない彼女にとって、領主の筆頭近衛という立場だけが寄る辺なんだ。
だからきっと、彼女は『誰かを護ること』で『誰かに心配されること』が理解できないんだろう。
「クレアは少し、不器用でな」
ふ、と優しく微笑んで、ファービリアさんは言う。
「『剣姫』の『祝福』を授かったからといって、ただそれだけに甘えず、研鑽に研鑽を重ねておってな。あの子の手は、潰れた豆と裂けた傷跡で固く形を変えておる」
いつも革の手袋をしてるから、気付かなかった。
あんなに綺麗な人なのに、その手はきっと、ガチガチになってしまっているんだろう。
「余は美しいと思うがな。よう努力を重ねた、美しい手じゃ」
……うん?
今、惚気られたか?
いや、自慢の奥様みたいだし、惚気て頂く分には何も構いやしないんだけど、急にぶっこんでこなかった?
「リクとよう似ておるよ」
「え……?」
ちょっとだけ混乱した頭が、ふと元に戻ったような気がする。
「『英雄』の『祝福』は血統と言われておってな。余の知る限り、『英雄』であったのは全てレヴァン家の者じゃ」
それは……なんだか、意外だった。
鑑定士が胎児の鑑定をするのが普通ってことは、『祝福』も『呪い』も遺伝しないのが普通ってことだろう。
それなのに、この世界最強の代名詞みたいな『英雄』は、同じ血からしか生まれないなんて。
「『英雄』であるから強い。『英雄』であるからあらゆる難局を越えられる。そのような評価をされるのを厭うておる」
それも少しだけ、判るような気がした。
両親が偉大な功績を残していればいただけ、子供の功績にその名が影響するみたいな話だろう。
確かに二人の境遇は似てるかも。
「二人とも、与えられた使命を全うすることこそ己の存在意義のようになっておる。今もさぞかし、気を揉んでおるであろうよ」
なんだか少し楽しそうな微笑みを浮かべて、ファービリアさんはそんなことを言った。
「え……大丈夫ですかね……?」
あの二人なら、本気を出せば蟲人の囲いを抜けることが出来そうだ。
いや、本気なんて出さなくてもいけるんじゃ?
「問題なかろう。クレアには大人しくしておるよう伝わっておるはずじゃ」
「え? いつの間に?」
全然気付かなかったけど、ひょっとして、精霊魔法を使ったとか?
「大袈裟なことはしておらぬよ。余たちのように護る護られるが当たり前の間になると、互いにしか通じぬ合図のようなものがあるのよ」
軽く手を握ったり開いたりしながら、ファービリアさんはくすくすと微笑った。
どういうことをしたのかよく判らないけど、このジェスチャーからするとハンドサインみたいなものを使ったんだろうか。
きっと陛下や四方領主みたいに立場がある人たちには、それぞれの護衛にしか通じないような遣り取りの仕方があるんだろう。
色んな人が居る前で、護衛にだけ通したい事情があった時、いちいち魔力を使ってたら周りに即バレするよね。
「余が動くなと命じたなら、クレアは動かぬ。リクが動こうとすれば、それも止める」
「でも、リクが本気を出したら、クレアさんは敵わないんじゃ……?」
「そうじゃな。『剣姫』と『英雄』の差もあろうが、性別と研鑽の差もあろう。妖精族には、剣の修業相手になる者も、師事できる者も少ない故な」
「そ、それはそうですよね」
そもそも剣を使う人が居ないのが妖精族だ、修業の相手になる人は勿論、師匠になるような人だって居ないだろう。
そんな状況で修業っていってもやれることは限られるだろうし、寧ろその状況でファービリアさんも認めるほどの研鑽を重ねてるクレアさんが凄い。
「例え力で敵わぬとしても、クレアはリクを止める。いや……この状況であれば、リクが察して止まるというのが正しいやもしれぬがな」
「え……?」
それは、どういう意味だろう?
「言うたであろう? あの二人は似ておる。故に、リクのほうが止まるのよ」
「リクが止まるって……あ、そっか、判っちゃうのか」
「左様」
なんでそれでリクが止まるんだろう? って思ったけど、よく考えたらそりゃ止まるわ。
クレアさんが主の命で絶対に動こうとしない理由を、リクはすぐに察して、そして同じ立場だから色々考えちゃうんだろう。
「これでそなたが一人であればリクは止まらぬであろうが、今は余が傍に居る。アレも流石に余をその辺りの凡愚と同じとは思うておらぬであろうよ」
くっく、と小さく声を出して笑いながら言うファービリアさんは、なんだか面白がってるような気がした。
「アレも因果な男よ」
楽しそうに笑いながら、ファービリアさんはそんなことを言った。
えっと、何が『因果な男』なんだろう?
よく判らないけど、その先を続けてくれそうにないし、訊いても答えてくれそうにない。
長い付き合いなんて口が裂けても言えないけど、なんとなくそれくらいのことは、私にも判った。
続




